第7話 魔法学府の日常



「キヨネちゃん? うん、知ってるよ。すっごくシューターズうまい子だね」


 キサキに遠宮キヨネについて尋ねると、如何にもらしい答えが返ってきた。


「お前らしい答えで安心したよ」

「む、ソレどういう意味かな?」

「そのまんまだっつの」


 相も変わらずシューターズが基準なキサキの様子に、コウヤは苦笑を漏らす。


 コウヤの態度に不服そうに唇を尖らせたキサキだったが、すぐに表情を緩めると、人差し指を頬に当てながら考えるように首を傾ける。


「んー、でもあんまり話したことはないんだよね。クラスも違うし、選択教科もあんまり被ってないから」

「それにしてはアイツ、随分お前を敵視してたぞ」

「え? そうなの?」

「自覚なしかよ」


 キヨネがうまく隠しているのか、それともキサキが鈍感なだけなのか。

 どちらにせよ、間に挟まれることになったコウヤからするといい迷惑である。


 コウヤは小さく息を吐きながら、魔力回復促進のドリンクを口に含む。


 トレーニングルームの端のベンチに、コウヤとキサキは座ってだべっていた。現在は実技の講義中であり、体育館くらいの大きさのルーム内では、あちこちで魔法器具を用いて訓練に勤しむ生徒たちの姿が見える。


 実技内容は、『魔力放出訓練』。

 デバイスを用いずに魔力を扱う科目の一つで、体内の魔力を様々な条件で外に出して操作することを目的とした実技である。


 デバイスの利用に慣れた現代の魔法士にとって、デバイス無しでの魔力操作は難易度が高いと言われている。そのため、実技科目の中でも得手不得手が大きく出る科目である。


 コウヤはすでに一通り課題をこなしてきたのだが、その様子を見ていたキサキが、感心した様子で言った。


「これ、一年の時にみんなつまずいた科目なのに、コウちゃんすごいね。この調子なら、すぐにでも試験受けて良いんじゃない?」

「一年の科目の取り直しなんだから、あんま自慢には何ねーけどな」

「でも、去年単位落とした人たちも一緒だから、結構二年生多いよね」


 額の上に手のひらをかざして、キサキは遠くを見るポーズを取る。

 彼女の言う通り、ルーム内には二年のジャージを着ている生徒がたくさんいる。取得可能学年が一年からというだけで、科目自体は全学年受けることが出来る辺り、大学のような授業形式だ。


 オリエント魔法研究学院の授業形式は、選択単位制である。

 学年ごとに指定された共通科目は強制的に受講となるが、それ以外の選択科目は好きに選ぶことができる。選択科目はどの年次でも受けることが可能で、その獲得単位数によって、卒業時の魔法ライセンスや専門が変わってくる。


 コウヤの場合、休学していた一年分の単位は多くが未取得になっているため、今期では取れるだけの授業を申請していた。


 コウヤが目指すのはゲームプレイヤーとしてのライセンスなので、実習系の単位を多く取る必要がある。現実の戦場に出るつもりはないが、高等部での単位取得では、霊子庭園での活動が主となるため、戦闘訓練もいくつかとっている。


 そうした実習科目の内、コウヤはすでに三つの単位を、今期に入って取得していた。


 オリエントで行われる講義は、どのタイミングであろうと、修了試験に合格すれば単位取得となる。事前試験には別途予約が必要だが、そこで合格してしまえば、あとは講義に出る必要がなくなるので、余暇が増えることになる。


 無論、事前試験は相応の難易度なので、決して生半可な実力で通過できるものではない。


「――って、脅されたもんだけど。これも試験予約しとくかな」


 少し拍子抜けした様子で、コウヤは小さく笑ってみせる。


 実技の講義中は、トレーニングルームの機器を自由に使って練習をすることが出来る。用意された魔法器具は人工知能が備わっていて、生徒の実技について逐一評価してくれる。もちろん担当の教師からの指導を受けることも可能だし、一人で黙々と自主練するのもいい。


