第七章 因縁の対決

第46話 氷床よ、星を覆い殺せ


○渡良瀬ルル

 原始『四季』

 因子『春夏秋冬』『流動』『風情』『変化』『境界』『自然』

 因子六つミドルランク

 ステータス

 筋力値C 耐久値C 敏捷値C 精神力C 魔法力C 顕在性C 神秘性C

 霊具『風花雪月』



 渡良瀬ルル。


 神咒宗家の一角、神夜家お抱えのファントムであり、神夜カザリが生まれた時に彼のバディになるために召喚された。

 当初は『春夏秋冬』の因子しか持たなかった彼女だったが、それから十八年の歳月の間に五つの因子を増やし、安定した性能と情緒を得た。


 四季を原始に持つファントム。

 具体的な逸話を持つ神霊ではなく、季節の変化という概念が具現したファントムだった。


 春に芽吹き、夏に育ち、秋に実り、冬に眠る。


 世界中で観測されるその時の経過こそが彼女の本質であり、それは時間をモチーフとする神夜家の魔法の体現でもあった。


 逸話のない神霊なので、人格パターンなども特にモデルは居ない。自然発生した土地の精霊をそのまま流用しているため、前世の記憶や霊子災害としての感性もない。

 なにもない、無から育ったのが渡良瀬ルルという人格だ。


 だからルルは、ファントムとしての自分を疑うことはなかった。

 そんなルルの存在理由は、神夜カザリの従者としての立場が全てだった。 


 そんなことを言うとカザリなどは「冗談だろ?」と訝しげな目を向けてくるだろうが、ルルにとってそれは本音である。

 普段は生意気な態度で、とても従者らしいとは言えないファントムであるが、渡良瀬ルルにとって神夜カザリという少年は無二の主だった。


 生まれたときからカザリのバディになることが定められていた。それを当たり前だと思って生きてきたし、特に疑問に思うこともなかった。例えカザリがどれだけクズで性格が悪くて暴力的な男だったとしても、ルルにとってはカザリのために戦うことが全てだった。


 好きとか嫌いとか、そういう問題ではなく。

 ただ当たり前の価値観として、渡良瀬ルルは神夜カザリのために在る。



 ※ ※ ※



 霊子庭園が展開されるとともに、ルルは中央エリアの端に出現した。

 フィールドは、廃墟ステージ。


 戦闘後に放置された市街地が風化したという設定のステージで、フラッグなどが屋内に隠されていたりするため、得点を重ねづらいステージでもある。


 外周エリアは、十メートルほどの建物が並べられた屋根の部分であり、間には足場が掛けられていて自由に移動できるようになっている。

 建物が密集した外周エリアと、建物がまばらに立ち並んで隙間の多い中央エリアという、障害物が多く見通しの悪いステージである。


 ゲームが開始するとともに、ルルはすぐに行動を開始した。


(カザリ。今回の方針は、鏑木コウヤに得点を与えないことで良いのですね?)

(ああ。あいつは負かすだけじゃ駄目だ。最低限の得点で試合を終わらせてやる)


 インハイ予選は、勝敗数が同じ場合は総合得点で決着がつく。全勝ならばほぼ間違いなく代表に通るだろうが、一敗でもすれば得点数が鍵になってくる。


 だからこそ、ここでコウヤに黒星をつけるとともに、得点面でもバツをつけるのが神夜カザリの作戦だった。


(まあ妥当な作戦ですね。おそらく明里宗近による妨害もあるでしょうし、鏑木コウヤとしては得点源を奪われるのが一番厄介でしょう。となると――私の役目は、まずはモノリスの破壊ですか)


 オープニングフェイズは、一番確実に得点が手に入るフェイズでもある。プレイヤーはゲーム開始地点では外周エリアの中で対角線上に配置される。互いに真反対に居る相手側のフラッグを狙うのは難しいため、必ずここで5、6点は見込める。より活動的であれば、10点近く点差を広げるゲームもあるくらいだ。


