第15章 アマノジャクな二人【5】

「それで……アンタはどうなの? まだ答え、聞いてないけど」


「えっ! ああ……うん……」


 イキナリだったということもあって、まだそこまでじっくり考えることができてないのだが、しかしこういうのって多分、直感で決めるものだよな。


 それに僕自身も、自分の気づかない無意識の内に、そうやって彼女を思う気持ちがあった気がする。


 特にブラースティを倒した後、ルーナに抱きつかれた時は、ずっとこうしていたかったって思ったほどに……ああ、そっか。そういうことだったのか。


 僕も最初から、ルーナのことが好きだったんだ。あの時、路地裏で出会った時からずっと。


 だから僕はあの時、勇者の夢を捨てた身でありながら、彼女の中でだけでもいいから、もう一度英雄になろうとしたんだ。


 あの時からずっと惹かれていたんだ……でも僕はそれを、気づこうともしなかった。


 自分の気持ちにも気づかず、ルーナの気持ちにも気づかず、周りのアプローチにも気づかず……僕はのうのうと過ごしていたんだ。


 一番酷くて、ルーナの心を痛めさせていたのは、何を隠そう、この僕だったんだ。


 意識的に無知を装うのは、当然悪いことだが、無意識に知ろうとしないことも、同じくらいか、それ以上に罪深いことだ。


 最低最悪だな僕は……この業は、僕自身でしっかり落とし前をつけないといけないな……一人の男として。


 僕は特に何があるわけでもない、しいて言うなら緑の平原が広がる地の真ん中で、バイクを急きょ停車させた。


「えっ? どうしたの? 急に止まって?」


 僕に体を寄せているルーナが、僕の唐突な行動に困惑しているようだった。


「マジスターさん、行っちゃってるわよ?」


「いい、どうにかして後から追いつくから」


「どうにかって……」


「今伝えたいんだ。ルーナを背にして話すんじゃなく、正面で目を見ながら」


「……分かった」


 ルーナは僕の体から腕をほどき、そしてバイクを降りて、ヘルメットを脱ぐ。


 僕も同様にバイクを降りて、ヘルメットを脱いで、ルーナの正面にしっかり立って、一呼吸、二呼吸してから、言葉を紡ぎ始めた。


「ルーナ、僕のせいでずっと辛い思いをさせてゴメン。僕ってほら……そういうところがあって」


「知ってる。言い訳はいいから」


「あっ……そうだよね」


 こんな時にも逃げ口上を考えようとするなんて……ホント僕って情けない。


「じゃあもう逃げも隠れもせず伝える。僕も好きだ、ルーナのことが」


「それはなに? 仲間として?」


「そうでもあるけど、それだけじゃない」


「人間として?」


「それ以上に」


「じゃあ……一人の女として?」


「……そうだっ!」


 言い切った。言い切ってやった。


 もう半分、ヤケクソの勢いで。


「僕は最初ルーナを助けた時、あの子のためだけでもいいから、もう一度勇者になろうって思えたんだ。もう勇者の夢を捨て切っている時だった……普通なら、そんなこと思いつかないくらいに、僕はあの頃、荒んでいたんだけど……」


「そう……でもアンタが荒んでいたのは、なんとなく分かってたわ。そう考えると、随分見違えたものよね?」


「そうだなぁ……って、違う違う! 思い出話がしたいんじゃないんだよ! それは、あの時から好きだったっていうことが言いたくて……」


「あーもう分かったから! それで?」


「それで……でもその気持ちに気づかなくて……ちょっとした感じでは表われてたと思うんだけど……」


「なによそのちょっとした感じって?」


「例えばそうだな……それこそ路地裏の時に、胸をチラ見した時はときめいたし、あと最初にバイクの二人乗りをした時、腰を握ってウキウキしたし……」


「とんだド変態じゃない」


 瞬間、ルーナから永久凍土に放り出されたかのような、そんな強烈に冷たい視線を浴びせられる。


 だが今、僕は最高に熱くなっている。それこそ灼熱の炎のように。


 だからそんなルーナの冷めた視線には動じずに、僕は自分の心中を彼女に吐露することを続ける。


「まあ、それらは男の本能的にときめいたって感じだったから……でも決定的だったのが、暴走するブラースティを倒した時に、君に抱きつかれたあの時だった。あの時は本当に、ずっとこのままでいたいって思ったから」


「そうなの……」


「離れた時は急に寂しくなった……だから……やろう!」


「は? やろうって何を?」


「あの時の続きをだよ!」


「は……えっ? ちょっと……ええええええええええっ!!?」


 ルーナは目をまんまるにし、この平原の端から端にまで届きそうなほどの大声で、絶叫した。


「僕はルーナとなら、何時間でも抱き合ってられる! それが僕の答えだ!!」


「なに滅茶苦茶恥ずかしいことをサラッと大声で言ってるのよ!」


「僕は一人の男として、お前を受け止める準備はできている!!」


「それもう告白を飛び越えちゃって、プロポーズの領域じゃない!」


「もういっそのことそれでもいい! さあ来いっ!!」


「決断が軽すぎるわっ!! って! ちょ……!」


 渾身のルーナのツッコミも決まったところで、僕はもう待つことに痺れを切らし、僕の方からルーナの体を抱きしめにかかった。


 あの時とは、逆の立場だった。


「ルーナ……待たせてゴメン。気づくのが遅くなって……ゴメン」


 僕がそう言うと、ルーナはそれに答えるようにして、僕の体に両腕をまとわせ、ぎゅっと抱きしめ返してきた。


「……謝らないで。わたしもやっと、伝えることができたんだから」


「そっか……」


「これからはちゃんと伝える……アンタ……いや、ロクヨウにはわたしの素直な気持ちを……」


「ああ、僕もそうするし、これからは全て漏らさずに受け止めるよ。ルーナの気持ちを……」


 まだ日はさんさんと輝いており、とてもじゃないが夕日とか、夜景とか、そんなロマンチックな背景が用意されているような場所ではない。


 言ってしまえば、どこにでもありそうな野っぱらで、真昼間から男女が抱き合っているという、一歩間違えればシュールな絵面だ。


 だけど僕はこの光景を、一生を通して決して忘れない。それは僕にとって、生まれて初めて全てを知り尽したいと思える、大切な人ができた瞬間であったから。


 地獄に落ちる前に出会えて……本当に良かった。

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