第7話 後悔
なんだろうこの胸のモヤモヤとした感じ。雪永と話しをした後からずっと心に何か引っかかっているような気がする。不快だった。水樹はこの感情の正体に気づかない振りをした。気づいてしまったら、それを受け入れてしまったら、俺が青葉夏菜が好きだと認めてしまうことになるから。
周りからおはようと挨拶をする声が聞こえてくる中、俺は1人で登校していた。いつも1人なのだが大抵は校門の前で優斗と会い、くだらない話をしながら教室に向かうというのが当たり前だった。でも今日は違った。1人の生徒と目が合う。
「おはよう。橘」
「おはよう。雪永」
俺たちは互いに挨拶を交わし、校門に向かう。
特に話すことも無く、しばらく無言が続く。俺は雪永との無言が落ち着かず、何か話すことはないか考えていた。
「今度またバスケしない?」
「ん、バスケ?」
「雪永楽しかったって言ってたし、俺も怪我治ったしな。優斗がまたやりたがってるんだよね」
「優斗?あぁ、一緒にいたあの人か。いいよ」
「じゃあ今度誘う」
「あぁ」
それからまた無言が続く。雪永はたぶんこういう人なのだろう。別に俺を嫌っているとかではなく、落ち着いたタイプ。それでも俺は何か話しをしたくて話題を探すが、浮かんでくるのは雪永と青葉夏菜はどういう関係なのか、そればかりだった。雪永はこの前の話を忘れてしまっただろうか。
なぁ、雪永と口を開きかけたとき
「じゃあ橘、俺こっちだから。またな」
そう言って雪永は俺とは反対方向の教室に歩いていく。いつの間にか俺たちの教室の階に来ていたらしい。
「...あぁ、またな雪永」
結局、俺は雪永に何も聞けないまま自分の教室へ向かった。
すると、後ろから声をかけられた。
「おはよう。橘君」
「おはよう、青葉さん」
「珍しい。今日は村田君と一緒じゃないんだね」
「今日は転校生と一緒だった。雪永っていうやつで」
「そうなんだ」
「青葉さんはさ...」
「なに?」
「...何でもない」
雪永のこと知ってるの?とは聞けなかった。青葉さんは終始笑顔だった。でも、雪永の話になるとその笑顔がひどく悲しい笑顔のように見えて、それ以上会話を続けられなかった。なんだよ、なんでそんな表情するんだよ。俺は青葉夏菜がそんな表情をしてしまう理由が知りたかった。
優斗は風邪で休みらしい。出席を取るときに担任のきょーちゃんからそう告げられた。
1人で過ごす学校はなんだか退屈だった。青葉夏菜にはなんだか話しかけづらいし、優斗以外との会話は気を遣ってしまう。あいつなんで休んでるんだよとなんだかよく分からない怒りが出てくる。
休憩時間になると特にすることも無く、退屈だったため図書館に行くことにする。この学校の図書館は本の種類が多く最近ではライトノベルも置くようになったらしい。どんなライトノベルなんだろう。オタクと非オタが集まってゲームを作る話か、こういう本もあるんだな。ちょっと読んでみるか。俺はそのライトノベルを手に取り読み始める。
予鈴がなった。
思ったよりも面白くて時間を忘れてしまっていた。この本借りていくか。なんとなく手に取った本が面白かったときは野原で四葉のクローバーを見つけたようなそんな嬉しさがある。
教室へ戻ろうとすると、きょーちゃんに呼び止められた。
「橘君ちょっといい?このプリント村田君に届けてほしいんだけど」
「分かりました。届けておきます」
「ありがとう。じゃあまたホームルームでね」
そう言ってきょーちゃんは歩いて行った。自己紹介で29歳と言っていたが、25歳くらいでも通用しそうな見た目で、年上というエロさと年の割には若い見た目というギャップから男子生徒からの人気が結構ある。その後ろ姿を見て、あー分かるかもしれないと思った。まぁ俺は年上好きってわけでもないんだけど。
いい気晴らしができたこともあって午後は朝ほど気分が沈んではいなかった。少なくとも青葉夏菜に声をかけられるくらいには元気になっていた。
「青葉さんまた明日」
「また明日ね」
青葉夏菜は笑顔だった。朝のこともう気にしてないのかな。いや、さすがに気にしてないなんてことはないか。弱音を吐くタイプでもなさそうだし1人で抱え込んでるとしたら申し訳ないな。いつも元気もらってるし、いつか、俺を頼ってくれることがあったらその時は力になろう。俺は密かにそう決意して教室を出る。
