第45話 託されたデバイス



「悔しいですわぁ~~~!!」


 試合が終了して霊子庭園が解除される。生身に戻ったコウヤを迎えたのは、地団駄を踏む勢いで悔しがるテンカだった。


 テンカはコウヤに抱きつきながら悔しそうに奇声を上げる。そんな彼女を抱きとめて、コウヤはポンポンと後頭部をなでてやる。


「よくやったよ、テン。お前のおかげでなんとかなった」

「う、うぅ……でも、わたくしまた負けましたわ」

「シューターズでは魔法士に直接攻撃出来ないんだ、仕方ないって。それより、ちゃんとファントム戦を制してくれたおかげで、一対一に持ち込めた」


 そう自分で口にしながら、コウヤは少しだけ後ろめたい気持ちを抱く。


 一対一の決闘――その状況を作ったのは、テンカがヨハンを倒したからというのもあるが、何よりキヨネがそれを望んでくれたからという要因が大きい。これがコウヤから持ちかけて勝負に持ち込んだのなら負い目などいらないが、どうしても自分の土俵で戦ってもらったという感覚が拭えない。


 とはいえ、今はそれに文句を言っている暇はない。

 時間いっぱい試合を行ったので、次の予定が立て込んでいる。


「次……だな」


 本日五試合目。

 神夜カザリ&渡良瀬ルル。


 試合場の状況を見ると、カザリとの試合にまでそれほど時間がなかった。四つ用意されたフィールドのうち、どこか一つが終わればすぐにでも始まりそうである。控室に戻るほどの時間もないので、このまま試合を待つ。


「テン、さっきのダメージは大丈夫か?」

「……一撃で霊子体が崩壊したので、思ったよりダメージは残ってませんの。だから問題ありませんわ。コウヤの方はどうですの?」

「俺の方は……正直、ギリギリだ」


 周りに聞こえないように小さな声で、コウヤは本音をこぼす。


 上手いこと魔力を節約できているので、魔力量的にはまだまだ余裕がある。

 問題は、肉体的な疲労だ。

 如何に治ったと言っても、コウヤはつい数日前まで命の危険があるような大怪我を負っていたのだ。アキラのおかげでこうして試合をできるくらいにまで回復はしているが、それでも基礎体力の低下は否めない。


 すでに四連戦。

 魔力配分の縛りを課した上での試合は、緊張を強いられるものだった。

 気を張っていなければ今にも崩れ落ちそうである。魔力を消費すればするほど体力的な疲労は色濃くなるので、後半戦はかなり厳しいことになりそうだった。


 少しでも魔力を回復するため、回復促進のドリンクを飲んで時間を待つ。

 休めたのはたったの五分くらいなもので、すぐに試合の時間が来た。


「……やっぱり、間に合わないか」


 銃型デバイスを取りに行ったキサキは戻ってこない。

 高等部校舎のロッカーから往復を考えると、十五分から二十分はかかるだろう。少なくとも、この試合までは銃型のメインデバイスなしで挑むしか無い。


 行くぞ、と気持ちを入れ替えながら試合場に向かう。こうなれば、一戦一戦を決死のつもりで挑むだけだ。


 と――その時だった。


「ちょっと待って、鏑木くん!」


 急に呼び止められた。


 振り返ると、そこには遠宮キヨネの姿があった。

 慌てて走ってきたのか、少しだけ息が荒れている。側にバディはおらず、一人で反対のエリアから走ってきたようだった。


 つい先程まで勝負していた相手から試合後に声をかけられて、コウヤは驚いて立ち止まる。


「どうしたんだよ、遠宮」

「これ……よかったら、使って!」


 そう言って、彼女は手に持った騎銃カービン型デバイスを差し出してきた。


 あまりに突然のことに、コウヤは目を丸くして言葉を失う。

 どうして、という疑問を口にする間もなく、選手の呼び出しのアナウンスが流れた。早く行かなければ不戦敗になるかもしれない。わずかに逡巡を浮かべたコウヤに、キヨネはつかつかと歩み寄る。


