第6話 転校生

 気持ちのいい晴天が広がる午後、俺は1人、人気のない校舎裏のベンチで昼食をとっていた。最近は優斗と青葉夏菜との3人で昼食をとることが多かったが、今日はなんとなく1人で食べたい気分だった。

 昼食もそろそろ食べ終わろうかという頃、最後にとっておいたから揚げを食べようとすると、一匹の猫が近づいてきた。毛の色は灰色で目は薄い緑、野良猫だろうか。そんなに汚れているようには見えなかったが、首輪はしていなかった。

 その猫は俺の前に座り、にゃーと鳴く。仕方ない。後でパンでも買うか。そう思いながら野良猫の前にから揚げを置く。すると、野良猫はその場でから揚げを食べ始めた。

「うまいか?」

 俺は野良猫に声をかける。野良猫は水樹の声など気にせずから揚げに夢中になっている。水樹はそんな野良猫を見ながら、この前の香里先輩とのことを思い出していた。

 2人で映画を見た日、香里先輩はごめんなさいと言ったきり何も言わなかった。結局、俺たちはそのまま無言で帰った。あれから2週間近く経ったが連絡は取っていない。中学の時いきなり突き放して、久しぶりに再会したら何事もなかったように振舞うし、香里先輩は一体どういうつもりだったんだろう。全然分からない。

 はぁ、と一つため息をつくと、突然声をかけられた。

「橘君?」

「青葉さん...」

 そこには青葉夏菜がいた。

「どうしたのこんなところで。ため息つくと幸せが逃げちゃうよ。ほら吸って吸って」

「あー、いや、ちょっと考え事してて。青葉さんは?」

「私はその野良猫にご飯でもあげようかなって」

 そう言った青葉さんの手にはツナ缶があった。

「そういえば、青葉さん猫好きなんだっけ」

「うん。あ、から揚げ食べてる」

「ごめん。俺の弁当少しあげた」

 青葉夏菜は少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔になり、ありがとうと言った。

「ご飯あげてるのが私だけじゃなくてよかった」

「いや、たまたまだよ。こいつが目の前に来たから。青葉さんはいつもあげてるの?」

「ううん、たまに。猫好きなんだけど家だと飼えなくて。だから、この子をかわいがろうかなって」

 そう言うと、青葉夏菜は野良猫の方に近づき優しく背中を撫でる。撫でられた野良猫は気持ちよさそうな顔をして青葉夏菜の足元にすり寄っていく。

「随分懐かれてるみたいだね」

「まぁね」

 と誇らしげな顔をする。

 猫と戯れる青葉夏菜がとても絵になっていて俺は癒される。

「橘君は猫好き?」

「好きだよ。動物は大体好きだけど、猫が1番かな」

「私と一緒だ」

 そう言って、青葉夏菜は笑顔を向けてくる。その笑顔が眩しくて俺は目をそらす。なんだか鼓動が少し早くなっている気がした。

 しばらく野良猫と戯れていると、再び青葉夏菜が声をかけてくる。

「この子に名前付けてあげたいなって思ってるんだけど、何がいいと思う?」

「んー、ナツってのはどう?」

「ナツ?」

「青葉さんの下の名前。夏菜の夏でナツ」

「...いいね。気に入った!」

 青葉夏菜は早速、ナツぅ~と甘い声で呼びながら全身を撫でる。俺が考えた名前を呼んでいるのがなんだか嬉しい。俺もナツを撫でようと近づくと、シャーッ!と威嚇されてしまった。どうやら、から揚げ1つでは足りなかったようだ。



