第47話 二丁拳銃の暴力



 鏑木コウヤVS神夜カザリ

 その戦いは、あまりにも一方的なものとなった。


 試合開始直後、カザリは外周エリアの障害物をかいくぐり、屋根の屋上に陣取って狙撃が出来る態勢に入った。

 彼が今回持ち込んだのは、小銃ライフル型デバイス。狙撃スナイパー型でこそないが、遠距離の魔力弾を放ちやすい魔法式を組み込んである。


 明里宗近の妨害工作により、コウヤはほとんどの銃型デバイスが使えないはずだった。先程の試合を見る限り、サブデバイス以外に使える銃型デバイスは無い。それを考えると、遠距離からの狙撃戦が一番対応しづらいと考えたのだ。


 しかし――試合が開始して一分後、得点差は開く一方となった。


「なんでだ! あいつは拳銃型しか持ってないはずなのに、なんでこんなに立て続けにフラッグを破壊できるんだ!」


 得点は、すでに3対8――鏑木コウヤは、8本ものフラッグを破壊していた。


 今回のフィールドである廃墟ステージは、障害物が多くフラッグを見つけづらいステージである。

 一部は屋内に隠されたりもしているため、障害物を破壊しながらでないと見つけられない。そのため、ある程度の威力の魔法が必要なはずだった。


 コウヤが唯一使える銃型デバイスは、拳銃型のサブデバイスだ。メモリスロットが二つしか無いサブデバイスでは、魔力弾のバリエーションには限界がある。


 それなのになぜ――と思った所で、


 真横から、建物の破片が飛んできたのだ。

 とっさに防御魔法を組んで障壁を作ったところに、正面から鏑木コウヤが攻めてきた。


「な、なに!?」


 突如として現れたコウヤに、カザリは混乱しながらも身構える。

 とっさに魔法式を組んで攻撃を仕掛けようとするが、すんでのところで思い直す。


 これはシューターズ――直接攻撃はマイナス点になる。それは相手も同じで、だから何も考えずに攻撃するのは間違いだ。


 それなのに――有ろう事か、


 慌てて避けたカザリを前に、屋根の屋上に着地したコウヤは、そのまま右手に持った銃型デバイスをまるで鈍器のように振るってきた。

 とっさに左腕で受け止めたが、勢いを殺しきれずにカザリはその場でたたらを踏む。


 続けて、魔力弾が射出される。

 それはカザリを狙ったものではなかった。中央エリアへと飛んでいった魔力弾は、ついさっきカザリが狙おうとしていたフラッグを破壊する。距離にして六十メートルは離れていたはずだが、それをコウヤはちらりと見ただけで当ててみせた。


