第15章 アマノジャクな二人【4】
「あのさ……ルーナ、状況を確認していいか?」
「勝手に一人でして」
ルーナは僕の体に顔を埋めながら、表情を見えないようにしながら、それだけ答える。
一人でって……まあいいや、勝手にしろって言われたんだから、こっちも勝手にさせてもらうとしよう。
「えっとさ……ルーナってもしかして、もしかしてだよ? 僕の……僕のことがその……好きだったりするのかな?」
ルーナの顔が触れている部分から、上から下に、擦れるような感覚がした。
なるほど、首を縦に振った……イエスということか。
「それは僕が言ったみたいに、仲間として?」
その質問に対してルーナが起こした反応は、少し首を上下に動かした後に、左右に首を動かすという、混合した動作だった。
これは多分、イエスだけれども、それだけじゃないという、そういう意味なんじゃないかと僕は勝手に踏み込む。
なので質問を続けよう。
「それじゃあ……一人の人間として?」
この質問にも、さっきと同様の仕草をするルーナ。
ああ……ここでついに、僕の中の最終関門が突破されてしまった。ここからは、今までの僕の領分の範囲外だ。
胸がかつてないほど、張り裂けてしまいそうなほどに、強く鼓動している。
僕は一呼吸入れた後に、慎重に、最後の質問を彼女に向かって投げかけた。
「じゃあもしかして……一人の男として……とか?」
その質問に対してルーナは、しばらく停止した後、本当に本当に本当に、感覚を尖らせていないと気づかないほどの小さい動作で、上下に顔を擦った。
ああ……そうか。やっぱり、そうだったか。
抱き付かれた時から、おおよそのことは分かっちゃってたけど、もしかしたらという気持ちと、自分の動揺を抑えるということで、質問という形をとって確認と時間稼ぎをしたのだが……確認はとれたものの、動揺は更に酷くなっていた。
「ちなみにいつから?」
動揺のせいか、僕はとんでもない質問をブッ込んでしまう。
ルーナはしばらくの間黙りっ放しになっていたが、しかしここでやっと、動作以外の返答を僕にしてみせた。
「最初の頃から」
「最初? 最初ってまさか、あの裏路地の時?」
「……そう」
マグナブラの裏路地……もう懐かしくもあるこの記憶だが、実はまだあれから一ヶ月経っていない。
その当時、僕は落ちこぼれのマグナブラ兵団の兵士で、パトロールという名の徘徊をしていた時、裏路地でたまたま見つけたのが二人の兵士と、その兵士共に襲われていたのが、当時レジスタンスにいたルーナだった。
僕は気まぐれを起こし、短剣を使って二人の兵士を軽く痛めつけて、彼女を助け出して、胸をチラ見して、ビンタされたんだっけ……思い出したら頬が痛くなってきた。
「わたし、アンタをレジスタンスに誘ったでしょ?」
「ああ……誘われたな」
「あれは本気だった……アンタをレジスタンスに引き入れて、アンタの近くに居たいって思った……」
「そういうことだったのか……」
だからあの時、彼女は自分の素性を暁の火の悪行の一例として挙げたのか……本気で僕を、レジスタンスに引き入れたかったから。
しかしそれが、彼女本人の実体験であることを僕が知ったのは、確かマグナブラを追われて、マジスターと共にレジスタンスの元へ逃げ込んだ時だったか。
「一度は断られたけど、アンタがその後レジスタンスに来た時は、本当に嬉しかったわ。ユスティーツフォートを案内してあげるってあの時言ったけど、それはアンタと二人になるための口実だった……」
「ルーナ……」
「それからユスティーツフォートを抜け出して、アンタと一緒にヘイトウルフを結成して、アンタといる時間が増えていって……わたしの思いは、どんどん強くなっていった」
「…………」
「でも思いが強くなるのに、わたしにはそれをどうやって伝えればいいのか分からなかった……そのモヤモヤが日に日に募っていっちゃって……いつの間にかその矛先を、アンタに向けていたわ」
「……そっか」
ここ最近、以前に比べてルーナの僕に対しての当たりが強くなっていたような気はしていたが、そういうことだったのか。
そしてそんな、ルーナの心の葛藤があることに僕は気づかず、彼女を恐れていたのか……。
「それで……こんなことを訊くのもなんだけどさ。何でその気持ちを、今になって僕に伝えようって思ったの?」
「……ウィルダ―ターニングの宿で、最初はゼロに相談した。そしたら二人っきりになれるのは、バイクの上だって教えてもらって……その……男を虜にできる方法っていうのも、教えてもらった」
「アイツ……!」
ライフ・ゼロが最後に言っていた入れ知恵っていうのは、こういうことだったのか!
見た目十歳のくせに、考えることはオッサンのそれじゃないか!
「ゼロは責めてあげないで……わたしが訊いたことだから」
「あっ……ああ……うん……」
ルーナに止められてしまうと、僕としても手出しはできない。
それに今回に限っては、アイツはただのアドバイザーで実行犯じゃないしな。裁くことはできないか。
「でも、そんなことまでしてその……僕に気持ちを……」
「……ゼロに教えてもらった方法で、アンタの腰に腕を回して胸をくっつけた時は、本当に恥ずかしくて、死にたい気持ちになったわ」
「そこまでして……」
それはある意味、命がけの告白だった。
というか、やっぱりライフ・ゼロのやつ……これは無罪放免にするわけにはならんな。
必ずアイツに、一滴でもいいから泥を着けてやる。
「あれ? でもライフ・ゼロが最初ってことは……他にも相談した人がいるのか?」
「うん……マジスターさんにも」
「全員知ってたのかよっ!?」
僕以外の全員が知っていて、綿密に計画された、まさにヘイトウルフ総動員のプロジェクトとなっていた。
みんな好きなんだな……人の惚れた腫れたに首を突っ込むのが。
「こんな時だから、そういうことは控えた方が良いかなって思ったんだけど、でもマジスターさんがこういう時だからこそ、伝えれる時にしっかり伝えておけって。そうじゃないと、いつまで経ってもアイツの鈍感さでは、あっちから気づくことは無いぞって」
「…………」
さすがはマジスター、全部僕のことはお見通しだったってことか。
実際僕は今の今まで、ルーナの気持ちにまったく気づいてなかったわけだし、こうやってしっかりとした形で伝えられなければ、多分今も僕は、ルーナがただ怒っているだけだと勘違いして、ビクつきながらバイクを運転していたに違いない。
知り尽されてるな……僕のことを。
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