運ぶものと言えば

紫苑

運ぶものと言えば

 出稼ぎ労働者というのは悲しい身分だ。

 仕事といえば肉体労働とか根気がものをいう単純作業とかいう辛くてだるくて面白みのないものばかりだし、大変な割に給料はよろしくない。しかも雇用期間は短くて不安定。そもそもよその国から来た(雇う方にとっては)得体の知れない人間でもつけるような仕事だ。長期に渡る安定した雇用も、人並みかそれ以上の給料も、昇進して重役につくということも叶うはずがないわけだ。

 それに出稼ぎ労働者の身で稼げる仕事に就こうと思うなら、学業なり技術なり、それ相応に秀でたところがなければならない。しかしながら、特技といえば――出稼ぎ労働歴も長いのでちょっとしたことなら色々出来るのだが――東の故国で身につけた格闘技ぐらい。それで培った体力はともかく、格闘技が仕事の役に立つはずがないわけで……要するに、高い給料をもらえる仕事につける技能も知識も俺にはないのだった。

 そんなわけで、今日も俺、ジューク=ウエスターは仕事に精を出す。日雇いだろうと重労働だろうと、今日のおまんまのために文句を言ってはいられない。

「でも、これはキツイです……」

 物陰にうずくまり、俺は荒い息を必死で整える。見つかったらヤバい。疲労困憊かつ慣れない場所なのにこれ以上働かされてたまるか。

「来るなよ~頼むから来るな~」

 物陰で俺は奴らに見つからないことを必死で祈る。見つかったら殺されるかもしれない。まったく割に合わない仕事だ。

 そういえば仕事仲間であるリュスは大丈夫だろうか。俺より要領の良いあいつのことだからうまく逃げているだろうとは思うが、あいつをこの仕事に無理やり付き合わせたのは俺だ。何かあったら俺の責任だ。

「いたぞ!」

 ちっ、見つかった! 俺は覚悟を決めて物陰から飛び出した。その直後、俺が隠れていた木箱に無数の穴が開く。鳴り響く銃声。飛び交う弾丸。それを避けて、俺は走る。

「うおぉぉぉおぉぉぉ! 仕事を完遂するまで死んでたまるか―――!」

 いやうそごめんなさい。仕事が完遂した後も死にたくないです。



 話は数日前にさかのぼる。

 一言でいうと俺たちは金欠だった。それまで就いていた短期契約の仕事が終わって収入がぱったり途絶えたのが原因だ。とにかく収入を得るために仕事探しに精を出していた俺は、とある仕事を見つけたのだった。

「荷物の配達。セルツ地区のフォスターって人の所にこれを運んで欲しいってよ」

 雇い主から受け取ったのは、どこにでも売ってる大きめのリュックサックが二つ。この中に依頼品が入っている。報酬もいいし、配達業なんて簡単なお仕事だ。だから、この仕事を見つけた時は俺ついてる! と思った。ただ一つの問題点を除いて。

「中身は何だ?」

そう聞いてきたのは仕事仲間で親友のリュスだ。配達業なのだから、中身が何か知るのは当たり前のことだ。割れ物とか入ってたら丁寧に扱わないといけないし。今回のは割れ物ではないのでその点は大丈夫なのだが、中身な。中身がなあ……

「ああ、えーっと、その……白い粉、みたいな?」

「……は?」

「そうだ! 小麦粉! 小麦粉だな!」

「……おい待て。その白い粉っていうのは」

 まさか、という顔でリュスが言う。いや待てその先は言うんじゃない。確かに雇い主は黒ずくめの怪しげなおっさんだった。届け物の割に提示された報酬も渡された前金も破格だった。裏通りの人目のつかないところでこっそり依頼品を渡された。依頼品がなんなのか聞いても教えてくれなかった(だからこっそり確認した)。依頼品こと火気及び湿気厳禁の白い粉(正体不明)。運搬先は……