 しかも、その結果を見ること無く、すぐにコウヤはカザリへの追撃を始めた。そのためらいない肉弾戦に、カザリはとっさにスコアボードを見る。


 3対9。

 今撃ち抜かれたフラッグ以外に、得点の移動はない。


「嘘だろ!? これだけ肉弾戦しておいて、お前、まさか魔法使ってないのか!?」

「何言ってるんすか。――当たり前、だろ」


 雑に口調を崩しながら、コウヤは左に握った銃型デバイスを振るう。

 それは、右に握られた拳銃ハンドガン型デバイスよりも一回り大きい――騎銃カービン型デバイスだった。


「鏑木! てめぇ、そのデバイス!」


 試合開始前に、隠れるようにしてデバイスの登録をしていたのは見ていたが、まさかそんな隠し玉を持ってきているとは思わなかった。


 驚愕に声を漏らすカザリに、コウヤは冷静に答える。


「持つべきものは友人っすね」


 そんな事を言いながら、コウヤはその騎銃型デバイスを乱暴に振り回す。

 銃身の部分をまるで鈍器のように振り回され、カザリは顔面を殴られた。それだけで終わらず、コウヤは返す刀で握り手のグリップの部分を叩きつけてくる。


 銃型デバイスの本来の用途とはかけ離れているはずなのに、その動きはあまりに自然だった。

 そうやって連続で殴られ、追い詰められかけたカザリは、とっさに魔法式を組んでしまう。


「『アップリフト・ペネトレイト』!」


 足を通して足元の屋上に魔力を通し、建物のコンクリを変質させる。分解されたコンクリは再構成されると、まるで杭のように隆起してコウヤを襲った。


 それを、コウヤは僅かに右に避けて回避する。


 いや――正確には、完全に回避はできていない。

 足元を僅かに掠る程度に傷を負っている。その軽傷を果たして傷と呼んで良いものかは疑問だが、しかし


 魔力を使ったダメージを負ったことに、変わりはないのだ。


 マイナス7対9


 スコアボードが更新され、カザリはマイナス点を得た。


「ぐ!」


 苛立ちに奥歯を噛みしめる。

 そんなカザリを、コウヤは冷静に見返しながら、両手の銃を構える。


 そして一歩を踏み込もうとした所で――不意に立ち止まって、彼は苦笑いを浮かべる。


「……ったく、テンのやつ」


 毒づくように言いながらも、その表情は愉快そうだった。


 次の瞬間、中央エリアに寒波が駆け巡った。

 直径百メートルのフィールド中が一瞬で凍結したのだ。

 まるでそこだけ雪国に放り込まれたように白く凍りついた建物たちは、光を反射してキラキラと輝いている。


 それとともに、モノリスが破壊されたのか、オープニングフェイズ終了の合図が流れた。


「思いっきりやるとは言ってたけど、遠慮なく魔力持ってき過ぎだっての」

「そんな……おい、ルル!」


 そこでようやく、カザリは中央エリアでの戦いに気がついた。


 ルルから連絡がないのは、試合が順調だからだと思っていたが、それはどうやら違ったようだ。デバイスで確認できるルルのステータスはかなりのダメージを受けているようで、もう半分消えかけていた。


「さて、メインフェイズっすよ、先輩」


 ショックを受けるカザリに、コウヤはそんな声をかけながら、言葉とは裏腹の行動を取る。


 すなわち、接近戦を続行したのだ。

 両手に握った銃型デバイスを鈍器のように振るって強襲する。当たりどころが悪ければデバイスが壊れてしまう可能性もあるのに、あくまで彼は、カザリの身体を殴打するためにデバイスを振り回す。


「く、くっそぉ!」


 コウヤの攻撃を避けるために、カザリは連続で魔法を発動させる。『アップリフト・ペネトレイト』。地面を隆起させて攻撃するその魔法を使って、彼はその場から射出されるようにして中央エリアへと逃げ出した。


 あとに残されたコウヤは、半壊した屋上から中央エリアを見下ろす。

 そして、淡々とデバイスに組み込まれた魔法式を組むと、身体強化を加えてカザリを追いかけた。







 ――拳銃ハンドガン型と騎銃カービン型の、二丁拳銃スタイル。

 それはコウヤの奥の手であり、できれば本戦まで取っておきたかったスタイルだった。


 二丁拳銃を行うプレイヤーは多いが、それは単純に手数を増やすためであり、多くの場合射撃の制度は度外視したものだ。魔法を使う分、実際の銃を使った二丁拳銃よりは効果のある戦法とは言え、やはりその精度は落ちるので、見掛け倒しであることが多い。


 それでも二丁拳銃が人気なのは、朝霧トーコというプロ選手の活躍が大きい。


 彼女は二丁拳銃スタイルに加えて格闘術も加えた超接近戦という、シューターズにあるまじき奇抜なスタイルで数々のプロを打ち破ってきた。その派手なプレイスタイルは多くの人を魅了し、その真似をする選手も続出した。


 しかし、コウヤが参考にしたのは朝霧トーコではない。

 彼の戦闘スタイルの多くは、龍宮ハクアが習得したものだ。それはシューターズに限らない。ハクアがあらゆる手段を使って敵を叩きのめすために使用する技を、そのままコウヤはシューターズに流用していた。