 教室に戻ると優斗が声をかけてきた。

「水樹どこ行ってたんだよ。次の体育、他のクラスと合同だって。行こうぜ」

「そういえばそうだった」

「女子は運動場だよね。じゃあ青葉さんまた後で」

 手を振り合い、俺たちは体育館へ向かう。

「そういえば、なんで青葉さんツナ缶持ってたんだ?」

「小腹が空いたときのおやつだって」

「まじ?なんか学校にツナ缶持って来るなんて意外だな」

「...冗談だよ」

「真顔で冗談言うんじゃねぇよ」

「学校に来る野良猫にあげるんだと」

「へぇ、青葉さんらしいな」

「猫好きだからな」

「お前も好きだろ。青葉さんと共通点があって良かったな」

「なんでだよ」

「お前青葉さんのこと結構好きだろ」

「は?」

「照れんなよ」

「いや、照れてねぇよ」

「俺はいいと思うぜ」

「なんの話だよ」

「なにかあったら言えよな。応援してやるから」

「話聞けって」

 結局、優斗は最後まで話を聞かなかった。俺は確かに青葉夏菜が好きだ。でもそれは優斗と同じような、男子ならみんな抱いてる憧れのようなものだ。俺は香里先輩とのことがあった中学から恋愛を遠ざけるようになった。それは今でも同じだ。



 体育館に着くと、すでに何人かの生徒がバスケやバレーをしていた。まだチャイムが鳴る前なので、早い時間から体育館に来ていたのだろう。その中に見慣れない生徒がいた。髪は短く、スポーツをしていそうな雰囲気があり、爽やかな好青年という感じだった。誰だろう。

「あれが最近来た転校生だよ」

 俺の視線を見て気づいたのか優斗が教えてくれる。

「なんか、爽やかイケメンだな」

「突然のイケメン転校生。女子からの人気は間違いなしだな」

 いつの間にか先生が来ており、チャイムが鳴ったので、俺は確かにと答え整列した。

 授業はバスケをすることになった。今日は男子生徒が35人いたため、5人チームを7つ作ることになった。先生が1~7までの数字を生徒1人1人に割り当てていき、それぞれ同じ番号の人同士でチームを組むというものだった。

 俺は同じクラスの人と違うクラスの人3人と同じチームになった。全員話したことがあったため、プレイには影響がなさそうだった。優斗は転校生と同じチームになっており、やる気満々という感じだった。

 あいつこういう勝負事には本気だし、俺が手抜くと怒るからな。あいつとやるときだけ頑張ろう。

 優斗はどの試合でも全力を出し、コートの隅から隅まで走っていた。そして、俺たちチームとの試合。

「お前息切れてるじゃん。大丈夫かよ」

「余裕。あんなの序の口だからな。俺の本気見せてやるよ」

「なんだよその無駄な体力。運動部にでも入れよ」

「運動部は面倒くさいじゃん」

 優斗は本当に面倒くさそうな顔をする。そういえばこいつ、いつだったか部活で何かもめたとか言ってたっけ。

「お前も本気でやれよ」

 優斗がそう言ったのと同時に試合が始まった。

 試合が始まった瞬間、優斗は軽快なドリブルで敵をどんどん追い抜いていき、華麗なレイアップシュートを決めた。水樹に向けてドヤ顔をキメる。

 うぜぇ。

 今度は水樹がドリブルをするが、優斗が立ちはだかる。水樹は優斗を真っすぐ見据え1対1をしようとするが、踏み込んだ瞬間に横から来たチームメイトにパスを出す。ノーマークだったためボールを持ったチームメイトはあさっりシュートを決める。

「おい、勝負しろよ」

「勝負ならしてるだろ。これはチーム戦」

 そう言ってニヤリと笑うと、優斗がこの野郎と挑戦的な笑みを浮かべた。

 それから俺達の点数は拮抗していた。自分でも思っていたより熱くなってしまっていたらしい。ドリブルをしようと踏み込んだ瞬間視界が揺らぎ、足に痛みが走った。俺はそのまま転んでしまう。すると、すぐさま優斗が駆け寄り、肩を貸してくれる。

