第16話 弾幕娘も恋バナはお好き



 二日後。

 授業の後、時間が合ったキサキと食堂で昼食を取りながら、コウヤはチハルと話したことを話題に上げた。


「比良坂の結界術……か。うーん、あたし、実家とはほとんど切れちゃってるから、本家の魔法って教わってないんだよね。役に立てなくてごめん」

「そりゃそっか。こっちこそ悪い。別にそれで、対策が取れるってわけじゃねーし」


 申し訳なさそうに謝るキサキに、コウヤはひらひらと手を振りながら返した。


 昼食時の学食はそこそこ混み合っており、周囲の喧騒が活気となって響いている。一時過ぎからはまたインハイ予選が行われるので、それに備えた生徒が多いのだろう。


 インハイ予選も四日目となり、初日とは違った緊張感が出始めている。

 シングル戦の予選期間は三週間あるため、現時点でコウヤほど試合数を消化している生徒は他に居ないとしても、すでに勝敗によっては本戦出場を諦めている生徒も少なくない。

 それ故に、試合時間外も、緊張感が学院全体を包んでいる。


 勝負は、試合場だけにとどまらない。

 勝敗数の確認、出場選手の得意魔法の噂、新型デバイスの導入の話など――こうして周囲の喧騒に耳を傾けるだけでも、ちょっとした情報線が繰り広げられているのがわかる。


 ある者は牽制するように。ある者は威嚇するように。

 そんな腹に一物抱えたような空間は、ピリピリとひりつくようだ。


「くだんない」


 それらを聞きながら、キサキはどこかつまらなそうに目を細めていた。


 彼女は何かを振り払うように、乱暴にカレーうどんを啜る。勢いよく食べすぎてカレーの汁が飛び、メガネのレンズを汚してしまう。


「……むぅ」

「機嫌悪そうだな」

「そんなこと、ないけど」


 不満げに口をへの字に曲げながら、キサキはメガネのレンズを拭く。

 そして、気を取り直すように聞いてきた。


「それより、コウちゃんは大丈夫なの? その……昨日も負けちゃってたけど」

「マギクスアーツはもう諦めた」


 きっぱりと言い切って、コウヤはカツカレーのカツを一切れ食べる。

 そんな潔いコウヤの言葉に、キサキは目を丸くしたあと、怪訝そうに眉をひそめる。


「諦めるって、不戦敗にするってこと?」

「いや、試合は出るよ。いくら勝ち目がないって言っても、実戦経験は貴重だからな。月末からあるバディ戦の時のことも考えると、プレイヤーの情報は少しでもほしい。だけど、優先順位は少し下げるつもりだ」


 昨日の時点で、コウヤのマギクスアーツシングル戦の成績は、二勝八敗。

 予選は二十試合組まれているが、もう本戦出場はほぼないと考えていい。


 昨日までは全試合勝つつもりで戦略を立てていたが、コウヤに対して組まれた無茶なスケジュールでは、魔力配分を考えなければ勝てる試合も勝てなくなる。


 今日も午後から、マギクスアーツ二戦に、シューターズ五戦、レース二戦というスケジュールが組まれている。休憩時間などほとんどない、まさに連戦である。


「レースも昨日、二回最下位を取ったから、こっから先は厳しいと思う。だから、シューターズに全力投球するつもりだ」


 現在、コウヤはシューターズの試合を三戦しており、どれも得点一位で通過している。

 総得点は254点で、これまた一位。

 一試合に平均80点以上獲得しているので、かなり優秀な成績であると言える。


 そんな状態で迎えた四日目に、五戦連続という嫌がらせのようなスケジュールが組まれているのだった。


「シューターズの予選は、グループ戦による総得点数で決まるから、ここは手を抜く訳にはいかない。今日の五戦を終えると、全十試合中、八試合を終えることになるから、得点数によってはここで予選の結果が決まる可能性もある」

