第22話*摂理

 第七永久動力炉からの出力信号の停止。突如として変異し始めた人々。闇に染まる世界。そしてルクスで起きた政変。そのすべてが絶望の一点を指しているかのようだった。


「まもなく対象、視認可能域に入ります」


「了解だ。対象に接触後は速やかに散開、照準補佐AAを起動し指示があるまで待機」


了解copy


 各隊の応答待ってから、エレアノールは事態の把握に努める。今は刻一刻を争う有事だ、司令塔が迷っていては士気にも関わりかねない。


「それで、我々の任務を今一度確認したい。イチカ」


 エレアノールが短く呼びかけると、眼前の端末に対象の情報が表示される。


「対象は中型自動捕捉戦艦カルブサイド。所属は不明。また、敵機周辺に艦影を多数捕捉しています。現在、敵機目的の座標まで前進中」


「座標を送れ」


「了解」


 イチカが情報を送る。目の前に広げられた海上の座標には、不自然なほど凪いだ水面以外何もない。


「敵機の目標といったが、此処を目指してどうする」


「わかりません。ですが敵機各艦の進行目標は全てこの一地点を示しています」


「ふむ……」


 敵の目的はなんだ。こんな何もない海洋の一点を目指してどうする。


「会敵予想時刻は一〇:〇〇。各艦の目標は敵機の無力化。状況次第で殲滅となります」


「何もない座標に迫る所属不明の艦隊か……。どうにもきな臭いな」


「ええ。敵軍の侵攻目標にしてはあまりにも不可解です」


「お前はどう見る」


「……」


 管制に座るイチカの後ろ姿はまだあどけない。ここ数か月の間に中尉の立場に駆け上がった女の姿にしては、まだ幾分か非力なように思える。


「やはり、指定の座標に何かあるとみるべきでしょう。でなければ、敵がそこを目指す理由が見当たりません」


「そうか……」


 至極まっとうな意見だ。しかしそうすると、今相対している敵は我々でも知りえない自国ルクス領海内の情報を知っていることになる。それはおかしい……。


『——第四永久動力炉』


 管制に声が響く。冷たく、芝居じみた男の声が。


『目指しているのは、そこですよ。エレアノール准将』


「……」


 頭痛がする。ああ違う、これは吐き気か。


『ダルシス王太子は――失礼。王太子閣下は、どうやら大切な情報をあなたに渡していなかったようですね』


「……」


 その声から、あの大袈裟な一挙手一投足が目に浮かぶようだった。エレアノールは一つ頭を振って答える。


「聞くに値しない情報は知らない。ただそれだけのことだ」


『おやおや。ルクスで生まれ育っておきながらそれはないでしょう。なにせ、貴方達にとっては肉親のようなものだ。永久機関というのは、ね』


「話はそれだけか、サーペント」


 通信端末越しに、男――サーペントを睨む。


『ふふ。必要な情報は与えました。後は貴女次第ですよ』


 そう男は言うと、通信を切った。


「ちっ――。蛇が……」


 エレアノールは悪態をつき、忌々しそうに画面ディスプレイを覗く。


『Text:追伸/そちらにを送ります。どうか仲良く』


「……は?」


 ――ロキ。


 聞いたことのない名前だが、そもそも人名なのだろうか。とは何だ。


「あーあ。やってらんネエよな。海の中なんてさ」


「な――」


 刹那、轟音に管制室の扉が吹き飛ぶ。


「ッたくよォ。俺の性質忘れてんのかよ、だぞコラ。炎を操る奴がなんたって海中に出向かなきゃなんねーんだよ」


 炎から立ち上る煙を、玩具のように燻らせながらその人影は立っていた。


「お前、何者だ」


 室内に緊張が走る。銃口すべてが少年の額、心の臓へと向けられ、今にも引き金は引かれんばかりだ。


「はあ……。おまけに事後報告ときた。俺のこと聞いてると思ったんだけどナあ」


「知らん。少なくともこの管制室の扉を爆破して入ってくるような奴はな」


 エレアノールの額に汗が浮かぶ。この状況で、得体のしれない人間に奇襲を受けるなど全くの想定外だった。


「子供に乗船許可を出した覚えはない。今すぐ降りろ」


「まあ落ち着けって。俺はアンタらの味方って奴だ、心強い援軍ってわけだな」


「何を意味の分からないことを――」


敵機カルブサイド戦闘態勢に入りました。船員、第一種戦闘配置!」


「くっ……」


