第2話*壱 暗転スル_譌・常
――***——
『Text: 学校来いよ、サボり』
携帯端末の画面に表示されたメッセージを一瞥してから、それを削除すると、再び顔を枕に
身体が思うように動かない。いや、動かそうとする意思はもとより自分にはなく、ただその体重をだらしなくベッドに任せていた。部屋にある空調機から吐き出される暖気が、この身からやる気を剥奪していく。
手に振動を感じ、再び端末に目を向けると、追加メッセージが新たに10件届いていた。差出人は全部アシモだ。
確認するまでもない内容なので、全て削除し、非通知にする。生憎と、今日学校に行くつもりはない。一日惰眠を貪って、気が向いたら音楽でも聴きながら本を読む予定だ。予定というほどのものでもないが。
仰向けになり、布団で身体を覆う。最近の寒さなど、まるで別世界のことのような気がした。勉強なんて、どうでもいい……。
別に取り立てて学校が嫌いというわけでもないが、しかし好きというわけでもない。この誕生から死までの安寧が保証されている国で、なにかを学ぶ事の無意味さに、最近気づいてしまっただけなのだ。勉学が趣味の範疇なら、休むことも自由だというのが、ここ最近の持論だ。
「しつこいなあ……」
そう呟くと、二度と午睡の邪魔をされぬよう端末の電源を落とす。これでこの穏やかな昼下がりを邪魔するものはいない。
気まぐれにベッドの近くに設えた窓のカーテンを捲ると、外は気持ちのいい快晴だった。予定を変更して、どこかに散歩でも行こうかと思案していると、再び体が振動を感じた。
「え……?」
おかしい。端末の電源は落とした。なのに何故。いや、そもそも振動しているのは端末じゃない。この部屋だ。
「——サボり魔一匹確保、と」
「アシモ!?」
部屋の扉を、あろうことか蹴破って入ってきた銀髪の男に、少年は目を丸くして叫んだ。
「ったく、何回携帯鳴らしてっと思ってんだよ」
「いや、ドア……」
いとも容易く蹴破られた頼りない扉は、力無く外れて部屋に倒れていた。そんなに頑丈な扉ではないが、それでも電子錠は掛けていたはずだ。
「あぁ、ワリィワリィ。今度ちゃんと直すよ」
「そういう問題じゃないでしょ……」
唖然とする少年を尻目に、アシモはズカズカと遠慮なく部屋に入ってくる。どうやら今日はこれ以上の籠城を許してくれないようだ。
「それはそうと、ちゃんと学校こいよ、ハルト」
申し訳程度に壊れたドアを壁に立て掛けると、アシモはそう言った。
「……アシモには関係ないだろ」
「いーや、あるね」
「どこが関係あるって言うのさ」
「お前が来ないと学校がつまらん」
「な……」
これは喜ぶべきセリフなのだろうが、いや、だからといって、家まで来て扉を壊されたのを納得する理由には到底ならない。
「それにだ、ハルト。家にはいつまでもいられるけど、学校に通えるのは今のうちだけだぞ?」
「どうでもいいよ、そんなこと……」
家にいつまでもいられるなら、学校に行く必要など尚更ないだろう。
「いーや、俺はどうでもよくないね。友達とも会えねぇし」
「僕、アシモと違って友達そんないないし……」
「俺がいるだろうが」
「……」
こいつは平気で恥ずかしいことを言う。そういうところは、昔から変わらない。
「別に、アシモにはいつでも会えるし……」
「それに!」
アシモがいつもの、にやにやとした笑みを浮かべる。
「アルルには学校行かないと会えねぇぞ」
「な……!」
瞬間、血液が沸騰するのを感じた。デリカシーのないアシモに怒りを感じると同時に、その名前を耳にするやいなや、心臓は高鳴った。
「ハルト顔真っ赤だぞー、どうしたー?」
「うるさい! どっか行ってよアシモ!」
部屋にこだますアシモの笑い声が、1日の予定と調子とを狂わしていく。こいつはいつもこうだ。生まれてこの方、アシモを言い合いで負かしたことなど一度もなかった。
「さてと、いい感じに体も温まったことだし、そろそろ出かけるぞハルト」
「いや、行かないよ。僕」
何がいい感じかは知らないが、これからアシモとどこかに出かける気などない。
「まずは服見て、その次靴見て、そしたらカラオケ行って、そっからクレープ食って、最後ゲーセンな」
「いやいや! 聞こえなかったの? 僕行かないよ」
そんなスケジュールで動いたら、一体帰宅は何時になるのだろうか。そもそも自分は一言も行くとはいっていない。
「じゃあそういうことで、俺は外で待ってるから」
アシモはそう言うと、そそくさと外へ出ていく。
「いやいや! 何度も言うけど、僕行かないからね!」
そう叫ぶハルトの拒絶の声は、虚しく部屋に響いた。
「……ったく、なんなんだよ」
厄日だ。予定は狂うし、扉は壊れるし、からかわれるし……。
アシモのいなくなった部屋は、先ほどより更に静かになったような気がした。まるで嵐が過ぎ去った荒野だ。
疲労感に身を任せて、再びベッドに横たわる。アシモはああ言っていたが、本当に外に出るつもりはない。アシモが外で待ちぼうけても、それは自業自得というものだ。
自分は決してアシモのことが嫌いなわけではない。認めるのは癪だが、それは事実だ。生まれた時から一緒で、友達で、同時に家族のようなものだ。
しかし、彼を疎ましく思うようになる瞬間がある。理由は判然としていた。
「僕はアシモとは違う。僕は君みたいにはなれないんだよ……」
アシモの成績は学校でも屈指のもので、交友関係も広い。運動神経も当然のように抜群だ。そして何よりはその容姿。
絹のような白銀の髪に、深い湖の水面のような紺碧の瞳。すらりと伸びた手足はどこか儚げだが、力強さも感じられる。
黒髪に黒い瞳と、この国では平均的な容姿の自分に比べると、情けなくなるほど、アシモの存在は際立っていた。
——どうして。
それは生まれて初めて芽生えた、他人に対する嫉妬だった。
「はぁ、音楽でも聞こう……」
枕元に置いた携帯端末を探す。確かここら辺に置いたはずだが……。
「あれ?」
無い。
置いていたはずの携帯が何処にもない。どこかに落としたのか。いや、今日は外に出ていない。そもそも、先ほどまで手元にあったのだ。この数分間で無くなるはずは……。
「……あ」
脳裏に浮かぶ見慣れた顔は、またぞろニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。
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