第19話 鏑木コウヤVS遠宮キヨネ 一戦目
「さて――と」
コウヤはデバイスの入ったバッグを担いだまま、競技場の端のベンチに座って水分補給をする。次の試合は十分後なので、控室に戻っているのがもったいなかった。
魔力回復促進効果のあるドリンクを口に含みながら競技場を見渡す。
今の所、思い通りに試合を運べている。
使っている魔法も、大盤振る舞いのように見えて、殆どは授業で習ったテンプレートの魔法だ。
オリジナルの術式は、ベクトル操作の魔法と認識阻害の外套の二つだけ。うまいこと周りを撹乱しながら、自分の実力を見せつけられている。
しかし――コウヤの視線は、油断とは対象的で刺すように鋭い。
(さっきの試合。何発か魔力弾が途中でかき消された。それだけじゃない。絶対に見つからないはずの角度から、妨害の攻撃があった。こっちの魔法に優位な魔法式をたまたま持ち込んでいたのか、あるいは――)
魔法の属性は、究極的には『物理』『概念』『霊子』の三つである。
その要素をいろんな形に変換することで、魔法士は様々な効果を発現させるが、大本がこの三つである以上、逆算することで魔法の仕組みを読み解くことは可能だ。
例えば、先程コウヤが利用した枯れ草色の外套は、『
アメリカに居た時、龍宮ハクアから告白された彼女の
しかし、この魔法は、何らかの物理属性で無理やり迷彩を剥がしたり、認識を集中させる概念属性を付与すればたやすく攻略できる。ゆえに、一度でも見つかれば効果がなくなる代物だ。
だからこそ、隠密行動時には、それが見破られないように立ち回ることまで含めての魔法なのだが――先程の試合では、それにもかかわらず二度も破られた。
「とりあえず、次は『枯れ草』は使わない方がいいな」
もとより、同じ戦術を同じ日に二度以上見せるつもりはない。
大盤振る舞いしているのではなく、多数の戦術を惜しげなく使うことで、メインの戦法を特定させないことがコウヤの目的だった。これは、今日だけでなく、明日以降の予選を見据えた布石である。
次はどのデバイスを使おうかと、バッグを開く前に軽く思案している時だった。
「やー、調子がいいね。キミ」
軽い調子で、小柄な少女が声をかけてきた。
身長は百四十ちょっと。下手をすると小学生のようにも見るその少女は、ふてぶてしい笑顔を浮かべてこちらに近づいてきた。
日本人形のように整った顔立ち。
長い黒髪は艶があり上品であるが、それに対して挑むような瞳の強さが印象的な少女だった。
「随分話題になってるよ、鏑木コウヤくん。大活躍じゃあないか」
「どうも……忌部先輩、ですよね」
瞬時に気を張り詰めながら、コウヤはすぐに答える。
その様子に、気分良さそうに少女は顔をほころばせた。
「お、名前覚えてくれてるんだ。嬉しいねぇ」
ニヤニヤとしながら、彼女はステップを踏むようにコウヤの前に立つ。
三年二組、実践魔法士選択の生徒。
昨年度のインハイにおいて、シューターズで代表になった一人である。
「まあ、忌部先輩の名前は、よく耳にしますからね」
当たり障りのない返答を心がけながら、コウヤは言う。
彼女が有名であることは事実だが、コウヤが知っているのは、単に昨年度の代表となった選手は一通り調べたからに過ぎない。
忌部イノリに関しては、その小柄な身体でありながら、戦法はかなりパワータイプであると聞いている。
膨大な魔力量を元にして、一発一発が大規模な魔法をよく使う。遠距離狙撃をスタイルとするプレイヤーだった。
その圧倒的な火力は、シューターズよりもむしろマギクスアーツで活きるもので、『小さな砲台』という異名がつくほどの活躍だった。
「やー。キミみたいな新参者に名前を覚えてもらえるなんて、光栄だねぇ。――でも」
ニヤニヤと笑っていた彼女は、そこで一転。
挑むように鋭い瞳を向けながら、声のトーンを下げて言う。
「私も君のこと、ちゃーんと知ってるよ」
スキップでもするような足取りで、彼女はコウヤの周りをうろつきながら絡むように言う。
「と言っても、君ってば有名だから、みーんなが知ってるようなことだけどね。帰国子女で、アマの大会で優勝経験あり。授業でも実技の成績はかなり良いらしいし。ほーんとすごいよね」
「ありがとうございます。でも、それほどでも無いですよ」
嫌味にならないよう、サラリと受け流すように礼を言う。
それに――イノリの目つきが変わる。
「はは、なんてーか、ほんとムカつくよね、キミ」
笑みを絶やさないまま、物騒なことを言い始めた。
