第48話 夕薙アキラVS明里宗近



 十二年前。


 明里宗近は大学院所属の時に、魔導連盟主導の軍事教練プログラムに参加した。


 国内においてAランクの魔法ライセンスを取得するためには、大学部卒業に加えて、この軍事教練プログラムを受ける必要があった。

 一年を通して行われるこのプログラムは、戦闘を前提とした肉体作り、技術習得、そして組織行動の訓練を目的とされている。


 国内のみならず海外にも遠征し、世界各地の霊峰や秘境を巡るため、生半可な能力では単位取得すら難易度が高い。登録一年目で全単位を取得することはまず無いと言われるようなプログラムである。


 宗近はそのプログラムに、大学卒業の年に登録した。

 元々受けるつもりはなかったが、本家への体面や将来の泊付けを意識して、十分な勝算を持っての参加だった。


 夕薙アキラと出会ったのは、プログラム生になった次の年、大学院の頃だった。

 当時二回生だったアキラは、ラクラクと与えられた課題をこなしていった。不真面目な言動や軽薄な態度の割に、訓練には真剣に取り組んでおり、メキメキと頭角を現していった。その噂はプログラム二年目の宗近の耳にも届いていた。


 たまたま同じ遠征で一緒になった時の印象としては、隙きのない人間だというものだ。軽薄な態度の割に洞察力が高く、いち早く自身にとって最適の行動を取る。団体行動という意味では少々難がある人物だが、能力が高いことに変わりはなかった。


 そう評価をしたものの、宗近にとってアキラはただの同期のプログラム生でしかなかった。

 特に肩入れするほどの興味を持ったわけでもないし、なにより他者に気を向けるほど訓練は生易しくなかった。大学院の単位を取得しながら、合間でプログラムを受講する。二年でプログラム終了は確実な見通しだったし、そこに不純物を混ぜるつもりもなかった。


 ――あの事故が起こるまでは。


 それは、海外遠征中のことだった。

 軍事遠征の主な目的は二つで、自然環境でのサバイバル訓練か、小規模の霊子災害調伏の演習である。

 その時は後者であり、雪国の片田舎で発生した人狼の討伐任務だった。


 訓練の一環であるため危険性はそれほど高くない。

 討伐対象は基本的にCランク未満の霊子災害であり、地元にいる低ランクの魔法士でも十分対応できるレベルのはずだった。


 しかし、教官を含めたファイブマンセルで挑んだその討伐演習は、計算違いの連続だった。


 人狼だと思われていたその霊子災害は、実は始祖の吸血鬼であり、Aランク以上のレイスだった。

 その事が判明した時にはすでに遅く、拠点としていた片田舎の村はパンデミックを起こし、村人の殆どがウォーキング・デッドと化してしまった。


 もはや軍事演習の範囲を越えていたため、訓練生は迷わず撤退することになった。元凶である吸血鬼は、その時の教官である遠宮詩江とヨハン・シュヴェールトが引きつけ、その間に訓練生が村を脱出して外部と連絡を取る。

 作戦は順調に進み、宗近たちは近隣の農村に逃げ込んで外部に連絡を取ることに成功した。


 しかし、その途中で訓練生の一人が噛まれてしまった。


 吸血鬼因子による情報圧汚染。始祖である吸血鬼の血は、瞬く間に訓練生を吸血鬼化させていった。

 外部からの救援が来るには、少なくとも夜明けを待たなければいけない。それまでには、噛まれた訓練生も霊子災害化することは間違いなかった。


「緊急避難だ。彼を霊子災害として討伐する」


 そう、宗近は主張した。


 その判断に間違いはないはずだった。このまま放っておけば、逃げ込んだ農村にまでパンデミックを広げることになる。今回相手にした吸血鬼は、最低でもAランクの危険な霊子災害だ。訓練生でしか無い自分たちに対処できる相手ではなく、完全にレイス化するまえに始末するのが一番のはずだった。


