第18話 無双の射手



 二時半。

 講義を終わらせて競技場まで走ってきた比良坂キサキは、荒れた息を整えながら待ち合わせをしている二階の観戦席にたどり着く。


「お、おまたせ……」

「ちょっと、キサキ。汗びっしょりですわよ。大丈夫ですの!?」


 全力疾走してきたため、全身から滝のように汗が流れている。その様子に、冬空テンカは気遣わしげに声かける。

 息をつまらせながら、「だ、大丈夫」とかろうじて答えながら、キサキは空いている座席に座る。


 テンカはその隣に座って、キサキのために軽く冷風を送り始めた。冷房とは違う自然の冷気に癒やされながら、キサキはようやくひと心地つけた。


「ありがと、テンちゃん。それで――コウちゃんは」

「今、シューターズの二戦目だぜ」


 キサキの問には、直ぐ側に居た佐奇森ヤナセだった。


 彼は長い脚を器用に組んで、興味深そうに試合上に目を落としていた。その表情は真剣そのもので、彼にしては珍しく張り詰めた空気を発している。


 他にも、この場にはコウヤやキサキのクラスメイトが数人集まっていた。余暇などでは共に訓練をする仲であり、今日はコウヤ以外の予選がないため、集まって観戦しようということになったのだ。


 ヤナセは展開された霊子庭園を食い入る様に見ながら、若干興奮した声で言う。


「鏑木のやつ、シューターズには自信があるとは言ってたけど、ここまでとは思わなかった。無茶苦茶強いじゃねぇか。野郎、昨日まで手を抜いてやがったな」


 その口調は、笑いながらもどこか苦々しそうで、素直になれないもどかしさがあった。


 思いもよらない反応に、キサキは反射的に尋ねる。


「え? ザッキー、それってどういう……」

「見ればわかるよ、比良坂さん」


 返答は、その隣からあった。天上院ルイという優男風の同級生が、これまた困ったような表情で言いながら、競技場を指さした。


 釣られるようにキサキは霊子庭園に視線を向ける。


 青いベールに包まれた空間は、直接視認できないくらい縮小化されているが、中の様子は仮想ディスプレイ上に映し出されている。そこでは、シューターズのグループ戦の様子が映し出されていた。


 それを見て、キサキは目を丸くする。


「今は、メインフェイズに入ったばかり……え、コウちゃん、89点も取ってるの!?」


 他のプレイヤーが軒並み20点から30点くらいの得点の中、コウヤだけが一人飛び抜けて得点を重ねていた。


 ソーサラーシューターズのグループ戦は、最大七人で行うシューターズである。


 総得点源は300点であり、それぞれのフェイズでの得点源がシングル戦の時の三倍になるように設定されている。

 それに加えて、自分以外のプレイヤーの人数分、霊子弾が配布されるため、シングル戦に比べると得点を重ねやすくはなっている。


 しかし、開始して四分足らずでこの点数は流石に異常だ。


「え、何? 一体何が起きてるの?」


 慌ててキサキは画面に集中する。映像はいくつかの場面を分割して見せているが、コウヤの姿はすぐに発見することが出来た。


 フィールドは図書館迷宮ステージ。

 三層吹き抜けの構造になっている巨大図書館が舞台であり、室内ステージの中でも障害物が多くて的が見つけにくい厄介なステージである。


 その二階部分を、コウヤは走っていた。


 彼が手に持っているのは騎銃カービン型デバイス――片手で取り回せる、小銃ライフル型より銃身の短い銃型デバイスだった。それは、これまでコウヤが使っていなかったデバイスである。


 それを手に、コウヤは数々の魔法を発動させながらフィールドを駆けている。

 魔力弾だけではない。風を発生させ、炎を撒き散らし、念動力を使い、空間に足場を作り――多彩な魔法によってフィールドのあちこちにある的を破壊しながら、他のプレイヤーに牽制をかける。