「この地域にはでかい麻薬密売組織が潜伏してると聞いたことがあるが?」

 届け先と地図を見て、リュスが疑わしいと言わんばかりの表情になる。うんそれは知っている。だが……

「いやきっとあれだ。そのあたりは貧しい奴が多いから、そいつらに提供する食糧なんだよ」

「ならなんでこそこそする? 貧民救済用ならもっと堂々と運べばいいだろう」

 うん俺もそう思う。

「この仕事は怪しすぎる。いくら金がないからと言って危険な仕事を引き受けるのはごめんだ」

「……でも前金貰っちまったし」

「返して来い」

「いやでももうないし……」

「なにか言ったか?」

 冷たい目で俺を睨むリュス。あ~これはヤバい。こんなこと言ったら殺される。そう思いつつも、うまい言い訳を思いつけなかった俺は、観念して本当のことを話すことにした。

「うっかり使っちゃった☆ てへぺろ☆」

「……帰る」

 やった! 殺されなかった! と喜んだのもつかの間。リュスは荷物をまとめて去っていこうとする。その腰に俺は縋りついた。

「待ってー! 俺を一人にしないでくれぇぇぇ!」

「やかましい! 俺を犯罪者にする気か!」

「安心しろ! 俺も犯罪者ということになるから監獄にぶち込まれるときは一緒だ!」

「それのどこに安心する要素があるというんだ!」

「二人いれば監獄の中で退屈しなくてすむぞ。しりとりとかじゃんけんとか色々できる」

「とてもいいですね素敵です素晴らしい、どうぞ勝手にやっててください」

「いやいやいや! ひとりしりとりとかひとりじゃんけんとか寂しいから! しかしあら不思議! これが二人になると……」

「いい加減にしろ!」

 不毛な争いに嫌気が差したのか、リュスは頭を抱えてため息をつく。

 結局、俺はリュスを巻き込む形で運搬の仕事をすることになった。



 運搬一日目。

 俺たちはセルツ地区まで汽車で移動することにした。依頼主から必要経費として交通費をいくらか貰っていたからだ。これは非常に重要なことである。なぜなら徒歩で移動しなくていいからだ。以前、荷物配達の仕事を請け負ったときはかなりの距離を徒歩で移動する羽目になって死にそうな思いをしたので、交通機関を利用できるというのはめちゃめちゃ嬉しい。つーか天国。ありがとう依頼主。

「これで依頼品が本当にただの白い粉だったらいいんだがな」

 不安げに言ったのはリュスである。うんまあ俺もそう思う。結局、俺とリュスでは白い粉が麻のつく薬かどうか分からなかったから、危険物かどうか判断できなかったのである。なにしろビニール袋に入れてあるから見た目ぐらいしか判断材料がなかったし。

「全く仕事は考えて選べ。前やった荷物運搬の仕事もお前が仕事内容をよく確認しなかったから、あんなに歩く羽目になったんだろうが」

「えへへごめんね」

「やめろ気持ち悪い。だいたいお前は前金を一体何に使ったんだ。結構な額をもらったんだろ」

「……あー、実家に送った」

 そもそも俺が出稼ぎ労働者をやっているのは、故郷の家族――妹三人弟二人姉一人の生活費を稼がなくてはならないからだ。俺の収入が滞ると、実家の生活レベルにダイレクトに響くので、送金を止めるわけにはいかないのである。

 今回はそれだけではないのだが。

「しかしお前、この間実家に送金したとじゃなかったのか。次の送金はもう少し先だろう」

「……妹が病気になったんだ。治せない病気じゃないんだが、薬が存外高くて金がいるんだよ」

 それを聞いてリュスが黙る。黙られるとかえって反応に困るんだが……

「ま、まあというわけで、前金のほとんどを家に送金しちまってな。いやぁ送る前にお前に一言いうべきだったな、悪かった」

 沈黙が痛い。沈黙が痛いよリュスくん。頼むからなんかしゃべって。

「えーっと、それでな……」

「わかった。次からそういうことは早く言え。薬代なら半額出してやってもいい」

「え!? 出してくれんの!?」

「貸すだけだ。利子つけて返せ」

「あ、そうですよね……」

 妹が病気だっていう手紙を受け取って、すぐに送金しなきゃと思うのに金欠で、めちゃめちゃ焦っていたところにおいしい仕事が見つかって、よく考えもせず受けてしまった。その前に相談できるところに相談しときゃよかったわけで、そんなことにも思い当たらないくらい俺はテンパってたということだ。あー恥ずかし。