 その宗近の意見に異を唱えたのが、同じく演習に参加していた夕薙アキラだった。


「アカンっすよ、明里先輩。それはだめっす」


 アキラは何時になく真剣な表情で、真っ向から異を唱えてきた。


「それは最後の手段っす。真っ先に切り捨てる選択肢を取るような人間は、いつか損得で人を殺せるようになる。それだけはだめです」

「なら、どうすると言うんだ、夕薙」

「ワイの固有能力パーソナルギフトやったら解呪出来るかもしれへん」


 ぐっと挑むように正面から睨みながら、アキラは自身の手の内を明かした。


「完全にゾンビ化した村人は無理やったけど、魔法士のこいつやったら魔力抵抗もあるから、レイス化する前に元に戻せる可能性があります」

「解呪中にレイス化してしまわないという保証はどこにある。我々だけの問題ではない。失敗すれば、ここに住む現地人が被害にあうんだぞ。そんな危険な賭けに乗れるか」

「やけど、試さんで諦めるんは違う話です。危険なんは承知です。駄目やったときはワイも諦めて討伐しますから、一度だけチャンスを下さい」


 宗近とアキラの意見は平行線をたどり、最終的に他の二名の判断に任された。


 吸血鬼化した訓練生は当初、殺されることを受け入れていたが、アキラが希望を提示したことでそれに乗った。もう一名も、殺人を犯すことにためらったので、アキラの策に乗った。多数決によって、解呪の方向で話が進み始めた。


 夕薙アキラの持つ『英雄相似因子』は、霊的な逸品を用いて逸話や伝承を再現する能力である。

 その場には大した触媒はなかったが、吸血鬼退治には十字架や聖水があれば十分だ。その村にある教会を借りて物品を揃え、解呪に取り掛かった。


 基礎となる術式は、アキラの『英雄相似因子』を用いて魔法式を組み、その魔力の流れを宗近ともう一人の訓練生で調整した。

 誤解のないように言っておくと、宗近も解呪には真剣に取り組んだ。討伐を主張したとは言え、宗近も同期の訓練生を殺したいとは思っていない。大局を見て合理を追求しただけであり、助けることが出来るのなら助けたかった。


 そう、助けたかったのだ。


 解呪まであと一歩だった。感染した訓練生の血液の大部分を浄化し、あとは現実界へ結果を投影すればそれで終わりというところまで来ていた。

 しかし――もう一人の訓練生が疲労により集中力を切らし、一瞬だけ情報界とのアクセスが途切れた。


 その一瞬のミスが全体の解呪術式を狂わせ、暴走を引き起こした。

 宗近とアキラは冷静にミスの修復を行ったが、すでに二人とも限界に近かった。


 夜明けまであと一時間。

 最低でもそこまで保つことができれば吸血鬼化は防げただろう。暴走を食い止めるので精一杯だった二人にとって、そこが最後の希望だった。


 しかし――宗近はその段階で


 解呪術式の調整から手を引き、感染した訓練生を殺害するのに時間はいらなかった。おそらく苦しむ間もなく命を断てたはずだった。


 あまりにもあっけない幕引きに、その場に居た誰もが呆然とした。それは宗近も例外ではなく、同期の死体を前に無言で立ち尽くした。


 やがて夜明けを迎え、朝日が差し込んできた。

 それまでずっと黙っていたアキラが、悔しそうにくぐもった声で言った。


「恨みますよ。先輩」

「……そうか」


 ――今思い返しても、あの時の判断は間違いでなかったと信じている。


 体力的にも精神的にも限界だった自分たちでは、あと一時間も暴走状態を食い止める事はできなかったはずだ。失敗すれば訓練生の三人だけでなく、現地人にも被害が及ぶ。神秘に携わる魔法士として、それは正しい選択だったと宗近は思っている。


 しかし、同時にアキラの言葉が常に頭に張り付いていた。


 ――真っ先に切り捨てる選択肢を取るような人間は、いつか損得で人を殺せるようになる。


 ああ、その通りだと宗近は思う。

 あの時の選択に間違いはなかったと思っているが、しかし。宗近がわずかながらの余力を残して諦めたことを、アキラはきっと理解していたはずだ。だからこそ、彼は「恨む」とはっきり口にしたのだ。


 同期の殺害については、緊急避難の霊子災害討伐として処理された。

 公的な記録としては、宗近は殺人を犯したことにはなっていない。しかし、あの夜明け前の教会で一つの命を断ったことは、宗近の意識の枷を外すのに十分だった。


 元々、明里宗近という人間は合理性の塊だった。それが明確になっただけの話だ。


 そしてその合理による非道を、夕薙アキラだけは看過しなかった。


 プログラム終了後も、二人は何度も邂逅し、そのたびに衝突した。

 神咒宗家の自然派として活動する宗近を、アキラはあからさまに敵視した。宗近が人を殺すかもしれないという境遇に立たされた時、それをアキラは阻止した。そのたびに宗近はアキラを天敵として敵視した。



