第14話*壱 外側_

 

 完全にその機能を停止した自律式走行殲滅車輛オートマタの上で、ハルトは虚空を眺める。


 ――ね、言ったでしょ? あなたにはできるって。


 頭の中で、そんな声が聞こえたような気がした。


 ――ああ、そうか。


 身体の神経、骨の髄、心の臓に至るまで、この身のすべては謎の異能に覆われているのだとはっきりと理解した。


 あの時、少年の腕を捥いだのも、蛇の首を刎ねたのも、こうしてこの機械人形を両断したのも、すべてはこの力が齎した結果だった。


 身体は熱で焦がされたように熱く、心は茫漠たる空白が占めていた。


 ハルトは一つ大きく空を仰ぐと、跨っていた機体の残骸から足を退けて、地面へと着地した。


 高速道の橙色の街灯が、オートマタの骸を照らしている。大仰な兵装に身を包んだ人の形をとっているそれは、機能を停止したせいで力なく項垂れていた。


「まさか、こんなものが追いかけてくるなんて……」


 これは完全に対象を殺すという、明確な意思を持って動いているように見えた。あの女軍人の差し金なのだろうか。いや、だとするならば何故、あの時あの場所で、自分たちを射殺しなかったのだろう……。


 ハルトは停止した機械人形を見上げながら、疑惑を積み上げていく。


「ハルト!」


 バイクを降りたアシモが、慌てて近づいてくるのが見えた。


「お前、また無茶なことを……。こんなの相手に、どうして戦おうと思ったんだよ!?」


「アシモ……」


 結果から考えれば、ハルトはオートマタ三機を破壊できた。しかし、どうしてそれができると思ったのか、その動機は判然としない。自分は何故、あの時戦おうと決意できたのだろう。