 つまり、二丁拳銃を鈍器のように扱う、打撃戦法。

 拳銃型デバイスで打撃を行う戦法は、朝霧トーコも少しだけ見せていたが、ハクアはその試合を見た時に、自分なりの戦法としてアレンジしたのだった。


 この戦法の大きなメリットの一つは、相手を牽制しながら、的を狙えることにある。


 ソーサラーシューターズでは、銃口を向けられても大きな脅威にはならない。

 確かにマイナス点覚悟で攻撃される時や、霊子弾を撃たれる場合などは警戒すべきだが、それには限度が存在する。ブラフとして利用するにしても、試合中ずっと意味を持つブラフにはなりえないのだ。


 しかし、これが打撃となると話が変わる。

 魔法攻撃を警戒しないで良い競技中に、直接攻撃を警戒しなければならなくなるのだ。これは、ゲームの性質が大きく変わることを意味する。


 シューターズに置いて、マイナス判定をかいくぐって攻撃をするのはリスクが大きい。多くの魔法士が『魔法を使った攻撃』を当たり前のように身に着けている以上、魔力を用いない生身の戦闘というのが不得手なのだ。


 故に――そのマイナス点を取らない戦いをとことんまで追求した鏑木コウヤは、一方的に相手を攻撃することが出来る。





 だから――その試合は一方的だった。


 中央エリアに逃げた神夜カザリを追って、コウヤは高速でフィールドを駆ける。

 先に逃げたカザリに追いつくのは難しくなかった。彼は、凍りついた中央エリアでうまく動くことが出来ず、移動速度が落ちていたからだ。


 コウヤは魔法で足にスパイクを作って難なく凍った地面を走破しながら、たたらを踏んでいるカザリを拳銃ハンドガン型デバイスで殴りつけた。


「ち、くしょう!」


 カザリは炎の魔法を発生させて足場を溶かしながら、コウヤの攻撃を受け止める。その魔法の余波でコウヤの霊子体が微かにダメージを受ける。それを自覚しながら、コウヤは連続でカザリを殴打する。


 そのさなか、さっと空に向けて銃口を構えると、魔力弾を射出する。

 メインフェイズとなり、クレーが発射されたのだ。見事ノーマルクレーを撃ち落としたコウヤは、更に得点をプラスする。



 10対マイナス17――12対マイナス17、13対マイナス17



 ノーマルクレー、強化クレー、ノーマルクレーと、次々にコウヤはクレーを破壊する。

 その一方で、カザリを攻める手を緩めようとはしない。何度もデバイスで殴られて、カザリは徐々に消耗していく。


「くそ、くそ、くそ、くそくそくそくそぉおおお!!」


 負けじと距離をとってクレーを撃とうとするのだが、それをコウヤは許さない。カザリが手に持った小銃型デバイスを蹴り上げて銃口を跳ね上げさせると、がら空きになった腹部に思いっきり肘鉄を打ち込んだ。


「が、はッッッ」


 生々しい痛みに息をつまらせたカザリは、氷の地面に滑って倒れ込む。

 彼に構わず、コウヤはちらりと頭上を見上げて、騎銃カービン型デバイスから魔力弾を発射した。


 17対マイナス17


 ついに、ダブルスコアにまで点差が開いた。




 ※ ※ ※



「グゴッ、ガァああああああああああ!!」


 炎に突き飛ばされて、グリフは全身に火傷を負う。

 熱い。痛い。熱い。痛い。熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い――ッ!


