第二章 陰謀渦巻く魔法学府

第6話 ふくいいんちょ




 霊子庭園を四人のプレイヤーが走っている。


 ステージは現代の市街地を模した五百メートル四方のフィールド。民家が立ち並ぶ空間を、プレイヤーたちは縦横無尽に駆け回る。


 協議の内容は、メイガスサバイバー――魔法を使用したバトルロイヤルで、最後の一人になるまで戦い合うというものだ。

 公式競技ではバディ戦が主となるのだが、今は模擬戦なので、魔法士だけで行われている。


 その参加者の一人――鏑木コウヤは、家の塀を軽く飛び越えると、そのまま屋根伝いに駆け抜ける。手には散弾ショットガン型デバイスを握り、立て続けに背後に向けて魔力弾を撃ち出す。


 それを追うように、すぐ後ろからプレイヤーが迫る。


「そっちに逃げたぞ!」


 叫んだのは、コウヤと同じクラスの委員長、佐奇森ヤナセだった。

 彼はコウヤが撃った魔力弾を棒状のデバイスで弾いて、他の二人に指示を飛ばす。


 その言葉に従うように、同じくクラスメイトの二人が、空中に跳び上がった。


 茶髪を逆立てたヤンキー風の少年、油井あぶらいケンジと、色白で線の細い優男風の少年、天上院てんじょういんルイ。二人の手にはそれぞれ攻撃用のデバイスが握られており、すでに魔法式が起動している。