 その様子は、これまでの彼のプレイングとは大きく違う、ド派手なものだった。


「……嘘。あれ、本当にコウちゃん?」


 キサキは目を丸くしながらその様子を見る。


 ソーサラーシューターズは、ウィザードリィ・ゲームの中で唯一、相手プレイヤーへの直接攻撃を禁止している競技である。

 レース競技であるウィッチクラフトレースですら、レース相手への直接攻撃がルール上許されている中、シューターズは直接攻撃をするとペナルティとしてマイナスポイントが与えられる。


 そのためシューターズでは、不用意な魔法の使用を避けるプレイヤーが多い。


 にもかかわらず、コウヤはためらうことなく多種多様な魔法を駆使していた。フラッグやクレーといった的を破壊するだけでなく、他のプレイヤーの進行を邪魔するためにも存分に物理魔法を使っていて、非常に手慣れた様子だ。


 そのコウヤの行動に、他のプレイヤーは完全に調子を狂わされていた。


「驚くんはこれ見てからだよー。キーちゃん」


 そうおどけるように言ったのは、キサキのクラスメイトである不夜城ホノカだった。

 彼女は日向の猫のように緩んだ表情で、自身のデバイスの画面を見せてくる。


「自分の元カレ、ホント化物だね。こんなの、実力が違いすぎるよ」

「いや、元カレじゃないけど……って、うぇええ!?」


 見せつけられた画面を見て、キサキは思わず奇声をあげた。

 そこには、一戦前のシューターズの試合結果が表示されていた。



--------------------------------------


 鏑木コウヤ 153点 

 御船カルマ 31点

 乙野木イオ 27点

 …………  22点

 …………  15点

 …………  14点

 …………  12点


 試合時間 6分23秒

 コールドゲーム


--------------------------------------



「こ、コールド……」


 あまりのことに、空いた口が塞がらなかった。


 シューターズのグループ戦は、霊子弾を除いた総得点源が300点であり、それを七人のプレイヤーで取り合うことになる。

 その中で、グループ戦のみの特殊ルールとして、得点が150点を超えたプレイヤーが出ると、そこで試合が終了になるというものがある。


 逆転不能になった時点でのコールドゲームはシングル戦やバディ戦でも存在するが、グループ戦は逆転の目が残っていても、150点獲得したプレイヤーが現れると試合終了となる。


「た、確かに、人数分の霊子弾があれば最大六十点は取れるけど、でも乱戦状態で残りの九十点を取るなんて……」


 キサキも調子のいいときや、相手との実力差のある時ならそれくらいはできるが、それでも決して簡単なことではない。確かな実力がないと出来ないことだ。


 コウヤが復学してからの様子を見ていると、昔に比べると格段に成長しているとは思っていたが、ここまで圧倒的ではなかった。つまり、今までは実力を隠して試合をしていたのだ。


