第20話*弐 _摂理

 ――永久動力炉内部に異物混入。当該範囲を閉鎖、切除パージします。5,4,3,2,1——。


 次の瞬間、隔壁が下りた。つい数秒前までいた施設の一部は切り離され、その部分が海底へと沈んでいく。全く物騒な仕掛けだ。


 相も変わらず鳴りやまない警報が、鼓膜を喧しく揺らす。


「ああ、うるさい」


 思わずそんな言葉が口を衝く。いつも通りの寝覚めの悪さだが、今回は特に機嫌が悪い。なにせ目覚めた場所と時が悪かった。


「と、とまれ!」


「とまるわけねえだろ」


 制止する人間の顔には拭えぬ恐怖が張り付いていた。よっぽど自分が恐ろしいのだろう。


 茶色がかった毛髪に、同じく茶が濃く出た瞳。


「ちっ、ハズレか」


 腕を薙ぐように一閃すると、立ちふさがった男から鮮血の花が咲く。


「あーあ。今回は消してる暇もないのか」


 そんなことを一人呟く。


 毎回目覚めると、見知らぬ場所にいる。自分は一種の夢遊病なのではないかと疑うこともあったが、今は特に気にしてはいなかった。今が何時で、何処にいようがやることは変わらない。


 しかし、こんなところで目覚めるとは意外を通り越して、むしろ驚愕だった。


「ルイン、こっち」


 目の前に現れたヴィータが、まるで遊びにでも誘うかのように手招きする。


「わかってるよ。ころしに行くんだろ?」


「違う」


 少年――ルインの言葉を否定するとヴィータは言う。


「今回は見学」


「見学?」


「そう」


 何故だか今回のヴィータはご機嫌だ。まるで悪戯をしようと息巻く幼子の様に見える。


「見たら、今日はおしまい」


「よくわからないけど、まあいい」


 辺りを見回しながら、ルインは気だるげに言う。


 いつものことだが、こいつの言うことは分からない。しかし参考になるのも事実だ。先刻もこいつのおかげで面白いものが見れた。


 あの男――確かアシモとかいう名前だったか。あの男にあそこまで似ていると、ある種の畏怖すら感じる。けっして取り去ることのできない、生命の刻印に。


 あの場で壊せなかったのも、おそらくはあの男の影響だろう。


「ルイン。着いたよ」


「?」


 隣に立つヴィータの言葉に足を止めると、ルインは怪訝な表情を浮かべる。


「なんもないけど」


「ルイン、足元みて」


 ヴィータが指さす方向に視線を落とすと、すぐに言葉の意味が分かった。


「そうか。か」


 ルインが掌を足元に翳すと、床を構成する物質が分解されていく。まるで落ち葉を払うかのような容易さだ。


「ルイン」


「なんだ」


「このままだと――」


 その時気付いた。ああそうか、この場所が何処だかてっきり忘れていた。


「あ」


 瞬間、溢れだす水。それも尋常ではないスピードで湧き上がってくる。



 ――第弐区画に浸水を確認。当該区画を封鎖します。



 隔壁が退路を塞ぐ。どうやらこの場から出られなくなってしまったらしい。もっとも、逃げるつもりなど毛頭ないのだが。


「あーあ。濡れるのやだな」


「我慢して」


「……わかってるよ」


 珍しくヴィータが自分を諫める。それがなんとも憎たらしかった。


 ルインが全身に『崩壊』の奔流を流し込むと、すぐに周囲の水は分解されて気体へと変わっていく。


 ぽっかりと開いた水流の間隙を、ルインとヴィータは滑り落ちていく。


「真っ暗だね、ルイン」


「仕方ないだろ。深海なんだから」


「怖いから、明かりつけるね」


 次の瞬間、遠くに光源がおこる。まるでこの海中に太陽が生まれたかのようだった。


 火に照らされた水中はどこか心地いい。今なら気持ちよく寝られそうだ。



 ――ドクン。



 水を伝わって、あの音が聞こえてくる。あのの拍動が。流麗で、醜悪な世界の鼓動が。


「なんだか最近見た気がするけど、まあ気のせいかな」


 それは鳴動する世界の姿。この世界に存在する七つの永久機関の一つ。


第四永久動力炉QUARTUM。凪いだ水面の様に優しいね」


 ヴィータはそれを眺めながら、そんなことを言った。


「で、ここまで来たけど。なんかあるんだろ」


 ルインが訊ねる。


「イタズラ。しちゃお」


「は……?」


 こいつは本気でそんなこと言ってるのだろうか。たかが悪戯ごときのために、こんなところまで――。


「ルイン、怒ってる?」


「ああ。呆れてる」


「ふふ」


 ヴィータは少し微笑むと、宙を舞うように動力炉へと近寄っていく。


「あなたの世界、少しだけ動かすね」


 それは砂時計を反転させるように、停滞する時間の流れを再びあるべき形へと戻す。生と死、崩壊と再生を行きつ戻りつ。いつだって世界はそうあった。


 少女は指先でトンと、軽く心臓を一つつつく。優しかった鼓動は重苦しい絶叫へ、徐々に変化していく。


「はい、イタズラおしまい」


 用が済んだのか、ヴィータは満足そうにそういうとルインの元に戻ってきた。


「何して来たんだ?」


「教えてあげない」


「あ、そ」


 どうせ下らないことだろう。ここまで意味のないことに付き合わされると、さすがに疲れるし苛立つ。


「ルイン」


「なんだよ」


「後ろ」


 ――刹那、激流がルインの身を貫く。


「ぐ、あ――」


 世界が廻る。息が苦しい。肺が冷たい。冷気が全身を、針の筵の様に苛んでいるのが分かる。圧縮した水に揉まれ世界は反転し、暗転していく。



 ――***——

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