 苦しみにあえぐグリフを、片腕の猫又が静かに見下ろしていた。


 夜目を効かせるために細くなった瞳孔に、口元にはピンと生えた三本の髭。獣の体毛に包まれた彼女は、半分怪生に戻っている状態だった。

 そんな彼女は、「にゃぁ」と不敵に笑いながらその場に立っていた。


 片腕のメグの元に、先程の猫の死体が、トコトコと歩み寄っていった。

 その死体はメグの側によると、サッと飛び上がって切断された左腕に戻った。まるで何事もなかったかのように左腕を元に戻したメグは、大きく伸びをするように背を伸ばした。


「な、な、なんダ。何が、起こって……」

「なんにゃ。まだ生きてるのか」


 キョトンとした顔でグリフを見るメグ。鋭い爪を持った右手には、ゆらゆらと火の玉が揺らいでいる。どうやらそれをぶつけられたらしい。


 彼女は迷いない目で見えないはずのグリフを見つめていた。


「『猫又怪火』――『業火』」


 連続して炎が叩きつけられる。


 グリフはなりふり構わず室内を転がりまわる。メグが放つ炎によって部屋中が炎上していくが、それにかまっている余裕はなかった。室内の棚や机を縫うように慌てて逃げる。


 そんな彼を追い詰めるため、メグはタッとその場から跳び上がった。


 ネコ科特有の俊敏な動きに、すぐにグリフは追い詰められる。首根っこを捕まえられたグリフは、そのまま壁に叩きつけられた。


 首を壁に押し付けられ、宙吊りになったグリフは、苦しさにあえぐ。


「な、オマエ、は……ナゼだ……」

「ふむ、やっぱりんにゃね」


 混乱しきったグリフに対して、メグは冷静に見聞するように目を細める。

 ここまで迷いなく追い詰めているように見えていたたが、その反応はまるでグリフのことを見えていないかのようである。


「一瞬見えたし、今捕まえてるのは確かにゃのに、まるで見えないのは本当に厄介にゃね」


 ぐぐぐ、と握り心地を確かめるように首を絞め上げながら、メグは言う。


「テンカの言うとおりにゃ。見えにゃいし、聞こえにゃいし、匂いわにゃいし、感じにゃい。んー。多分味もしにゃいにゃ。こんにゃの、生きてないのと変わらにゃいにゃ。おみゃー、良く平気で生きてられるにゃ?」

「そうだ! オマエはオレを認識デキないハズ! なのに、ナゼ!」

「ん? なんか言ってるにゃか? わからんにゃ。けど、多分『なんで?』とか言ってるんだと思うにゃから、それくらいは答えてあげるにゃ。アタシは優しいからにゃ。ニャハハ!」


