第49話 鏑木コウヤVS神夜カザリ
鏑木コウヤVS神夜カザリ
冬空テンカVS渡良瀬ルル
どちらの戦いも、誰もが考えた予想を覆し、一方的なものとなった。
特に、渡良瀬ルルはもう敗北一歩手前だった。
メインフェイズに入った直後から、彼女は反撃することも許されず無残になぶられ続けていた。
霊子体を崩壊させてしまった方が良いくらいのダメージだが、今日は他の試合が無いのを良いことに、彼女は大量の魔力を使って霊子体を作成していた。度重なるダメージのおかげで残り魔力は全体の二割ぐらいに減っているとは言え、欠損など魔力の流出が起きる傷がないため、しぶとく残り続けていた。
スキルの燃費が良いルルは、このくらいの消耗でもまだ戦いを続けることが出来るのだが――しかし、彼女は戦意そのものを奪われていた。
(冬空テンカは、私を殺すつもりだ。試合とは関係ない。とことんまで因子を壊し尽くして、私というファントムを追い詰めるつもりなのでしょう)
鏑木コウヤを襲ったファントムの正体がルルであることを、テンカは気づいていた。
試合開始時からの殺意に満ちた攻撃は、霊子体を破壊するためのものではない。全て因子を壊すために行われた渾身の攻撃だった。
そんな、自分を殺す気で来ている相手を前に、ルルは戦意を喪失していた。
――有り体に言えば、怯えている。
「ふん、存外しぶといですわね。――忌々しい」
全身から白い湯気を立ち上らせながら、冬空テンカはゆっくり近づいてくる。
先程使用した謎のスキルによって、テンカはどうやら致命的なダメージを受けているようだった。ごっそりと魔力がなくなったのが伝わってくるが、それでも彼女は油断なく歩いてくる。
ルルの『朧月』は、テンカの謎のスキルを前に破れている。これ以上、ルルが逃げる手段は残されていない。
(……得点は)
ちらりと、ルルはスコアボードを見る。
マイナス17対17。
マイナス点まで取って、ダブルスコアにまで差を広げられている。ここまで来ると、もう試合自体に決着がついていると考えていいだろう。
(――ここまで、ですか)
勝負は水ものだ。
実力に差があろうが、ちょっとした要因で勝敗は覆る。ましてやモチベーションに差があれば、目も当てられないほど明確に結果へと反映される。
今この試合において、渡良瀬ルルは冬空テンカに敵わない。
それをはっきりと意識して、その上で――
「私の負けは動きません。ですが」
ボロボロの身体を必死で動かして、ルルは眼前を睨んで最後の抵抗を試みる。
「何もせず諦めるほど、聞き分けのいい女ではないんですよ……!」
啖呵を切ってみせたルルに、テンカは冷たい眼差しを返す。
「そうですの。では――物分りの悪い娘にお仕置きですわ」
氷の槍が何本も生成される。
頭上を覆う氷の輝きは、さながら空を彩る星のようだ。
それらは数秒後に容赦なく一斉に振り下ろされる。
氷の雨に全身を貫かれれば、さすがのルルも霊子体を保つことは出来ないだろう。故に、この攻防こそがこの試合における最後のやり取りになる。
その最後の一瞬。
「『花鳥風月』――『渡鳥』」
ルルは、自分にできる最大の行動を起こした。
※ ※ ※
一方。
神夜カザリは、鏑木コウヤから銃口を向けられていた。
カザリは凍った地面の上で無様に倒れ込んでいる。
自分がそんな醜態を晒していることが許せない。わなわなと震えながら、カザリはコウヤを見上げていた。
(ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、畜生……!)
怒りにカッと熱くなり、頭に血が上る。なぜ自分がこんな目に合わなければいけないんだ。本当なら見下されるのはお前のはずだ。徹底的に叩きのめしてやるつもりだったのに、なぜ僕が地を這わなければいけないんだ。畜生、畜生、畜生!
