第2話 最強の剣士と無の剣騎士
「え。…………ええええええええええええ⁉」
それは、ティファル姫渾身の告白だった。
(こ、これは告白なのか⁉︎ それともそのままの意味なのか?)
……クロムはティファルの言葉に混乱していた。だが、彼の決断は早かった——
「えっと、……お断りします」
「え……⁉︎」
——どちらの意味かは分からないが、どちらの場合でもとりあえず断っておこう——
それが彼の決断であった。
クロムはそっとティファルの様子を見る。なんと、今にも泣きそうな顔をしていた……。どうしようかと迷ったが、彼は「し、失礼します!」と言って、休憩場の方へ足速に立ち去っていった。……クロムは女性を慰めるスキルなど持っていなかった。決して彼には悪気など無いのだ。だがこれは本来ならばしてはいけない行為で、彼は後にこのことを後悔することになる……——…ただ一人廊下に残されたこの
ティファルから逃げるように休憩場へやってきたクロムは、ふぅ……と一つため息を吐き、円卓に設置された木椅子に腰を落ち着かせ、突っ伏した。
(なんか異様に疲れたなぁ。姫様の事もあるけど……その前に試験が終わった後直ぐにだったよな)
そう、彼は試験で騎士を打ち負かした後、壇上から降りて直ぐに、謎の疲労感に襲われた。それは、城の階段で感じたモノとはもっと別の——激しいモノだった……。
(うーん。まあ、動けなくなる程のでは無いから今のところ大丈夫か)
もう一度ため息を一つ吐くと身体中が楽になる感覚がし、疲労感の次は睡魔がクロムを襲う。彼はそれに抵抗せず。まぶたを閉じた…——
「——…ロム……。きて……起きてってば! も~、えいッ!」
「イッ‼」
背中を叩かれ、クロムの意識は痛みで一気に覚醒した。振り返ると、試験前に出会った少女——ウルス・ルリビネアが立っていた。
「いくら合格したからって、寝てちゃダメでしょ!」
「えっと、ご、ごめん……ウルス……」
クロムは反射的に謝辞を告げる。
「まあ、寝ちゃいそうになる気持ちは分からなくはないけど。……何はともあれ、合格おめでとう!」
「……うん、ありがとう。あ——」
言おうとして、クロムは言葉を止めた。ウルスが合格したかを訊きたかったのだが、もし不合格だった場合、彼女を困らせてしまう。そう感じたから。
クロムがオロオロとしだしたことに気づいたウルス。同時に、彼が自分に何を訊きたいのかも悟った。ウルスは、クロムに親指を立てて見せ、ニカッと笑みを見せた。
「大丈夫。もちろん私だって合格したよ!」
「! 流石だね! じゃあ……改めて。よろしく、ウルス!」
そう言ってクロムは、手を広げてみせた。やろうとしていたのはウルスも同じなようで、
——パンッ! と気味の良い音を鳴らし、ハイタッチを行った。
二人が再び会話をしようとしたその時――休憩場の扉が勢いよく開け放たれた。試験者は全員休憩場の中にいたようだ。試験結果のまとめを終えたらしい——…開けられた扉から、兵士が一人入って来て、口を大きく開いて言った。
「フェイカ殿! クロム・フェイカ殿! 貴方は首席に選ばれましたので、自分についてきていただきます!」
「……僕が、首席——⁉」
——…兵士に連れられ、クロムは闘技場の控室を訪れた。
「鎧一式ここに置いておきますね」
「え、ちょっと待ってください! これから何をするんですか?」
頭の中を混乱させているクロムの問いに、兵士は小首をかしげつつ、淡々と答える。
「知らなかったのですね。——簡単に言ってしまいますと、フェイカ殿にはこれからエキシビションマッチをしていただきます」
「えきしび、しょん……?」
まだ脳内を混乱させているクロムに、少し面倒くさくなったのか、兵士は「まあ、また簡単に言ってしまうと、もう一度試合を行ってもらうということですね」と棒読み気味に言った。その説明でやっと理解し、少し間の抜けたように「あー、そういうことですか」とクロムは頷いた。
「——では、鎧を着けたらそのまま舞台上まで来てください」
兵士が出ていくと、クロムは貸してもらった鎧をゆっくりと着け始める。
(首席、か。なんで僕なんだろう。もっと上がいるだろうに。まあ別に騎士になれさえすれば何でもよかったんだけど…………なれなかった人も、いるんだよね……、止めた。あまり考えないでおこう)
——……クロムは人格というものが安定していない。