 遠間から誘導を仕掛けるヤナセと、遊撃するケンジとルイ。


 その様子は、四人のバトルロイヤルと言うよりは、一対三の多人数戦と言った方が正しい。


「『疾風の槍刃』!」

「『プロミネンス・ブラスト』!」


 二人が、それぞれ四工程の魔法を放つ。

 凝縮された疾風に、紅炎の竜巻。

 二方向から放たれたその魔法は、屋根に飛び移ったコウヤに迫る。


 まず、疾風がコウヤの足場を砕いた。


 鋭い風によって屋根は粉々に破壊され、その衝撃でコウヤの身体は空中へと放り出される。そうして空中で身動きが取れない所を、紅炎の高熱が焼き尽くさんと迫る。


 無防備に受ければ、間違いなく霊子体は致命的な損傷を受けるだろう。

 だが――コウヤはそれを、真正面から受けた。


「『偏向する青き外套オーバーデフレクター』!」


 彼の首筋につけたサブデバイスから魔力がほとばしり、彼の全身を包む。


 それは、青いマントだった。


 魔力で編んだマントで体を覆い、魔力攻撃の軌道をそらすという二工程の魔法である。

 直撃に対する耐久性こそ低いが、うまく弾くことができれば、例え五工程クラスの魔法でも、最低限の魔力消費で回避することが出来る。


 その青い外套を使って、コウヤは吹き付けてくる紅炎を見事に払いあげる。

 チリチリと火花が散り、周囲の空気が焼ける匂いが漂う。


 紅炎の直撃を回避したコウヤは、すぐさま片手で散弾型デバイスを構える。


「『発射ファイア』!」


 強烈な反動と共に、強化魔力弾が発射される。

 魔力の塊はレーザーじみた弾道を描きながら、目にも留まらぬ勢いで空間を突き抜ける。


 それを無防備に受けた茶髪の男、油井ケンジは、頭部を吹き飛ばされて霊子体を消滅させる。


「な!」


 ケンジの消滅に目を丸くした天上院ルイが、目を丸くして一瞬足を止める。


 その一瞬の間は致命的だった。


 コウヤは地面に着地しながら、振り向きざまに散弾型デバイスをルイの方に向ける。

 そして、先程の意趣返しとばかりに、ルイが立っている民家を破壊してその足場を崩す。


「く、このぉ!」


 ルイは足元を魔法で爆発させて、すぐ隣の民家の屋根へと飛び移ろうとする。すんでのところでそれは成功し、彼は炎をまといながら空中を飛び上がる。


 だが、そこまでだった。


「そいつは悪手だ、天上院」


 小さくぼやきながら、コウヤは体を半回転させて散弾ショットガン型デバイスの銃口を向ける。


 跳び上がったルイに向けて、コウヤは立て続けに魔力砲をぶっ放す。着地点を潰すように放たれた魔力レーザーは、ルイの身体を細切れにした。


 その結果を見送りながら、コウヤはすぐさま駆け出す。

 残るは一人。


「いくぞ、佐奇森!」

「はは! 受けて立つぞ、鏑木!」


 待ち構えるのは、長い棒を構えた佐奇森ヤナセだった。


 身の丈ほどもある棒は、デバイスなどではなく、本当にただの六尺棒だ。しかし、彼の手首に付けられたメインデバイスは、その棒に対して次々に魔法を付与していく。


 銀縁のメガネをきらめかせながら、彼は棒術を駆使して魔力を伴った衝撃波を放ってくる。

 体術を組み合わせた魔法攻撃は、空間を裂きながら疾走する。


 それを、コウヤは『偏向する青き外套オーバーデフレクター』を使って弾いていく。

 その一撃ごとに、青いマントはその面積を小さくしていくが、コウヤは気にせず突進を続ける。


 一度たりとも直撃は受けず、無傷のままコウヤはヤナセの懐に飛び込んだ。


「ち、ちくしょ」

「勝負アリだ」


 ニヤリと笑いながら、コウヤはヤナセの直ぐ側で散弾型デバイスの銃口を上に向ける。

 それはヤナセの顎に突きつけられ、数秒後、強力な魔力砲を発射する。


「ぐ、『防御ガード』!」

「『撃てファイア』」


 至近距離で魔力レーザーを受け、ヤナセの頭は吹き飛ぶ。

 やぶれかぶれで張られた魔力障壁も突き破り、的確にその頭部を破壊した。



 ※ ※ ※



「だぁ! 負けだ負け! くっそ、やっぱ強いな、鏑木っち」


 模擬戦終了後。

 生身に戻った四人は、トレーニングルームの端に固まって、休憩がてら反省会を開いていた。


 油井ケンジが子供のように床に寝転がって悔しがっている。ヤンキーじみた男が子供っぽいことをやっているので、思わず全員から苦笑いが漏れる。


 それをなだめながら、天上院ルイがおっとりとした調子で尋ねてきた。


「ほんと、三対一だったのに完敗だったよ。僕の炎を防いだあのマント、どういう魔法なの?」

「魔力を消費して、攻撃の方向をそらすってやつだ。魔法式自体は二工程だから、直撃を受けるとすぐに壊れるんだが、うまく受け流せれば、僅かな魔力消費で回避できる」

「ニ工程? それじゃ、ほとんど体術で避けてるんじゃないの?」


 ルイが目を丸くして驚きを見せる。それに、コウヤは曖昧に笑いながら、「まあな」と頷く。


 それを聞いて、佐奇森ヤナセがメガネを拭きながら呆れたように言う。


「まあなって、軽く言ってくれるんだもんな」


 彼は苦笑しながら、手に持った六尺棒をヒュッと突きつけると、冗談めかして言う。


「こんにゃろ、シューターズ専門って言ってたくせに、普通にマギクスアーツだって強いじゃねぇか。多分、うちの学年の中でもトップクラスだぞ」

「そうか? さすがにもっと強いやつはいるだろ」


 褒められながらも、コウヤは懐疑の念を抱きながら言う。


「俺の魔法は、あくまでシューターズ用に調整したもんだから、対人戦の対応は弱いぞ。実際、挑まれた模擬戦でも何回か負けてるし」

「それが不思議なんだよな」


 寝転がっていたケンジが、ひょこっと唐突に体を起き上がらせて言う。


「鏑木っちは、時々防御がすげぇ手薄な時があるじゃん? 物理にしろ概念にしろ、二工程くらいの魔法ならあっさり見破るくせに、大工程の魔法を食らってころっと倒される。あれどうなってんだよ」

「シューターズは基本的に直接攻撃がないからな。大工程になると必ずマイナスポイントが入るから、どうしても二の次になるんだよ」


 特に、身体に直接影響を与える魔法は、ちょっとしたことで霊子体に傷を入れてしまうので、マイナス点を恐れるプレイヤーは避けがちだ。それを敢えてやる、というのも戦略ではあるが、それを平然とやれるのはプロの極一部だろう。