豹変、というほどではないが、その態度にはトゲを感じる。
今にも爆発しそうなほどに抑え込まれた殺気が、そばにいるだけでビンビンと感じられた。
「才能があって、実績もあって、将来も期待されて――キミはまるで、物語の主人公みたいだ。一体いつの間に出てきたんだキミは、って、私は思うね」
ずいと身体を寄せて、にじり寄るように顔を近づけてくる。
その様子は、まるで蛇のようだった。巻き付き、引きずり下ろすような嫌らしさ。絡みつくその仕草は、気色の悪さを覚える。
敵意を隠そうともせずに、彼女はコウヤに絡む。
それに対し、まるで顔色を変えずに、涼しい表情でコウヤは受け止める。
「気を悪くさせたのなら、謝りますけど」
「ふん、そういうところも、ほんといけ好かないね」
かすかに鼻を鳴らすと、そこでまた一転。にこやかな笑顔を浮かべる。
「ま、いいや。キミとは、どちらにしろ三十分後に当たるんだ」
トントンと、足を踏み鳴らしながら距離を取ると、さっと体を反転させて言う。
「どーもキミは、安い挑発に乗ってくれるほど単純じゃないらしい。それなら――実際に、試合で挨拶しようかなって思うけど、どうかな?」
「ええ、その方が、俺としてもありがたいっす」
「うんうん。なら、そういうことで。キミはその前にもう一試合あるんだよね? ちゃあんと余力残してちょうだいよね」
「良いですね。全力でお相手しますよ」
あくまで平静で、コウヤはその挑発を受け止めた。
その態度が気に入らなかったのか、イノリはにこやかだった表情を真顔にする。
「実は、君にだけは負けないようにって言われてるんだ」
そして、つばでも吐きそうなほど顔を歪めて、嫌味ったらしく宣言した。
「叩き潰すけど、悪く思わないでよね」
不敵に笑って、忌部イノリは去っていく。
その背中を、コウヤはどこか冷めたような目で見ていた。
どこにいても、待っている待遇は変わらない。
それはコウヤ自身の態度にも問題があるのかもしれない。もっと上手く立ち回れれば、誰かの機嫌を損ねたり、嫌がらせを受けたりすることもなくなるだろう。だが、そんなことをしていたら、目的から遠ざかってしまう。
人に気遣いなどしている暇があるのなら、その時間で少しでも高みを目指したい。
自分を引っ張り上げてくれた手。
自分が目指す遥か彼方の背中。
自分を変えてくれた二人の少女に恥じることのない自分に、なるために。
「行くか」
装備を変える。
敵は一人じゃない。
この学院に来て、いろんな悪意や敵意を向けられてきた。そのどれをとっても、気軽に対応してはやりきれない、力強いものだ。
それは、次の試合もそう。
「さて、勝負だ。遠宮」
コウヤは装備を整えると、展開された霊子庭園へと足を踏み入れた。
※ ※ ※
フィールドは水上都市ステージだった。
街中に水路が流れていて、市街地は大きく六つに分断されている。
隣のエリアに行くためには必ず大きめの水路を超えなければならず、移動に制限のあるステージである。
霊子体となった遠宮キヨネは、水上に浮かぶ浮島に足を下ろす。
一人の体重を支えるだけの強度がある浮遊物は、水場の多いこのステージにおける特徴の一つだ。
水路の広さは十メートルから二十メートルはあり、強化を施さなければ一息に飛び越えるのは難しい。橋を渡るか、この浮島を利用して渡るのが通例だ。
このステージでは、フラッグが水の中に設置されていることが多いので、注意して探さないとまったく得点できない場合もある。
(近接スタイルが得策のこのステージ。さて、鏑木くんは、どういう戦略を立ててくる)
公式戦によっては、ステージの詳細は霊子体になるまでわからないこともあるが、インターハイルールでは試合開始前にステージの詳細が明かされる。
キヨネはこの水上ステージに対応するための魔法式を持ち込んでいるが、基本スタイルは変えずに来ていた。
サブデバイスである
「『セット』『
デバイスに魔力を通し、魔法式を発動させる。
キヨネの周囲を八つの球体が浮遊し、それぞれが円を描くように動き始めた。
半径二メートルの間を一定の間隔で円運動する八つの魔力弾は、一つ一つにかなりの魔力が込められている。
キヨネは一番外側を動く弾丸を大きく動かすと、水の中に突っ込ませた。
魔力弾は水しぶきを上げながら潜水し、数秒後に水面から飛び出て、また規則的に円運動を開始した。
フラッグが破壊され、キヨネの得点が一点増える。
『
四工程の魔法で、衛星型魔力弾の術式である。