それが彼を救うこともあるし、その逆もまたある……——
つけ忘れがないか確認をし終え、更に動きに支障を起こさないか軽く身体を動かす。
(村の祭りでも、鎧を着けることがあったから助かったな)
運動をしてもあまり重さを感じない軽装型鎧。少し激しく動いたが、身体にぴったりと付いていているので、外れにくいようだ。装甲同士は、皮製のベルトで接合されており、思ったよりも丈夫だ。
注意に注意を重ね、安全を確認でき、クロムは安心して試合に臨んでいく。だが、これから彼が鎬を削り合う相手は、先程のように一筋縄ではいかぬ相手なのであった。
…——クロムが闘技場へ姿を見せた瞬間、またもや歓声の嵐が彼を襲いだす。深呼吸を行い、緊張を(少しだけだが)ほぐし、壇上へ上がる。対戦相手はまだ姿を見せていないようだ。
(誰と戦うんだろう? 騎士団長とか? うへぇ……)
騎士団長は間違いなく強いだろうから、勝てないな。と、心中で呟く。
だがしかし、彼とこれから戦う者は、騎士団長ではない。団長よりも遥かに強いだろう。
——刹那、歓声の嵐がかき消された——クロムの対戦相手の声に……。
『静まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ——————————————ッい‼』
「つっ——!」
クロムも咄嗟に耳を抑えてしまうほどの声。その声の主は、
「姫様⁉」
そう、この国の第二王女——ティファル・K・ヴァリアスであった。
「これより、今期の首席であり、期待の新星——クロム・フェイカと……我が国の第二王女にして、伝説の星剣——クラウ・ソラスに選ばれし我が国最強の剣士——ティファル・K・ヴァリアス王女殿下による、エキシビションを行います!」
(……星剣クラウ・ソラス……最強の、剣士……⁉)
クロムは目を見開いて、驚きの表情をティファルに向ける。
歓声は完全に消え去っており、代わりにピリピリとした空気が感じられる。
「クロム様、私は貴方にされたことを忘れません……」
「待って待って! その言い方だけだと誤解を生みますよ⁉ ぼ、僕はただ断っただけです!」
ティファルは聞く耳を持たず、『屈辱』といった感情に乗っ取られている。——どうやら彼女は感情で一度暴走を始めてしまうと、止まらない性格のようだ。
しかし、試合の開始を指示する兵士は二人の間に何があったかなど知らない。小首をかしげながら、開始のベルを鳴らした。
「——っ、ハァッ‼」
「うお……!?」
開始同時にクロム目掛けて——やや細身ではあるが、大型の剣であるクラウ・ソラスをいとも簡単に構えて右足での踏み込みからの右片手で鋭い突きを放つティファル。クロムはその重い一撃を右へ紙一重でかわす。
(ギリギリだった……! もし反応が間に合っていなければ——……っ!)
クロムが中型の鞘入りの剣を両手で中段に構えなおすよりも早く、脇構えに構えていたティファルの剣が走る。 ——壇上の床を剣先が掠め、削りつつ、彼女の剣はそのままクロムの右の脛当てに勢いよく吸い込まれていき、傷を入れた。その瞬間、審判の騎士が旗を揚げる。そして、先程ティファルが黙らせた観客も我慢できなくなったのか、再度歓声を上げ始めた。
(一本、取られた……!)
脛を伝って身体全体をビリビリとした衝撃の余波が襲う。……その衝撃が彼の脳にいい刺激でも与えたのだろうか――何を思いついたかクロムはにやりと笑みをこぼした。
「何がおかしいのですか!」
自身を馬鹿にしているのか、と勘違いしたティファルは剣を大きく振りかぶり、クロムのヘルメットに向かって振り下ろした。だがクロムは、それを待っていたとばかりに、胴への『打ち抜け』を行った。
「何もおかしくないですよ。姫様を嗤ったりなんてしていません」
クロムは笑みをティファルに向け、更に彼女を煽った。——何故彼がこのようなことをしているのかというと……これは単純なもので、相手を軽くでも怒らせることによって、剣を握っている手に更に力をかけさせているのだ。この場合、片手だけに余分な力が入り、剣は斬閃などもまっすぐにならない。しかも、大振りになることが多くなるため、胴などが狙いやすくなる。ということなのだ――…ティファルは感情にとらわれやすいようで、まんまとクロムの策略に引っかかった。
(いくら最強の剣士だと言っても、人間だ。姫様には悪いけど、狙わせていただきますッ!)