怒りに我を忘れて睨むカザリを、コウヤは冷めた目で見下ろしている。その冷静な態度がことさら気に入らなかった。
銃口を向けたまま、コウヤはゆっくりと歩み寄ってくる。
その間に、一発クレーが射出される。それをコウヤはちらりと横目で見ただけで、右手のデバイスから魔力弾を放って撃ち落とす。
マイナス17対19
また点差が広がってしまう。
なんとかしなければいけないと思うのに、カザリは瞬時に動くことが出来ない。向けられた銃口に張り付けられたかのように、ひるんで地面から動けないでいた。
確信があった。
少しでも動けば、コウヤはすぐに霊子弾を撃ってくるだろう。
それがわかってしまうからこそ、カザリはその場から一歩も動くことが出来ないでいた。
「この……この、この、このぉ……!」
「…………」
コウヤが歩み寄ってくる。
確実に霊子弾を当てるために、彼は油断なく近づいてくる。
その余裕が気に食わない。今すぐにでも撃てばいいのに、彼は一撃で仕留めるために狙いを定めているのだ。それは、カザリに明確な敗北を与えるためのパフォーマンスのように見えた。
虚仮にされていると、カザリは感じた。
だから――
「ふざけんじゃねぇぞ、クソがぁ!!」
縛り付けられたようにひるんで動かなかった身体を、彼は怒りのみで無理やり動かす。手に持った銃型のサブデバイスの銃口を真っ直ぐに向けた。
霊子弾を装填する。
すでに距離は五メートルと離れていない。相手が余裕を見せながら近づいてきてくれているなら好都合だ。その油断した鼻っ柱に、こちらから一撃を叩き込んでやる。
「『フライクーゲル』――『フォイア』!」
発声とともに、霊子弾が射出される。
コウヤの脳天を狙ったその一撃は、狙い通りに空間を直進する。
だが――そんな見え見えの攻撃をみすみす食らうほど、鏑木コウヤは腑抜けては居ない。
「…………」
防御に魔法を使う必要すらなく、コウヤはわずかに身を捩らせるだけで霊子弾を回避する。
その冷静な対応を見る限り、始めからカザリの反撃を誘っていたようだった。
霊子弾を無駄に消費させられた今、カザリは完全に無防備となった。
(まずい!)
コウヤの身体から魔力が励起するのが伝わってくる。霊子弾を撃った直後のカザリには、回避することすら敵わない。
無防備なカザリに向けて、コウヤは小さく口を開く。
「『フライクーゲル』――」
数秒後の未来、カザリの身体には霊子弾が叩き込まれていることだろう。
悪あがきで避けようとしても無駄だ。鏑木コウヤの射撃技術ならば、その動きを予測して的確に当ててくるだろう。ここまで距離を詰められた時点でカザリの敗北は動かない。
だから――自身の脳天に弾丸がブチ込まれるのを覚悟した。
「――『フォイア』」
霊子弾が発射される。
その時だった。
カザリの身体が、横から突き飛ばされた。
何かにぶつかられたカザリは、そのまま氷の地面に叩きつけられて滑る。何が起きたかわからずに目を白黒させてから、彼はハッと顔を上げる。
霊子弾を撃った鏑木コウヤが驚いたように目を見開いている。
その視線の先には、黒衣の少女の姿があった。
四肢が凍りつき、ところどころ身体の一部が欠けた満身創痍の少女。彼女は地面に倒れ込んだ状態で、ヨロヨロと上半身だけを持ち上げる。
「なんとか――間に合いましたか」
もはや半分消滅しかかっているそのファントム――渡良瀬ルルは、クールな表情で鏑木コウヤの方を見返す。
突然建物の上から降ってきたルルは、その勢いを利用してカザリの身体を突き飛ばしたのだ。
彼女の胸元は銃弾による穴が空いている。どうやら彼女がカザリを突き飛ばしたことで、霊子弾の一撃から庇ったようだった。
スコアボードが更新される。
マイナス17対9
ファントムに対して霊子弾を撃った場合、マイナス10点のペナルティがある。
ソーサラーシューターズのバディ戦のみにある特殊ルール。ほぼ発生することのないルールだが、その例外が目の前で起こっていた。
突然目の前へと現れて霊子弾を防いたファントムを見て、コウヤは身構えて固まっている。そんな彼を尻目に、ルルはちらりとカザリへと視線を向ける。
「カザリ。我々の敗北は動きません。ならば、互いにやれることをやりましょう」
私はやり遂げました、と。
そう小さくつぶやいた瞬間、ルルの頭が弾け飛んだ。
上空から降ってきた氷の槍がルルの頭部を粉々に破壊したのだ。もはや保つのも限界だった霊子体は、その一撃によってあっさりと消滅する。あとには地面に突き立てられた巨大な氷の槍だけが残る。
その氷の槍を射出した存在が、建物の上から小さくつぶやく。
「ちっ。仕留め損ないましたわ」
