第8話 好敵手



「大活躍しているらしいな、鏑木」


 隣いいか? と確認をとってから、クロアはコウヤの隣に座った。


 彼とも二年ぶりになるが、以前にもまして精悍な顔立ちである。高校生というよりは、むしろ大学生と言われたほうがしっくり来るくらいだ。

 全身からにじみ出る貫禄には、確かな実力から来る自信が感じられる。


 岩のような体躯の圧力を感じていると、彼は楽しげに笑いながら言った。


「自然派の連中を相手に、随分大暴れしているって話じゃないか。聞いた名前だとは思っていたが、本当にお前だとはな」

「どんな話か知らないですけど、不可抗力っすよ。できれば平和に過ごしたいっす」

「はは! そうか。そりゃあ災難だな」


 気持ちよさそうに笑い飛ばす様子は、二年前とまったく変わらない。気のいい兄貴分という雰囲気に、どこか懐かしさを覚えた。


 彼は顎に手を当てながら、わざとらしくニヤけて見せる。


「妹がいつも世話になっているようで、礼を言わなきゃと思ってたんだ。俺は直接聞いてないが、あのハクアからのろけ話を聞かされたと、母が嬉しそうに話していた」

「まあ、成り行きと言うか……俺の方こそ、ハクアには、あっちでかなり助けられました」


 受け答えによっては藪蛇になる気配を感じたコウヤは、当たり障りのない返答をする。


 それに対して、クロアは「ほう、成り行きねぇ」とニヤニヤと笑いながらうそぶく。面倒なオヤジのような態度である。


 絡まれるのは嫌だったので、とっさに話しの矛先をそらした。


「あ、そういえば、あいつから伝言ですよ。『兄にあったらよろしく』、と」

「はは。どうせ『首を洗って待ってろ』というニュアンスだろ?」

「間違いないっすね」


 そう言い合って、互いに笑いあった。


 クロアの妹、龍宮ハクアは、長いこと兄にライバル意識を向けている。

 ハクアは中学時代、海外で武者修行をして帰国しては、毎度のようにクロアにマギクスアーツを挑んでいた。魔法の技術に関しては天才的な感性を持つハクアなのだが、その彼女に対して、クロアはウィザードリィ・ゲームで勝ち越しているのだ。


 妹と違い、特殊な異能など持たず、修練のみでのし上がったのが、この男だ。


 そんな兄は、自らの妹について、しみじみとしたようにコメントする。


「あいつは、実践という意味では学生やってる俺なんかより、遥かに上なんだがな。いかんせん、むらがあるというか、わかりやすい性格をしているんだ。だから意外と勝っちまう」

「たまには、負けてやったほうが良いんじゃないっすか?」

「まさか」


 肩をすくめながら、クロアはうそぶくように言う。


「すでにシューターズとレースじゃ敵わねぇんだ。兄の威厳としても、アーツだけは負けてやらねぇよ。こっちだって、このオリエントで前線張れるくらいに修練しているしな」


 意地っ張りというべきか負けず嫌いと言うべきか。クロアは敢えてそう口にする。


 才能で圧倒的に差がある妹に対して、負けないように常に自分を高め続けている。その結果が、昨年度インターハイにおける、全種目出場という結果だろう。

 それは、日本の魔法学府の中で随一の生徒数を誇るオリエントにおいて、快挙とも言うべき出来事だったと聞く。


「そういえば、龍宮さんもオリエントだったんですね。確か龍宮家の地元って、関東じゃなかったですか?」

「ああ。距離としてはテクノ学園の方が近いんだが、なにせ実家がうるさくてな。中央じゃないと許さないって言いやがるんだ。そういうお前は、どうしてオリエントなんだ?」

「キサキとの約束だったんすよ。ここで一緒に、シューターズの修業をするっていう。無事に入れて、ホッとしているところです」

「なるほどなぁ」


 腕組みをしながら、彼は不思議そうに尋ねる。


「しかし、前代未聞の転入生として話題だぞ。どうやって二年から入ってきたんだ?」

「正確には復学なんすよ。一年の時、試験には合格したんすけど、親に反対されて入学できなくて。籍だけ残して休学して、一年間でなんとか金策して、やっと入れた感じっす」

「はぁん。そりゃあ大変だったな。その結果が、海外での活躍だってことか」


 その辺りの話はやはり知っているのか、クロアは不敵に目を細める。

 そんな彼に、コウヤは頭を掻きながら謙遜する。


「別に、アマの大会で何回か上位入賞したくらいですよ。プロ相手にも挑戦してみましたが、ぜんぜん相手になりませんでした」

「謙遜するな。ジェーン杯なんて、伊達や酔狂で取れる大会じゃない。それに、あちらのアマの大会は、随分荒っぽいと聞く。ルール無用なアウェイの中、優勝という結果を出すってだけでも、すごい話だ」