 そんな話をしていると、ヤナセがニヤニヤと笑いながら絡むように言う。


「その割には、あの青いマントみたいな魔法作ってんだなぁ。おいおい、あんなもん、直撃受けないシューターズのどこで使うっていうんだ? えぇ?」

「あれはまあ……ちょっと別件でな」


 苦笑を漏らして、コウヤは曖昧にはぐらかす。


 そうして、互いの使った魔法について、情報を交換する。

 さすがにオリジナルの魔法式まで話すことはないが、それぞれの戦略やテンプレートの魔法式の使い方などは、今後の戦略に活かせる部分もある。


 復学して一ヶ月。

 最初の週に、日向アラシとの模擬戦に勝利して以来、コウヤは学内でかなり注目を集める学生になった。


 はじめの頃は、嫌がらせに近いような模擬戦の申込みが多く、その度に辟易していたのだが、三連勝もした頃には周りの見方も変わってきた。

 ズルをして入ってきた転入生という評価が覆り、むちゃくちゃ強い二年生が突如として現れた、という評判に変わったのだ。


 おかげで、表立って敵意を向けられることは少なくなったが、その代りに、腕試しの模擬戦を挑まれることが多くなった。


 コウヤとしてはシューターズの試合をしたいのだが、模擬戦といえば基本的にはマギクスアーツである。勝率は七割と悪くないが、大したことない相手にころりと負けることもあり、学内で奇妙な評価を受けるようになっていた。


(テンとのコンビネーションの練習には悪くないけど、やっぱ戦い方がぜんぜん違うからな。マギクスアーツ用の戦略も組み上がってきたけど、そろそろシューターズもやりたい)


 テンカとのバディも、二年のブランクがあるとは思えないほどに洗練されてきた。


 互いに成長したがゆえに、やれることの幅が格段に広がっており、次々と戦術を試すのが楽しくて仕方がないのだ。


 ――ちなみに、そんなテンカは、今は自宅待機中である。

 何やら企んでいるらしく、「夜まで帰ってこないでくださいまし」などと言っていた。一体何をするつもりなのかわからないが、追求しても仕方ないので放置している。


 なので今日は、野郎たちと放課後の時間を過ごすことにしたのだ。


 今の時刻は六時過ぎ。

 テンカの言う夜というのがどのくらいなのかわからないが、そろそろ帰宅の準備を始めても構わないだろう。


 そう思って、口を開こうとした時だった。



「ちょっとあなた達。もうすぐ下校時刻なんだけど?」



 個室で区切られたトレーニングルームの入り口に、女子生徒がひとり立っていた。


 三つ編みポニーテールの、気が強そうな少女だった。

 腰に手を当てて仁王立ちしている彼女は、不機嫌そうな顔を隠そうともせずに、唇を尖らせる。


 そんな彼女に、ヤナセがヘラヘラと笑いながら手を振る。


「よ、いいんちょ! 今日も元気だな」

「委員長はアンタでしょうが! 私は副委員長!」


 間髪入れずに叫んでから、彼女は噛み付くように文句を言う。


「っていか佐奇森、アンタまたデータ回収のメール送り忘れてたでしょ。おかげでうちのクラスだけ統計取れてないって怒られたんだから。それに、インハイの予選申し込み! 告知は昨日からって聞いたんだけど? それもやってないよね!?」

「あ、わりぃわりぃ。忘れてたわ」


 憤然として身を乗り出す少女に、ヤナセは軽く笑いながら答える。その適当な態度に、少女は余計に機嫌を悪くして、目つきを鋭くする。


 遠宮とおみやキヨネ。

 コウヤたちのクラスの副委員長。――しかし、先程の様子から分かるように、実質的な雑務を行っている少女だった。


 彼女はぷりぷりと怒りを口にしながら、トレーニングルーム内に入ってくる。


「佐奇森だけじゃなくて、あなたたちも。機材の返却は六時半、鍵は七時までなんだけど、どうするの? まだ続けるつもり?」

「いや、今日はもうお開きにするつもりだ。わざわざ悪いな、遠宮」


 コウヤが素直にそう言うと、キヨネは「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。


「私は委員の仕事をしているだけよ。そこの棒術男が何もしないからね」

「おう。いいんちょーがいつも頑張ってくれてるおかげで、俺は楽できてるぜ」

「ぶっ殺すぞわれ」


 ギロリと睨むキヨネ。

 どすの籠もった声に、ヤナセは「ひゃあ」と冗談っぽく言いながら、ケンジとルイの後ろに隠れる。よせばいいのに、そうやって挑発するから、キヨネの額には今にも切れそうな血管が浮かんでいる。