 だからこそ、モノリスを速攻で破壊しなければ――と、ルルは廃墟となった市街地を走る。


「光陰矢の如し、時人を待たず――『光陰如箭こういんじょせん』」


 ルルは視線の先の一点を目的地と定めると、アクティブスキルを発動させる。


 光陰如箭。

 移動にかかる相対的な時間を省略し、一瞬で目的地に移動するスキル。

 速度を上げるのではなく、かかる時間を省略するこのスキルは、擬似的な瞬間移動のようなものだ。


 空間転移とは違い、しっかりとその距離を移動しているので、ルルはその間にある景色を逐一視認することが出来る。

 そうして中央エリア百メートルの距離を数秒で走破しつつ、途中にある建造物をしっかりと確認する。


 中央エリアの端までたどり着いたルルは、モノリスの場所をはっきりと視認した。あとはもう一度『光陰如箭』を使ってそこに行くだけだ。

 そう――振り返りながら思った。


 その時だった。





 加速をしようとした瞬間、ルルは真横から襲われた。


 それは、吹雪をまとった暴風だった。


 横殴りに襲ってきた猛吹雪は、人の形をしていた。

 空間そのものを粉々に破壊しながら突き進むその暴力は、ルルの体を思いっきり掴むと、外周エリアの壁へと叩きつけて、まるで削り落とすかのように引きずりながら壁沿いに猛進した。


 猛吹雪の勢いは止まらない。

 壁に押し付けるのが限界に達したのか、ルルは高く宙へと放り投げられる。


「ぐ、ガハッ! な、なん……!」


 状況が飲み込めないルルは、目を白黒させながら宙を舞う。


 すでに満身創痍に近い傷を負っているが、それをなぜ負ったのかが全く理解できない。

 ただ分かるのは、このままでは何も出来ずに消滅するという事実だ。


「――『生生流転しょうじょうるてん』! とどまることなく移り変われ!」


 治癒能力向上のスキルを発動させて霊子体を修復する。見る見る間に傷は治っていくが、しかし回復は長く持たなかった。


 


 それは氷柱の雨だった。

 一本一本が刃物のような殺傷能力を持った氷が、百本近く。


 それらは鋭い切っ先を地面に向け、ルルに向かって一斉に降ってきた。


「な、な、な!!」


 あまりの強襲に、言葉を発する余裕もない。

 空中で身動きが取れないルルに向けて、殺意に満ちた刃が無数に迫る。


 一瞬の判断が命取りになるその瞬間、ルルは必死に腰に下げた日本刀を振り抜いた。


「『花鳥風月』――『朧月』!」


 日本刀――風花雪月が別位相へとルルを誘う。


 瞬間的に別の位相へと移動したルルは、その場に居ながら氷柱の雨をすべて避けることに成功した。自身の視界いっぱいに広がった氷の槍が、立て続けに地面へと突き立てられていく様子を見送った。


 落下する途中で実位相へと戻ってきたルルは、転がるようにして着地する。


「――まさか、これほどとは!」


 ルルは地面を蹴ってすぐにその場から離れようとする。


 その後を追うように、氷の槍が立て続けに襲いかかってきた。

 機関銃のように連続で掃射される氷の槍は、もはや燃費など全く考えない魔力の大盤振る舞いだった。


 『光陰如箭』を使い、短い時間であちこちに移動をする。それでもなお、氷の槍の追撃は止まらない。

 それはまるで、ルルの逃げ場を塞いでいくかのようだった。


「まず――」


 まずい、と口に仕掛けた所で、ルルは建物の角を曲がって袋小路に入ってしまった。


 逃げ場は建物の上にしか無い。

 壁を前に、ルルはすぐに飛び上がろうとするが、その逃げ道を塞ぐように、上空から白装束の女が吹雪を纏いながら降ってきた。


「く、くそ、冬空テンカ!!」


 驚愕に叫ぶルルの喉元を狙うように、テンカは右手を突き出す。


 白い暴風とともに落下した彼女は、ルルの首を絞めながら地面に叩きつけ、更に風の勢いをつけて建物の壁へと押し付けた。

 埒外の膂力で叩きつけられたためか、壁は粉々に大破して、瓦礫ごとルルを屋内に吹き飛ばす。


 雪混じりの嵐が部屋の中を蹂躙した。


「ぐぁ、ガ、ッハッッッ!!」


 傷を負ってない箇所はないくらい、体全体がボロボロだった。


 ここまで一方的にやられてなお消滅していないのは、ひとえに彼女の『変化』と『流動』の因子のおかげだった。


 彼女のステータスは『変化』のパッシブスキル『諸行無常』のおかげで変動するため、意図的に防御にステータスを寄らせたのだ。

 そして、『流動』のパッシブスキル『兎走烏飛とそううひ』によって、時間経過によるダメージを一瞬で消化することで、なんとか形を保っていられた。


 けれど、それは消滅していないだけで、無事というわけではない。


 すぐに『生生流転』を発動させて肉体を修復する。

 しかし、受けたダメージがダメージなので消耗は激しい。霊子体を修復したとしても、かなりの魔力を消費するだろう。


(冬空テンカ……まさか、これほどとは。予想外にもほどがあります)