作成された八つの魔力弾は自律起動であり、キヨネを中心に円運動を行って攻防を自動的に行う。
精密な動作にはキヨネによる操作が必要となるが、大雑把な攻撃と防御は自動でやってくれるため、重用している術式だった。
中学の頃、魔法クラブに通っていた時から使っているこの術式は、キヨネにとって手足同然の魔法である。始めの頃は三つくらいしか作れなかった衛星魔力弾も、今では八つまで増やすことが出来、シューターズに置いてかなり有用な攻撃手段となっていた。
「さて、行きますか!」
キヨネはステージとなっている水上都市を飛び回りながら、フラッグを見つけた端から衛星魔力弾で破壊していく。
衛星魔力弾は擬似的な足場としても利用でき、それを利用しながらキヨネは空中に躍り出ていく。
三つ編みを揺らしながら、上空、五十メートルまで飛び上がる。
あらゆる建物よりも高い、彼女だけに許された高さ。
高い位置から、街全体を俯瞰する。
対戦プレイヤーたちが、建物を登って同じように全体を見渡そうとしている姿が見える。
「『フライクーゲル』――『フォイア』!」
それを、キヨネは上空から狙い撃った。
霊子弾をセットした
敵プレイヤーの一人が被弾すると共に、キヨネの姿は他の全員に発見される。
空中の目立つ位置から霊子弾を放ったから当然だろう。
一人を倒す代わりに、キヨネは四方から狙われることになった。
身動きが取れない空中のキヨネに向けて、霊子弾らしき弾丸が、時間差で四つ迫る。
一つは衛星魔力弾が自動で弾いてくれる。
二つ目は手動操作で撃ち落とす。
それと共に、デバイスを構えて二発目の霊子弾を放った。
三つ目と四つ目は、弾くのが難しかったので、衛星魔力弾を思いっきり蹴って意図的に落下速度を上げて避けた。
キヨネのすぐ下には巨大な水路が通っており、そこに彼女は勢いよく落下した。水しぶきが辺り一面に撒き散らされ、彼女の姿は一瞬、誰の目からもかき消える。
(ふぅ。なんとかしのいだ――さて)
水中を潜水しながら、キヨネはさっと得点を確認する。
遠宮キヨネ 26点
どうやら、先程放った二発目の霊子弾は、しっかりと敵プレイヤーの一人を傷つけたらしい。当たればラッキーくらいのつもりで放ったが、やって見るものだ。
開始一分未満でこの点数は上々だろうと、満足げに顔をほころばせながら、彼女は他のプレイヤーの得点もすばやく確認する。
「………」
気分の良さは、一瞬で消失した。
鏑木コウヤ 28点。
キヨネがわざと全員に狙われるような賭けをして二十点を取った横で、鏑木コウヤも同じように二十八点もの得点を稼いでいた。
一体どんな手を使ったのか知らないが、面白くはない。
仏頂面を浮かべながらも、キヨネはすぐに気を取り直す。まだオープニングフェイズが始まったばかりだ。ここから逆転すればいい。
衛星魔力弾の動きを操作して水中で流れを作り、キヨネは加速しながら水の中を移動していく。
酸素消費を遅延させる魔法を使うことで呼吸を止め、一度も水路から浮上することなく、二百メートル近くを移動する。
通る途中の水中のフラッグは一つ残らず破壊していく。29点、30点――最終的に、39点まで点を稼ぐことが出来た。
(よし、これくらい移動すれば、撒けたかな)
温度感知の魔法で、他の魔法士が居ないのを確認してから、キヨネは慎重に水の中から全身を出す。
霊子体全体に魔力を巡らせて水に濡れた服を元に戻すと、彼女はすぐに移動を始める。
しかし。
一歩を踏み出した瞬間、横殴りに身体が吹き飛ばされた。
「な、ガッ!」
左の肩口を撃ち抜かれた。
一体どのタイミングから狙われていたのか。
水中を移動したキヨネを正確に狙ってくるあたり、並大抵の相手ではない。
たたらを踏みながら、キヨネはすぐに衛星魔力弾で牽制を仕掛ける。
周囲の地面を叩き割るように動き回る衛星魔力弾によって、岩片が宙を舞って暴れまわる。その暴風を避けるように、十メートルほど離れた場所で、人影が動くのが見えた。
「――逃がすか!」
直接攻撃をしてはマイナス点になるので、あくまで障害物を破壊するように衛星魔力弾を動かす。
仮に仕留めるとしても、一撃以上だと割に合わない。
慎重になりながらも、行動は大胆に。
軽い暴風を生みながら、キヨネは建物の影に隠れた相手をあぶり出そうとする。
そして、舞い散る石畳の欠片の間に、相手の姿を発見した。
案の定というべきか。
相手は鏑木コウヤだった。
(やっぱり、あんたか!)