「ていうことはおまえやっぱり金あるんだな。金欠とか言ってた割に」

「生活費がなくなったんだ。貯金はそっくりとってある。ただ貯金に手を出したらいつの間にかなくなっていたということになりかねないからな。危なくなったらさすがに使うが」

「ってことは、前金でもらった分とりあえずおまえが出して仕事を断ればよかったんじゃないか? で、その分を後で俺が返せば……」

「俺にとって大事な貯金だ。人命救助のためなら構わないが、お前の尻拭いのためにびた一文でも出せるかと思っただけだ。それなら多少危険でも仕事をするほうがマシだからな。金を貰えるしいざとなればお前を囮にして逃げればいいことだし」

 ひ、ひどいなリュス……。でもこいつを仕事に巻き込んだのは俺なので文句は言えない。それになんだかんだ言ってもこいつはいい奴だ。酒代とかそんなもののためには一銭だって貸してくれないが、ほんとにヤバい時は結構な額を貸してくれる(ただし利子は取る)。それでもって、こいつが出稼ぎ労働者なんてのになってまで、金をためてる理由というのが、

「大事な貯金か。婚約者との結婚資金を貯める為に頑張ってるんだもんな~リュス君は。いいなぁ俺も可愛くてボインな彼女との明るい将来設計を立ててーよ」

「お前にはニーナがいるだろうニーナが。結婚の約束をしてるんじゃなかったのか」

「あいつはボインにはほど遠いんだよ。それにニーナは俺といちゃラブしながら将来設計を語り合うような可愛らしい性格してねーんだ」

「そんなにいちゃラブしたいのか?」

「したいしたい。お前がやってるみたいに」

「誰がそんなことするか!」

「うそつけ。婚約者からの手紙、届くたんびに締まりのない顔して読んでんのどこのどいつだよ」

「そういうお前こそ、酔っ払って女の話になるとニーナのことしか話さなくなるだろうが」

「…………」

「…………」

 しばしの無言の睨み合いの後、俺とリュスは恥ずかしさのあまり二人揃って悶えたのだった。



 汽車で移動すること三日間。

 俺たちは無事、セルツ地区へ入ることが出来た。

 目指すは荷物の受け渡し場所。そこでフォスターという人に荷物を渡せば仕事は完了だ。今までは思ったよりずっと順調だったから(ビバ電車の旅)、このまま何事もなく終えたいところだ。

「ただ……問題はここからだよな」

 セルツ地区は二つのマフィアによって支配されていることで有名なところだ。両方ともかなり大きくて力が強いらしく、地区内は警察の力が全く及ばないらしい。つまり、ここで事件が起こっても警察はあてにならないというわけだ。

「治安も良くないという話だからな。万が一強盗にあっても警察に頼ることはできないんだ。長居はしたくない」

「さっさとフォスターさんに会って荷物渡しちまおうぜ」

 俺たちは地図を見て受け渡し場所までの道順を確認する。おお、結構遠いな。それに枝道が多いみたいだし、迷わないように気を付けないと。地元の人に案内してもらえれば楽なんだろうが……

「おい。お前たち、見かけない顔だな」

 突然話しかけられて俺たちは地図から顔を上げた。

声の主は黒服サングラスのデカいお兄さんだった。なんていうか、すごくいかつい。雰囲気ありまくりである。それに……なんかすごくマフィアっぽいような……はは、まさか。

「俺たちはただの配達人ですよ。何か用ですか?」

「フォスターに会うと言っていたな? なら、その荷物をこっちに渡せ」

 俺が答えた途端、黒服のお兄さんはドスの効いた声を出し、怖い顔で睨んできた。荷物とはもちろん白い粉が入ったリュックである。さっそく強盗に遭遇してしまったか!? しかし、これを渡すわけにはいかない。

「それはできねぇな。ちゃんと届けなきゃ報酬が貰えないんでね」

「……おい。もう少し考えてしゃべれ」

 隣でリュスが呆れて言う。しかしだなリュス。あのマフィアのお兄さん怖いから多少虚勢を張らないとマジ怖いです。

「渡さないというのなら、こちらにも考えがある」

 言うなりマフィアのお兄さんは懐に手を突っ込むと、黒光りする物を引っ張り出した。こ、これは、まさか……!