「おい、試合が動くぞ」


 油井ケンジの鋭い声に、皆の視線が試合上に集まる。

 コウヤに向かって、二人の選手が魔法を放つ様子が写っていた。


「あいつら、もうなりふりかまってられないって感じだな。自分の得点関係なしに、鏑木っちを潰しに行ってる」


 ケンジの言葉通り、二人の選手は、大工程の魔法を発動させてコウヤへと襲いかかっていた。

 上の階からは水で作られた龍、下の階からは巨大な岩の弾丸が、挟み撃ちの形でコウヤに向かって放たれる。


 それに、コウヤは逃げるわけではなく、あえて狙いやすいように本棚の上に立ち止まった。


 彼はまず、岩の弾丸を見据える。


 回転しながら一直線に向かってくる巨大な岩。

 魔力で創造されたその岩石は、途中にある本棚を粉砕しながら迫っている。


「――――」


 コウヤが魔力を全身に巡らせるのが見える。

 魔力が膨れ上がると共に、彼が纏っている青い外套が瞬間的に膨れ上がった。


 それはふわりと舞い上がると、コウヤの動きに合わせて回転する。

 コウヤは青い外套で岩の弾丸をすっぽりと包み込むと、そのまま受け流すように体を半回転させ、対面の水の龍へとぶつけるように放り投げた。


 二つの魔法がぶつかり、辺りの岩片と水しぶきを撒き散らす。


 その衝撃を隠れ蓑に、コウヤは本棚から飛び上がると、一層下で岩の弾丸を放ったプレイヤーへと肉薄する。


 コウヤは魔力弾で相手のデバイスをはたき落とすと、飛び降りた勢いを利用してその横っ面を蹴り倒す。

 そのままマウントポジションを取って逃げ場を塞ぐと共に、魔力干渉を行って、瞬間的な魔法式の作成を妨害する。


 そこまでやると、今度は上の階に向けて、騎銃型デバイス『カウボーイ』を構えた。


「フライクーゲル――フォイア!」


 放たれた霊子弾は、水の龍を放ったプレイヤーの肩口を貫く。


 コウヤは被弾したプレイヤーが本棚の影に隠れる様子を確認すると、すぐさま『カウボーイ』を自分の足元へと向け、岩の弾丸を放ったプレイヤーにとどめを刺す。


 霊子弾を一発。


 正確に頭部を破壊されたそのプレイヤーは、為す術もなく霊子体を崩壊させる。

 霊子弾を撃った直後に本棚へと身を隠したコウヤは、プレイヤーの消滅をしっかりと確認してから、次の得点源を探すために移動を始める。


 鏑木コウヤ 112点

 一瞬で二十点の得点を稼いだコウヤの様子に、誰もがあっけにとられていた。


「……霊子弾って、あんなに上手く当てられるもんか? 上と下で、二十メートルは距離があったぞ、今の」

「原理上は、狙撃型でも撃てるから飛距離に問題はないと思うけど、振り返りざまに撃って当てるのは、よっぽど相手の動きを察知してないとあたしでも難しいよ」


 顔をひきつらせながら言うヤナセに対して、キサキもまた、表情をこわばらせて言う。


「それだけじゃないよ。彼、飛び降りながら蹴りで相手を制圧してたけど、ちょっとでも身体強化の魔力が外に漏れてたら、マイナスだ」

「つまり、とんでもない制御力ってことだね」


 ルイとホノカの会話に、キサキは試合を見たままうなずく。


 シューターズにおけるマイナスの発生はかなりシビアで、少しでも魔力が放出されているとマイナス得点となる。

 ちょっとした身体強化ですら、魔力が漏れていればマイナスの対象になるため、『マイナスが発生しない格闘術』というのは、プロでもなかなかお目にかかれない。それこそ、朝霧トーコのようなトッププレイヤーでないと使わない技術だ。


 魔力で編まれた霊子体を完全に維持したまま、的確に打撃だけを行う。コウヤの魔力制御のランクはBだったが、さすがの制御力である。


 その後も、コウヤは圧倒的な実力差を見せつけ、試合終了二分前に150点を獲得してコールドゲームになった。


 二回連続のコールドゲーム。

 そして、その二十分後に、三試合目が行われる。



 ※ ※ ※



「あんれ。元カレさん、またデバイス違うの持ち込んでるみたいだね」


 不夜城ホノカの言葉通り、コウヤはこの試合、小銃型デバイスを持ち込んでいた。


「そういえば、最初の試合は散弾ショットガン型だったけど、いつもと違う形だったよね。彼、いくつメインデバイス持ってるんだろう」


 ゲーム内容や戦略によってデバイスを変えるプレイヤーは少なくないが、同じ型のデバイスを二つ持つことはそう多くない。


 そもそもメインデバイスはサブデバイスに比べて高価で、最低でも一万円はする。気軽にいくつも買えるものではないので、大抵は使い慣れたものを使うし、役割が重複する場合は一つにまとめた方が混乱しなくて済むはずなのだ。