打ち抜けた際の余力の流れをうまく使って左足で地を蹴り、右足を軸にターンして残心。
そしてそのまま剣を上段に構え直し、クロムはティファルへ向かって駆け、剣を袈裟に振り下ろす。だが……彼が行おうとしていた袈裟切りは決まらず。代わりに、クロムの面へ、重たい一撃が下ろされていた。
「っ……!?」
「私を見くびりすぎですよ、クロム様」
そう、ティファルはカウンターを狙い、それを成功させたのだ。クロムが見えていなかったのは、彼女が胴を打たれてからも、大きく振りかぶっていた……いや、それを上段の構えにしていたということ。そして身体の力を部位に上手くかけられているということ。
――ティファルは気づいていたのだ。打ち抜けた後直ぐにクロムが自分へ向かって駆けてくることを。更に、彼が駆ける際に必ず前のめりになり袈裟を狙って、面を開けることも――
これにはさすがにクロムも苦笑することしかできない。クラウ・ソラス最強の名は伊達ではないということだ。この一本はティファルの観察眼を視野に入れていなかったクロムの作戦負けだが……、まだクロムには一本のチャンスが残っている!
ティファルがクロムへ剣を振り下ろしの一撃を与えようとしたその瞬間、第二撃を受ける前に彼は動いた――
「ッ!? 何をしているのです、かっ……!」
『なっ! あのボウズ、ティファル王女殿下の剣を素手で受け止めやがった!?』
……そう、観客が言った通り、なんとクロムは両手を使い、素手で受け止めたのだ。ティファルの振るう豪剣を――まさに真剣白刃取り。クロムをそのまま力で押し切らんとティファルは奮闘するが、クロムはその両手で挟んだ剣を、グイッと手前に引っ張った。
柄を強く握っていたので、ティファルは大きく体制を崩す。そこを見逃さずにクロムは、いつの間にか――少々ひび割れていた舞台上の隙間に刺していた自身の鞘入りの剣を引き抜き、すかさず彼女の手甲を打った。
「ッ……!」
急ぎ、クロムから大きく間合いをとり、中段に構えるティファル。それから彼女はクロムの様子に気づく。……息切れが起きているところを見ると、どうやら今の動きは、火事場の馬鹿力というものであったようだ。…――どちらかがあと一回一本を取ってしまえば試合は終了する。これはエキシビション試合なので、別にどちらが勝ってしまっても何も変わらない。が、ティファルのプライドはクロムだけには勝ちを譲りたくないようだ。それは彼女のただの逆切れというものでもあり、クロムの物事への至らなさが招いたもの。二人共ども自業自得。
しかし、ティファルの負けたくない、という気持ちは分かるのだが、クロムの気持ちは誰にも分からない。彼自身でさえも分からぬ――血のプライドというものが存在しているのだろう。
――…ふいに、クロムは自分の剣が視界に映った。なんと、いつの間にか、鞘がぼんやりとした紫紺の光を放ちだしていたのだ。その引き込まれそうな妖しい光は、周りを見ると、会場の皆には見えていないようだ。クロムだけが……その光を目にしている。
光をもう一度見たその瞬間――あることがクロムの脳裏に浮かんだ。
何を思ったのか――――と、……皆からすれば気が狂ったのか!? と思ってしまうような行動をクロムはとった……。
――突然彼は鞘入りの剣を大きく振りかぶりそれをティファル――ではなく、闘技場の誰もいない方向の壁へ向け、一気に振り下ろした。
―――…ギャランッ‼
なんとなんとなんと! いくら力を込めても鞘から抜けず、抜剣することができなかった剣から、鞘走りの音と共に鞘から離れ、すっ飛んでいった。それは壁にぶつかり、甲高い音を上げつつ、鞘は地へ落ちていった。