 それは奇妙な敵対関係だった。

 それも今日この日に終わりを告げる。

 そのはずだった、のに――



 ※ ※ ※



 死んだはずの夕薙アキラが、身の丈ほどもある杖をついて立っていた。


 荒削りな木製の杖には、蛇の脱殻が巻き付けられている。それが生半可な霊具ではないことは、溢れ出る情報圧が証明している。

 その特徴的な形状から、アスクレピオスの杖を模した霊具であることはすぐにわかった。


 立ち上がったアキラの胸元は、服こそ破れているが胸元の穴は完全にふさがっていて、流血の跡だけが痛々しく残っていた。生老病死すらも超越した医神アスクレピオスの加護だ。アキラの能力を加味すれば、死からの復活くらいはやってのけるだろう。


 事態に納得をするとともに、宗近はすぐに動いた。


「『鉄杭女王の抱擁アスパスマタ・アペガ』!」


 空間掌握と鉄杭の生成、さらには魅了と死角からの襲撃。

 五つもの工程を重ねたその魔法式は、宗近の奥の手だ。


 瞬時にアキラの背後に現れた鉄杭は、そのまま彼の全身をめった刺しにする。

 それを、アキラは杖を振るって焼き尽くした。


「『カンナカムイを迎えしハルニレよ、アイヌに炎を授け給え』――『火を灯す春楡の神チキサニカムイ』!」


 アスクレピオスの杖を模した杖は、アキラの呪文とともに雷を放出して周囲を焼き尽くした。

 その火力は尋常ではなく、宗近が作成した鉄杭は残らず溶けて蒸発してしまう。


 雷を迎い入れた魔杖は、煌々と燃えながらアキラの手元に握られている。

 チキサニカムイ――アイヌ神話において様々な文明を与えたその女神は、火の女神でもある。

 その逸話を最大限に発揮しながら、アキラは炎を操り攻撃する。


 鉄杭が溶かされた時点で、宗近もすぐに反応する。


 彼は手首に巻いた腕時計型のデバイスに魔力を通して、空間を拡張する魔法を発動させた。

 半径十メートルの範囲を十倍に拡張しつつ、その間にある空気の濃度は変えない。それにより、極端に空気の薄い空間が誕生する。


 アキラが振るう炎が、酸素不足によって勢いを弱める。


 立て続けに、宗近は気圧差を利用した風魔法を発動させる。

 局地的に起こった暴風は、その間にある人体をミキサーにかけたように擦り切らせることだろう。一切の容赦なく殺意を持って繰り出したその魔法は、アキラの身体を粉微塵にする。


 しかし――血肉が周囲に撒き散らされることはなかった。


 暴風と激突する寸前で、アキラは魔力壁で空間を切り取り、物理的な結界を張った。発生した暴風を閉じ込めるように作り出された物理結界を、アキラは右手で握れる大きさまで縮小すると、強引に握りつぶして消滅させた。