 テンカは因子五つのミドルランクで、それほど目立ったステータスのあるファントムではない。確かに敏捷値と魔法力はB判定であるが、筋力値などはEで相当低かったはずだ。


 それなのに、この破壊力。


 壁を割り、建物を粉々に粉砕するほどの膂力を見せつけられてしまえば、油断など出来るはずもない。

 テンカが振るう猛吹雪はもはや霊子災害そのものであり、気を抜いていれば一瞬で存在ごと破壊しつくされる。


 傷を治しながら、ルルは真っ白に凍りついた廃ビルの室内でよろよろと立ち上がる。そして、突き破られた壁穴の方を向きながら、その身に根付いた因子を活性化させる。


「灼くる炎天、涼をも焦がす――『九夏三伏きゅうかさんぷく』」


 ルルの体から熱気が溢れる。

 それは、真夏の酷暑の熱だ。


 照りつける太陽そのものとなったルルによって、室内を覆う氷は一瞬で蒸発し、蒸気となって部屋中に吹き荒れた。


 このアクティブスキルは以前の襲撃でトドメに使ったものだったため、できれば使いたくなかった。けれど、雪原の神霊である冬空テンカにとって真夏の暑気は明らかな弱点だ。ここまで一方的にやられて奥の手を隠し続けるほど、ルルはお人好しではない。


 一瞬で決める、と。

 蒸気で真っ白になった室内で、破壊された壁の穴を凝視する。


 そこに人のシルエットが映った瞬間――ルルは駆け出した。


 全身から熱気を撒き散らしながら、彼女は刀を構えて突撃する。

 照りつけるような太陽の熱は、空気を熱し、その場にいる全ての物質から水分を奪う。彼女が一歩を踏み込むたびに、空間が干上がっていく。


 日照りの化身とも言うべきその突撃は、雪など降る前に蒸発させるだろう。


 しかし――

 そんな突撃を前に、穴の前で佇んだ人影は、ニヤリと口端を歪めてそれを迎え討った。



「『氷床よ、星を覆い殺せクライオジェニアン・スノーボールアース』」



 低温の暴力は、向かってくる獲物を景色ごと飲み込む。


 それはまるで、氷河期の再現だった。

 半壊していた建物は、吹き荒れる寒波によって粉々に弾け飛ぶ。


 建物の破片は地面へと落ちる前に凍りつき、氷の塊となってボトボトと落下した。寒波の影響はそれだけではない。極低温の暴威は中央エリア全てに及び、建物も、地面も、草木や微生物までも、ありとあらゆる物質を凍りつかせた。


 その過程でモノリスも破壊されたのか、アナウンスが鳴り響く。



『モノリスが破壊されました。オープニングフェイズを終了します。十秒後、メインフェイズを開始します』



 真っ白に染まった中央エリアで、鳴り響くアナウンスを聞きながらただ一人。

 冬空テンカは、澄ました顔で佇む。


「――あら」


 わざとらしく驚いた声を上げながら、テンカは冷たい視線を向ける。


、まだ生きているのですね、貴女」


 その声に、渡良瀬ルルは声にならない息を漏らす。


 寒波によって吹き飛ばされたルルは、凍りついた瓦礫の鉄骨に腹部を刺し貫かれていた。

 右腕は凍りついて崩れ落ち、足は凍傷になってまともに歩けない。呼吸をするたびに肺の奥が凍りつきそうな極寒の中、彼女はかろうじて生き残っていた。


 ルルは驚愕に目を丸めてテンカを見る。


(なんですか……アレは。これが因子五つのファントム? 信じられない)


 優位に立てるはずだった夏の酷暑ですら、この冬の神霊には敵わなかった。熱気をまとっていたおかげでかろうじて形を保っているが、もし何もなしに先程の攻撃を食らっていたら、抵抗する間もなく霊子体は砕け散っていただろう。


