第16章 旅は道連れ世は情け【2】

「カッカッカッ! すっかりわしの知らぬ内に、互いのことをカバーし合うような間柄になったみたいだな二人とも?」


 そう言って、先程まで地図を確認していたマジスターが話題に入ってきた。


「知らぬ内って……マジスター、僕はルーナから聞いてるんだぞ。アンタにもルーナは僕のこと相談したって」


「おやっ? 話したのかルーナ」


「ええ……まあ……話の流れで」


「そうかそうか! いやぁ……年寄りが若者のあれやこれやに首を突っ込むのは、はてさてどうしたものかなとは思っておったが、やっぱり二人のこととなるとつい放っておけずにいてな!」


 カッカッカッ! と、独特で、尚且つ豪快ないつもの笑い声をマジスターは発する。


「でもマジスター、僕からも礼を言わせてくれ」


「んん? どういうことだ?」


「僕がルーナの気持ちに気づいてないことを、マジスターがルーナに教えてくれたから、今僕達はこうしていられるんだ。そのキッカケを作ってくれてありがとう」


 僕は素直な気持ちで、マジスターに頭を下げた。


 僕達のことをすべて理解してくれているマジスターが、理解し合えていない僕とルーナの心の懸け橋となってくれたからこそ、僕達はこうして通じ合うことができたのだ。


 またマジスターには、大きな借りを作ってしまった。


「カッカッカッ! キッカケなど些細なことに過ぎん。それにわしに礼を言うなら、ライフ・ゼロにも言っておいた方が良いぞ? ライフ・ゼロだって、大きなキッカケを作ったことには変わりないからな」


「う……む……ライフ・ゼロもその……ありがとう」


「キッキッキッ! 我の偉大さが分かればそれで良いのだ!」


 ライフ・ゼロは腕を組み、喜色満面の笑みを浮かべ、笑う。


 さっきまで僕と口喧嘩をしていたというのに、一言謝っただけでこんなに上機嫌になるなんて……この元魔王、チョロ過ぎるだろ。


 まあ、変にギクシャクするよりかは、これくらい小ざっぱりとして、単純なヤツの方が、僕も扱いが楽でいいんだけど。


「そうだ、それはそうと二人とも。実は二人にとって一つ、悲報があってな」


 すると今まで笑っていたマジスターが、はっと何かを思い出し、僕とルーナの方に振り返る。


「僕達に悲報? こういう時なんだしマジスター、僕としてはできれば朗報を持って来てほしかったんだけど……」


「いや……努力はしたのだがな。しかし努力しても、やはりどうにもならんものは、どうにもならなくてな……」


「うーん……まあいいや、それでその悲報って?」


「うむ……端的に言うと、野宿が決定した」


「あー……」


 そういえば、僕達がここで立ち往生していたのは、この近くに今日宿泊するための宿があるかどうか、それを調べるためだったな。


 すっかりお祝い気分で、そっちのことを忘れていた。


 こういうのを、浮かれてるって言うのかな?


「どうやらこの周辺には、小規模の農村は点在しているのだが、宿を経営している場所が無いみたいなんだ。だから明日中にアクトポートへ入れるよう、今日はもう少し距離を稼いでから、その場所で野宿をしようと思う」


「そうか……明日にはもう、アクトポートか」


 もうマグナブラを離れて、明日で四日だもんな。そろそろ着くのは、当たり前か。


「でも……うーん……やっぱり目的地に着く前日は、コンディションを完璧にするために、宿に泊まってベッドの上で熟睡したかったなぁ……」


 そんな叶わない夢を、僕はポツリと呟いてしまう。


 本当に贅沢な要望だとは思うけれど、でも野外の土の上にシート一枚で寝るのと、しっかりベッドメイキングされた布団の上で寝るのとでは、次の日の体調に、雲泥の差が出てくるからなぁ。


 朝起きた瞬間に、野宿だと背中が痛くて痛くて……一日目でその感覚を味わったので、またそれを繰り返すと思うと、どうしても気分は落ち込んでしまう。


 そういえばもう一人、こういう時、僕とともに文句を言う仲間がいるのだが……。


「……まあ、泊まる場所が無いなら野宿になっても仕方ないわよね」


「えっ?」


 しかし僕の予想に反して、ルーナはすんなりと大人しく事態を呑み込んでいた。


 そんな彼女の行動に、僕は思わず拍子抜けしてしまう。


「ん? どうしたのロクヨウ?」


 そんな僕の反応に気づき、ルーナは僕の方に振り返る。


「あっ、えっと……」


 こういう時、以前までの彼女からなら、理由を訊く前から無差別に僕は睨みつけられて、その度に下手な言い訳をしていたこともあり、その時の習慣からか、僕は瞬時にまた何か言い訳を考えようと、頭を働かせてしまう。


 しかしよくよくルーナの表情を確認すると、彼女はキョトンとした表情をしているだけで、そこで僕は、いつも逃げ切れていない逃げ口上を考えることを止め、自分の本当に思っていることを打ち明けることにした。


「いや……ルーナが野宿をすんなりと受け入れたからさ、それに驚いちゃって。だって最初の時は、僕と一緒にすごくごねただろ?」


「ああ……まあそうなんだけど……気が変わったのよ」


「気が?」


「そう」


「なるほど……そっか」


 曖昧な返答で、何か裏があるような気がしたのだが、ここは彼女の、今はそのことについて言及しないで欲しいという意思を尊重して、これ以上の話題の深堀りをすることは止めておいた。


 僕の人を見る……心を読み解く能力も、少しは上がってきているようだ。


 だがそれが全てだとは、思ってはならない。あくまでも僕の予想の範疇ということに、留めておかねばならない。


 自分の能力を……鼻に掛けてはならない。


「まあスマンな二人とも。わしもできれば野宿は避けたかったが……」


「いや、もう大丈夫。僕もルーナと一緒で、気が変わった。野宿も悪くない」


「そうか……よしっ! それじゃあ明日までにアクトポートへ辿り着くよう、もう少し先を進むぞ!」


「ああ、明日にはマグナブラ大陸横断の達成だ」


 それから僕達は今まで通り、僕とルーナ組、マジスターとライフ・ゼロ組に分かれて、バイクに乗った。


 先導するのは、地図の中身を頭の中に叩き込んでいるマジスターであるため、先に発進し、その後を追うように、僕もバイクを走らせた。


 辺りはすっかり闇に支配され、ライトを点灯しながら、昼間には緑の草原と広大な湖が見えていた道を走って行く。


 その最中に、僕はさっき躊躇った質問をルーナにしてみることにした。


 多分二人っきりの時だったら教えてくれるかもしれない……そう思ったからだ。

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