 思いの外、クロアはコウヤを評価する言葉を重ねてくる。


 中学時代のジュニア大会では、顔を合わせるたびに話くらいはしていたが、はっきりと眼中になかったと思う。

 彼の興味はもっぱらのところキサキであり、自分など、おまけ程度にしか思っていなかったはずだ。


 そんな彼が、今、コウヤのことを意識した発言を重ねている。


「ここ一ヶ月の模擬戦、いくつかは見させてもらった」

「…………」

「バディとのコンビネーションも、ブランクがあるにしては様になっている。地道な訓練と、豊富な実践によって培われた、確かな実力だと思う」

「過大評価ですよ」

「なら、俺と勝負してみるか?」


 まっすぐに、クロアの視線がこちらを見る。


 その鋭い目つきには、相手を認めたがゆえの闘争心がこもっていた。

 その強い対抗意識こそが、龍宮クロアという少年の力の源なのだろう。


 敵意や悪意などではない、純粋な向上心からくる意志の強さ。それは、知人や友人などでは決して向けられることのない視線だ。


「二年前にも似たようなことを言ったが、今回も同じだ」


 クロアはコウヤの目を見ながら、淡々と言う。


「俺は今年、高校最後のインターハイだ。できる限りの競技で勝ちに行く。もちろん、お前が得意なシューターズでもだ」


 その衒いのない言葉は、ただありのままの本心をさらけ出している。


 彼は認めているのだ。

 龍宮クロアにとって、鏑木コウヤは好敵手にふさわしいと。


「……俺は」


 そんなクロアの挑戦に対して。

 コウヤはかすかに視線をそらしながら、思わず尋ねてしまった。


「キサキの代わりになれますかね?」


 思い返すのは、二年前の大会のことだ。


 あの時も、彼はそうやって宣戦布告をしてきた。

 あれは厳密に言えば、コウヤにではなく、キサキ個人に向けたものだったのだろう。あの時は、競うに足る相手はキサキだけだった。


 しかし、今はコウヤ自身に向けて、その言葉が向けられている。


 コウヤはちらりと、トレーニングルームの端にいるキサキを見やる。

 果たして今の自分は、あの時のキサキのようになれたのだろうか?


「比良坂のことは、正直に残念だ」


 キサキの話題を出したことで、クロアもまた、キサキの方を見やりながら言う。


「昨年のインハイでは、学内予選でも当たらなかったし、本戦では、俺の方が準決勝で負けたせいで一戦もできなかった。全盛期のあいつと勝負できなかったことは、悔いの一つだ」


 だが、と。

 クロアは腰を上げて立ち上がると、コウヤを見下ろしながら言う。


「それは過去の話だ。俺にとって、目の前にいるのは、『今』のライバルでしかない」

「過去、っすか」

「ああそうだ。終わってしまった、過去だ」


 重々しく頷くと、彼は胸を張って威勢良く言う。


「過去の悔恨を抱えて、今を蔑ろにするのは愚かなことだ。俺はお前を、全力をつくすべき相手だと思ったからこそ、こうして声をかけた。それだけは、取り違えないでもらいたい」

「はは。そこまで言われたら、光栄ですよ」


 二年前だったら、おそらく恐縮してしまっていただろう。

 けれども今は、憧れていた人に認められた喜びで、胸が沸き立って仕方がなかった。


「ファントムの方にも言っておいてください。二年前のようには行かないと」


 コウヤも立ち上がると、クロアへと向き合う。


「俺だけじゃない。テンだって、見違えるほど成長しました。――今度は、最初から弓を使わせるつもりでいきますよ」

「ああ。その意気だ」


 クロアが右手を差し出してきたので、それを握り返した。


 その大きな手のひらは岩のようだった。がっしりとつかみ合った後、互いに不敵に笑い合う。三年前からの知り合いのはずなのに、二人は今日はじめて、互いを認識しあった気がした。



 ※ ※ ※



 最後に、彼は気になることを口にした。


「こないだの日向との試合だがな。あれは、仕組まれたもののようだぞ」

「……? それ、どういう意味っすか」

「派閥には疎いから、俺にもよくわからん。だが、お前のことを快く思わない連中がいるらしい。ちょっとした嫌がらせだろうが、気をつけるに越したことはないだろう」


 それじゃあな、と。彼は手を降ってコウヤに背を向けた。


 インターハイの予選は、6月頭から7月中人にかけて行われる。

 その時まで、何事もなければよいのだがと、コウヤは嘆息を漏らした。




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