「へへっ、今ならきっと抜けると思ったんだ!」
鞘というカバーが抜け、ようやく抜剣できた剣を、ブンッ! と振るい。ティファルを見据え、クロムは中段に構えを取った。
……だが、何故だろうか? ティファル構えを解き、愕然としている……。
「そ、そそそそそそ、その剣は……!?」
「へ?」
抜き身になった剣身をしっかり見てみると……。
「えっ!? これって、姫様の剣と同じ――!?」
それは、驚くべきことに、ティファルの持つ『クラウ・ソラス』と、色以外は全く同じ剣であった。
――…剣身は先程まで納まっていた鞘に合わず、全体的に灰銀色をしており、柄は漆黒色を宿している――
「貴方はい、一体どこでその剣を手に入れたのですか……⁉︎」
クロムへ対して警戒心をあらわにするティファル。いや。クロムへというのは語弊がある。詳しく言うと、彼女が警戒しているのは、異様なオーラを放っている彼の持つ『偽クラウ・ソラス』だ。
「ッ! とりあえず、その剣を渡していただけますでしょうか?」
「うぇっ⁉︎」
変な声を上げるクロムに呆れたのか、構えを解いてティファルは告げる。
「…………貴方にも分かるはずです。——私が手にしている剣の銘は『星剣クラウ・ソラス』。この国の名の由来となった、『星剣』の一振りです。この剣の力を本気で使えば、国、いいえ。世界だって滅ぼすことができます」
(せ、世界を⁉︎)
「もし、この剣と全く同じものがあり、それが悪しき者の手に渡ったらどうなるか……。分かりますよね? だからそのような剣は、破壊するか封印をしなければなりません」
想像するだけで鳥肌が立つような話。それを聞いてしまえば、大抵の者は怖気づき、渡してしまうだろう……。だが、この少年は——クロムは違った。
「確かに、そんな恐ろしい剣を持つのは怖く感じますね」
「なら――」
――でも、
「嫌です。これは僕の剣だ! 僕が実家から譲り受けた《くすねた》大切なものだから‼︎ 姫様こそ、剣を手放した方がいい!」
「はぁ? いったい何を、めちゃくちゃなことを言ってごまかそうとしても無駄ですよ!」
なおも言葉を続けるクロム。
「——だって、貴女みたいな“綺麗”な女の子が、そんな物騒なものを持っていたら——似合わない!」
「————‼︎」
顔を真っ赤に染めてしまったティファル。
それをごまかすように、彼女はある提案をクロムに持ちかけた。
「ではこれはどうでしょう? 私とこれをエキシビションではなく、“正式”な試合として再開して、貴方が勝ったら、“すべて”をあきらめましょう……。ですが! 私が勝ったら、えっと、その……、貴方は私の物になってください! ついでにその偽クラウ・ソラスも!」
『『『すげえ、王女殿下から告白を受けやがったぞ!』』』
まだクロムをあきらめきれていなかったティファルの言葉に、闘技場は一気にヒートアップする。
「ち、違っ!」
(まさか、こんなところでも言ってくるなんて……)
若干驚きつつ、クロムの出した答えは、
「分かりました。受けましょう!」
―――ワアァァァァァァァァアアァァァァァァァァアァァァァ―――‼
「……約束ですよ! もちろんお互い全力で」
微笑を浮かべながらティファルは、構えを解いていたクラウ・ソラスを、八相に構えた。
(何故でしょう。先程までクロム様には怒りしか湧かなかったはずなのに……。今ではそのようなモノを感じません。私は、この試合を純粋に楽しんでいる……、いったいこれは……?)
