篠崎 透は

キジノメ

篠崎 透は

 篠崎透は、いつも笑う少年だった。

 その日彼は、クラスメイトに給食の残りを押し付けられた。カレーが2皿に増えて、彼は戸惑ってクラスメイトを見た。

「お前、太ってんだから食べれるだろ? てゆーか、今月残したら俺らのクラス負けちゃうから! 頼むって!」

今月、彼らの学校はとあるレースをやっていた。給食を残す量が一番少ないクラスが優勝する、「完食しま賞」というレースだった。篠崎透のいるクラスは、現在学年1位だったし、そしてそのレースは今日で終わりだった。

「頼むって!」

クラスメイトは、彼を馬鹿にしているわけじゃなかった。篠崎透はクラスの中では大食いのほうだし、勝負となれば何がなんでも1位を取りたかったのだ。

 篠崎透は嬉しそうに笑って、完食した。




 篠崎透は、いつも笑う少年だった。

 その日彼は、クラスメイトに3枚の紙を渡された。

「本当にごめん! どうしても明日までに必要なイラストが3枚あるの。篠崎くん、絵、上手いでしょ? どうにか描いてくれないかな」

彼女は合唱祭の実行委員だったが、今日になってパンフレットを作るにはイラストが3枚足りないと気が付いた。締め切りは明日、自分は絵を描けない。そこで篠崎透は絵が上手かったのを思い出し、クラスに未だ残っていた彼に声をかけたのだ。

「どうしてこんな時間まで残ってるの? え、作文?」

篠崎透はその日、先生から原稿を頼まれていた。中学校最大の行事、修学旅行で読む言葉を考えるよう言われていた。彼は国語も苦手ではなかった。先生も篠崎なら幸いと、作文を頼んだのだ。

「どうしよう、絵なんて頼んだらまずいかな」

しょげる彼女から紙を受け取り、篠崎透は笑って首を振った。




 篠崎透は、いつも笑う少年だった。

 その日彼は、総務委員会の先輩に呼び出された。そして自分が昨日出した原稿を突き返された。

「あのさあ、もうちょっと見やすく出来ない? 大きさとかバランスがいまいちでさ……」

文化祭、合唱祭、それらが連続で来るこの高校で、総務委員はパンフレット作りに大忙しだった。

 篠崎透は、昨日先輩に呼び出されて、今怒られている原因の原稿を作るように言われた。元はと言えば、先輩の仕事だった。しかし先輩は他にも圧し掛かる厄介事に目が回っていて、どうしようもなくなり篠崎透に原稿を頼んだ。

「頼んだ手前悪いとは思うよ。でもさ……」

先輩の言葉を区切って、篠崎透は言う。

「分かりました。悪い所があったんですね。直してきます、すみません」

篠崎透は隈の浮かんだ目で笑い、小さく頭を下げた。




 篠崎透は、いつも笑う少年だった。

 そんな彼が、昨日死んだ。自宅のマンションから飛び降りたという。

 彼を知る人物で、それを驚かない者はいなかった。

「事故でしょ?」

「あんなにいつも笑っている奴が? 嘘でしょ?」

「え、だって昨日笑って喋ったんだけど。なんで?」

 親ですら、死んだ原因が分からないと嘆いた。

「いつも笑っていたんですよ。のほほんとしていて、偶に父親が怒ることもありましたが、特に気に病んでいる様子も無くて。本当に、いつも笑っていたんです。なのにどうして……」


 彼の部屋には、ノートパソコンが1台あった。しかしそれは風呂に沈められて、さらに稼動する部分で真っ二つに折られ、風呂に浮いていた基盤は折られ砕かれ、修復不可能になっていた。どんなデータが入っていたのか、履歴があったのか、見ることは叶わない。

 どんなに探しても、遺書の類は出てこなかった。



 ただ彼の机の上には、やりかけの原稿や書類が丁寧に積まれていた。一番上には謝罪の書かれた便せんが乗っていた。


『申し訳ございません。やりかけです。本当に、ごめんなさい』



 篠崎透は、いつも笑う少年だった。

 彼が心の中で何を思っていたかは、ついぞ知られることがなく終わってしまった。

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篠崎 透は キジノメ @kizinome

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