「待て待て待て! 銃は反則だろ!」

「命が惜しかったらおとなしく荷物を渡せ!」

 マフィアのお兄さんは銃を向け、お決まりのセリフを吐く。冗談ではない。荷物運びぐらいで命をとられてたまるか。俺はゆっくりと両手を上げて、

「言うとおりにするから命まではとらないで―!」

 ああ、我ながら情けない。情けないとは思うがやっぱり死ぬのは怖いです。隣ではリュスも同じようにハンズアップして、

「荷物は渡すので撃たないでいただけますか」

 淡々という。おまえ、冷静だな……と親友の肝の座りっぷりに今更ながら感心しつつ、俺はリュックを下ろした。向けられた銃口にびくびくしながら、リュックをマフィアのお兄さんに向けて差し出す。ああ、さよなら仕事の報酬。お金は欲しいけど命には代えられない――

「とか言って、誰が渡すかコノヤロー!」

「ぐほぉぉぉぉっ!」

 俺が放った必殺飛び膝蹴りがマフィアのお兄さんの顔面に直撃した。ちょっと、いやかなり痛そうだったが仕方ない。明日からの生活費のため、俺たちは仕事を完遂せねばならんのだ。

「ぐ……お前たちがそのつもりならこっちにだって考えがある。野郎ども! 出てこい!」

 鼻血をしたたらせながらマフィアのお兄さんが呼び掛けると(ちなみに鼻を押さえているので「ふぉまえたちがふぉのふもりなら」と言っているように聞こえる)、同じ黒服のいかついお兄さんたちがどこからともなくたくさん現れてきた。これは本格的にマズい状況だ。

「どうする? リュス」

「どうすると言われてもな。……二手に分かれるというのはどうだ? 向こうの戦力が二分の一になる」

「……それって俺たちももれなく二分の一じゃん」

「地の利はあいつらにあるんだ。それなら、固まっているよりも二手に分かれて向こうの数を減らした方がいい。別に俺たちはあいつらから逃げられればいいわけだからな。一人の方が隠れるのも楽だし」

「……おまえ、ひょっとして俺を囮にしようとか考えてないか?」

「よく分かったな」

「おい! 本気だったのか――」

 バーン!

そうこうしているうちに黒服の誰かが発砲してきた。俺たちは逃げ出し、仕方なくリュスの提案通り二手に分かれることにする。

「お前ら逃げるな! 荷物を渡せ!」

「誰が渡すか!」

 目の前の男に渾身の蹴りを食らわせる。まったく、格闘技もたまには役に立つ。俺は黒服たちに容赦ない蹴りを食らわせつつ、受け渡し場所に向かって走ったのだった―――



 ……そうして今に至る。

 弾丸の雨あられを乗り越えて、俺は荷物の受け渡し場所にたどり着いた。

 後はこの荷物をフォスターさんに渡せば仕事は完了。お金をもらった上に、銃持った危ない人ともおさらばできる。

「……リュスの野郎大丈夫かな」

 受け渡し場所――小さくて古くてボロい倉庫に親友の姿はない。まさか途中でやられたのかと心配になったが、リュスに限ってそんなことはないかと思い直す。でもあいつたまにボケやらかすからな。それに実は方向音痴。地図持ってるから迷わないと思うけど、地図がないと勘で行動するから道に迷う迷う。なぜか方向感覚だけは全然だめらしい。それと普段は淡白なのに婚約者の話となると真顔で惚気だす。話を聞く限りスゲーいい子みたいなので(会ったことはないが写真は見せてもらった。清楚系の美人でかなりのボインだった)、うらやましいことこの上ない。ちくしょーあいつどうやってあんなボイン捕まえたんだ。ニーナなんてまな板レベルなのに。俺だってあんなボインな彼女欲しい。ていうかニーナおまえもっと頑張れ。