 この二人、話によると幼馴染らしく、このやり取りもよく見られる光景である。


 最初のうちは本当に険悪そうだったのでハラハラしたものだったが、何度も見せられると慣れてくるもので、またやっているとしか思わなくなってしまった。


 そうやってコウヤが苦笑していると、キヨネが三つ編みを揺らして小さくため息をこぼす。


「ほんともう、男子はこれだから」

「すまない。遠宮に迷惑かけるつもりはなかったんだ」

「別に。鏑木くんに迷惑はかけられてないから」


 怒鳴りつけた手前、素直になれないのか、キヨネは罰が悪そうに頬を掻く。

 そして、なんとなしに壁際の方によると、設置された増幅器アンプの方を見やる。


「霊子庭園の設定は、メイガスサバイバー……か」


 含みのある声でそう言いながら、彼女は増幅器に接続されているデバイスに手を伸ばす。


「シューターズじゃないんだね」


 ぽつりとつぶやかれる言葉は、なんとも言えない感情が込められていた。

 彼女が無造作に手に取ったのは、コウヤの拳銃型サブデバイスだ。


 何をするつもりかと、首を傾げたコウヤに、キヨネが背を向けたまま言う。


「ねえ、鏑木くん」

「ん? なんだ」

「比良坂さんから聞いたんだけど。あなた、シューターズ強いらしいね」

「……キサキほどじゃないけどな」


 不意に出てきたキサキの名前に動揺しつつ、コウヤは本心からそう言う。

 それに対して、キヨネは。


「そう」


 と、小さく呟いた後。

 デバイスから手を離して、コウヤを真正面から見据えた。


「だったらあなた、

「……? 何が言いたいんだ、遠宮」

「別に。ただ、比良坂さんみたいな落伍者より弱いんでしょう。だったら、張り合うほどでもないかなって思っただけ」


 努めて軽い口調で言いながらも、キヨネは真っ直ぐにコウヤへと視線を向けている。


 その目は、どこか睨むようだった。

 挑発的な言葉に似合わないその視線に、コウヤは怪訝な顔をする。そんな彼を見上げながら、キヨネは意図的に強い言葉を使いながら煽る。


「比良坂さんも馬鹿よね。たかが試合で再起不能になるまで頑張るなんて。ウィザードリィ・ゲームで後遺症が残るような戦いをするなんて、プレイヤーとして失格もいいとこだよ。あんなの、どうせ無事でも長続きしなかったに決まってる。一年の時にでしゃばって目立つから、バチが当たったんだ」

「………」

「目の後遺症も、表向きは事故ってことになっているけど、ホントのところはどうかしら。生身に後遺症が残るような呪詛なんて、普通持ち込むものじゃないし。彼女、他の学校からも不興を買ってたんじゃないの? 魔法の実力もたいしたことないくせに、シューターズばかりで煩わしかったし。ね、鏑木くん。あなたも彼女のこと知っているなら、分かるでしょう?」