 いや、むしろその方が良かったかもしれない。

 下手に因子を活性化させた状態で攻撃を受けたために、ルルは『春夏秋冬』の因子を破壊されていた。


(まずい――冬空テンカは、私を殺す気でつもりで攻撃してきている)


 本来なら、霊子体を壊せばそれで終了するゲームにおいて、互いを殺すことは難しい。しかし、ファントムの場合は因子を破壊し尽くせば、消滅の危機である。

 因子が活性化している状態は、力負けすれば因子に傷が入る。自らの血肉と同等の因子を徹底的に破壊されれば、その瞬間ファントムは死ぬ。


 無論、そうなる前に霊子体は壊れることが多いし、そうでなくてもファントム自身が消滅を選ぶが――ルルの場合は、持ち前の持久力が仇になっていた。


(このままでは再起不能になる。この場では相手が強いのを認めましょう。ならば、今の私にできることは、直撃を受けずに逃げることだけ)


 ルルはこれがただの試合でないことを意識して、必死の思いで刀を構える。

 目の前に居る存在を、もはや対戦相手などとは思えなかった。


 何度目かわからない『生生流転』を発動させて足を修復したルルは、すぐさま次のスキルを発動させる。


「『光陰如箭』!」

「逃しませんわ!」


 腹部に刺さった鉄骨を無理やり引き抜き、ルルはその場から一目散に逃げ出す。それをテンカは氷の槍で追撃する。


 だが、氷の槍はその背中を透過した。


「――『朧月』」


 別位相に移ったルルは、そのまま安全地帯まで逃げようとする。


(このまま一旦距離をとって霊子体を修復しましょう。何も冬空テンカを倒す必要性はないのです。十分間引きつければ、それで私の役目は果たせるのですから)


 『朧月』の効果で別位相にいられるのは一度に十秒までであるが、『光陰如箭』と組み合わせればルルを捕まえることはほぼ不可能になる。


 まずは距離をとって、そして――と。

 一度実位相に戻ったルルは、一呼吸置いてもう一度別位相へとその身を移した。


 その時だった。


「だから――逃しませんと言ったのですわ」


 届かないはずの手が、ルルの体に触れた。


 細腕に掴まれたルルは、無理やり実位相へと引きずり戻されると、そのまま地面へと叩きつけられた。

 膨大な情報圧が辺りを席巻する。

 溢れる魔力の本流に、凍りついた大地が震撼した。


「ガッッッ、ハッッッッ!」


 地面に叩きつけられるとともに、ルルは全身を燃やされたような痛みに襲われる。


 まるで体ごとだった。

 遅れてやってくる冷気が心地よいくらいで、露出した皮膚は焼けただれたように赤黒く染まっている。


(凍傷――いえ、それもあるでしょうけど、でも先程の熱気は……!)


 度重なるダメージに加え、致命的な一撃を喰らい、もはや霊子体を保っているのが不思議な状態だった。


 ルルはぼやける意識を必死でまとめながら、傍に近寄ってくる人影を見やる。

 そこには、同じく全身に火傷のような跡を負った冬空テンカが立っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ―――!」


 追撃していたはずのテンカは、なぜか消耗したように荒れた息を整えている。

 その全身からはが湧き上がっており、凍りついていたはずの周囲の氷がかすかに溶けていた。


 おそらく、別位相に居たルルに干渉するために、何らかのスキルを使ったのだろう。その正体は皆目見当もつかないが、ここまでボロボロになってでも、彼女はルルを追撃してきたのだ。