 それでもあえて持ち替えているということは、それなりの役割があるということだろう。


「ステージは廃墟ステージか。また障害物の多いステージだな」


 ヤナセは真剣な眼差しで試合場を見下ろしている。

 その目は刺すように鋭く、いっときでも見逃さないという気概が感じられた。


 キサキもまた、高鳴る心臓を抑えるようにしながらじっとじっと試合場から目を離さないでいた。

 先程から、心臓の鼓動が止まらない。

 眼の前でプレイしている選手が幼馴染の鏑木コウヤであることが信じられないくらい、緊張して試合を観戦していた。



 そして、ゲームスタート。

 オープニングフェイズが開始すると同時に、画面上から、姿



「あれ? あいつどこいった?」


 フィールドの中央に配置されていたはずのコウヤが、観戦者たちの目の前から忽然と姿を消したのだ。おそらくは、フィールドに居る他のプレイヤーからも、見えていないだろう。


 しかしその間にも、コウヤの得点表示が、立て続けに二点を獲得した。


「え、本当にあいつ、どこに居るんだ!?」


 ランダムカメラがコウヤの姿を捉えられていないため、観戦している全員が霊子庭園全体を慌てて探し始める。

 しかし、それでも彼の姿は見つからない。


「…………」


 キサキは意を決して、メガネを少しだけずらした。


 瞬間、世界が無機質な七色に彩られた。

 魔力を通すまでもなく、強制的に敷かれる七色の区分け。それは、世界の情報密度を見分ける魔の瞳だ。


 自然に存在する無機物は暖色、魔力で加工されたものは寒色に見える。

 その中間である生命は緑色で、それぞれ情報密度が高いほど濃く、低いほど薄く見える。


 弱点視の魔眼。

 またの名を、と言う。


 霊子庭園は魔法現象による小さな世界の作成なので、寒色の中でも上位の紫色。

 更にその先へと視点を飛ばし、全体の色を俯瞰する。


 人間だけにフォーカスを当て、そこに居るプレイヤーを探す。

 人間の色は、緑色。

 やがて、七つの影が見えたので、一つ一つを見ていく。


「居た。西方の端、高台の建物!」


 見つけた瞬間、キサキは指を指しながら叫んでいた。

 そこには、青色がかぶった緑色の影が映っていた。


 見つけるのに熱中しすぎたキサキは、全身の魔力が暴れそうになるのを抑えながら、慌ててメガネを掛け直した。

 七色の世界は視界から消え、通常通りの視界が戻ってくる。ドクドクと血液が全身を巡るのを意識しながら、キサキは眼鏡越しにその場所を見る。


 五階建てのマンション跡。

 そこの屋上に、コウヤは居た。


 おそらくは認識阻害系の魔法を掛けているのだろう。その姿は、発見した今でも、かすかにかすれて見えている。

 彼は普段使っている青色の外套ではなく、枯葉色のマントを体にまとい、デバイスを構えて階下を見下ろしていた。


 そして、一呼吸に三発、魔力弾を打つ。


 それにより、二百メートル離れたところにあったフラッグが破壊される。そのそばに居たプレイヤーは目をむいて、魔力弾がどこから飛んできたのか慌てて探していた。


「……あれ、小銃ライフル型じゃないな」


 ポツリと、ヤナセが呟いた。


 見ると、コウヤの持っているデバイスは、試合開始時に見たものより、ゴテゴテと装備が増えていた。

 おそらく、小分けにして持ち込んでいたのだろう。スコープに台座、ロングバレル、そして二つのサブデバイスをつけることで、大型のデバイスに形を変えていた。


 アスラ製作所製・狙撃スナイパー型デバイス『輝く新星キラナ・アストラ』。


 透視、弾道操作、そして隠密行動補助などの魔法式が組み込まれた、軍事デバイスを開発しているアスラ製作所製のメインデバイスである。

 無論、競技用デバイスなので軍事用に比べると殺傷力は低いが、その性能は生半可な実力では扱いきれないほど高い。


 コウヤはその身の丈ほどもある狙撃型デバイスを抱えると、すぐさま次の狙撃ポイントに移動を始める。

 ひと所にとどまって撃つのは三発までで、同じ場所に居続けることはしない。また、移動するたびに自身の姿を見失わせるように物陰を経由し、常に他のプレイヤーから身を隠すように移動する。


