宝石監獄の脱獄王(懲役1日)

ちびまるフォイ

やつはとんでもないものを削っていきました

「懲役○○年の刑に処す!!」


「ははは、俺を脱獄王と知っての事かい?

 それだけの年月があれば、どんな牢獄だって途中で抜けちまうよ」


「お前が入るのは牢獄ではない」

「へ?」


「宝石だ」


かくして、俺はダイヤモンドの中に閉じ込められた。


「なんだよこれ! どうなってんだ!!」


「キレイだろう? お前みたいな社会のゴミが、

 誰もが欲しがる宝石の中に閉じ込められるなんて皮肉だな」


ダイヤモンドの中は確かにキラキラと美しい。

水中から水面を見上げた時のような光の乱反射が見放題。


けれど、脱獄王としては美しさよりも脱獄方法に頭が回る。


「ここも、ここも、ここもダメか……」


宝石の内側をひとしきり触ってみるもツギハギや加工した後が見つけられない。


「脱獄王、どこか破れそうな場所を探したって無駄だぞ。

 お前が閉じ込められているのはダイヤモンドの原石。

 未加工だからな。くっつけたりした場所なんてない」


「くそっ! こんなことが……!」


「脱獄王もこれで終わりだな! あっはっは!!」


守衛は楽しそうに笑った。

俺は最大限に悔しそうな顔をして気分のいい守衛を盛り立てた。



(バーカ。脱獄王の俺がこんなことを知らないわけがないだろう)



守衛が消えたのを確認してから笑いをしっかりとかみ殺す。

たしかにここからは出られない。

でもそれは内側の俺だけの力で出ることができない、ということ。


ガチャガチャ。


通気口が外れる音とともに協力者がやってきた。


「おーーい、こっちだこっち!」


協力者は宝石に閉じ込められた俺を手にするとすぐにその場を離れた。

計画通り。


脱獄王ともなれば常に自分が捕まった時の状況を想定するのは当然。

となれば、最新の監獄事情にも精通しているに決まっている。


極秘裏に「宝石監獄」を作ったつもりだろうが筒抜けなんだよ。


「ははは、いや、助かったぜ。計画通りだけどな。

 宝石に閉じ込めたのはむしろ失策。単に運びやすくしただけだからな!」


「……」


「よし、それじゃそろそろ出してくれ。宝石の中は狭いんだ」


「アニキ、それはできねぇんです」


「できない? なに冗談言ってる。俺が捕まる1か月前に

 宝石に閉じ込められた人間を出す裏情報は流しておいただろう」


「やり方の問題じゃねぇんです」


「じゃあどうして出せないんだよ!?」


「アニキ、知っていますか? 囚人入りの宝石の相場を……」


「知らな――……って、おい! まさかお前……!」


「アニキを助けてこれからも小さな盗みをするより

 ここで大きく稼いで足を洗うことが出来たら……」


「ま、待てよ。考え直せ、なっ? これからも2人で盗みを……」


「あっし、昨日こどもが生まれたんです。養育費もかかるんです。

 だから……」


「ちょっ……おい! そんなことって……!」


俺は指輪を入れるような小箱にしまい込まれた。

これが「自分が商品として売られる」という何よりの証拠だった。


「これが人入り宝石かね?」


「ええそうです」


しばらくして宝石の買い手が現れた。

といっても、箱越しで声が聞こえるだけだったが。


「ご購入ありがとうございました!!!」


嬉しそうな協力者の声。

やれやれ、昔はアニキアニキなどとついてきたくせにいざとなれば人を簡単に売る。

人間というのは本当に信用できない。

感情のないロボットのほうがずっと信用できる。


「ふふふ、やっと手に入れた」


箱越しに聞こえる声は弾んでいた。

俺はこのまま一生宝石の中にとらわれて見せものにされるのだろう。


絶望に打ちひしがれていると、ついに小箱が開けられて買い手の顔が見えた。


「なっ……あんたは……!!」


ダイヤモンド越しでもその顔を見間違うはずはない。

監獄の守衛だった。


「あんた、どうして……!?」


「人入り宝石なんてそうそう市場に出るものじゃない。だから高価なんだがね。

 どこで誰が売られたことくらい、特定するのは簡単だ」


「そうじゃなくて!! どうしてお前が買ってるんだと聞いてる!」


「私が君を助けるとでも期待してるのかな?

 それとも、捕らわれの身の人間を眺める悪趣味な人間とでも?」


「ち、ちがうのか……?」


「守衛の仕事は囚人を更生させることにある。

 ちゃんと社会復帰させて問題ない人間にする必要があるからね――」


守衛は言いながら何かごそごそと器材を出し始めた。


「お、おい。いったい何する気だ?」


「何って……削るんだよ、宝石を」


わずかに感じていた希望が一瞬で絶望に堕ちた。


「まっ……待てよ!! 削ったら俺まで削れちまうよ!! バカか!?」


「君は今や宝石と一心同体になっている。宝石がなくならない限り死ぬことはない」


「削ったら俺はどうなるんだ!?」


守衛は表情を変えないまま宝石のセッティングを始める。


「心配しなさんな。ダイヤモンドを削って正しい形に整えるだけだ。

 宝石に閉じ込めたのも、人間では削れない部分を宝石でなら削れるからだ。

 そして削るのはお前の持っている悪の心だ」


「ほんとうか……?」


「言ったはずだ。守衛は囚人を更生させるのが仕事だとな」


「守衛さん……!」


俺は守衛さんに任せて宝石へ身をゆだねた。

けたたましい機械音とともに宝石は削られていった。



※ ※ ※



あれから1年が経過した。


今や普通に社会復帰できて仕事にもつけている。

お金もそこそこもらっている何不自由ない暮らし。


「すっかり更生されたんですね、驚きました」


「宝石を削ったときに悪意も削ったからな。もう悪意なんてない」


久しぶりに会ったかつての協力者は俺の変わりように驚いていた。


「あっしのこと、もう怒ってないんですか?」


「怒る? どうして?」


「アニキを自分の身可愛さに売っちまいましたから」


「ああ、気にしてない。なにも感じてないよ」


「そうですか、良かったです。それと……」


協力者は隠していたサプライズケーキを取り出した。


「アニキ、誕生日おめでとうございます!

 こんなタイミングでいうのもなんですが、受け取ってください」


「ああ、ありがとう」


「アニキ……? 嬉しくなかったですか?」


「どうして?」


「あまり嬉しそうに見えないんで……」


その言葉の意味を必死に考えてみた。でも答えは出なかった。


「なあ、嬉しいってなんだ?」


「ア、アニキ……宝石越しに削られたのは本当に悪意だけなんですか!?

 もっと大事なものも削られているでしょう!?」



「……さあ、なんだろうな。わからないしどうでもいいよ。

 仮にそれ以上のものが削られていたとしても怒るという気にならない。

 今は何も感じず、何も欲しがらなくなって、すごく穏やかなんだ」



宝石から出てからは一切の欲がなくなった。

悪さをしてまで得たいものもない。



これがきっと更生ということなんだろう。そう思う。

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