 そんなことを言って、メグは口角を上げて怪しい笑みを浮かべる。


「見えるとか、見えないとか、。仮に生きて無くても――動いているニャら、襲うだけ。ただそれだけにゃ」


 二夜メグ――原始『猫檀家』。

 寺で飼われていた化け猫が和尚に恩返しをするというこの民間伝承は、死体をさらう火車という妖怪と同一視される逸話が存在する。

 もとより日本古来では、猫には魔性としての側面があるとされており、猫と死人に関する伝承は日本各地で見られる。


 二夜メグの持つ『死霊術』というアクティブスキルは、自身の魔力を用いて屍肉を操る能力である。これは、自分の肉体であっても例外ではない。


 一太刀目で断ち切られた左腕。あの攻撃をメグはあえて受けた。そうして切断された左腕を死霊として操り、グリフを追撃させてその場に『存在する』ことを確定させたのだ。


 ジャック・グリフの不認知の能力は、あくまで対象に対する認識をずらすことで成立する。

 仮に一度でも『認識』されれば、その認識阻害のランクは大きく下がる。無論、その『一度』が限り無く不可能に近いのだが、それをメグは軽々と行ってみせたのだ。


 死者には、死者の法則が適用される。


 物理的に存在していながら、五感は機能せず、霊的感性のみでその場に居続ける死体。

 それは霊体であるファントムとも違う、特殊な法則で世界を認識している。『それ』は、グリフにとって未知の認識だった。


「さて、そんじゃ――さよならにゃ、『透明人間』」


 メグはそこで、全身の因子を活性化させる。


「『獄炎火車・地獄縁起』」


 回の全身が燃え上がり、地獄の炎を再現する。

 それは罪を償わせるための罪火だ。グリフが行った『殺生』の罪を償わせるため、獄炎は際限なく燃え広がる。


 ――と、その時だった。


「それ以上はやめてもらおうか」


 メグの身体を、無数の鉄杭が突き刺した。


 空間から突如として現れた鉄杭は、メグの全身を地面に縫い止めるようにめった刺しにした。

 それによって右手は切断され、首根っこを掴まれていたグリフは開放される。


 メグは自分の体に刺さった鉄杭の雨を呆けたように見たあと、くるりと後ろに顔を向けた。


「――なんにゃ。邪魔をするにゃ」


 肉体を擦り切らんばかりに突き立てられたその鉄杭は、メグの炎に焼かれて微かに溶解を始めていた。

 全身穴だらけでありながら、メグは全くどうじた様子もなく、術者を見る。


 鉄杭を召喚した本人――明里宗近は、緊張した面持ちでそれに答える。


「ち。こいつはとっておきだったんだがな。さすがは夕薙が選んだバディだ」

「あぁ。にゃんだ。お前、アタシを殺そうとしたんにゃか」


 そこで初めて自分が殺されかけたことに気づいたように、メグはとぼけた声を出す。その余裕は決して虚勢などではなく、あくまで自然体で発されたものだった。


 腕は擦り切られ、肩から腹部まで幾本もの鉄杭に穿たれ、終いには頭部にも一本鉄杭が叩き込まれているというのに、それでもメグは動じない。


 あっさりと残った左腕で頭の杭を抜きながら、彼女はダラダラと血を流しながら宗近を見る。


「やめとくにゃ。人間にアタシは殺せにゃい。徳の高い坊さんでも連れてくるにゃら、話は別だけどにゃ」

「さて。それはどうかな。たしかに君は強力なファントムのようだが、発生年月はまだ十数年と言ったところだろう。土地神クラスでないのなら調伏の手段はいくらでもある。それに――君はすでにバディを失っている。自身での魔力補給には限度があるはずだ」

「思い上がりも甚だしいにゃ、人間」


 メグの肉体が変質を始める。

 身体に突き立てられた鉄杭は炎によって完全に溶解して溶け切り、空いた穴はどんどんふさがっていく。その端から、メグの体はどんどん怪猫へと変化していった。白と茶色と黒、三色の毛並みが流麗に全身を覆い、赤い着物がそれに合わせて炎の装飾となって身にまとわれる。


 全身から膨大な情報圧をこぼす猫又の神霊を前に、宗近は緊張を隠せない。身動ぎしながらも必死でその場に立ち止まりながら、彼はグリフに指示を出す。


(今、猫又はこちらを見ている。認識から外れたな、グリフ)

(ああ。背後から奇襲をする)


 グリフの強みは、一度存在を看破されたあとでも、再度仕切り直せば認識阻害のランクがもとに戻ることだ。

 彼の持つスキルは、その多くが認識を阻害するためだけに存在する。そうして完全に存在を消した彼の攻撃は、通常の攻撃よりも大きな殺傷力を持つ。


 二夜メグは、全身を串刺しにされながらも無事だった。しかし、その魔力は有限のはずだ。どんなに傷を修復する能力を持っていたとしても、魔力が尽きてしまえば消滅する。


(くそ。命がけの戦闘は久しぶりだな。まったく、夕薙のやつ。厄介な置き土産をしてくれたものだ。あいつに関わると、ろくなことがない)


 そう心中で毒づきながらも、宗近はメグと対峙する覚悟を決める。


 しかし――対するメグは、不意につまらなそうに目を細めた。

 そして、有ろう事か大あくびをして気を抜き始めた。


「にゃあ。アタシは言ったにゃよ、人間。思い上がるにゃ、って」


 そう言って。

 二夜メグは、ゆっくりと宗近の背後を指差す。


 まるで、そこに誰かがいるように。

 まるで、そこに居る誰かに、アピールするように。

 まるで――そこにいる誰かのことを、宗近に教えるかのように。


(まさか……)


 後ろの壁際。


 そこに何があるかなんて、そんなことは明白だ。問題は、それをメグが指し示す意味だ。


(まさか、まさか、まさか……!)


 確実に殺したはずだった。

 念を入れて、心臓を潰した。生体反応が消滅し、魔力量が激減していくのも確認した。あそこまで死んでおきながら、生き返ることはないと思った。


 なのに――

 明里宗近は焦りに背を押され、目の前のファントムの脅威も忘れて後ろを振り返った。


 そこに――



「なんや、先輩。死人みたいな顔しとるやん」



 ――手に身の丈ほどもある杖を持った、夕薙アキラが立っていた。



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