「……ねえ、コウちゃん」


 淡々と語るコウヤに、キサキは気遣わしげに上目遣いで言う。


「あたしも去年、予選では悪目立ちしたから、コウちゃんほどじゃないけど嫌がらせもあったよ。だから言うんだけど……。

「だろうな」


 キサキの言葉に、コウヤはあっさりとうなずく。

 マギクスアーツ以外のシングル戦の予選は、複数人が同時に試合を行う集団戦方式を取っている。

 ソーサラーシューターズの場合、一試合七人によるグループ戦の得点数で決まる。


 この時に問題になるのは、自分以外のプレイヤーが結託する可能性があることだ。


 そうしたズルは、海外でもよくあった。

 大抵は、一人の勝利役のプレイヤーのために、他のプレイヤーがラフプレーや妨害行為に走るというものだ。仮に、自分以外の全員が手を結んだ場合、直接攻撃が許されないシューターズではかなり厳しい戦いを強いられることになる。


「今だって、そこらじゅうからそういう取引じみた話が聞こえてくるからな。ったく、もうちょっと声を抑えながらやれっての」

「なんだかコウちゃん、慣れてるね。余計なお世話だったかな」

「いや、そういう話は参考になるからありがたいよ」


 コウヤは素直にそう答えてから、逆に尋ねる。


「ちなみに、キサキの時はどんな嫌がらせをされたんだ?」

「基本は、直接攻撃だよ。向こうは本気で霊子体を壊しに来るのに、こっちは反撃できないんだから、いいようにやられるだけだよね。あたしはそれに対抗して、現実の狙撃の技術とかを勉強したりしたけど」