優斗の家は学校の近くにあるのでそんなに時間はかからなかった。
築10年という立派な一軒家は外見はきれいなままでよく手入れされていることが分かる。ピンポーン。インターフォンを鳴らす。先に優斗にメールで連絡をしていたためすぐに扉が開く。
「おう、入れよ」
「お邪魔します」
優斗の部屋は二階にあり、部屋は割と片付いていた。意外だ。
「意外と綺麗にしてるんだな」
「俺みたいなやつは意外ときれいにするんだよ。お茶でいいか?」
「ありがとう。お構いなく。一応これお見舞いだ」
俺は適当にスーパーで買ってきたお菓子が入った袋を渡す。
「こういう時は果物じゃないのかよ」
「あ?文句言うんじゃねぇよ。ありがたく思え」
「ありがとうございます」
「思ったより元気そうじゃん」
「今さっき計ったら37.2度だった。これでも朝は38度あったんだぜ」
自慢することかよと突っ込もうと思ったが、38度を10時間ほどで回復させるのは結構すごいことなのかもしれない。俺が突っ込まないことを変に思ったのか心配そうに声をかけてくる。
「どうしたんだよ。今日俺が居なくて寂しかったのか?」
うぜぇ。
「違うよ」
「お前ツンデレだもんなー」
そう言ってニヤニヤしながら肩を組んでくる。うぜぇ。
「近寄るな。風邪移るだろうが」
「そんなの部屋に入ってから言うことじゃないだろ」
尚も離れようとしない。こいつ実はまだ熱下がってないんじゃないか?そう思っていると優斗は珍しく真面目な声を出した。
「で、何があったんだよ」
「なにがってなにが?」
「どれだけの付き合いだと思ってるんだよ。お前のことは分かるって」
「まだ2年の付き合いだ。はぁ、お前変に鋭いとこあるよな」
「お前の絡みがいつもと違うからな。で?」
で?か。話せってことなんだろうな。話さないとこいつしつこそうだしな。何から話そうか、このところいろいろあったからな。話すネタはたくさんありそうだ。でも、そうだな。まずは1つ1つ解決していかないとな。このままってわけにもいかないし。
そうして、俺は香里先輩と再会したことや過去に何があったのか、今どうなってしまったのかを話した。
「どう思う?香里先輩のこと」
「どう思うって、お前のこと好きなんじゃね?」
「は?それはないだろ。卒業式の日にいきなりフラれたんだぞ。それから連絡もなかったし」
「でもデートしたんだろ?」
「あれはデートじゃない」
「はぁ、まぁその卒業式のことはよく分からないけど、お前とまた連絡取りたいって言ってきて、遊びに誘ってきたなら好きなんだと思うけどな。中学の時は両想いだったんだろ?」
「それは俺が一方的に思ってただけかもしれない。本人から直接聞いたわけじゃないから」
「そっか。とりあえず話せ」
「え?」
「直接話してみないと分からないし1人で考えても埒が明かない。お前もこのままは嫌だからこうして話してるんだろ?」
「それは...」
それはお前が話せって言ったからだろと言おうとしたが、さすがに大人げなかったし何より優斗が言うことは正しかった。確かにこのままでは埒が明かない。それに香里先輩とまた仲良くできるなら、そうしたい。俺ははっきりとそう思った。
「確かにお前の言う通りだよ」
俺はため息をつきながらしみじみそう思う。
「だろ」
「今日はありがとう。少しすっきりした」
「お見舞い来たやつに感謝されるとはな」
「うるさい。じゃあそろそろ行くわ。長居して悪かったな」
「俺は楽しかったから全然いいけど」
「人が真剣に悩みを打ち明けたのを楽しむとか歪んでるな」
「まぁな」
そう言って、ドヤ顔をキメる。
「自慢することかよ」
俺は半ば呆れながらツッコむ。真面目なんだかどうなんだか。
外を見るとすっかり暗くなっていた。
「じゃあな」
「あぁ、またな」
俺は玄関を出る。
そして、躊躇いがちに振り向く。
「なぁ、明日は来いよ。お前がいないとつまらないから」
「...なんだよー水樹ちゃん。やっぱりツンデレじゃねぇかぁー」
最高に気持ち悪い顔で抱き着いてくる。
「おい!風邪移るだろうが!離れろ!」
やっぱり言わなきゃよかった。俺は後悔した。
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