「大丈夫か?」

「あぁ、ちょっと捻っただけ。大したことはないと思う」

「今転校生が氷持ってきてくれるから」

 2分後、転校生が氷と水を入れたビニール袋を持って来る

「ありがとう」

「一応、保健室の先生にも連絡しといたから後で行くといいよ」

「あぁ、」

 俺はしばらく休んでから保健室に行った。



 教室に戻ると、優斗と青葉夏菜が駆け寄ってきた。

「大丈夫だったか?」

「大丈夫。2,3日もすれば治るって」

「よかったー」

「俺はそんなにヤワじゃないから」

「いや、お前結構派手に転んでたからな」

「そうなの?!他にどこか打ってない?」

「大丈夫だから」

「お前、いつも澄ました顔してるくせにああいうことは熱くなるからな」

 誰が熱くさせてんだよとツッコミたかったが疲れそうなのでやめる。

「ほら、帰るぞ」

 俺はそう言って、鞄を持ち教室を出た。片足が使えないと歩きづらい。

「ちょっと近くのコンビニ寄っていい?ナツにから揚げあげたからお腹空いて」

「俺はいいけど。ナツって誰?」

「猫のこと。橘君が私の名前から取って付けてくれたんだよ」

「あぁ、そういうことね」

 と言い俺に意味ありげな顔を向けてくる。なんだよ。

「私は家の用事があるから先に帰るね。足、お大事に!」

 そう言い青葉夏菜は先に帰っていった。

「今日はなんか奢るよ」

「なんだよ気持ち悪い」

「いや、お前怪我したし」

「お前のせいじゃないんだから気にするなよ」

 俺はパンだけを買うつもりだったので自分の会計を済ませ、さっさと外に出る。優斗はもうしばらくかかりそうだったので外で待つことにした。

 すると、前から転校生が来た。

「あの、さっきは氷ありがとう。えーっと」

「雪永達也。どういたしまして。そんなに気にしなくてもいいよ」

「俺は橘水樹。また何かあったらよろしく。雪永君」

「呼び捨てでいいよ。もうなにもない方がいいと思うけど」

 そう言って雪永は苦笑する。

「そういえば、橘君は」

「俺のことも呼び捨てでいいよ」

「橘はかなと結構仲いいよね」

「ん?かな?」

 かなって誰だろうと考える俺に雪永は続けて言う。

「夏菜。青葉夏菜。大変じゃない?いろいろ」

 青葉夏菜。夏菜って名前だけ言われると分からなかった。なんで最近転校してきた雪永の口から青葉夏菜が出てくるんだ?しかも下の名前を呼び捨てで。

 いろんな疑問が浮かんでいると顔に出ていたのだろう。返事できないでいると雪永が再び話し始める。

「あぁ、橘と夏菜が仲良くしてるところ度々見かけてたから。夏菜とは昔友達だったんだ。今は訳あってそうでもないけど」

 昔友達だった?訳あって?予想外のことで動揺していたし、そんなことで動揺している自分にも驚いた。青葉夏菜の昔の友人、それがどうした。昔の友人なんて誰にでもいるじゃないか。

「友達が来たみたいだからそろそろ行くよ。バスケ楽しかった。お大事に」

 雪永はそう言うと、優斗と入れ違いにコンビニに入っていった。

「今の転校生じゃん。何話してたんだよ」

 昔の友人か、前に青葉夏菜に転校生の話を振ったとき表情が曇ったのはそういうことか。でも青葉夏菜と雪永のことだし俺が追及することじゃないよな。

「あ、はい。翼を授かりそうなやつやるよ。俺の奢りだ」

 でも、雪永から話してきたしな。大変じゃない?ってなんのことだよ。

「おい、シカトしてんじゃねーよ」

 そう言って、優斗は俺を殴る。

「おい、けが人だぞ」

「お礼の1つも言わないでこんなときだけけが人かよ」

「はいはいありがとう。考え事してたわ。で、何?」

「転校生と何話してたんだよって」

「あー、なんかまたバスケしようって」

「お、いいね。またやるか」

「俺の怪我が治ってからな」

 そうして俺たちは帰路に着いた。


 俺はずっと、雪永との会話が頭から離れなかった。

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