 すぐさま、宗近は怪異を召喚して食らいつかせる。


「『深淵に潜む魔物、己を食らう鑑となれ』――『奈落の獣アバドン』!」


 間髪入れず、アキラは懐から呪符を取り出して真言を唱える。


「『ほなら無敵の孔雀の出番ですオン・マヤラギランデイ・ソワカ』――『たのんます急急如律令』!」


 地面から現れた暗闇の腕を、色とりどりの孔雀の羽が打ち払う。激突するたびに互いの肉体ははじめ飛び、数合の後に魔力の残滓を残して霧散した。


 それでも、宗近とアキラの魔法戦は終わらない。


 物理属性、概念属性、霊子属性――あらゆる属性を駆使し、魔法式を組み立て、魔道具や霊具を利用し――殺意に満ちた必殺の一撃を放ち続ける。


 それは、個人と個人による戦争だった。


 ゲームと違って、デバイスの持ち込み制限など無いこの状況において、二人はあらゆる手段を用いて相手を殺そうとする。

 有事に備えた必殺の魔法式は、複数のデバイスに組み込んで常に持ち歩いている。それは、彼らが常に死線を意識して生きている証左でもある。


 少しでもタイミングが外せば即死は免れない殺意の応酬。

 それが何合も続くのは互いの実力が拮抗しているからであり、そして何より、相手の実力を信用しているからこその均衡だった。


 しかし――奥の手は何度も続かない。


 先にバテたのはアキラだった。

 胸元から抜き出そうとした呪符を、アキラは取り落としてしまう。それによって出来た間隙を、宗近は容赦なく突く。


「『鉄杭女王の抱擁アスパスマタ・アペガ』!」


 鉄杭を作り出す魔法。万全であれば四方を囲う包囲型の処刑魔法だが、宗近も限界なのか今度は一本ずつの生成だった。

 しかし、その一本に込められた威力は生半ではない。


 音速の勢いで射出された鉄杭を、アキラは左腕で打ち払うようにして受ける。左腕はねじ切れて弾け飛び、血飛沫が撒き散らされる。


 うめき声とともに踏ん張るが、そこに第二撃が飛んでくる。

 だが、それがアキラを貫くことはなかった。


「遊びは終わりにゃ」


 二夜メグのセリフと共に、なにかが投げ飛ばされて鉄杭を弾き飛ばした。

 その瞬間「ぎゃああああああ!」という悲鳴が響き渡る。


 鉄杭にぶつけられたのは、グリフだった。


 彼はそのまま地面に叩きつけられると、認識阻害が解消されてその全容をさらけ出す。

 全身に火傷を負っていて分かりづらいが、それはだった。炭化するほど燃やし尽くされた彼は、己の因子を発動させることも出来ないほどに痛めつけられており、やがて実体を維持できなくなった。


 ファントムの消滅を見届けるとともに、メグはシュタッとその場から飛び上がると、アキラの側に立って冷然と宗近を見下す。


「手こずったけど、これで詰めにゃ」


 猫の怪生としての姿になったメグは、手こずったと言う割にはほぼ無傷でその場に立っていた。

 ファントムとしての格の違いを明確に示すその出で立ちに、宗近は顔を歪める。


「さて、魔法士。にゃにか言い残すことはあるか?」

「いや。確かにこれはどうにもならないな」


 すぐに表情を戻した宗近は、油断ならない物腰でさっと両手を上げる。


 ファントムである二夜メグが自由になった以上、彼の生殺与奪権は相手に握られたようなものだ。

 武力での決着はついた。ならば、今の宗近に出来ることは交渉のみだ。


 もちろん、ただで終わるつもりはないが。


「私の負けだ。そちらの要求を聞こう」

「む、そうか。にゃら……おい、アキラ。どうするんにゃ?」


 メグはあっさり緊張状態を解くと、決定権を持つアキラへと話を振った。

 不意打ちならいくらでも殺せそうなくらい気を抜いているが、それでも攻める糸口を見つけられないほど、二夜メグというファントムは完成されている。これはグリフが敵わないわけだと密かに納得した。


 問題はアキラである。


 左腕がねじ切れた彼は、手元に残ったアスクレピオスの杖の残骸を利用して治療をしていた。その魔杖は今の激しい戦闘で半分ほどになっており、ほとんど力は残っていないようだった。


 それでもなんとか切断された腕をくっつけた彼は、憔悴しきった様子で言う。


「はぁ、はぁ……なんや、随分素直やな、明里先輩」

「意地を張っても敗北は動かないからな。妥協点があるのならば聞いておきたい」

「はは! 相変わらず、そういう合理性の塊なところは変わらへんな。けど、勘違いしたらあかんで、先輩。――ワイが、ただの私怨で邪魔しとる可能性を考えとらんのは、えらい勘違いやと思わへんか?」