 シューターズにおいて、狙撃のプレイスタイルは、移動し続けるよりも優位なポジションから狙い続けた方がいいという考え方が常識だ。

 それは、シューターズが対人戦ではなくあくまで点を取る競技であることが理由だが、コウヤはその真逆のスタイルを取っていた。


 それは、おそらく彼が、シューターズをあくまでだろう。


「これと似たようなこと、去年キーちゃんもやってたよね?」

「……うん。そう、だけど」


 ホノカの言葉に、キサキは曖昧にうなずく。


 去年のインハイ予選に置いて、キサキもまた、同じように狙撃型デバイス中心に、スナイパーの真似事をしたことがある。

 あの時のキサキは、今のコウヤと同じように他のプレイヤーから捨て身で狙われる事が多く、それゆえに処世術だった。


 キサキの場合は、魔眼があるため、他のプレイヤーの動きやフラッグの場所などを逐一把握しながら移動することが出来た。

 しかし、それを、コウヤは魔眼無しで行っているのだ。


 狙撃スタイルを取ることの大きな利点は、一方的に他のプレイヤーを攻撃できる点だ。シングル戦やバディ戦ではなかなか出来ないが、グループ戦においては六発まで霊子弾を撃つことができる。それを、死角から撃ち込まれることを考えると、とんでもない脅威だろう。


 とは言え、同じことを素人がやろうとしても簡単には行かない。射撃補正や弾道操作などの魔法式を使っても、五十メートル以上の遠間から的を当てるというのは、想像以上に難しいのだ。

 多くのプレイヤーが中近距離での射撃戦を選ぶのは、できるだけ自分の魔法の影響が及ぶ位置から射撃を行いたいからという理由が大きい。


 だからこそ、狙撃スタイルを極めたプレイヤーは、非常に厄介な存在となる。


「なあ、比良坂」


 硬い声で、ヤナセは試合から目を離さずに声をかけてくる。


「お前って鏑木の幼馴染なんだろ? あいつ、昔からあんなにすごかったのか」

「ううん。二年前は、ちょっと的を狙うのがうまいくらいで、ここまでじゃなかった」


 キサキもまた、瞠目して競技の様子から目を離さずに答える。

 心臓の高鳴りが止まらない。あまりにも華麗な技術を前に、高ぶる感情を抑えることが出来ない。その感覚は、久しく感じていない興奮だった。


「すごい……これが、今のコウちゃんの実力」

「アレでもまだ一部らしいですわよ」


 そう、隣に座っているテンカがつぶやくように言った。

 これまで黙ってみていた彼女は、どこか誇らしげに、自身のバディについて語る。


「バディ戦用に幾つか戦術を試してみましたが、コウヤはまだ他にもシューターズ用の魔法を持っていました。デバイスによってバトルスタイルも変えているみたいですし、そうとう向こうで修練を積んだらしいですわ」

「……ハクアちゃんに教わったって聞いたけど、でも狙撃はハクアちゃんも苦手だったはずだよね。あそこまで上達するなんて、どんな練習をしてきたの……」


 あまりの上達っぷりに、キサキは気が遠くなるような気持ちになる。


 近接戦による格闘術込みでの射撃戦。

 遠距離からの移動しながらの狙撃術。


 ことシューターズという競技において、鏑木コウヤの実力は頭一つ抜けていると言えた。


「一応お聞きしますが」


 愉快なことでも聞くように、テンカが自慢げに尋ねる。


「キサキ、あなたが全盛期だったとして。今のコウヤと勝負して勝算はありますか?」

「……難しい質問だね」


 苦笑いを浮かべて、キサキはそっと目を閉じる。


 その瞳に負った障害のことはこの際置いておく。

 その胸のうちにある様々な思いから目をそらし、ただ純粋に、昨年度の万全だった自分と、鏑木コウヤを比べてみる。


 霊子庭園に立ち、フィールドで向かい合う姿を幻視する。

 自身の放つ魔力弾と、コウヤが放つ魔力弾がフィールドにあふれかえる。互いに相手の動きを意識しながら的を狙う。時に牽制をかけ、時に無謀な賭けを打ち、そうして一点でも相手を上回らんと全力を尽くす。