「流石にメインデバイスは銃型の方が安定するでしょ。メモリは抜いてあるから、魔法式は自分で入れて。早くしないと、モデリングのロードの時間が足りなくなるよ」

「いや、けど……どうして」

「ああもう! じれったいなぁ」


 じれたキヨネは、無理やりコウヤの手に騎銃カービン型デバイスを握らせる。


 そして、パンっと右肩を叩くようにして、挑むような表情で告げた。


「私に勝ったんだから、変な試合しないでよね。妨害があったからって、実力が出せなくて負けなんて許さいないから」

「……良いのか?」

「良いって言ってるじゃん!」


 もう一度、キヨネは気合を入れるようにコウヤの右肩を叩いた。

 それで、コウヤは完全に吹っ切れた。


「恩に着る! この借りは絶対に返すから待っててくれ」


 そう言って、コウヤはその場から駆け出した。


 試合場に向かうまでの短い間に、キサキから借りたバングル型デバイスからメモリを抜き、その全てをキヨネに借りた騎銃カービン型デバイスに突っ込む。

 銃型デバイスの中でも最多のメモリスロットを誇る騎銃カービン型デバイスは、無事だったメモリを全て組み込むことが出来た。


 そうやって試合に向かっていくコウヤを、キヨネは複雑そうな表情で見送った。



 ※ ※ ※



「わざわざデバイスを貸してやるなんて、お人好しだね。キヨネは」


 鏑木コウヤが試合場に行くのを見送りながら、キヨネの直ぐ側でヨハンが実体化する。


 そんな彼に、キヨネはそっぽを向いて答える。


「別に。負けたからには、相手を評価しなきゃいけないと思っただけ」

「素直じゃないなぁ、やれやれ」


 大げさに肩をすくめてみせるヨハンを見て、キヨネは苛立たしげにそのスネを蹴る。人間の蹴り程度ではファントムはびくともしないが、ヨハンは「おお、怖い」とおどけてみせた。


 霊子庭園が展開されて、試合が開始されるのが見える。


 コウヤの相手は、三年の神夜カザリ。神咒宗家の出身であり、その実力はキヨネでも知っているくらいの相手だ。シューターズなら勝ち目はあると思うが、今のコウヤは本調子でないことを考えると、厳しい戦いになるだろう。


 なぜ、コウヤに手を貸したのか。


 そんなこと聞かれても困ってしまう。そうしたいと思った時には、すでに体が動いていて、自分の愛用のデバイスからずっと挿しっぱなしだったメモリを抜いていた。けれど、他人にデバイスを貸す上で、どこまで自分の情報を隠すべきか考えるくらいの余裕があったから、冷静ではあったはずだ。


 多分、許せなかったのだ。

 コウヤが全力で戦えないことが、許せなかった。


 憧れるほど強い人が全力を出せないのを見るのは、もう二度と御免だから。


「だから――頑張ってよね、鏑木コウヤ」


 試合場の上のディスプレイに映し出される試合の様子を見つめながら、キヨネは小さくそうつぶやいたのだった。



 ※ ※ ※



 試合場にたどり着いたコウヤは、増幅器にデバイス情報を読み込ませる。事前に登録しているデバイスとは違うので読み込みに時間がかかる。


 それを待ちながら、目の前に立った神夜カザリが挑発するように言う。


「よう。調子はどうだ、転校生」

「絶好調っすよ、先輩。いい加減、腸煮えくり返りそうなくらいにね」


 かすかな敵意を見せながら言い返すコウヤに、カザリは不愉快そうに顔を歪めて鼻を鳴らす。この態度の悪い先輩とは、まだ数えるほどしか顔を合わせていないのに、まるで何度も争いあった宿敵のような気分を覚える。


 マギクスアーツのシングル戦での敗北は、まだ記憶に新しい。


 その屈辱は今ここで返す。

 そう誓いながら、コウヤはささやくような声で、すぐ隣りにいるテンカに話しかける。


「テン。神夜の魔法を防ぐために、とにかくお前は撹乱して――って、どうした?」


 見ると、テンカは目を丸くして呆然と立ち尽くしていた。


 呆けたように口を開けて、まるで信じられないものを見るかのように目の前を凝視している。

 その視線の先には、対戦相手である神夜カザリと渡良瀬ルルが居る。テンカはそのうち、渡良瀬ルルの姿を食い入るように見つめてから、うわ言のように口を開いた。


「コウヤ……

「は? 見つけたって、何を」


 テンカの奇妙な態度に、コウヤは怪訝そうに尋ねる。

 すると、彼女は口元を袖で軽く隠す仕草をしたあと、少しだけつま先を上げて耳打ちする。


「襲撃の影法師――間違いありません。ですわ」

「それは――」


 本当か、と尋ねると、テンカは確信を持った表情でうなずいた。


「姿形は未だに思い出せませんが、それでもあの魔力――夏の酷暑を忘れはしません」


 日本刀で突き刺され、酷熱を浴びせられて雪原は干上がった。

 自身のすべてを否定されたような敗北。因子そのものに刻みつけられた傷は、癒えたとは言え未だにテンカの中に焼き付いている。


「コウヤ。作戦を変更してくださいまし」


 テンカの瞳が煌々と燃えている。


 その炎は、復讐心によるものか、それとも純粋な敵意か。

 どちらにしろ――テンカは、今までで一番燃えていた。



「あいつは、わたくしが絶対にぶち殺しますわ」



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