第3話 再起不能の少女
弱体視の魔眼。
Aランクカニングフォーク。
見つめた存在の情報を解析、分散させ、情報密度を低下させる魔眼。
それは、ただ『視る』だけで、対象を脆くさせるというとんでもない能力だ。
むろん、過ぎた能力には対価がある。
超能力とは、『
キサキの場合は、目にマナを集中させ、現実の改変を行っている。そのたびに、強力な情報圧によって目には負荷がかかり、酷使すれば、脳髄が擦りきれていくような痛みが走る。
常時発動できるようなものでは決して無いので、使い所を考える必要がある。
だからこそ、彼女はその魔眼を、適切な場所でしか使っていなかった。
幸い、彼女の魔眼は、カニングフォークとしてのランクこそ高いものの、オンオフができる代物だった。そして、魔法クラブで丁寧に訓練を重ね、完全に使いこなしたつもりでいた。
「すべてが狂ったのは、去年のインハイの話でね。彼女が準決勝であたった相手が、ちょっと良くない相手だったんだ」
数年ぶりに会話をしたチハルは、電話越しであるにもかかわらず、かつてと変わらない声色でコウヤに事情を説明してくれた。
「相手は、修験陰陽専門学校の二年で、名前は
「陰陽専科……呪術系の
「そ。自然派の中でもかなり保守的で、『穢れ』とか『災厄』をモチーフとする神話系呪術をモチーフにしている家だね。まあイメージ通り、神咒宗家の中でもあんまりいい印象のない魔法を使う」
チハルは、言葉の端々にトゲを感じさせる口調で言う。
「彼は自身の魔法で大地を汚染して、自分のファントムが戦う上で有利なフィールドを作っていたんだけど、負けそうになった時、サッちゃんの魔眼に呪詛を流しこんだんだ」
勝利のためではなく、彼女へダメージを与えるためだけにされた攻撃。
霊子体の時に負った傷は、ほとんど生身に反映されることはない。たとえ即死級のダメージを負っても、ちょっとした立ちくらみや軽い後遺症が残るくらいで、基本的には大事になることはない。
しかし――マナによる、魂魄そのものに与えられた傷は、例外だった。
マナを利用した魔法は、体内の魔力であるオドを利用した時よりも強力になる。とは言え、魔法士がそれを魔法式に変換した時点では、同じ魔力となり、多少強力な魔法となるだけで、いつまでも引きずるような後遺症を追うことはない。
だが、魔法式によって変換されていない、純粋なマナは別である。
「魔眼を使おうとした時に、その汚染されたマナを目に取り込んだんだ。はっきりと、相性が悪かった。それによって、サッちゃんの魔眼は暴走して、制御不能になってしまった」
情報密度を操作する魔眼は、存在を削り取る死の瞳に変わった。
目を開けば対象を虫食いにし、際限なく情報を抹消していった。視界が開いている間は自動的に大量の魔力を消費し、脳髄は処理オーバーを起こしてパンクしかけた。
結局、準決勝は勝ったものの、決勝は棄権することになったという。それゆえの、準優勝という成績だった。
そのあと魔法医の調整によって、暴走そのものは抑えられたものの、彼女の視力はかなり落ちたという。さらに、魔眼の制御もあまり効かなくなっているので、目を使えば使うほど、暴走の危険がつきまとうというのだ。
このままでは、失明の危険すらあるという。
そんな状態では、他の競技ならともかく、的を狙わないと行けないシューターズは、絶対に不可能だろう。
それ以来、キサキはシューターズの試合を一回もしていないのだそうだ。
「久しぶりの話なのに、こんな話しか出来ないのは残念だけどね」
「いや。悪かった。真っ先にお前に聞いたりして」
キサキの現状を聞かされて、コウヤは気を重くしながらもなんとかそう答えた。それと共に、これからキサキと会う時に、どうすれば良いのかわからずにいた。