「私の指示だ」


 いつの間にかバイクから降りていたダルシスは、静かにそう言い放つ。


「私がハルトに、この機体を破壊させた」


「ダルシス様、それは――」


 それは事実だ。あの時のダルシスの言葉がなければ、自分は戦わなかった。しかしその事実をこいつに言うのは――。


「お前……!」


 バン、という乾いた音が響く。次の瞬間には、アシモがダルシスの頬をはたいていた。


「なんでだ」


「何故、というと?」


 しかしダルシスは怯まず、アシモの疑問を訊き返す。


「どうして、ハルトをあんなものと戦わせたりした!? お前は分かっていたはずだ。ハルトがそれで死ぬかもしれないことくらいな!」


 アシモが拳を握る。赫怒かくどここに極まれりといったふうに、アシモはもう我慢の限界を超えていた。


「確かに、あの状況で可能性それは捨てきれなかった。しかし結果的に、彼が生還したのも事実だ」


「んなのただの結果論じゃねえか!」


 アシモは今にもダルシスに殴り掛かりそうなほど、険難けんのんとした雰囲気を纏っている。


「あの状況下で彼があの力を発揮していなければ、今頃ハルトも私も、その少女も、あるいは君も全員死んでいたはずだ」


「くっ……」


 ダルシスの反論にアシモは言葉を詰まらせた。


「そうだよ、アシモ。あの時はきっと、あれが正解だったんだよ」


 ハルトはそう言ってアシモを宥める。せっかく助かったのに、これ以上の諍いは見たくなかった。


「今ここでこうして、僕たちが追っ手を振り切れたのは、全部ダルシス様の――」


「いや」


 ダルシスがハルトの言葉を遮る。


「あの機体は、恐らく私に対して差し向けられたものだろう」


「え……!?」


「なんだと……!」


 その言葉に、二人は困惑する。


「先ほども話した通り、私はかつて王位を継ぐだったものだ。しかし、今や王位は丞相であるイシルドアに渡った」


 ダルシスはさらに続ける。


「王位を簒奪したものが最も恐れることはなんだ? それは王族の血を引く人間が、再びその権利の正当性を主張し、もう一人の王として擁立されることだ」


「つまり、あの機体が狙っていたのは僕たちじゃなくて……」


 そう、それはもう明白なことだった。


「前王イェクスの嫡子である、私だろうな」


「そう、だったんですね……」


 ダルシスが首肯する。


「要するに、だ。お前はハルトを利用したんだな。自分の身かわいさに」


 またもアシモは苛立ったようにダルシスへと怒りを向ける。


「否定はしない」


 ダルシスはその言葉に、毅然として答えた。


「あの時、軍に拘束されそうだった君たちを助けたのは、このような状況に陥ること見込んでの行動でもあった」


「つーか。それしか考えてなかったろ、あんた」


 アシモはそういうと大きく息をついた。


「まあ、確かに助けられたのは事実だ。でもな、まだ疑問はある」


 この取り巻く状況のなかでの一番の疑念。それを抱いていたのは、ハルトも同じだった。


「なんでお前が、ハルトのあののことを知ってんだよ」


「……」


 そう、それがおかしい。先刻、第七永久動力炉で起きた出来事を知らないダルシスが、何故力のことを知っているのか。


「それは――」


 その時だった。


「ん、んー……?」


 アシモが乗っていた車輛から、少女の声が漏れる。


「アシモ!あの子意識が戻ったみたい!」


「みてえだな……」


 アシモは少し苦々しい顔をすると「話は一旦後だ」と付け加えて、少女に近づく。


「ここは……?」


 少女は眠気眼を擦りながら、辺りを不思議そうに見渡す。


「ここはどこ? あなたたちは、だれ?」


 徐々に意識がはっきりしてきたのか、少女ははっきりと疑問の言葉を重ねる。


「ここはルクスの王都周辺だよ。わけあって君を、あの場所からここまで連れてきたんだ」


「ルクス……? あの場所……?」


 少女は、まるで言葉を覚えたての幼子のように、訊き返す。


「あ、そうだ!」


 唐突に少女は叫ぶ。


共同体コモンの人たちは!? 『此岸』は!?あの『黒煙』に飲み込まれて、どうして私は無事なの!?」


「ちょ、ちょっと落ち着いて!」


 少女は意味不明な単語を並べながら捲し立てる。


「もしかして、ここが『幽世かくりよ』なの? だとしたら、私は……」


 意気消沈したように、少女が力なく呟く。その姿は、今にも壊れてしまいそうな脆弱さを孕んでいた。


「落ち着いて。今はまだ何もわからないかもしれないけど、きっとすぐに大切なことを思い出せるよ」


「ありがとう……」


 それは根拠も何もないただの出まかせだったが、少女はその言葉に少しの安堵を見せ、礼を言った。


「君、名前は覚えてる?」


「私の、名前……」


 少女は手を顎に当て数秒考えるしぐさを見せた後、顔を上げて言った。


「……セプティ。そう。私の名前は、セプティっていうの」



 ――セプティ。



 既視感デジャヴのような感覚が押し寄せる。最近、その名前をどこかで――。


「そうなんだね。僕はハルト。で、こっちの大きい奴がアシモで、あっちの頭よさそうな人がダルシス様」


「ハルトにアシモ……。それにダルシス様……」


「よろしくな、セプティ」


 アシモは無理に張り付けたような笑みで、そう言った。内心まだ穏やかではないのだろう。


「うん、よろしくお願いします」


 セプティはそういうと、胸の前で掌を交差させる。


「それ、なに?」


「え、って?」


「その手を合わせるやつ」


 ハルトは、セプティの掌を指す。


「これは、感謝を表す挨拶みたいなものよ。ハルトも知ってるでしょ」


「え……?あ、うん、まあね。あはは」


 適当に相槌を打ったが、そんなものを自分は知らない。少なくともこの国に、感謝の際にそのようなポーズをとる風習はなかった。やはりこの子はどこか遠い場所から来たのかもしれない。


「話はその辺にしておけ。先を急ぐぞ」


 会話の外にいたダルシスが割って入る。


「待てよ、まだお前との話は終わってない」


 アシモがまたもダルシスに突っかかる。


「それには応じよう。話す時間があればの話だがな」


 ダルシスがその言葉を言うや否や、音もなく一機の機体が目の前に着陸した。


「追っ手!?」


 再びの悪寒に脳が震えだす。全身の神経を壊らばせ、ハルトは来る戦闘に備える。


 しかし、その必要はなかった。


「ダルシス陛下、お迎えに上がりました」



 ――***——

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