ティファルはクラウ・ソラスをギュッと握り、脳裏に浮かぶ唱を詠った。
『力を司る
詠い終えると同時に、彼女はクラウ・ソラスを天に振りかざす。すると、クラウ・ソラスの剣身に、紅の炎が纏いついた。
(これはまずいなぁ。僕の剣で受け止められるのか……。さっきみたいな技使ったら火傷じゃ済まなそうだ。せめて、僕にも同じようなことができれば……)
クロムが心中でそう呟いた瞬間、突然彼の脳裏にあるものが浮かんだ。
そして――
『……無を司る
――…詠った。その刹那、クロムの偽クラウ・ソラスが禍々しい闇色の焔を纏った。その闇焔は剣を伝ってクロムの手甲にまで纏わりついた。
「それはきっとその剣の能力なのですね。改めて——お互い全力で行きましょう!」
クロムは正眼に構え、ティファルに答えた。
「はいッ‼」
二人は、ほぼ同時に舞台上を蹴った。
―――ギィン! ギャリリリ……!―――
斬、弾、斬、弾、斬、弾――
互いにぶつかり合い、鍔ぜり合う。
ティファルが斬り込み、クロムが弾く。クロムが斬り込み、ティファルが弾く。それを交互に続ける。
『オイオイ、まさかあのボウズ、王女殿下と互角なのか……!?』
『いやいや、この国最強の剣士だぞ? 何かズルでもしてんじゃねぇのか?』
『でもでも、この試合って勝敗次第であの子の今後が決まることになっちゃったんでしょ? 火事場のバカ力ってやつじゃない?』
クロムとティファルの実力はほぼ同じであった。だがそれは彼だけのモノではなく剣の能力も足されている。しかし、誰が見ても“技”は彼の方が
――脳裏に浮かぶ剣技の動き――それは、クロムの努力が身体に染み付いたもの。騎士になるという目的をもち、繰り返し繰り返し練ってきた技。そして剣に纏わる闇焔が、クラウ・ソラスの力の炎を受け止めた時の衝撃を吸収している。
「やりますね、クロム様ッッ!」
――ヒュンッ! ――ギャリ!
「姫様こそ――流石、この国最強の剣士です……!」
――ギャリィン! ――ブンッ!
――二人は剣をぶつけ合わせ、お互いに鎬を削り合う。それが続き、このまま永久に決着がつかないか、と皆に錯覚をさせ始めた瞬間だった。
(っ……、な……? これは、またか……)
なんと、先の試合後の時と同じ、突如訪れた激しい疲労感に、クロムは舞台上に膝をついた。
「ッ! ハアァァァァァ――セイッ‼」
そこを見逃さず、ティファルはクロムのヘルメットを紅炎纏うクラウ・クラスで打った。
『これにて、ティファル姫と今期主席クロム・フェイカによる、試合を終わりとします』
勝敗はもう分かっている。
クロムはティファルに負けた。それは真実だ。だが、彼の表情を見てみると、悔しいといったものではなく――何故だろう、やり切ったような、疲労は見えてはいるがスッキリとした表情をしていた。
(はぁ……結局負けちゃったな……。何だっけ? 姫様の物……、になるんだったかな)
騎士団に入ることはあきらめなければいけなくなるのかな。と、不安になるクロム……しかしもう一人、彼と同じように不安と謎のドキドキとした感情を覚えている者がいた。
(勢いで言ってしまいましたが、いったい、どうすればよいのでしょう……?)
——…ティファルもまた不安になっていた。
(で、ですが、行動は起こさなければ何も始まりません! 私、本気で行かせていただきます!)
クロムへ歩み寄るティファル。
「ク、クロム様!」
「は、はい!」
「約束通り、私の物になる。で、かまいませんね?」
「それは、はい、約束なので、あ、でも一つだけ……訊いてもいいですか?」
「?」と、疑問符を頭に浮かべるティファル。
「騎士学院って、入れないんですか?」
「……? 別に入ってもよろしいですよ?」
「! いいんですか!」
「はい! 入ってはいけないなんて言っていませんし。で、ですが……、私からも一つだけ」
今度は、クロムが疑問符を浮かべた。
「貴方になってもらうのは、私の近衛騎士です……。いつ何時、私が命令をすれば、どのようなことであれ従ってもらいます。それで、いいでしょうか」
一瞬、クロムは迷ってしまった。『誰かの物になる』それが流石に彼にもあるプライドというものに引っかかったからだ。だが、後の言葉は彼の興味を引いた。
この人は、自分に目的を与え続けてくれる。そう思った…——
…――だから――…
「分かりました。僕は、貴方の騎士になります」
