第19話*壱 _摂理
「で、あいつ何なんだよ。やたら口悪かったけど、おまえの親戚か?」
すぐ目の前を歩くダルシスにそう声をかけた。
「彼女は戦災孤児だ」
「戦災ってどういうことだよ?この国で戦争なんてのがあったのは遥か昔の話だろ」
フレイの見た目はどう見ても十歳前後だ。少なくとも戦争を経験している年齢には見えない。
「フレイはこの国の人間ではない。領土も定まらぬ大陸の紛争地帯の出身だ」
「紛争って……。この世界でまだ武力抗争をしているところがあるのか?」
「そのとおりだ」
その言葉にアシモは思わず閉口した。この世界では国内、あるいは国外を問わず、資源や領土獲得などの目的での武力行使が禁じられているはずだ。それなのに、なぜ紛争が起きている。
「どうして、そんなことが……」
「あの、さ。ふんそうってなにかな」
唐突にセプティがそんなことを訊く。
「人間同士が争って殺し合うことだ」
「そんな……!どうしてそんなことするの!?」
セプティの顔が驚愕と恐怖で青ざめていくのが分かった。
「さあな……。少なくとも、昔は今よりずっと生きるのが大変だったらしい。だから争いが起きていた。俺はそう聞いている」
セプティの故郷に『戦争』の概念がないのだとしたら、侵略の歴史に晒されない平和な世界がセプティの生まれた場所なのだろう。
「ダルシス、俺はこの世界からは争いがなくなったと思ってた。少なくとも大量に人が死ぬような大規模な争いはもう起きていないと習った。それは違うのか?」
「ああ。世界は未だ戦禍の中にある」
ダルシスは答える。
「そしてこの
「ルクスも……?」
「ああ」
どういうことだ。少なくともこの国で、何か争いが起きたという話は聞かない。それは遠い昔の御伽噺のようなもので……。いや――
「お前も見ただろう。
「確かに……」
あれは人を殺すという明確な目的をもって造られていた。
「この国は、常に他国からの侵略に晒されている。戦争の目的は……言うまでもないだろう」
この国に他国が侵攻する理由。そんなものはひとつしか考えられない。
「永久動力炉の奪取、か」
「そうだ」
前を歩くダルシスは歩調を緩める。
「ルクスは幾度となく、永久動力炉の奪取を目論む他国と戦端を開いてきた。そしてその一切を容赦なく武力で捻じ伏せてきた」
ダルシスは続ける。
「永久炉から齎される資源に際限はない。物量で圧倒的に勝るルクスが、侵攻に屈する道理はなかった。文明の発達度を鑑みても、それは明白だ。我々は
「じゃあ、少なくとも専守防衛に徹していたんだな」
「専守防衛、か」
アシモから出たその言葉を噛みしめるように、ダルシスは言った。
「『守る』とは何だ」
王子は問う。
「確かに我々は、常に迎撃態勢をもって他国と相対している。それを『守る』と言っているのだ。だが侵略国側は、そうせざるを得ないから攻めてきているだけで、自由意志などはない」
「それって、どういうことだよ……?」
話が見えてこない。
「この国の安寧を支えている永久機関。それがかつて、世界へ向けて解放されていた時期があった」
「イェクス王の治世初期か」
「そうだ」
それは前王——ダルシスの父親であるイェクスの時代。
「世界へと放たれた永久機関が齎す恩恵は、恒久の平和へと世界を動かした。この国が享けている恩恵と同じ幸福を、世界全体に振りまいた」
「でも、止めたんだよな?物資の過剰供給による弊害を考慮してのことだって聞いたが」
「表向きは、な」
ダルシスは言う。
「通常、他国も国内の生産物で自足している。多くを求めなければ生きることになんの障害も生まれない。問題は、多くを求めても問題がない環境に慣れてしまったということだ」
「そうか。一度永久動力炉からの余剰生産物に依存してしまったせいで、それまでの生産と供給の均衡が崩れたのか……」
「その状態で動力炉からの生産物の供給にストップをかけると、一気に世界の経済は狂う。不足した資源の争奪は、やがて大きな対立を生む。要するに――」
そう。それはもうあまりにも明白な事実だった。
「他国が争う理由を作ったのは、この国の――ルクスの所為……」
一つの認識がアシモの世界を一瞬のうちに書き換えた。
「そういうことになる」
「……」
瞼の裏を、あの少女――フレイの姿が過ぎる。あの時、自分たちに向けられていた確かな敵意ともとれる視線の意味が、今になってようやくわかった気がした。
「なあ、そのことをあのフレイって奴は理解しているのか?」
「ああ」
それがまだ年端もいかない少女にはどれだけ残酷なことなのか。そんなことは考えたくなかった。
「でも、だとしたらまだわからない。
「それは――」
「アシモ!」
セプティの叫びに驚く間もなく、アシモはその場に倒れる。
「な、なんだ!?」
「——っ。避けるなよ、めんどくさい」
アシモは倒れた上体を起こし、声のほうに目を向ける。
空間を切り取ったような白い髪。滾った血潮のような紅い瞳。
「お前、見たな。俺の顔を」
それを視界に収めた途端、脳は強い既視感を覚えた。
「こいつは――」
「君の友達、ではなさそうだな」
ダルシスが珍しく冗談を口にする。その言葉とは裏腹に、いつもの余裕は全く感じられなかった。
「あなたは、確か夢の中で――」
セプティが呟く。
「ったく。どいつもこいつも、物珍しそうな目で俺を見やがって」
そう不機嫌そうに少年は言う。
「ああ、わかってるよヴィータ。こいつらは全部ハズレだ」
「何を意味わかんねえこと言ってやがる……!」
『ハズレ』。その言葉はアシモにあの第七動力炉内で起きたことを思い出させる。
――あーあ。またハズレだよ。
「お前、あの炎を操る胡散臭い奴の仲間だな?」
「……は?」
炎を操り、人を屠る少年。あの時あの場所での邂逅と、今の状況は似通っている。
「『ハズレ』って、そいつも言ってた。何故俺たちを狙う?」
「さあな、知りたければ――」
「!」
気が付けば、少年の掌から『黒煙』が立ち上る。
「一回死んでみれば?」
次の瞬間、アシモの眼前に少年が立っていた。
「な――」
少年の掌がアシモに触れる、その刹那。
「ああああああああ!」
アシモは絶叫した。まるでこの世界にある
「——っ」
少年は一つ舌を打つと、アシモから離れた。
「はあ、はあ、はあ……!」
何が起きた、今の苦痛は一体なんだ。何をされた。
慌ててアシモは自身の身体に目を落とす。しかし、異常はどこにもない。いつもの調子で五体はそこにある。
「なんで、お前。壊れないんだよ……!?」
少年の顔には拭えぬ困惑が張り付いていた。
「なんでって、んなこたあ知らねえよ……」
乱れる呼吸を正しながら、アシモは言った。
「……そうか、そういうことか」
少年は一言そう呟くと、踵を返す。
「お、おい!逃げんじゃねえよ!」
「アシモ、落ち着け」
跪くアシモの目の前を、ダルシスが立ち塞ぐ。
「今の私たちでは、あれに太刀打ちできない」
「だからって……!」
分かっていた。アシモにも、セプティにも、あるいはダルシスにも。
――『あれ』は身に余る脅威だ、と。
人影が通路の向こうに消えていく。そしてその見覚えのある後ろ姿は、すぐに見えなくなった。
――***——
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