 それは――あまりにも。


「悔しいなぁ」


 自然と溢れたのは、そんな言葉だった。


 胸のうちに、せり上がる思いがあった。その感情を自覚してしまったのがいけなかった。


 その声を聞いた一同が、ぎょっとしたように、キサキの方を見る。


「あれ……どうしたの、みんな?」


 なんでこっちを見るんだろう?

 そんな疑問を覚えるが、どうやらキサキの声が、涙声だったので驚いたらしい。


 確かに、声が震えて、嗚咽混じりになっている。

 目尻からは涙がこぼれていた。ポロポロと流れるそれを、メガネをずらしてそっと拭う。このメガネにも、随分慣れてしまった自分が、少しだけ恨めしかった。


「コウちゃん、すごく強くなった……隙はまだあるし、射撃の技術で負けるつもりはないけど、まだ他にも戦略を隠しているんだと思うと、勝てるかどうかわからない」


 ああ、だから悔しい。

 今の鏑木コウヤを倒せるのが、自分でないのがすごく悔しい。


「なんで……あたしここにいるんだろう」


 その最後のつぶやきは、誰にも聞こえないほど、微かなものだった。



 ※ ※ ※



 三試合目。

 コウヤの得点は、132点。

 コールドゲームまでは持っていけなかったが、上々すぎる結果と言えた。



 その結果を、遠宮キヨネは睨むように見つめていた。



「彼の結果が気になるかい? お嬢ちゃん」


 そのすぐ後ろで、彼女のバディであるヨハンがニヤニヤと笑いながら声をかけた。


 キヨネはその声を黙殺する。

 すると、ヨハンは軽く肩をすくめてから、同じように巨大ディスプレイに表示された得点結果を見上げて、真剣な声色で言った。


「彼、強いね」

「…………」

「アマチュアで活躍していたって話だけど、一体どんな練習を積めば、あの年齢でここまでなれるのやら。驚くべきは、アレで彼が、一般の出身ってことだ」


 神咒宗家や、魔法関係の家の出身であれば、英才教育の結果と考えることができるだろう。しかし、鏑木コウヤにはそんな経歴はない。


 彼が復学してから、オリエントの関係者はこぞってコウヤの経歴を調べ上げたが、望むような結果は出てこなかった。それどころか、魔法に触れ始めてまだ四年半という驚くべき事実しか出てこないのだ。


「ああいうのを天才っていうのかねぇ。はは、まったく、とんでもないのが出てきたもんだ」

「ヨハン。天才だなんて、軽々しく言わないで」


 ヨハンの軽口に、キヨネは厳しい叱責を飛ばす。

 彼女はヨハンの方を振り返って、まっすぐに見返しながら言った。


「鏑木くんのプレイは修練の賜物よ。比良坂キサキのようなセンスによるものじゃない。彼は、相手プレイヤーによって戦い方を変えているわ。だからこそ――手強い」

「ふむ。なるほど」


 よく見ているな、と思いながら、ヨハンはキヨネを見る。


「それで、どうするつもりだい?」

「……全力で、ぶっ潰す」


 キヨネは騎銃型デバイスを手に持って、自身を鼓舞するように言う。


「同じ一般の出身だもの。舐められちゃ終わりなんだから、徹底的に叩き潰す」

「ああ、その意気だよ、キヨネ」


 自身の主を名前で呼びながら、ヨハンは満足そうにうなずいた。

 キヨネとコウヤが激突するのは、その十分後のことだった。



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