「こんなところで何をぶつぶつ呟いてるんだ」

「うお!? おまえいつの間に!?  ていうかなんで俺の考えていることが分かるんだ。おまえエスパー?」

「声に出てた」

「え、マジ?」

 どこからともなく現れたリュスはその辺で拾ったのか鉄の棒を持っている。きっとこれでマフィアのお兄さんたちをしばき倒したのだろう。マフィアの皆さん、ご愁傷様です。

「ところで受取人はどこだ?」

「もっと奥の部屋だろ」

 言って倉庫の奥の扉を指す。俺たちは扉にそろそろと近付いてドアノブに手をかけた。その途端、扉が勝手に開いた。

「わ!」

「わ! お、お前ら……」

「依頼された品物を届けに来た」

 扉の向こうから現れた頭頂部を禿げ散らかした中年のおっさんに、リュスは淡々と要件と告げる。おっさんは、

「おお! そうか。ありがたい! 俺が受取人のフォスターだ。とにかく中へ入ってくれ」

 やたら嬉しそうな顔をして俺たちを部屋の中へ招き入れた。俺たちが中へ入ると、フォスターさんは扉に鍵をかける。

「依頼された届け物だ」

 俺たちはリュックを下ろして、鍵をかけ終えたフォスターさんに渡した。フォスターさんは中身を確認すると、

「確かに受け取った。間違いなく頼んだ品だ」

「よし! じゃあ約束通り報酬をくれるんだよな?」

「もちろんだ。ちょっと待て。今わた――」

 バ―――――ンっ!

 背後ででっかい音がした。振り返ると鍵をかけた扉が吹っ飛んで、あの黒服のお兄さんたちがどたどたと入ってくるところだった。こんなところにまで追いかけてきやがったのかあいつら!?

「やはりあの荷物はお前宛の物だったんだな。おい、フォスター! 一体何をたくらんでいる!」

 先頭に立っマフィアのお兄さんが開口一番そう詰問する。しかし、

「お前らに教えてやる義理はない! これはボスが考えられた計画だ! メイヤードの奴らに邪魔されてたまるか! 野郎ども、出てこい!」

 フォスターさんは負けじと言いかえし、なぜか物陰に隠れていた部下たちを招集する。間に挟まれた俺たちは逃げるタイミングを逸して、仕方なくフォスターさんの後ろに下がる。

「お、おい! いったいなんなんだよこれは!」

「お前ら、ここがローネブルグの縄張りと知ってなおケンカを売るつもりか!?」

「俺たちは何としてでもお前たちの計画を調べるようボスに厳命を下されている! 可能ならば計画を阻止するようにともな!」

「我々とてボスに計画を一任されている身だ! メイヤードごときにボスの計画は邪魔させんぞ!」

「完全に無視されてるな……」

 というか、存在を忘れられている気がする。ちょっと待ておまえら。俺たち一般人を巻き込むな。

「ふん。お互いボスの命で動いているということか。ということは簡単にはひかないということだな」

 にやりと不敵な笑みを浮かべるメイヤードのリーダー的存在のお兄さん。なんか雲行きが怪しくなってきたぞ……

「もちろんだ。そちらもそうだというなら、実力で勝負をつけるしかないようだな」

「望むところだ。メイヤードの力を見るがいい」

「なにを。我らローネブルグの技術を見せてやる」

「「かかれ!」」

 どどばばどばどばばばばばば!

「だあああああああああああ!」

「やっぱりそうなるのかくそっ!」

 メイヤードとローネブルグとかいう二つのマフィアが撃ち合いを始めたので、俺たちは弾丸を避けて物陰に避難。そろぉっと顔を出して除くと、狭い室内での激しい射撃の応酬に、すでに何人かが倒れている。唖然としながら見ていると、フォスターさんが弾丸を避け、俺たちのいる物陰に滑り込んだ。

「ちっ、奴らなかなか強力な銃を持っているな……」

「強力な銃!? まじかよ! あああああああ全く麻薬の運搬なんて引き受けるんじゃなかった!」

「は? おまえ何を言ってるんだ」

「だから! これ麻薬だろ! 危ない白い粉だろ!」

 俺はキレ気味で主張した。自業自得とかそんな言葉が飛んできそうだが知ったことじゃない。なんせ銃撃戦に巻き込まれたのだ。冷静でいろと言うのが無理な話である。しかしフォスターさんは、ああと気の抜けた言葉を吐いて、リュックの中の白い粉を指さした。

「ヤクなんかじゃないない。これ、花火の材料」

「「……はい?」」

 俺とリュスの声がきれいにハモった。今のなに? 空耳? 空耳的なサムシング? ほら、マフィアのお兄さんたちがドンパチやっててうるさいし、きっと聞き間違えたに違いない。