 何と間の悪い。これでは前門の虎、後門の狼だ。


「なるほどな。あれをぶっころせばいいわけだ。任せときな、ネェちゃん」


「貴様っ!」


 この期に及んで軽口を叩く少年に苛立ちはつのる。少年は向けられた銃口などまるで気にするそぶりすら見せずに、管制室の画面モニターへと手を翳す。


「——っ!敵機、臨戦態勢を解除!後退していきます!」


「なっ。どういうことだ!?」


「わかりません!敵戦艦依然後退中!」


 管制室に混乱が満ちる。もたらされる情報は搭乗員の神経をかき乱していた。


「内側から制御系を破壊されちゃあそうなるよなあ」


 少年はさも当然のようにそう語る。


「お前が、何かしたのか……?」


 この離れた戦艦から敵機に何かしたとは到底思えない。しかし、その少年の横顔は、確かに得体のしれない何かを孕んでいた。


「ロキ」


「は……?」


「俺の名前」


 少年はそういうと、怪訝そうに眉を顰める。



 ――ロキ。



 エレアノールは瞬時に理解した。


「お前が、サーペントの言ってた……」


「なんだよ、やっぱ知ってんじゃん。じゃあいい加減俺に向けるの止めてくんない?」


 ロキが銃口を指さし訴える。


「じゃないと、そいつらごと燃やすよ?」


 背筋を悪寒が這い降りていくのを感じる。信じられないが、こいつの言葉は本当だ。その瞳には戸惑いも、虚飾も、あるいは憂いもない。


「……銃を下ろせ」


 エレアノールが静かに指示すると、少年に向けられた照準レーザーサイトが消滅する。


「物分かりが良くて助かるね」


 少年がニヤリと笑う。


「目的はなんだ」


 この状況で、この得体のしれない人間をサーペントが送り込んだ理由。それが目下確認すべき事項だ。この、ふつふつと腑が沸くような怒りは私情として切り捨てなければならない。


「それも聞いてねえのか。第四永久動力炉だよ」


「……」


 その言葉を聞いて、エレアノールは閉口した。


「アンタは前王や元王子から聞いてなかったみてぇだが、座標にあんのは第四永久炉だ。さっきの連中もおそらくはそこに向かってた口だろうよ」


「……」


「ま、お前もの家臣の一人だ。気を落とすなよ」


 少年はそう言うと、エレアノールの肩を軽くたたく。


 自分とダルシスは旧知の中で、前王は我が一族が仕えた最後の王だ。先ほどサーペントは「大切な情報を渡していない」と言っていた。理由は分からない。しかし、それを我々に教えなかった理由が必ずあるはずだ。


「で、これからこの戦艦はその座標に向かうってわけだ」


「向かってどうする?」


「あん?んなこと決まってんだろ」


 少年の顔に再び下卑た笑みが浮かぶ。


「施設内部に隠れた元王太子の首を刎ねに行くんだよ」


「……やはりな」


 エレアノールは言うなり、腰のホルスターから後ろ手に拳銃を抜き取る。



「は――?」



 銃声。


 一発。二発。三発——。倒れた少年の眉間に鉛が注がれる。


「はあ、はあ……」


 何度引き金を引いただろう。何度血飛沫が上がるのを見ただろう。


 力なく倒れた骸を確認してから、エレアノールは宙を仰いだ。


「准将……」


 イチカが怯えた瞳でこちらを見る。


「構うな。こいつの言った通り、本艦は指定の座標に向かう」


 管制内は水を打ったように静寂に包まれている。誰もが事態の把握に傾注しているのが分かった。


「第四永久動力炉内のルクス前王太子――ダルシスを救出後、我が隊は僭帝イシルドアに反旗を翻す。異議のあるものは申し出よ」


 再びの静寂が辺りを包む。どうやらここにいる全員の総意は一致しているようだ。


「エレアノール准将。本当に良いのですか?まだそのときではないと……」


「あのままこいつに事態を委ねていたら、ダルシスの首が飛んでいた。成るべくして成った事態だ。責任は当然私が負う」


「准将……」


 イチカはそれ以上何も言わなかった。


 通信越しにまだ早いときの声が上がるのが聞こえる。もはや後には引けない――。



 ――ああ、いてぇ。



 背後、飛び散った脳漿の中で少年は一つそう呟いた。




 ――***——



 第二章_摂理 終

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