「グループ戦だとフィールドが広いから、ステージによっては狙撃手の技術で隠密行動ができるもんな。霊子弾も人数分あるから、一人一発までなら直接攻撃が可能だし」


 すぐに言わんとする事を理解したコウヤに、キサキは少し不満げに唇を尖らせる。


「……む、その反応だと、コウちゃんもやったことあるな」

「お前ほど狙撃はうまくないから、五分五分って感じだけどな。でもまあ、キサキがやったことあるってのはいい情報だ。それをわかった上で、戦略を組み立てられる」


 冷静に言いながら、カレーを口にする彼を見て、キサキはなんとも言えない顔をする。


 不満そうな、それでいてどこか寂しそうな。

 じっと見つめてくる視線に、コウヤは気まずそうに言う。


「なんだよ。なんか言いたそう目をして」

「なんていうか、コウちゃん、変わったなって思って」

「そりゃあ、二年経つからな。俺からすると、お前もずいぶん変わったよ」


 そんなコウヤの言葉に、キサキは自信なさげに目を伏せる。


「……それは、悪い風に?」

「なんでそうなるんだよ」


 コウヤはクッとくぐもった笑いをあげてから、意地悪く口端を上げて言う。


「昔は黙ってりゃ可愛かったけど、今は黙ってりゃ美人になった」

「……コウちゃんはタラシになったよね」


 あまりに直球な言い様に、キサキは頭痛でもこらえるように頭に手を当てる。

 反応こそぶっきらぼうだが、微かに頬が紅潮していて、恥ずかしがっているのがわかる。


 あのキサキがそんな反応をしているのが可笑しくて、コウヤは思わず笑い声を漏らした。


「や、悪い。お前がふさぎ込んでるのが新鮮でな。なんだよ、オリエントに入ってから、ずいぶんおとなしいじゃねぇか」

「ふん。あたしだって成長するもん。いつまでもお転婆じゃないよ」


 頬を赤くしたまま、キサキはそっぽを向くように食事に集中する。

 そのすねたような態度が可笑しくて、コウヤはニヤニヤとしながらスプーンを口に運んだ。



 その時だった。

 ざわついている食堂の中で、わざと声を通すように、癇に障る大きな声が響いた。



「なんだ。そこにいるのは、じゃないか」



 茶髪にロン毛の軽薄そうな男子生徒。耳や手首にはアクセサリーを付けており、歩くたびにジャラジャラと音を鳴らしている。

 彼の後ろには、取り巻きらしい生徒が数人ついていて、クスクスと小馬鹿にしたように笑っている。

 その厭味ったらしい声は、一度聞いたら嫌でも印象に残る。


 三年・神夜カザリ。


 彼は男女四人の取り巻きを引き連れて、混雑している食堂の真ん中を堂々と歩いてくる。

 そして、コウヤとキサキの前に立つと、小馬鹿にしたような態度で前髪をかきあげた。


「おっと、取り込み中だったか? 連敗している可哀想な姿を見かけて、つい声をかけちまったよ。恋人といちゃついているところを邪魔して悪いねぇ」


 カザリの言葉に、取り巻きがドッと笑い出す。

 そんなテンプレのような悪意を向けられて、コウヤは呆れたように半目で見返す。


「えっと……もしかして俺らに言ってます? 神夜先輩」

「はぁ? 何その態度。連敗してる転校生なんて、お前以外に居ないでしょ」


 コウヤのその態度に、カザリは一気に不機嫌になったように顔を歪める。どうやら思い通りの反応が得られず面白くないようだ。


 情緒不安定かよと思いながら、コウヤは頭をかきながら言う。


「あー。いろいろ言いたいことはあるっすけど……まず、なんか用っすか?」

「はぁ? 用なんてあるわけ無いじゃん。僕が、お前みたいな雑魚に。ただ見かけたから声をかけただけって言ってんだろ?」

「そっすか。じゃあ、もういいっすよね」


 用の確認だけを済ませると、コウヤは興味をなくしたように手を上げて食事に戻る。


 そのそっけない態度には、先輩に対する敬意どころか、敵対相手に対する敵意すらもない。

 完全な無関心を前に、カザリは苛立ったように歯を噛みしめる。


「ふん! 女の前で恥かかないように必死じゃん。そりゃあそうだよな。だってお前、僕を相手に手も足も出なかったもんな」


 ほとんど負け惜しみのようなセリフだったが、カザリはしてやったりとでも言うように、愉快そうに笑ってみせる。


 そんな彼に言葉に反応したのは、まさかのキサキだった。


「……ねえねえ。コウちゃん」

「ん? なんだ」


 横にいるカザリたちを無視して、キサキはテーブル越しにちょんちょんとコウヤの袖をつまむと、小首をかしげて不思議そうに言った。


「あたしたち、いつから付き合っていることになったんだろ?」

「さあな。俺も初耳だから知らん」


 その二人の発言に、どよめいたのは周囲の方だった。

『お前らさっきまであんな会話しといて付き合ってないとかマジか』

『あんなイチャイチャしてて付き合ってないとかないだろ』

 と言った反応だが、当の本人たちは至って大真面目である。


 コウヤの言葉に、ホッとしたようにキサキは頬を緩ませる。


「良かったー。コウちゃんに知らない間に告白されてたのかと思ったよ」

「なんだよ。そんな言われ方すると、嫌われてるみたいじゃねぇか」

「うーん、嫌いじゃないしむしろ好きだけど、彼氏って感じじゃないっていうか……」


 真剣に悩むように腕を組んで考え込むキサキ。すると、なにかに気づいたように目をカッと見開いて、身構えながら言った。


「はっ、まさか、コウちゃんって今まで、あたしのことそういう目で見てた!?」

「安心しろ。俺もお前のことはきらいじゃないけど、女としては見れねー」

「だよねー」

「っていうか俺、彼女いるし」

「え!? なにそれ初耳!!」


 話の流れで見栄を張って、ついボロを出してしまった。 


 やってしまったと思った時には遅かった。

 眼の前の弾幕女は、目をキラキラと輝かせて、質問という名の弾丸を口にセットし終えている。

 弾幕は、その直後に張られた。


「ねえねえ彼女ってそれ誰? あたしの知ってる人? それともアメリカで出会った人!? は、まさか金髪美女! そういえばコウちゃん、年上のお姉さん好きだもんね。あ、でも逆に、ちっちゃい子だったりして。ねえねえどっちどっちどっち?」