「うおおおおお! ボスの計画を邪魔されてたまるものかー!」

「そうだそうだ! 十万発分の花火を用意した俺たちの苦労をなんだと思っている!」

「なにをいう! 俺たちなんかなぁ! ボスが式場を花でいっぱいにするとか言い出したから、花屋を回って買い占めたんだぞ! ボスって意外と少女趣味なんだなって思った!」

「おいお前! こっちの計画をバラしてどうする!」

「あ、やべ。つい……」

「ふははは! 自ら墓穴を掘るとはバカな奴め!」

「お前も花火十万発計画バラしてるじゃん!」

 わあなんかよく分からんけど掛け合いがカオス。花でいっぱいとか花火十万発とかよく分からん単語が聞こえるぞ。しかもよく見たらマフィアのお兄さんたちがぶっ放しているのはペイント弾。当たったら痛いけど死にゃしない。

「なんの戦いだこれは……」

 あきれ返ったリュスがやれやれという風にため息をつく。ちなみにペイント弾の雨を逃れるため、俺たちは物陰に隠れた状態を継続中。とっとと報酬もらって家に帰りたいのだが、これでは出るに出られない。どーしよーかと思っていると、突然、ひときわでかい銃声が鳴り響いた。

 どどどどどばばばばばばばん!

「どわわ!」

 室内に銃声が鳴り響いた。かなり大きな音に、抗争を繰り広げていたマフィアのお兄さんたちが静かになる。ついに実弾を持ち出したかやべぇ! と思っていたら、続いて聞こえてきたのはこの場に似合わぬかわいらしい声だった。

「はーいそこまで。それ以上ケンカするのはやめてね☆」

 全員の視線が声の主――アサルトライフルを手にした超絶美人(かなりのボイン♪)のお嬢さんに向く。その途端、フォスターさん以下マフィアの方々が一斉に御嬢さんに向かって頭を下げた。

「「「「姉御! どうしてこちらへ!?」」」」

 姉御!? あんなかわいらしい子を姉御って呼んじゃうの!? 俺は心の中で目いっぱい突っ込みを入れる。

「メイヤードの皆さんがここに来てるって話を聞いたから、ひょっとしたらケンカになってるんじゃないかと思って。でもわたし言ったよね? これからはケンカしないで仲良くしてって」

「い、いやそれは分かっているんですが、先にケンカを売ってきたのは向こうの方で……」

「でも話し合いで解決できることもあるでしょう? ケンカを売られたからって暴力で反撃するのはよくないわ。それにメイヤードの人達とは仲良くしてくれないと困るわ。ケンカになって怪我でもしたら、わたし悲しいもの……」

「「「「姉御ぉぉぉぉ! すいまっせんでしたぁぁぁぁ!」」」」

 フォスターさん以下一斉に土下座するお兄さんたち。いかついお兄さんたちがかわいいお嬢さんに頭を上げている図は何とも言えない光景だ。

 しかし、頭を下げていない人たちもいた。メイヤードの皆さんである。

「おい! ぼさっとしてないでお前らも姉御に謝れ!」

「ふん。いくらエレナ様とはいえ、俺たちが従う義理はないね」

 メイヤード側のリーダーっぽい男が偉そうな態度で言う。ほう。あのお嬢さんはエレナという名前なのか。かわいい……ってそんなことはどうでもよかった。ともかく、リーダーっぽい男以下メイヤードの皆さんはエレナに従う気など全くないようだ。しかし、

「何を言ってるのかなジャック君?」

 いつの間にやってきたのやら、メガネをかけた優男風イケメン兄ちゃんがジャックと呼ばれた男の後ろに立っていた。気配を完全に殺しての登場に、ジャックをはじめメイヤードの皆さんが凍りつく。