「な、なぜ……」


 死に体で、霊子体が崩壊をし始めている中、ルルは思わず尋ねる。


「なぜ、そこまで私を付け狙うのです。……割に合わない。ただの試合で、そこまで消耗するほど魔力を消費するなんて、どうかしている」


 負け惜しみでもなく、純粋な疑問をぶつける。ここに至るまで一方的になぶられ続けたからこそ、冬空テンカが魔力配分など考えずに全力で殺しに来ていたことが分かった。


 なぜなのか、と尋ねるルルに、テンカは答える。


「はぁ、はぁ……決まって、ますわ」


 ヨロヨロと近づきながら、彼女は手に氷の剣を構える。

 そしてそれを振り上げながら、凍りつくような表情で答えた。



「お前はコウヤを傷つけた。それだけで、万死に値しますわ」



 ああ――やはり、バレていた。

 偽装は完璧だと思っていたが、あの時テンカが言った「覚えた」という脅しは、本当だったのだ。


 その執念。その憎悪に、ルルは純粋に畏怖を覚えた。




 ※ ※ ※




○ジャック・グリフィン

 原始『透明人間』

 因子『透過』『認知』『死角』『暗殺』『差別』『科学者』『不死(偽)』

 因子七つ ハイランク

 霊具『姿現しの包帯』

 ステータス

 筋力値D 耐久値D 敏捷値B 精神力C 魔法力A 顕在性B 神秘性A




 グリフ――ジャック・グリフィンは透明人間である。


 人から見えない存在。それこそがグリフの正体であり、唯一無二の存在理由である。彼の実体は、視覚も、聴覚も、嗅覚も、触覚も、果ては味覚に至るまで、人間が用いるあらゆる認知からくぐり抜けて存在する。グリフ自身が干渉をしない限り、相手は彼のことを認識出来ない。


 見えない人間インビジブルマン

 見えないということは、存在しないことと同義である。


 グリフが原始とする『透明人間』という在り方は、認識されない限り干渉されないという境地に達している。

 例え致死の破壊に巻き込まれたとしても、誰一人認識するものが居なければ、グリフはその影響を受けない。そういう概念のろいを彼は帯びていた。



 彼は明里宗近が召喚したファントムである。

 彼は明里宗近によってこの世に存在を確定された。

 彼は明里宗近のためにその身を利用すると決めた。

 彼は――それ以外の存在理由を持たない、見えない人間である。





 姿現しの包帯解き放ったグリフは、完全に認識できなくなった。


 包帯に身を包んだ状態ならともかく、この状態のグリフを認識することはほぼ不可能である。

 彼の魔法力や神秘性を上回るステータスを誇る者がいるならば話は別だが、Aという最高判定に対して、一瞬でも上回るのは至難の業である。


 完全に透明となったグリフは、手に持ったものすらも他者の認識から除外する。

 彼はその身に無数の刃物を帯びているが、それらを見ることも出来なければ脅威とも思えない。


 グリフは目の前で身構える二夜メグへとまっすぐに歩を進める。

 右手には大鉈を握り、そして――真正面からメグの体を斬りつけた。


「……にゃッッッッっ!」


 肩口から、メグは左腕を切り落とされた。


 メグは猫目を驚愕に歪め、自身が負った傷を凝視する。

 弾け飛ぶ左腕と、それを切り落とした大鉈が宙に浮いている。


 少しでも干渉をしてしまえば、それは不認知の対象外となる。故にグリフは大鉈をあっさり捨て、次に大型のサバイバルナイフを取り出す。


 大型のナイフを無造作に胸元へと突き刺す。


 しかしそれは狙いを外れた。

 痛みからか、それとも勘がいいからか。メグは身じろぎをして大型ナイフの刺殺を回避する。そして、大きく間合いをとって「ふしゃー」と息を吐いた。


(無駄ダ。どうせ、オレを見ることはデキない)


 空振りした大型ナイフを握ったまま、グリフは迷いない足取りでメグに迫る。


 やることは簡単だ。

 一撃で、即死の傷を負わせる。

 存在そのものを感じ取られないグリフには、相手を確実に死へと追いやる手段を持っている。だからこれは、自身が持つ当然の手段を行使するだけの、単純な作業だった。


 迷いはなく、ためらいもない。

 だからこそ――



 そんな自分がなど、考えもしなかった。



「ぎ、ぐあぁあああああああああ!!」


 背中に走る猛烈な痛みとともに、グリフは突き飛ばされた。


 痛烈な刺激と、遅れてきた燃えるような熱さに、背中を切り裂かれたのだと気づいた。なぜ、と驚愕とともに振り返ると、そこには獣の死体があった。


 死んだ猫――だった。


 目はくぼみ落ち、毛はしおれて力がない。傷を負って死した猫が、その両の爪を思いっきり背中に突き立てたのだ。


 しかし、なぜ。

 その原因を探る前に、信じられない言葉が響いた。


「――そうか。にゃね」


 次の瞬間、炎の弾丸がグリフの体を貫いた。



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