第13話*参 疾走スル_狂気
景色が飛んでいく。
闇の
ハルトは空気を切り裂き進むバイクの上から、ダルシスに呼びかける。
「あの!ダルシス様!」
「なんだ」
「あの、このバイクなんですけど!」
股下から響くエンジンの音に、声が掻き消えていく。
「もしかして『ガソリン』で動いているんですか?」
「そうだが?」
――なんてことだ。
ハルトの背筋を戦慄が撫でる。
この国を走る走行車両の一切は、全て永久動力炉から供給されるエネルギーで動いている。わざわざ炎焼する可能性のある危険な液体など、使う必要はない。この手の動力源を必要としていたのは、この国に永久動力炉が誕生する以前の話だ。
「なんでそんな危険なものに王子が乗ってるんですか!?」
「趣味だ」
「趣味!?」
耳を疑う。殆ど好事家しか欲しがらない
血の気が引く。絶えず振動し、騒音を散らす燃焼する動力機関。旧世代の街道はこんな恐ろしいものがいくつも走っていたというが、そんなのは全く悪い冗談だ。
「——ッ!ダルシス様!この先は行き止まりです!」
ふと眼前を見ると、道の先に明滅する赤い警告灯が立っているのが見えた。
「このままじゃ僕たち――」
「少し飛ぶぞ、喋るな。舌をかむ」
「え、それってどういう――」
事ですか。そう聞いた時には体はバイクごと宙を舞っていた。内臓が浮き上がり、視界が黒に染まる。どういうことだ、何故浮いている。
まるで魂が身体から抜けてしまったように、世界はゆっくりと動く。そして、重力に手繰り寄せられ徐々に車輛が地面に落下しているのが分かった。
――今日、死ぬかもしれないな。
不意にそんなことを思う。
――ガンッ
重い衝撃音が響く。地面にあわれ墜落したかに思えたバイクは、見たことのない平面な舗装された道を何事もなかったかのように走っていた。
「王都は交通の要衝だ」
ダルシスは言った。
「それを支える第七永久動力炉から伸びる高速道は、まだ開発途中のものがいくつもある」
恐怖と混乱で、ダルシスの言っていることを理解できない。
「今回はそれを使う。少し驚かせたな」
ダルシスは相も無感情に謝罪を述べた。
「少し……?」
この先、これ以上驚くことがあるだろうか? 願わくば、この先これ以上の災難は御免
ふと、後ろを見やる。アシモはこの狂気の疾走劇についてこられているのだろうか。
しかし、そんな心配などまるで不要というように、アシモはダルシスの車輛後方にぴたりとついていた。
後ろを振り返るハルトに気付いたのか、アシモは暢気に親指を立てている。
「あいつ、無免許なのに……」
アシモは何をやらせても必ず一定以上の
「……ッ。厄介なのが出てきたな」
ダルシスが苦々しい様子で呟く。
後写鏡から覗く後方に、数体の機影が見えた。
「あれは一体なんだ!?」
ハルトは叫ぶ。あの巨大な塊は一体――。
「自律式走行殲滅車輛、通称オートマタ。イシルドアめ、私一人に軍用機を投入するとは大袈裟に過ぎる」
「君の出番だ、ハルト」
「え……?」
堪らずハルトは訊き返す。
「あの機体を、どれでもいい、破壊してきてくれ」
「は!?」
『破壊しろ』。バイクのエンジン音に紛れて聞こえたその声は、間違いなくそう言った。
「無理に決まってます! あんなのと戦うなんて……!」
思わず耳を疑う。
「しかし、それが君の役割なのだろう?」
「——!」
刹那、疾走するバイクの脇を銃弾が掠める。あの機銃の弾丸がもしこの車輛のタイヤを射抜いたら……。それだけではない。この少しの衝撃で燃え上がるだろう動力源に当たりでもすれば、それこそ一巻の終わりだ。
状況はハルトに決断を迫っていた。
――また、だね。
少女の声。それは一瞬のうちにハルトの意識を支配する。
――壊せばいいじゃない。あなたには、それができる。
自分にあれと戦うだけの力が……?
一瞬の微かな疑問は、すぐに確信へと変わる。
――
そう、あれを
――そう、だから……。
そこで少女の声は途絶えた。
「ダルシス王子、少しスピードを緩めてください」
ハルトはそういうと、走行するバイクのシートを立ち上がる。
「——!」
ダルシスが次に見たのは、無惨にその断面を晒す
「これは……」
後方に広がる光景に、思わず息をのむ。
「けしかけたのは私だが、まさかここまでとは……」
しかし、次の瞬間。ハルトとダルシスの乗る車輛を機銃の掃射が
「ハルト――!」
アシモが絶叫する。
「……」
しかし、バイクは何事もないようにそこにあった。
絶えず火を噴く機銃から放たれる銃弾の驟雨。それが、熱せられた鉄に垂らした一滴の雫のように、蒸発していく。
まるでハルトの眼前に、半透明のフィルターが張られているようだった。
「
ハルトは短く言って、バイクの後方から跳ねた。
再び轟音を立て、機体がまた一体崩れ去る。
宙を舞ったハルトの視界に、黒く染まった王都の姿が、反転しながら刻まれる。わずかに点灯しているビルの明かりが、空を駆ける幾千もの流星に見えた。
「さよなら、だ――」
着地したオートマタの機体内部に、ハルトは手を差し入れる。まるで脆い泥人形のようだった。
制御系を破壊された走行車両は、慣性に身を預け、徐々にその速度を遅くする。そして、数刻経たず、あえなく沈黙した。
――***——
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