 緊張を解いてつまらなそうに立っているメグに対して、消耗しきったアキラはまだ戦意を残していた。ギラついた敵意のこもった瞳が、刺すように宗近を見ている。


 それを見ていると、思わず宗近も挑発に乗ってしまう。


「もちろん全面降伏をするつもりはない。私が死んでもこの空間は残り続ける。解呪するだけの魔力を君が持っているのならば良いが、さて、どうだろうな」

「ギャハハ! それでこそあんたや。つまり、、って言うんやろ」

「話が早い。さて。君の目的が私怨というのなら、ここで一緒に心中でもしてみるかね? それなら、確実に私をここで殺せるぞ」


 交差する視線の間でバチバチと火花が飛び交う。

 互いに一歩も引かない態度は、魔法戦をしていた時以上の剣呑さを周囲に撒き散らしていた。


 その均衡状態を先に崩したのは、アキラだった。

 彼はポケットから小型のレコーダーを取り出すと、軽く地面に放り投げた。


「……? なんだこれは」

「霊子レコーダーや。この空間で使われた魔法現象を記録しとる」

「なるほど。互いの決闘の記録というわけか」


 アキラの言葉に、宗近はすぐに納得する。


 ウィザードリィ・ゲームが世界的に広まった現代において、ゲームを介さない決闘は基本的に禁止されている。

 霊子体を使った試合ならともかく、生身での殺し合いは認められていないのだ。つまり、この記録があるだけで二人は決闘罪に問われる可能性がある。


「途中からワイも本気でやっとったから、正当防衛と言うんはちと厳しいやろな。やから、これがあれば現実でも共倒れや」

「そんなものをバカ正直に取り出してどうする? 自分の首を絞めるだけだろう」

「そやな。ワイも取扱に困るしろもんや。やからこそ――抑止力になる」


 なあ、先輩。と。

 アキラはその場に座り込むと、不敵な表情で見上げながら言った。


「本題や。今日の不正は見逃したるから、ここからワイらを開放しぃ」

「君がこの場から開放されたあとに、私の不正を告発しないという根拠は?」

「やから、この霊子レコーダーをやる。ワイがあんたを告発したら、そんときはあんたがレコーダーの中身を告発したらええ」

「……その提案をして、君に一体なんのメリットがあるというのだ?」


 確かにその提案ならば、宗近が彼らを開放するだけの理由になる。

 しかし、わざわざ自分から接触してきたアキラにとっては、何一つメリットのない、ただ戦い損となる提案だ。


 何を企んでいる、と訝しげにアキラを見る。

 それに対して、アキラはあっけらかんと言った。


「こっちにも色々事情があるんすよ。まあ、アレや。……可愛い後輩には、全力で戦ってほしいだけや」

「――鏑木コウヤと君に繋がりがあったとはな」


 結界が解かれる。


 現実世界に戻ってっ来た二人は、貧血で倒れかける。

 体の傷は戦闘中に治癒で形だけは治してあるが、応急処置に過ぎないのですぐにまともな治療が必要だ。


 微かに荒れたサーバー室で向き合いながら、二人は淡々と事後処理を行う。


「この惨状はどう説明をつけるつもりだ?」

「そんなん先輩が考えることやろ。ワイは困らん」

「ふん。そうだな。となれば、存在しない侵入者でもでっち上げるか」

「無実の人間に冤罪かけるんは許さんで」

「不法侵入という意味では君が適任なのだがね」

「ギャハハ! そんならしっかり不正告発したるから楽しみにしときや」


 息の合った掛け合いを行いながらサーバー室に隠蔽工作をする。そこには、先程まで殺し合いをしていたような雰囲気はない。


 間もなく伊勢教諭がこのサーバー室を訪れるだろう。

 そこで侵入者が他にいたことにして、一旦事態を有耶無耶にする。それは不正を見られた宗近にとっては一番いい解決だ。


 まあ、鏑木コウヤへの妨害が出来ないことは厳しいが――我が身以上に可愛いものはないので、あっさりと趣旨替えするのにためらいはない。


「おい。夕薙」

「なんすか、先輩」

「君の目的は分かった。だが、なぜこの手段をとった? 私を直接告発する手段なら、いくらでもあっただろう。そこまでして私の邪魔をしたかったのか?」


 捨て身で戦闘を行わずとも、不正の告発ならばもっと秘密裏に出来たはずだ。鏑木コウヤの試合を守るためと言っても、あまりにも杜撰で向こう見ずな行動である。


 そもそも、昔からこの男は、事あるごとに宗近の目的を邪魔してきたのだ。そして毎回、ウヤムヤのうちに戦いが終わる。その気持ち悪さは、数年ぶりになっても変わらない。


 だからこその『なぜ』という問だったが――それに、アキラはとぼけたように答える。


「あんたがどんな仕事をしてて、何をやろうとしとるかなんてワイは興味ないわ。ただ――。言うたやろ?」


 床に座り込んだアキラは、宗近を見上げながらいつかと同じ言葉を吐いた。


「あんたのこと、『恨む』って」

「……ふん。どうやら疫病神にとりつかれたらしいな」


 戦闘職から離れて学院の教師になってからは、アキラとの再会が極端に減ったのは覚えているが――つまり、彼はずっと宗近が道を踏み外すのを止めようとしていたわけだ。


 アキラの目の届かない所で、宗近は何度も他者を犠牲にしてきた。命を奪ったことも何度かある。けれど――アキラの所為で失敗したことも、同じくらいにある。


 面倒な男に目をつけられたものだ、と。

 明里宗近は、十年来の腐れ縁に思わずため息を付いた。




 やがて、伊勢教諭がサーバー室に入ってきた。

 さて、これから起きた騒動をでっち上げる仕事が待っている。忙しくなると、げんなりした気持ちで宗近は自分の仕事に戻った。





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