最終話 キス
俺の考えはこうだ。
父さんが叶美の事を女と見ていて、自分の欲望に任せて色々してやろう。
……流石にそれはないか。
ないはず、うん、ないよね。
周りから見れば変人にしか見えないが、俺は苦笑しながら父さんの言葉を聞く。
「叶美だけ引っ越したのは、やっちまうためだ」
「何を?」
「お前は思春期男子だろ? なら、考えれば分かるだろ。セック……痛っ! 何するんだ、浩介!」
全て言わせる前にビンタをして止めた。
が、多少遅かったようで、那月も何がどうなったのかを理解しているようだった。
父さんの隣にいた叶美は俯き、全ての事情を知った上で今の選択を選んだのだろう。
何故……なんだ、叶美と仲良くなれたと思っていたのは俺だけだった……ということなのか?
ここに付いてきているということは、きっとそういう事なんだろう。
誰が見てもわかるように肩を落とす俺の肩に手をポンと置き、俺の前にずいっと出る那月。
さっきまで喋っていなかった那月が、口を開いた。
「あんたが浩介君のお父さんですか? 幼馴染の水華那月です。自己紹介はここまでにして、本題に入らせて頂きます」
那月……今日はどうしたんだろう。
いつもと違う雰囲気、顔つき、物言い。
何か……怒っているのか?
「お父さんは叶美さん、娘さんにそんな事をしていいと思っているんですか? いいわけないじゃないですか。私は浩介君が好きです。これはいつも言っていて、浩介君は冗談と受け取っているのかも知れません。それでも私は、浩介君が好きです」
「唐突に何言ってんだ那月。お前……」
「ちょっと黙ってて」
変わった、人ってここまで雰囲気変えれるんだな。
黙っててなんて言われたの初めてだ。
それに……那月は俺の事を本気で好き……なのか?
俺に黙ってと言った後、また父さんの方に向き直り、続ける。
「浩介君の事を好きだからこそ、彼の幸せを優先したい」
そして、那月はぽろぽろ涙を流しながら、
「彼の幸せのためになら、私は彼の為の土台にでもなんでもなります」
この時、俺は悟った。
那月の覚悟は半端なものではなく、本気で思っている、ということ。
そして、何があったとしても絶対に俺を助けるために疲れても、相手が嫌いでも頑張ってここまで来たんだと。
そんな良い奴を俺は……
「何で……那月さんがそこまでするの? 私の事嫌いでしょ? なのになんで?」
「確かに私は叶美ちゃんの事が嫌い。あなたさえ居なければ、浩ちゃんを自分のものに出来たかもしれないから。それでも今は、お父さんのやっていることが間違っていると思った」
「父さんが間違えているってだけで、ここまで啖呵切ったの? 兄さんと付き合える可能性を捨ててでも?」
「もちろんだよ。私は浩ちゃんを尊重して今日まで生きてきた。そしてその浩ちゃんが大切としていた叶美ちゃんが、今攫われようとしている。それは助けるでしょ?」
何なんだよ那月、あんだけ喧嘩していたのに、嫌っていたはずなのに、そんな相手を助けようだなんて。
普通の人間には中々出来ることじゃないだろ。
「叶美と那月さんでは、趣味も反対性格も反対、やることなすこと反対なのに、兄さん関わるだけでここまで行動できるの?」
「何か誤解があるようだね。確かに合わない所は沢山ある。けど、人間として今この状況助けないはずないでしょ!」
那月だけでなく、俺と叶美の目にも感涙が浮かぶ。
そんな状況の中、一人プルプル震える父さんが怒りに任せて叶美を抱え、走り出す。
「こいつは渡さん! お前らとっととどっかいけ!」
「そうは……いかないよ!」
那月は俺の内ポケットに入っていたサイン付きのエロゲーを、父さんに向かって投げつけた。
それは見事に父さんの後頭部に直撃し、上に上がったエロゲーを見事叶美がキャッチした。
その叶美に向かって走り出す那月を追いかけようとしたら、一緒に行こうとした足を那月に止められ、棒立ち状態になった。
「叶美ちゃん、仕方ないから浩ちゃん譲ってやるんだから、好きにしなさいよね!」
そう言って自転車の鍵を叶美に渡し、コケた父さんの相手をしている。
こっちに向かってきた叶美が、俺に一言。
「今のうちに行こう」
「でも、那月が……」
「那月さんの覚悟を裏切らないためにも!」
叶美に促され、とりあえず遠い場所に向かうため、自転車で移動を開始した。
「頑張ってよ? 叶美ちゃん」
そんな那月の声は聞こえなかった。
──二時間くらいずっと自転車をこぎ、今はどこにいるのだろうか。
どこか分からないが、近くに公園があったのでベンチで休むことにした。
「疲れたな」
「那月さん……大丈夫かな?」
「大丈夫だ、相手は俺達の父さんだぞ? 殺したりする人じゃないだろ」
「そうだね」
口ではこういっているが、那月の事は心配でならない。
勝手に貧乏揺すりをしている俺。
それに気づいた叶美が話題を変えるために別の話を始めた。
「そう言えば兄さん、ちゃんとサイン貰ってくれたんだね、ありがとう」
精一杯の笑顔で叶美がこっちを見る。
あぁ、可愛いなぁ。
そんな可愛い叶美があの汚れた父さんにセックスされそうになったかと思うと、ウザさでどうにかなりそうだった。
なら、俺のすることは一つ。
「叶美、大事な話があるんだ、聞いてくれるか?」
「うん」
「俺は叶美が好きだ。これは嘘ではなく本気で。だから……」
「叶美も好きだよ、兄さんの事」
「え?」
思わず聞き返す俺に、少し恥ずかしそうにしながら叶美が続ける。
「ずっと前から好きだったんだけどさ、恥ずかしくて兄さんの告白流してきちゃった。ごめんね? でも、好きという気持ちは変わってないよ」
頬を赤く染めながら恥ずかしそうに話す叶美を見て俺は、言おうとしていた続きを言う決意ができた。
「俺は叶美が好きだ。付き合ってくれ。そして、これからの人生を父さんや母さんではなく、おれに預け……いや、くれないか!?」
「叶美の全てをってこと? 叶美の事、隅々まで全部?」
「な、なんかやらしい言い方だが、そうだ! ダメならはっきり言って……」
「もちろん付き合うよ。じゃあ、兄さんが叶美から初めて奪ったものはこれだね」
そう言って唇に柔らかい感触があった。
そして口の中に少し暖かく、ぬるぬるしたものが入ってくるのを感じた。
ハッと気づく、これはキス……だと。
キスってこんなにも気持ちよく、素敵なものだったんだと気付かされた。
「どう……?」
「最高だよ、ありがとう!」
ガッツポーズを決めながら俺はそう言った。
同時に思う、妹って可愛いな。
陰キャラな妹と陽キャラな幼馴染の仲が悪すぎるんだが 柊木ウィング @uingu
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