「ボボボボボボボスゥゥゥゥゥゥ! どーしてここにぃ!」

「エレナと一緒に来たんだよ。それよりエレナの言うことが聞けないというのはどういうことかな? 僕の言うことは聞けてエレナは無理だと?」

「い、いや、エレナ様はまだ部外者というか俺たちの上司じゃないというか……」

「ふーん、エレナが部外者か。君たちはそう認識しているんだね」

「え、えーっと……す、すいませんでしたああああああ! 許してくださいボスゥゥゥゥゥ!」

「まあいいけど……それから僕はまだボスじゃないよ?」

「は、はいロベルト様! すんませんつい!」

 見事なまでの直立不動体勢で言うジャック。よほどこのロベルトとかいう兄ちゃんが怖いらしい。ニコニコ笑みを浮かべるロベルトにジャックが冷や汗をかき始めたころ、今度は妙な声が聞こえてきた。

「エレナ―! 無事かぁぁぁ!?」

「ロベルト―! どこに行ったんだぁ!?」

 二人分のおっさんの声が近付いてくる。ほどなくして、左右の扉が同時にバーン! と開いて、おっさんが二人飛び込んできた。

「エレナー! ってなぜメイヤードの奴がここにいる!?」

「ローネブルグか!? ワ、ワシはただロベルトについてきただけだ!」

 おっさん二人の登場に事態はさらに混沌と化していく。頼むから誰かこの状況を説明してくれ。勢いを増していくおっさん二人の言い争いをその他もろもろと見守っていた時である。

「パパ、仲良くしてって言ったでしょ?」

「父さん、仲良くしてくれって言ったじゃないか」

 エレナとロベルトがニコニコしながら言った途端、おっさん二人が黙ったのは言うまでもない。



 要するにアレだった。

 マフィアのメイヤード・ファミリーとローネブルグ・ファミリーはセルツ地区の支配権を巡って長らく抗争を繰り返してきた。マフィア同士での縄張り争い、それも先々々々々々々々代くらいから続く根の深いものであるため、抗争は常に血で血を洗う悲惨なものだったとか。

 しかし、転機は唐突に訪れた。メイヤードのボスの息子とローネブルグのボスの娘が恋仲になり親に内緒で婚約し果ては駆け落ち騒動まで起こしたらしい。なにしろ大事な跡取り息子&跡取り娘。結婚など許されるはずもなかったのだが、駆け落ちが失敗するやいなや二人はそろって親の元に乗り込み、様々な脅迫・・・・・もとい交渉の果てに結婚の承諾をもぎ取ったのだという。それでもって、跡取り同士の結婚を機に今までの禍根を水に流し、同盟を結ぶことになり、長い抗争の終わりと二人の結婚を祝して、盛大な結婚式が執り行われることとなった。

 しかし、両マフィアは長らく抗争を繰り返し、互いに対する憎しみの根は深い。そう簡単に仲良くなれるわけがなく、同盟を結ぶことになったのちも、抗争は別の形で繰り返されることとなったのだ。

 すなわち、結婚式でどちらがより素晴らしい演出をできるかという点で。

「……なんだって?」

「だから、うちのボスはエレナ様のご結婚を祝うために十万発の花火を打ち上げることにしたんだよ」

でも最後の最後になって花火の材料が足りなくなり、急遽取り寄せなければならなくなった。しかし、表立って注文すればメイヤード側に花火十万発計画がバレてしまう可能性がある。今までも相手より派手な演出をするため、諜報活動が繰り返されていたからだ。そこで裏ルートで注文し、ローネブルグとは縁もゆかりもない俺たちが運び役として選ばれた、ということらしい……

「つまり俺たちはバカ親同士のつまらん意地の張り合いに巻き込まれたというわけだな……」

 リュスが呟きに俺も全力で同意する。もっともそれは小さな声および心中で、である。さすがに当事者たちの前で堂々と言う気にはなれない。

「うん、そうよね。パパったら気合を入れすぎなのよ。それにお義父様相手だとどうしても張り合ってしまうみたいで」

 あ、あら聞こえていた。だが、エレナは気にした様子はない。むしろ我が意を得たりという感じだ。

 ちなみに、いまおっさん二人はこの場にいない。話がややこしくなるから、とエレナとロベルトに追い出されたのだ。いるのは前述の二人と、フォスターさんとジャックだけである。

「確かに花火は素敵だけど、十万発も上げなくてもいいのに」

 エレナはそう言ってため息をつく。かわいい系だが美人なのですげー絵になるな。パパことエレナの親父さんはただのむさいおっさんだったから、きっと母親似なのだろう。遺伝の神秘バンザイ。

