第16章 旅は道連れ世は情け【3】

「なあルーナ」


「ん? なに?」


 ルーナは昼間の時のように、ガッツリ僕の身に押し寄せるまではしないものの、腰元にしっかり腕を回し、上体を僕の背中にくっつける程度に、接近していた。


 女の子が持っている、特有の二つのアレが常時背中に当たってしまっているのは、言うまでも無いだろう。


「さっき野宿をするのに気が変わったって言ってたけど、何がキッカケで気が変わったんだい?」


「ああ、そのこと……えっとね……」 


 その時、僕の体に巻き付くルーナの腕に、少し力がこもったのを感じた。


 この行動から推測するに、多分その理由の中心部分は僕なのかもしれない。


 あくまで、推測だけど。


「うん……宿に泊まったら、わたしはゼロと、ロクヨウはマジスターさんと相部屋になって別れるじゃない?」


「ああ、まあそうだな」


「だけど野宿だったら、別れなくて良かったから……」


「ああ……」


 その時、僕の心は確かにときめいた。


 彼女のその純心に、心を打たれてしまった。


 いつもは猪突猛進にあれかれ構わず走り回る、じゃじゃ馬のような彼女であるが、こういう気持ちを伝えるのに関しては、超奥手なんだよな。


 その落差に、余計そそられてしまうものがある。


「ルーナ」


「……なに?」


「冬じゃないけどさ、やっぱり夜って布団が無いと寒いよね」


「まあ、そうね。特に朝方とかは冷え込むから、布団を被っていても寒いし……」


「野宿だと布団も無いから、余計寒いよね」


「そうだけど……それがどうかしたの?」


「いや……お互いに寒いのは、嫌じゃない?」


「んん? ……ああっ! そういうこと! あっはは!! もうそれならそうと、ハッキリ言いなさいよ!」


 ルーナは頬に喜色を浮かべ、声をたてて笑い始めた。


 どうやら僕も、こういうことを伝えるのは苦手なようだ……人のこと言えたもんじゃないくらいに。


「はぁ……ふふっ、アンタがそうしたいなら、わたしはくっついて寝るくらい構わないわよ?」


「そ……そっか」


「でも……ふふん、アンタわたしとくっつくの好きね?」


 彼女はイタズラな笑みを浮かべる。


「えっ!!? あっ……ああ……人の温かみっていうのを、僕はあんまり知らないからさ」


「ん? どういうこと?」


「僕……孤児なんだ。両親は僕が生まれた直後に亡くなってて、それからはずっとマグナブラの孤児院で育ったんだ」


「そうなの……」


「院の人はすごく優しくしてくれて、僕をここまで育ててくれたことは、本当に今でも感謝してる。ただ……僕はこれまで一度も、誰かに抱かれたことが無くてさ。院の人も、一人の子にしちゃうと全員にしなきゃいけなくなるから、そういうことはやらなかったんだ」


 孤児が多かったというのもあるが、ああいう場所では基本、一人の子供に目を掛けるというのはタブーな話で、どんな子供でも平等に接するというのが基本理念としてある。


 だから優しくはされたが、しかし人と深く、愛情を持って接されたという経験が僕には無かった。


「それに僕こんなのだからさ……今まで付き合った女の子とかもいなかったし……だからその、言い方が悪いけど、そういうことに飢えてるんだよね」


「飢えてるって……でもそっか、そういう背景がアンタにはあったのね」


「うん……今まではこんなこと、人にはあんまり話したりしなかったんだけどね。だけどルーナにはこのこと、知っておいてほしくて」


 僕のなにもかもを、彼女には知っておいてほしくて……伝えた。


「そう……うん、アンタのこと、また一段と分かった気がするわ。どうやらアンタって、わたしが思っていた以上に複雑な人みたいね」


「複雑って……でもそうなのかなぁ……人並みの人生を送ってるって思ってたんだけどなぁ」


「……悪いけど、王様殺した罪を着せられて、各地を転々とする人のことを、人並みの人生を送っているとは言えないと思うわよ」


「ああ……そっか」


 もう既に、僕の人生は、並みの人生の理から外れちゃっていたか。


 さようなら普通の人生。来世はもっと、穏やかに過ごせればいいなと、心から思う。


「でも、そういう複雑な人生を送って来たから、アンタとわたしはこうやって出会えたんじゃない?」


「ははっ、モノは言いようだね」


「そうとも言うけど、満更でも無いんじゃない?」


「まっ、そうかもしれないな」


 僕が勇者の夢を諦めていなかったら、あの路地裏での出来事は無かったかもしれないし、ましてや兵団を離れるようなことが無ければ、レジスタンスでルーナと再会することも無かっただろう。


 全ては成るようにして、成されたというわけか。


 人生とは、落胆することばかりじゃないんだな。良いことも悪いことも、上手いこと天秤に掛けられ、公平になるように仕組まれている。


 幸せだけの、あるいは、不幸だけの人間なんていないということか。


「ねえルーナ、こういうのを世間的には、運命の出会いなんていうのかな?」


「そうなんじゃない? でもわたしはアンタとの出会いを、運命なんて曖昧なものだとは思いたくないわね」


「ほう、言うねぇ……じゃあどういうものだって、ルーナは思うの?」


「しいて言うなら、必然の出会いね! 運命にも宿命にも縛られない、何のためでも、何のお蔭でも無い、そういうものだと思いたいわ!」


「なるほどね」


「あっ、でもマジスターさんとゼロのお蔭ではあるもんなぁ……どうしよう?」


「どうしようって……でも出会ったのはあの二人が原因ってことじゃないから、ここはノーカウントでいいんじゃない?」


「あっそっか! さすがは言い訳の達人ね」


「それ僕、褒められてるのかな?」


「じゃあ弁明の達人?」


「言葉をそれっぽくしただけで、内容は変わってないからな、それ」


「いいじゃないなんでも! とにかく、良いことを言った! って褒めてるんだから」


「そっか、なら嬉しいよ。えっと……ルーナに言われたら、尚更ね」


「ふふっ……さらりと口説き文句を言えないようじゃ、まだまだね」


「精進致します」


 そんなことを話しながら、自分で言うのもなんだが、ルーナと仲睦まじく、星の瞬き始めた夜空の下をバイクで駆けていく。


 このまましばらく走って、野宿ができそうなポイントを見つけたら、そこにシートを敷いて、ルーナとゆっくり星空を眺めよう……そんな呑気な計画を立てつつ、運転をしていた僕だったのだが、しかしその道中で、マジスターのバイクが停車していることに気がつき、僕は瞬時にブレーキレバーを握った。

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