「あーもう喚くな! わかった、わかったから落ち着けって」


 マシンガンのごとく立て続けに紡がれる言葉の雨に、コウヤはまず落ち着かせるように言う。

 しかし、その程度では湯水は止まらない。鼻息荒く生き生きと顔を輝かせながら、キサキは楽しそうに続ける。


「もう、こんなの落ち着けるわけ無いじゃん! コウちゃんったら、アメリカでシューターズだけじゃなくてちゃんと他のことも楽しんでるなんてずるいよぉ! いいなぁ恋人。憧れるなぁ。だからほら、誰か教えなさい! 写真とかないの?」


 弾幕娘の面目躍如といったところか、脇目も振らずにまくしたてるキサキの様子に、周囲は完全にドン引き状態だった。


 そんな中。


「……この、お前ら」


 話しかけた当人である神夜カザリは、苛立たしげにコウヤとキサキを睨みつける。

 完全に無視された形になった彼からすれば、この状況は全く面白くない。


 呆然としていた状態から我に返るやいなや、彼は憎らしそうに精一杯笑みを浮かべて言う。


「はん! 随分と余裕じゃないか。油断して、今日の試合で大負けしなきゃいいけどな!」

「ご忠告感謝しますが、シングル戦じゃ先輩とは当たりませんから、心配無用っすよ」


 キサキの猛攻を抑えながら、コウヤは疲れたように言う。

 やはりその態度が気に入らないのか、カザリは捨て台詞でも吐くように言う。


「ふん。一般出の魔法士もどきが勝てるほど、オリエントは甘くねぇよ。せいぜい、その仲いい女にでも助けを乞うんだな、転校生」

「……言われなくてもそのつもりっすよ」


 カザリは不機嫌そうに肩を怒らせて食堂を去る。

 その後を取り巻きたちが追う様子を見て、本当にテンプレみたいな絡まれ方だったなとため息をつく。


 さて。

 嫌味な先輩が居なくなったところで、厄介者はまだ残っている。


「コウちゃんねえったら! 彼女のこと教えてよ!」

「あーもううっさいな! 周りに迷惑だろ」

「迷惑だと思うなら、早く言ってよ。あたしだって好きで騒いでるわけじゃないんだから」

「好きで騒いでんだろうが」


 おてんば娘の久々の暴走を前に、コウヤはげんなりとする。

 神夜カザリの煽りに対する虚勢も解けたことで、かすかに油断したコウヤは、またしても気の迷いからキサキの望む答えを口にしてしまう。


「ハクアだよ、ハクア。あっちでそういう話になったの」

「ハクアちゃん!?」


 答えを聞いた瞬間、キサキの声の大きさが一段と大きくなった。

 やっちまったと思った時には遅かった。


「うそ、うそうそ! ハクアちゃんとコウちゃんが恋人! うわ、今すぐタカミに教えなきゃ! あとチハとアキラさんとシノブさんと……。そうだ! クロアさんにも教えてあげよ!」

「龍宮先輩はもう知ってるからいいって。つーか人の色恋沙汰を拡散してんじゃねぇ!」

「ねえねえ、どうしてそうなったの!? ハクアちゃんとどんな感じだったの!? 馴れ初めは? きっかけは? へぇ、あのハクアちゃんがコウちゃんと。うわぁ、ハクアちゃん、そういうの興味ない子だと思ってたからびっくりだ。なんだか、すっっっっごく嬉しいなぁ!!」



 そんな感じで。

 インハイ予選、勝負のかかった四日目の昼食時間は、慌ただしく過ぎて行った。


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