魔女の恋にはハードルが多い
夜更一二三
ハードル1:彼は私の師匠でして
何故、私が彼に恋をしたのかはひとまず置いておいて。
私の恋には数多くのハードルがありまして……。
私の朝はお茶を淹れる所から始まります。
金の模様の入った、彼の愛用のティーポット。まずはそれをお湯でしばらく温めて……彼に教えられた通りの手順は、すっかり手慣れた手つきです。
白いティーカップに注いだのは、紫色の、彼のお手製ハーブティー。
トレイに乗せたひとつのカップを持ち、彼の書斎に向かいます。
塞がった手ではドアを開ける事は叶いません。だから、いつも声をかけるのです。
「お茶を淹れました。」
「ああ、ありがとう。今開けるよ。」
そうするだけで、いつも扉は開きます。
少し嗄れているけれど、優しい声。
見下ろす長身。マスクとサングラスで見えない白黒の顔は、見えなくとも笑っているのだと分かります。
「おはよう。ロゼ。」
「おはようございます。
そう。
彼は私の恋する人であり……私の魔法の師匠でもあります。
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何故か夜でも外さない黒いサングラスの下に、どんな瞳があるのかは窺い知れません。
しかし、きっとそこには優しい瞳があるのでしょう。
食事は別々にとり、お茶も一人で飲み、いつも外さない白いマスクの下にどんな口があるのかは分かりません。
しかし、きっとそこには優しく微笑む唇があるのでしょう。
身長は190㎝ほどでしょうか。私では見上げてしまう程の長身。黒の紳士服に包まれたすらりとした体躯は無駄を感じさせない洗練された印象を与えます。
少し伸ばした一切色素のない白い髪は、絹の糸のように艶やかで、思わず見惚れてしまいます。
顔の肌はサングラスに白いマスク、白い髪に隠れてあまり見えませんが、それは綺麗なものなのでしょう。
お聞きの方ならご理解いただける事でしょう。
私は彼に恋しています。
彼の名はロタス。何と彼は魔法使いです。
そして、彼に恋する私の名はロゼ。今年で確か14歳。
ロタスに教えを乞う魔女であります。
そうなんです。私、ロゼは師匠に恋しているのです。
師匠はお茶を飲み終えると、いつも自分でティーカップを持ってキッチンに顔を出します。
「ロゼ。またお茶を淹れるのが上手になったね。」
「ありがとうございます。師匠の教え方がお上手ですから。」
「いやいや。君が覚えがいいだけだよ。私は大した事は教えていないさ。」
師匠はははは、と笑います。
師匠が私に教えてくれるのは、何も魔法に限りません。
お茶の淹れ方から料理の仕方、上手な掃除の仕方や、文字の読み書き、その他色々……彼からは生きる術を教えて貰っているのです。
彼は魔法の師匠であり、私の人生の師匠でもあります。
私は彼の弟子である事を誇りで思うと同時に、非常に残念にも思っていまして。
何度も言いますが、私は彼に恋をしているのです。
そうなると、師弟関係というのは実にややこしいハードルになりまして。
「師匠のお陰で今の私があると言っても過言ではありません。」
「大袈裟だよ、ロゼ。」
朝の紅茶の後に、私はいつも包み隠さず想いを告げます。
「師匠。大好きです。」
師匠はいつも、照れ臭そうに掠れた笑い声を漏らします。
「大袈裟だよ、ロゼ。」
そして、照れ隠しのつもりなのか、すっかり日課になった行動。
外している事を見た事もない、冷たい革手袋が私の頭に乗せられます。
割れ物を扱うように、師匠はそっと頭の上で手のひらを動かすのです。
その不器用さの入り交じった優しさも、たまらなく愛おしくて……。
「私も君が好きだよ。」
その一言でどきりとしたのも束の間。
「君のような弟子に恵まれて私は幸せだよ。」
……彼の愛情は、弟子に向けられたものなのでして。
私が思うところの「好き」とは、それは少し違っているのです。
そして、悩ましい事に、ハードルはまだまだ沢山ありまして……。
魔女の恋にはハードルが多い 夜更一二三 @utatane2424
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