あと一歩のところまで追い詰めていたテンカは、ルルに逃げられてカザリを助けられてしまった。悔しそうに顔を歪めつつ、彼女はきっちりとルルにとどめを刺した。
自身のバディが消滅する様子を目撃したカザリは、呼吸も忘れて呆然とする。
彼の脳裏には、ルルの言葉がこびりついて離れない。
――互いにやれることをやりましょう。
敗北は動かないと彼女は言った。
ああ、確かにそのとおりだ。
すでに得点がマイナスになっているこの状況から、カザリが逆転する方法はほとんど存在しない。仮にその方法があったとしても、鏑木コウヤがそれを許すとは思えない。
どうしてこうなってしまった、という怒りがある。
だが、感情を振り回しても解決はしない。こんなはずではなかったが、現実としてカザリは追い詰められている。
ならば――今この時点で、自分に取れる最善の行動を取るべきだ。
「ちっ。クソが!」
苛立ちとともに吐き捨てながら、カザリは銃型デバイスを構える。
そして――彼は、その銃口を自身のこめかみに当てた。
「俺の負けだ。鏑木」
カザリの行動を見て、コウヤが弾かれたように身を翻す。
たったこれだけで、カザリの行動の意図を悟ったのだろう。少しでも得点を重ねるために次に発射されるクレーへと向かうコウヤを見ながら、カザリはせせら笑うように言う。
「せいぜい勝ち誇れ、クソ野郎」
魔力弾がカザリの頭部を撃ち抜く。
一発でカザリの意識は刈り取られ、霊子体が崩壊する。
神夜カザリの敗北は動かない。
ならば、今の自分に取れる最善の行動は、これ以上鏑木コウヤに得点を許さないことだ。
渡良瀬ルルはその役目をしっかりと果たし、コウヤにマイナス得点を与えることに成功した。そのバディの仕事を無駄にしないために、カザリは今この瞬間にゲームを終わらせた。
スコアが確定する。
9対マイナス17
自傷による消滅は得点の没収がペナルティだが、マイナス点までは没収されない。そのマイナスの得点はカザリの戦績にしっかりと刻まれることになる。
そのことを苦々しく思いながら、カザリは心中で毒づいた。
(クソが。次は容赦しねぇから覚悟してやがれ、鏑木)
そんな捨て台詞に近いことを考えながら、カザリは霊子庭園から退場した。
勝者・鏑木コウヤ&冬空テンカ
※ ※ ※
その試合の様子を、龍宮クロアは観覧席から観戦していた。
「はは……。容赦ないな、鏑木のやつ」
試合の決着を見届けたクロアは、半笑いの表情でそうぼやいた。
神夜カザリの自滅によって終了した試合の勝敗は、誰の目から見ても鏑木コウヤの圧勝と言えるだろう。
ことシューターズに置いて、コウヤは圧倒的な格の違いを見せつけていた。
同学年としてカザリのことをよく知るクロアからすれば、カザリがどれだけの感情を抑え込んで敗北を選んだのかは想像に固くない。それでも追加の得点をされたくないと決意させるほど、コウヤの実力は頭一つ抜きん出ていた。
そんな彼と、数十分後には試合をすることになる。
自然と張り詰めてゆく気をそっと鎮める。
心中に満ちるのは高揚ではなく畏怖の念だ。いつだって試合の前は全身がこわばるような気持ちになる。それが強敵であればあるほど、身が縮むような思いが全身を包む。
だが、それを振り払って虚勢を張ってこそ、自身の力を誇示できる。
龍宮クロアには勝ち続けなければいけない理由があった。例え力及ばずに敗北することになろうともそれに屈する訳にはいかない。勝って常に立ち続けることこそが、彼が自分自身に誓った矜持だった。
だから――どんなに鏑木コウヤが強敵だろうと、気持ちで負ける訳にはいかない。
そう自身を奮い立たせた時だった。
「なあ、クロアよ」
直ぐ側で、霊体が実体を取った。
クロアの契約ファントムである遠見センリは、目元を隠すバイザーを額に押し上げ、鋭い眼差しを競技場に向けていた。
彼はただ一言、短く言った。
「奴ら、強いぞ」
センリの言葉に、クロアは目を丸くする。
それもそのはず。この遠見センリというファントムは、よっぽどのことで無い限り対戦相手のことを褒めることなど無い。
そんな彼が、自ら相手を認めるようなことを口にしたのだ。
クロアはセンリの言葉の裏を読み取り、確認するように尋ねる。
「それは、期待しても良いんだな?」
「カカ。マギクスアーツならともかく、シューターズならば出し惜しみする必要もあるまい。なにせ、実力で言えば奴らの方が一枚上手だ。ならば、全力を尽くすだけのことだ」
センリはニッと口角を上げると、愉快そうに言った。
「奴らとの次の試合――弓を使うとしよう」
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