 とりあえず三十分かけて、単位取得条件である六つの放出条件を一通り行ってきたのだが、どれも大した苦労をせずに行うことが出来た。


「この辺は、さんざんハクアとやったからなぁ」

「ん? ハクアちゃん?」


 小首をかしげるキサキに、コウヤは苦笑しながら頷く。


「あっちでハクアと会っていたって言っただろ? あいつの目的が武者修行だから、それに付き合っていろいろやってたんだよ。そのおかげで、随分成長できたんだけど」


 何気なくぼやいてしまったが、正しくは『付き合わされた』である。


 あれはスパルタだったと、遠い目をしながらコウヤは小さく息を吐く。

 そもそもハクアは無茶しがちなやつなので、それに付いていこうとすると嫌でも危険な目に遭う。まずい怪我をしたのも一度や二度ではなかった。


 しかし、実践に勝るものはないと言うべきか。ハクアとの武者修行のおかげで、この一ヶ月、オリエントの実技の大抵が、楽に感じてしまうのである。


「ふぅん。ハクアちゃんか……」


 その話を聞いたキサキが、どこかつまらなそうにぼやく。

 彼女は短い黒髪の毛先をいじりながら、目を細めている。その横顔はどこか寂しそうで、不意に見せた意外な一面に、コウヤはどう反応して良いかわからなくなった。


 たじろぐコウヤに対して、キサキはすぐに表情をもとに戻すと、あっけらかんとした様子で尋ねてくる。


「そういえば、ハクアちゃんは向こうでライセンス取ったんだよね? もしかして、もうすぐプロデビューとしかしちゃうのかな?」

「あ、あぁ。とりあえずマギクスアーツで、スポンサー探しをするって言ってた」


 急に変わったキサキの態度に動揺しつつ、コウヤは思い出すようにしながら答える。


「向こうだとフリーのプレイヤーも多いけど、やっぱスポンサーが居た方が活動しやすいらしいんだ。でも、ハクアはまだ、ゲームプレイヤー専門でやるか、実践魔法士になるか迷ってるって言ってた」

「そっか。実践魔法士になるなら、自国での軍事訓練が必要だけど、ハクアちゃんもこっちに戻ってくるのかな?」

「進路について話してた時、大学部に一時入学できれば、って話はしてたな」

「じゃあ、その時は一緒に通えるかもね」


 どこか楽しそうに笑いながら、キサキがそんな未来を語る。


 そんな話をしている間に、実技時間が終了した。生徒たちがぞろぞろと移動をし始めているのが見える。


 この教室では、次に予定されている講義は『魔力変換・上級』。

 各属性を組み合わせた四工程以上の魔法を扱う講義になる。取得可能学年は二年からになっているが、難易度が高いため、多くの学生が三年時に受講する科目だ。


 移動時間がもったいないという理由で、コウヤはこの講義も取っているが、流石に難易度が高いため、合格まではもう少し掛かりそうだった。


 ちなみに、キサキはこの科目を受講していない。

 彼女は実技にふさわしくない制服姿のまま、その場に立ち上がって大きく伸びをする。


「さって、じゃあそろそろ、手伝いに行ってくるね」

「無理すんなよ」

「分かってるよー。それじゃ、またあとでねー」


 言いながら、キサキは駆け足で教師の方へと向かっていった。

 彼女はそのまま教師とニ、三言話をした後、ルーム内にある増幅器アンプに魔力を注ぎ始めた。


 その様子を見ながら、ポツリとコウヤはつぶやく。


「……ほんと、無理すんなよな」


 キサキは今年、実技科目のほとんどを受講していない。

 一年時にある程度取得しているため、余裕があるとは言っていたが、だからといって何も受講しないのは、後々苦しくなるはずだ。


 それにも関わらず受講していないのは、目の後遺症が原因だった。


 暴走してしまった魔眼。

 それは、下手に魔力を注ぎ込むと、また制御不能になる可能性があるらしい。今は薬で自律神経を整えているため安定しているが、それがいつ崩れるかわからないのだそうだ。


 だから彼女は、激しい魔力行使が必要な実技系に対して、ドクターストップを受けているらしい。医者の指定するリハビリが完了するまで、実技科目を受けられないのだという。


 しかし、そこで困った問題が、魔力をまったく消費しないのもまた、体にとって毒であるということだ。

 特にキサキは魔力量が多いため、溜め込みすぎると暴走を誘発する可能性がある。医師からは、指定した魔法式で毎日魔力を消費するように言われているのだ。


 そこで、講義で使う霊子庭園用の魔力を提供することで、キサキは一部の単位を仮取得出来るように学校側と話をしたのだそうだ。

 そのため、キサキは二年に入ってから、講義のない時間はたいていトレーニングルームを行き来している。


 好きな魔法競技も出来ず、それどころか訓練すらも禁止され、魔力タンクのような扱いを受けている彼女を見て、思うところがないわけではない。


 けれども、それを口にするのは、あまりにも彼女に対して残酷だと思った。


「さて、俺もそろそろ準備を……」


 このまま考え込んでいたら気が滅入りそうだったので、無理やり思考を打ち切って立ち上がると、次の講義の準備に入る。


 そこに、声がかけられた。


「よう、鏑木」


 低い声色でありながら、軽快な雰囲気の声に、どこか懐かしさを覚える。

 振り返ると、精悍な顔立ちをした一年上の先輩が立っていた。


「龍宮さ……いえ、龍宮先輩。お久しぶりです」

「おいおい。そんなにかしこまらなくて良いんだぞ」


 居住まいを正したコウヤを見て、彼――龍宮クロアは、二年前と変わらぬ堂々とした様子で笑ってみせた。



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