「きっと君を盛大に祝ってあげたかったんだろう。少なくとも父さんの式場を花でいっぱい計画よりはマシだよ」

 エレナの隣で今度はロベルトがため息をつく。なお、メイヤード・ファミリーの跡取り息子は、ローネブルグ・ファミリーの跡取り娘を膝の上に乗っけた状態である。

「そうねぇ。ちょっと少女趣味だと思うわ。ロベルトは十万発の花火を見たいの?」

「少し気になるかな。でも」

 ロベルトはエレナの顔を見つめると、甘―い声で囁く。

「僕は花火より何万倍も美しい君を見ていたいな。エレナ」

「やだロベルトったら。人の見ている前で恥ずかしいわ。……でも、私も花火の何億倍も素敵なあなたを見つめていたいわ」

「じゃあ結婚したら毎日好きなだけ僕の顔を見てくれ。君だけの特権だよ」

「嬉しい! ああ速く結婚式を挙げたいわ。あと一日とはいえ待ちきれないもの」

「僕もだよ。それにしてもこんな美しい女性を妻にできるなんて僕は幸せ者だ……」

「あら、私だってこんな素敵な男性と結婚できるんだから、私より幸せな人間なんてこの世にいないわ」

「エレナ……」

「ロベルト……」

 目の前で繰り広げられる甘すぎるやり取りに、俺とリュスはいたたまれなくなって静かーに部屋を出た。部屋を出る直前まで、ロベルトとエレナは新居には花をいっぱい飾りたいとか、子供は何人欲しいとか、そんなことを糖度たっぷりに話していた。

 いちゃラブは、はたから見てるとかなり痛い。



 その後。俺たちはメイヤードとローネブルグの縄張りの中間にある建物で行われたエレナとロベルトの結婚式が行われる中、建物のとある一室で黙々と食事していた。

 この幸せを他の人にも分けてあげないとと言って、エレナが結婚式に招待してくれたが、あいにく俺もリュスも礼服というものを持っていない。仕方ないので食事だけごちそうになることになった。

 客室は満室だとのことで、俺たちが通されたのは半分物置みたいな部屋だった。まあそれでも、ちゃんと片付いていたし窓からの眺めも悪くないし食事は美味しいしで、俺たちとしては何の不満もない。むしろ豪華な客室に通された方が落ち着かないし。

「なにはともあれ、薬を運ばされる羽目にならなくてよかった。まったく花火の材料を手に入れるのにあんなにこそこそするなんて、紛らわしいことをしてくれる」

 黙々と食事を口に運んでいたリュスは、ふと手を止めてそう言った。俺もちょっと手を止めて、フォークをひらひら振った。

「高い報酬もらった上にこんな美味いものが食えるなんて、それもこれも俺がこの仕事を見つけてきたおかげぐへっ!」

「調子に乗るなジューク。マフィアに絡まれたりおお立ちまわりしたりする羽目になったのはどこの誰のせいだ」

「いやぁあははははは」

「笑ってごまかすな」

「ハイ……すんません……」

 俺は小さくなってリュスに謝った。まあなんだかんだ言ってやっぱり悪いのは俺なわけだ。リュスには迷惑をかけてしまったので、これ以上余計なことは言わないこととする。

「お、花火だ」

セルツ地区の夜空に色とりどりの炎の花が咲いている。十万発というだけあって音がうるさいぐらいなのだが、それでも闇色をバックに鮮やかな花が咲くたびに、童心に帰ってはしゃぎたくなる衝動に駆られる。

「見ろよ。あれが俺たちの努力の結晶なんだぜ?」

「ほんの一部分だけだがな」

 リュスは淡白にそう言って、また黙々と手を動かし始める。グラスの酒を飲みそして、

「どうせ明日からまた仕事探しだ。今日ぐらいたらふく食ってたらふく飲んでも罰は当たらん」

「確かにそうだな。よし! 飲むか!」

 食っていた肉の一切れを飲み込んで、空になったグラスに酒をなみなみと注ぐ。たぶんこれも高い酒なのだろうが、庶民にとってはアルコールが入っていればなんでも同じである。酒でいっぱいになったグラスを掲げて、俺は高らかに唱和した。

「俺たちの明日を祈って、金と酒の女神に乾杯!」

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