クロムは昔見た、騎士が主に忠誠を誓う動きを真似し、ティファルに首を垂れた。
「じゃあ、その剣は私に渡してください!」
「えっと、……どうぞ」
少しためらいを見せたが、クロムは剣を闘技場端から拾ってきた鞘に納め、ティファルに渡した。
「っ?」
「どうかしましたか?」
「……せん」
「え?」
「抜けません! 全然抜けないのです、この剣‼」
クロムの剣は、また、抜けなくなってしまったのだった。
「はぁ……仕方がありません。それはあなたが持っていてくださいね。貴方が持っていれば、私の物ということと同じですから」
…――ティファルに連れられ、「騎士舎」という建物に訪れたクロム。中に入ると、団長の他に、クロムと同い年であろう者らが何人か木椅子に座っていた。
「おお! 首席の登場だ‼」
先程より小さい声量(普通の)で歓迎してくれる団長。
「フェイカ、取り敢えずそこの空いた席に座ってくれ。少し汚いと感じてしまうかもしれませんが、よろしければ王女殿下もどうぞ」
「汚くなんてありません。お言葉に甘えて座らせていただきます」
ティファルは、ドレスの裾を軽くつまみながら、団長に礼を告げ、クロムと共に椅子へ座った。その華麗な容姿と仕草は、その場にいた男子女子皆が見とれてしまうものであった。
「クロム、試合観てたよ! やっぱり凄いね、君は」
「ウルス!」
丁度彼が座った席の隣席は、ウルスが座っていた。
「クロム様、こちらの方は……?」
ウルスについて、ティファルが訊いてきた。
…——クロムがウルスとの出会いを語ると、今度はウルス本人が、ティファルに自己紹介を行った。
「すい、とう? む~、この国もそのような便利な物があるのですね」
「王女殿下にも今度お見せしますね!」
「是非‼」
ウルスにはカリスマ性というものがあるのだろうか。ティファルとウルスの仲が良くなるのにも、時間はほぼいらなかった。
…――団長の説明を聞き終えると、クロムは聞いたものを脳内でまとめた。
――これから皆、寮で暮すこと、訓練と座学を平行に行うこと、国の王族の者に忠誠をちかうこと――
まとめ終えると、団長から配られた羊皮紙に同じく配られたイカ墨と植物の茎で作られたペンを使いそれでまとめたものを記述した。
「では、それぞれの寮を紹介しようと思う。寮は見習いの、一年、二年、三年、そして現騎士団員の四寮、全て男女共同だ。ああ、もちろん部屋は分けているぞ! 寮には一つ一つ名前がついていてな。一年はアリア寮。二年はカペラ寮。三年はシルマ寮。団員の寮はリゲル寮だ。ちゃんと書いたか? 続けるぞ――お前たちがこれから生活することになるアリア寮は今回の合格者が少なかったからな。一人一部屋だ! 良かったな! じゃあ、一人一人の部屋を教えてくから、今日は夕食まで荷物置いてそこで休んでおけよ! 明日は訓練の詳細を説明する。よし、ついてこい!」
見習い騎士一年全員とティファルとで、団長についてアリア寮へ向かった。
「――A-2フェイカ、お前の部屋はここだ。……頑張れよ」
「?」(これからの訓練頑張れよってことかな?)
肩を叩きつつ、そう耳元でささやいて、団長は皆を連れて次の部屋の案内へ向かって行った。
この時、クロムにはその言葉の意味がよく分からなかったのだが、現在、言葉の意味が分かるまで3秒前である……。
「……クロム様♪」
「っ!?」(そういうことか!)
突然後ろから声をかけながら現れたティファルに驚き、団長の言葉の意味の理解——
「これから共に暮らすことになりますので、よろしくおねがいいたしますね」
団長の言葉の理由——それは、これからティファルと共に生活することになるクロムへの同情であった。
『登場人物紹介~更新』
――クロム・フェイカ
彼の持つ剣『フェイカー・フレイス』の能力……未知数の内二つが解放されました。
――剣の能力――
1.『一切無散』
周囲にいる人間の負の感情を自動的に取り込む。負の感情には怒り、憎しみ、絶望等がある。
2.『剣力付与・闇Ⅰ《クラウ・ソラス偽形態時に使用可能》』
『一切無散』で取り込んだ負の感情の力を闇に変え、剣に纏わせる。使い手に侵食することもあり、身体に相当な負荷がかかる。この能力発動時、闇の個所で受けた攻撃はすべて使い手には通らない。
今回はクロムのみです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます