第10話 VS襲撃者
霊子庭園。
普段はウィザードリィ・ゲームを行うための擬似空間として使われることが多いが、その本質は、魔法による事象の改変を制御するためのシステムである。
先の異界との戦争の頃に、情報体だった異人たちと対等に渡り合うため、霊子転換技術が確立された。戦争が終結した今では、競技利用以外では、霊子災害の調伏の為に使われることがほとんどだ。
元が軍事利用の技術なので、もちろんその危険性は高い。そのため、日常において使用できる霊子庭園の魔法式には、厳しい規則が設けられている。
(任意外の人間を無理やり引きずり込む術式は、違法のはずだが……それとも、霊子庭園じゃなくて、ただの結界か?)
疑惑を確認するために、自身の身体を確認してみる。
生身と寸分違わない身体情報だが、それが魔力で作られた霊子体であることは、魔法士ならはっきりと分かる。強制的に転換されているので、自分が作ったものより、若干の違和感がある。身体が重たい割に、痛覚情報などは最大にまで上げられているようで、明らかに違法な式の組み方だ。
(庭園が展開されて、霊子体に転換されるまでほとんどタイムラグがなかった。結界による空間の隔離と、俺の魔力性質との同調、複製。……まずいな。相当の実力者じゃないと、こんな拉致じみたことはできない)
霊子庭園の展開や、霊子体の作製自体は、魔法士なら基本なので別段驚くことではない。問題は、他者を強制的に霊子庭園に引き込む技術の方だ。
施設内で一度登録されている身体情報を元に引き込むというのならば、相応の魔力さえあれば難しくない。しかし、こうしたパブリックスペースとなると話は変わってくる。
身に付けているものや、服装などは大抵再現されていたが、武器となる携帯デバイスなどは再現されていない。徹底的に武力を奪うやり方に、いやらしさがにじみ出ている。
(テンとの通話も切れてるか……油断したな)
コウヤだけを狙い撃ちしていたからか、テンカとの連絡も取れなくなっている。
完全に拉致された形になる。
(元々、霊子庭園は隔離空間だ。しかもこれだけの練度なら、外部との連続性は一切遮断されていると考えていい。テンの助けは、しばらく期待できないかもな)
霊子庭園は、物質界と情報界の狭間に作成された、情報空間である。
現実で起きる事象は、まず情報界を改変し、その結果が現実界へと投影される。そのプロセスを途中で区切ることで、現実への影響を操作するのが、『霊子庭園』の本質である。
故に、現実とのパスを切った霊子庭園は、完全に別次元に存在する異空間となる。
現実からは、そこに『ある』ことに気づくことすら難しく、また気づいたとしても、すでに作成された庭園に干渉するには、座標の特定と介入の技術が必要になる。
競技用の霊子庭園は、現実とのパスを繋いだ状態で展開するので座標は固定されているが、無作為に作られた霊子庭園は、宇宙空間に宇宙船をぽつんと浮かべるのに似ている。
もしテンカや他の人間が、コウヤが失踪した場所を突き止めたとしても、そこから霊子庭園にアクセスするための座標がわからないので、膨大な情報の海を地道に探す必要がある。それを考えると、助けが来るのは絶望的だろう。
(さて、どうしたもんかな)
拉致をされたという現状を認識した上で、コウヤは考える。
霊子庭園で起きたことは、多くの場合は現実にその結果を反映しない。
しかし、情報の投影を意図的にカットしなかったり、精神を深く傷つけるような真似をすれば、話は別だ。
例えば、霊子体と肉体の同調率を限界まで上げた状態で、両腕両足をもいで、その情報を現実に投影すれば、現実でも実際に手足がもげる。
また、消滅ギリギリまで拷問して精神に大きなダメージを与えたりと、競技以外での霊子庭園の利用は色々ある。現代では禁止されているが、それこそ戦時中は無法状態だったと聞く。
(こういう場合は、とっとと霊子体を消滅させてしまうのが最適解なんだが、さすがにそれを許しはしないよな……)
一応、身に付けているものを確認してみたが、見事に何もない。
霊子体の崩壊には、即死級のダメージか、構成魔力の喪失のどちらかしか方法がない。
一瞬で死ねる程のダメージを得るにも、霊子体の維持ができなくなるまで魔力を放出するのも、デバイスなしだと至難の業と言える。
デバイスなしでコウヤが組める魔法式は、どれも一工程から二工程。
それらを組むにも時間がかかるので、その間に敵に止められるだろう。
(となると、ちゃんと向き合ったほうがいいってことだが)
油断なく身構えながら、コウヤは正面を睨む。
「よう。お前らだろ。なんの用だ?」
少し離れた場所に、三人ほどの人影があり、先程からずっとこちらを見ていたのだ。
黒いローブで顔を隠した人影だった。
ローブはどうやら普通の衣類ではなく、魔法をかけた特殊なものらしい。容姿はおろか、体格すらも曖昧に見える。
おそらくは認識阻害。
正体を隠す目的だろう。
そんな人影が三人並び、こちらをじっと伺っている。
その他にも、数人の魔力の気配を感じる。
コウヤは魔力感応が低いのであまり正確ではないが、そんな彼にも分かるくらい、この空間には何人もの魔法士が存在する。
「お前ら、黙って見てないで何か言えよ」
魔力炉を励起させて、いつでも魔力弾を放てるようにしながら、コウヤは声をかける。
それに対して返ってきたのは、単純明快な答え――すなわち、周囲の人影全員が、魔法攻撃の準備をして、こちらを狙ってきた。
色とりどりの魔法が、空間を埋め尽くす。
火の弓矢、大樹の槍、水の剣、雷撃の斧、土の腕、風の刃、霊子の弾丸――
なるほど、問答無用というわけか。
「おいおい、丸腰の相手にちょっとやりすぎじゃねぇの」
身じろぎしながら、コウヤはそれらの攻撃をどう受けきるかを考える。
霊子体の感覚から察するに、痛覚は生身の状態と同じかそれ以上。下手に攻撃を受ければ失神しかねない。
競技用の庭園なら気を失えば生身に戻れるが、それを敵が許すとは思えない。霊子体が壊れ、擬似的な死を迎えるまで、なぶり殺しにされる可能性が高い。
(セット。『属性・霊子』――変換・一番『収束』二番『強化』)
魔力弾の準備と、簡単な身体強化。皮膚表面に魔力を張るだけの強化だが、生身で攻撃を受けるよりは多少マシだ。
「はっ。せめて口上くらいないのかよ。常識だろ?」
わずかでも隙を見つけようと軽口を叩くが、それに対する返答は、またもシンプルだった。
四方から魔法攻撃が襲い掛かってきた。
それを、コウヤは冷静に分析する。
(正面の方が、タイミングが早い。右後ろは一呼吸後。左の方はその後――!)
まず、大樹の槍と水の剣を左腕で受ける。地面から突き上げてくる大樹の槍を弾き飛ばして、水の剣を巻き沿いにする。強化を施した左腕が、ジンとしびれる。
それと共に、コウヤは右手に用意した魔力弾で、火の矢を迎撃する。
(次、雷撃と風!)
背後から迫る雷撃の斧には、近くにあったベンチを蹴り上げ、避雷針代わりにして防御。
木製のベンチが弾け飛び、火花が散る。
その時の風圧で、ついでに、風の刃も阻むことが出来た。
一呼吸遅れて、土の腕がコウヤを握りつぶそうと迫ってきた。
これは、分かっていた。
(これで、最後――)
コウヤは姿勢を低くしてそれを避けようとする。
その足元に向けて、左側から魔力弾が迫ってくる。それも分かっていたので、魔力弾で迎撃。魔力団がぶつかり合う衝撃の中へと飛び込むようにして、土の腕の攻撃をかいくぐる。
(くそ、第二陣の準備が始まってる。行けるか?)
魔法式を組み立て、魔力弾を二発分ストックする。右腕の周囲を、用意した魔力弾が浮遊し、いつでも射出できるように準備される。
コウヤは空振りした土の腕へと足をかけると、その上を駆け上がる。
そうして宙へと飛び上がり、右手に用意した魔力弾を握り込むと、二発続けて投球した。
正確な投球は、風を切って敵に迫る。
次の魔法を準備していた敵は、それに驚いて逃げ出す。
コウヤは地面に着地すると、すぐさま近くに居た敵の一人へと肉薄した。
「ひっ。『ライト』『グラヴィ――」
「遅い。『バレット』『ショット』!」
右手を銃の形にかまえて、簡易的な魔力弾を放つ。
小学生でも出来るような簡単な魔法だが、使う魔力量によっては、硬球並の打撃力が出る。
魔弾が命中した敵の一人は、起動途中の魔法を失敗させながら、地面に倒れ込む。コウヤはそこに馬乗りになって、フードを剥がす。
襲撃者の素顔が晒されるが、コウヤはそれに、眉をひそめる。
「――お前」
女……であるのはわかった。
しかし、顔かたちがはっきりと認識できない。
フードだけではなく、ローブ全体に認識阻害の魔法がかかっているのだろう。これを解くには、ちょっとした時間が必要だ。
できればここで敵の一人でも正体を知っておきたかったが――と思った所で、コウヤに馬乗りにされている女が、声を上げて合図をした。
「い、今だ!」
その声と共に、何か鋭いものがコウヤの身体を貫いた。
「ぐ、ぁあぁああああ!!」
激痛に思わず叫び声を上げる。
巨大な槍のようなものだった。
それはコウヤの背中から腹部を貫通し、さらには下にいるローブの女すらも貫いていた。
霊子体とはいえ、痛覚ダメージは通常と同じに設定されているためか、思わず意識を失うほどの激痛を覚える。
「は、はは。ざまあみろ!」
コウヤと一緒に貫かれた女は、にやりと口元を歪めると、そのまま霊子体を崩壊させて消滅した。
一方、コウヤの方は、未だ霊子体を保っている。
(く、そ。このダメージで霊子体が解けないのは、本気でまずいぞ)
ステータスにおける精神強度の項目が高いほど、霊子体を保つ能力が高い――という話があるが、この場においては、霊子庭園を展開した術者の設定によるものだろう。
見ると、傷口から漏れるはずの魔力が殆ど無い。あくまで生身に近い存在として、霊子体が設定されているのが分かった。
(まずい。痛みはともかく、この体勢だと、動けない)
背中から突き刺さった槍は、地面を貫いている。
深々と突き立てられている槍は、コウヤの姿勢からでは、力が入らずに抜きづらい。
その様子はすでに周囲も分かっているのだろう。
いつの間にか集まった敵たちが、身動きが取れなくなったコウヤに、第二陣の魔法攻撃を向けている。
「はっ。遠慮なしってわけか」
多種多様に輝く魔法式を前に、目をそらさず、最後まで次にどう動くかを考える。
もはや直撃は避けられないのだから、あえて受けて即死する。もしくは、重症の状態で木の破片を使って自害する。しかしその前に、黒フードの一人でも良いから、魔力の波長を覚えて記録して――
「ぁ、」
魔法が放たれる。
「ぎ、ぁ、がぁああああああああああああああああああああああ!!」
炎が皮膚を焼き、大樹が左腕を砕き、鋭い水が肉を断ち、雷撃が全身を焦がし、土石が右腕を潰し、風が足を切り裂き、魔力弾が頭部を砕く。
一瞬にして与えられた致命傷の数々に、うめき声すら上げる事ができない。
激痛に呼吸すらもわすれ、目をむきながら必死で意識を留める。
攻撃が終わっても、コウヤの状況は変わらない。
相変わらず身体は槍で地面に縫い付けられているし、全身は傷だらけでも、霊子体は崩壊の兆しも見えない。即死級のダメージだったはずだが、よっぽど魔力を使って作られた霊子体らしい。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
霊子体は無事でも、痛みを受けた精神の方は疲弊しきっている。息も絶え絶えになりながら、コウヤは懸命に焦点の合わない目を凝らし手前を見る。
「……おいおい。これで終わり、じゃねぇのかよ」
見ると、更に第三陣の魔法攻撃が準備されている。
どうやら敵は、とことんまでコウヤをなぶるつもりらしい。
肉体的な死のない、無限に続く暴力による拷問。
この空間を設定した相手は、相当慣れた手腕である。
「いいぜ。付き合ってやるよ」
コウヤは皮肉げに笑いながら、周囲に輝く魔法式の様子を眺め見る。
こんな攻撃を、死ぬことも許されずに何度も受け続けたら、普通なら発狂してもおかしくないだろうが――あいにく、こちとら修羅場なら、この一年で嫌というほど見てきたのだ。
少しでも手を抜けば――その瞬間、喰らい返す。
目を炯々と昏く輝かせながら、コウヤは周囲へと威嚇する。
その獣じみた闘争心に、敵は一瞬怯んだ様子を見せるが、すぐに気を取り直して、魔法を準備する。
再度、四方から魔法攻撃が迫る。
それらからコウヤは片時も目を離さない。
自分を地面に縫い付けている槍を壊す方法。一番近い敵への攻撃方法。この空間からの脱出方法。そして、敵の正体を暴く方法――一つでもできることがあるなら、その瞬間にでも試してやると。
そして、三度目の集中砲火を浴びようとした。
そこに――
「ストップです」
声とともに、コウヤの目の前に人影が現れた。
その人物は、優雅な仕草で立ち上がると、液晶型デバイスを持った腕を軽く奮って見せる。それとともに、コウヤの周囲を囲むように、木の幹がとぐろを巻いて生えてきた。
急成長した大樹は、暴力的に土埃を上げながら、まるで壁のように立ち上る。そして、こちらへと迫る魔法を全て防ぎきった。
その様子に、敵も、そして守られたコウヤすらも、目を丸くする。
そんな中、ただ一人。
コウヤの目の前に立つ、平然とした顔の少女の姿があった。
「こんな『過去』は、視てもつまらないです」
眉の上で水平に切られた前髪に、凛々しい顔立ち。ひとつひとつの立ち居振る舞いから、上品さと気品がにじみ出ている。
オリエントの女子の制服を着ているが、それがなければ、美少年と見間違えるような風貌である。
彼女は優雅に周囲を見渡すと、最後にコウヤへと振り返る。
そこでようやく、年相応――性別相応に、彼女はニコリと可愛らしく微笑んだ。
「お久しぶりです。コウヤさん。いえ、コウヤ先輩と、お呼びしましょうか?」
「……國見。お前」
國見キリエ。
神咒宗家の一つ、國見家のご令嬢。
ハクアいわく、『キチガイ女』の登場であった。
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