鏑木コウヤ。二年になって突然復学して、大活躍しているクラスメイト。
彼個人に対するキヨネの心境は複雑だ。
人柄は嫌いではないが、無視することは出来ないくらいに存在感がある。自分が必死こいて技術を磨いている競技において、明らかに自分以上の技術を持っている同い年の男子。それが、常に彼女の心をかき乱した。
負けたくない。
昨年は、比良坂キサキに負けた。
それは、技術以上に基礎能力の差が大きかった。だからこそ、その差を埋めるために一年間頑張ってきた。
もはやキサキへのリベンジは叶わないが、その研鑽を利用して鏑木コウヤに勝ってみせる。
「鏑木くん――!」
叫びながら、キヨネはコウヤの前に躍り出る。
彼は
キヨネもまた、右手で
先程撃ち抜かれた左肩がかすかにしびれる。バランスが崩れた状態で、ちゃんとした射撃ができるかどうかはわからない。けれど、これは絶好のチャンスだ。
命中補正の魔法式を付与する。霊子弾はすでに呼び起こしている。ここで仕留めるという決意が、魔力を通じてデバイスに浸透していく。
前のめりになりそうな焦りを必死で引き止めながら、キヨネは起動の呪文を口にする。
そして。
「『フォイア』!」
「『フォイア』!」
霊子弾が放たれたのは同時だった。
わずかにぶれたキヨネの霊子弾は、微かにその重心を下げ、地面を滑空するようにしてから急浮上する。
その動きに、鏑木コウヤは驚いたように目を見開く。
かろうじて青い外套で防御しようとするが、わずかに方向を反らせただけで、右肩をかすらせることが出来た。
対するコウヤの霊子弾は、強力な勢いで空間そのものを震撼させながら突き進んだ。
おそらくは威力と速度を限界まで上げたのだろう。目にも留まらぬ勢いで迫る霊子弾に、キヨネの衛星魔力弾の内、二つがかろうじて反応する。
しかし二つ程度ではまったく威力を減退させることが出来ない。
(く、避けられない――なら!)
防御も間に合わないので、せめて怪我した左肩で受けようと身を捩る。
と、その時だった。
「――ぇ」
コウヤの放った霊子弾が、一瞬停止したように見えた。
いや、厳密には停止ではなく、かすかに動きが鈍ったのだ。
絶対に避けられないタイミングだったはずの攻撃が、そのタイムラグによって回避可能になった。
地面を転がりながら、キヨネは何が起きたかわからずに前を見る。
自分は何もしていない。何をすることも出来なかったのだ。それなのに、結果としてキヨネは、コウヤの放った霊子弾を回避できた。
鏑木コウヤもまた、目の前で起きた事象に、怪訝そうに顔をしかめていた。
しかし、彼はすぐに気を取り直すと、身を隠すようにして建物の影に入ってキヨネの前から姿を消した。
あとに残されたキヨネは、呆然とそれを見送る。
遠宮キヨネ 49点
後には、十点増えたキヨネのスコアだけが、現実として残っていた。
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