 ひとしきり悪口をまくしたてたキヨネは、最後にコウヤに同意を求める。

 それは、本当に同調してほしいわけではなく、むしろ反感を期待しての問いかけだった。


 そのあからさますぎる挑発に、トレーニングルームにいる全員がしんと静まり返る。ヤナセ達が、どうすれば良いのかわからずに、動揺しているのが見えた。


 ただ一人、その悪意を向けられたコウヤは。


「ああ、そうかもな」


 と、あっさりとそれを聞き流した。


 あまりの手応えのなさに、キヨネは目を丸くする。

 そんな彼女を見下ろしながら、コウヤは肩をすくめながら出来る限り軽く言う。


「気は済んだか、遠宮。だったら、そろそろ片付けしようぜ」

「……なんで怒らないの?」


 穏やかに場を収めようとするコウヤに対して、キヨネは不服そうに口端を歪める。

 コウヤはそれに、小さく息を吐きながら答えた。


「今、遠宮はキサキの悪口を言ってたんだろ? だったら、怒るべきなのはキサキであって、俺じゃない」

「幼馴染が馬鹿にされても、気にしないってこと? 随分薄情なんだね」

「そりゃあ、気分は良くねぇよ。でも、あからさまな挑発に乗るほど浮ついてないだけだ。」


 嫌そうに肩をすくめながら、コウヤは手を振って拒絶の意思を見せる。


「人のためとかいって、自分勝手な感情を発散させるのは、傲慢だろ? そういうのは嫌いなんだ」


 キサキのために怒ってやれるほど、コウヤは彼女の事情を詳しく聞いていない。

 彼女がどれだけ苦しんで、どれだけ思い悩んだかは、彼女だけの感情だ。それを勝手に想像して、侮辱されたと激高するのは、おこがましいにも程がある。


 ここで簡単に感情を発散して、彼女の気持ちを汚すのは嫌だった。


「遠宮がどういうつもりで俺を挑発しているのか知らないが、喧嘩売りたいなら、もうちょっとまっすぐやってくれ。俺に向けた侮辱なら、いくらでも受けてやる」

「……そう。なら言ってあげる」


 ずいっと一歩を踏み込んで、直ぐ側に近寄ってから、キヨネはコウヤを睨みあげる。


「私、鏑木くんのこと、嫌いみたい」

「そうか。俺も、あんまり好きじゃないみたいだ」


 苦笑しながら答えたコウヤに、キヨネも、「ふっ」と小さく笑みをこぼす。


 キヨネはさっと後ろに下がって距離を取る。

 緊張に張り詰めていた空気が弛緩していくのを感じて、そばで見ていたヤナセたちがほっと息を吐いた。


 キヨネはビッとヤナセを指さして言う。


「あなたたち。六時半までに鍵を返す。そして七時までに下校。分かった?」

「お、おう」

「よろしい。じゃ、さよなら」


 言いたいことを言って、清音はあっさり背を向けると、トレーニングルームを去っていった。


 あとに残された男たちは、嵐のような展開にあっけにとられるしかなかった。


「いやあ。すごかったな。いつもああなのか、遠宮って」


 気の抜けた様な声でコウヤが言う。

 そんな彼の態度に苦笑しながら、ヤナセが教えてくれた。


「ま、気の強いやつではあるけど、普段は理不尽に怒ったりするやつじゃねーな。けどまあ、今日のは、鏑木が比良坂のお気に入りって聞いたからだろうな」

「ん? 俺がアイツのお気に入りって、どういうことだ?」


 自分が比良坂のお気に入りと言うのはどういう意味だろうか。


「そりゃお前、一年前から比良坂はお前の話してたからな。『コウちゃんはすごいんだよ』ってな。みんな話半分に聞いてたが、実物がこれだと考えりゃ、あながち間違いじゃなかったな」

「……いや、キサキの知ってる俺は、素人もいいとこだったはずだが」


 コウヤが実力をつけたのは海外に居た間であり、久良岐魔法クラブに居た頃は一人で魔法式も組めないようなズブの素人だった。それなのに、随分な過大評価である。一体、キサキはどんな風に自分を見ていたのかと、疑問が増えるばかりだった。


 難しい顔をしているコウヤに、ヤナセが苦笑しながら続ける。


「遠宮は去年、シューターズのインハイ予選で比良坂に負けてるんだよ。あいつもどっちかと言うとシューターズを専門にしようとしてたから、対抗心燃やしてたんだ」

「ははぁ。なるほど」


 対抗心を燃やしていた相手に負けて、リベンジの機会すらも奪われたのだ。

 そのくすぶった感情をぶつける先を求めていて、コウヤに喧嘩を吹っ掛けようとしていたのか。


 納得したコウヤに、ヤナセはどこか余裕のある態度で言う。


「遠宮はそんなに強くないけど、厄介だぞ。気をつけろよ、鏑木」

「へぇ。厄介、ってのは?」

「勝ち気で、負けず嫌い。その上、粘り強いんだ」

「あぁ。それは確かに厄介だな」


 笑いながら、コウヤは入り口に目を向ける。


 去っていった清音の後ろ姿を思い出す。

 その小さな背中に、別の少女の面影が重なって見えた。

 負けん気が強くて、常に自分の想像上の兄と張り合い続けた少女。ドコにでも似たような人間はいるものである。


 遠宮キヨネ。


 その実力はわからないが、いつか対戦することになるだろうと思った。



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