そんな彼に、チハルはかつてと変わらぬ飄々とした声で、見透かしたように言う。
「ふふ。どうせ、タカミやテンカちゃんは詳しく話してくれなかったんでしょ? その点、僕は口が軽いからね。なんだって答えちゃうよー」
相変わらずの口の軽さを見せるチハルは、あえて戯けるようにしたあと、ふと、冷めたような口調で言う。
「でも、気を使っているのか知らないけれど、二人もバカだよね。……どうせいつか知る出来事なんだから、本人に合う前に知っておいた方がいいって、僕は思うけれどね。その方が、サッちゃんを気遣う準備ができるはずだし」
その声の冷ややかさに、コウヤは釘を差されたような気がした。
おそらく、チハルは暗に『キサキを苦しめるな』と言っているのだ。キサキが第一なのも、相変わらずといったところか。
「そう……だな」
かろうじて、コウヤはそれだけを口にした。
キサキと会った時、どんな反応をすれば良いのか。その答えは、すぐには出そうになかった。
「さて、と」
重い空気を払拭するように、あえて明るくチハルが言う。
「ゴールデンウィークにでも帰省するから、その時にでもクラブで会おうよ。帰国と、ジェーン杯の優勝祝いをしてあげる」
「ありがとよ。お前も、頑張ってるみたいだな。ワイズマンズレポートの問題採用おめでとう」
ワイズマンズレポートという競技は、魔法現象を元にしたパズル問題を解き合うゲームだ。その問題はかなり厳正な審査があるのだが、そこに、チハルは出題権をもらったのだ。
昔から頭の切れるやつだったが、しっかりと成長しているらしい。
コウヤの祝福に、
「はは。あんなの、まぐれだよ。実際、出題権を得た問題なんて、こっちの学校に入学した神童に簡単に解かれちゃったし。今度のインターハイで出す予定だったのに、先に解かれちゃってやる気なくすよ」
「神童? なんか聞いたことあるけど、テクノ学園に行ってんのか」
「そそ。ハクアちゃんが目の敵にしてたやつね。あ、そういえばね――」
それからしばらくは、旧交を温めるように近況を伝えあった。
電話を切った後、コウヤは寮のベッドにゴロンと寝転がって、天井を見上げる。
「はぁ……何もかもってわけには、いかねえんだな」
一人になると、嫌でもいろんな事を考えてしまう。
寮に入れたので、家賃などは気にしないで良い。生活費も、奨学金の余剰分でなんとかなるので、あとはちょっとしたバイトで小遣い稼ぎをするだけでいい。
憧れて、約束を果たすために、戻ってきた。
自分が将来どうなりたいというのも、まだあまり意識できていない。アメリカでシューターズの大会で上位入賞していた時は、プロにでもなろうかと思ったが、あくまでアマチュアの試合である。色々と正攻法でない方法を覚えてしまったので、それが表舞台で全て通用するとは思っていない。今後どうなるかは、ここでの研鑚次第だ。
比良坂キサキ。
自分の憧れであり、がむしゃらに追いかけてきた少女。
彼女の再起不能の話は、予想以上に堪えた。
果たして、彼女と再会した時、どんな態度を取れば良いのだろうか。
本来なら嬉しいはずの再会は、心に重たい重しをおろしていた。
※ ※ ※
翌日。
とうの彼女は、こんな態度をとってきた。
「わぁ! コウちゃんだ! ほんとにほんとにコウちゃんだ! ひっさしぶり! 元気にしてた! うわぁ。オリエントで会えるなんて、夢みたいだよ!」
次の講義のために教室移動をしていた所で、キサキの方からコウヤを尋ねてきたのだ。
コウヤの噂を聞いて、飛んできたらしい。
抱きつかんばかりの勢いでコウヤの手を取り、ブンブンと振ってみせる。
あまりのハイテンションっぷりに、コウヤはタジタジとする。
「お、おい。お前、人目が」
「そんなの気にすること無いじゃん! だって嬉しいんだもん。ああ、二度と会えないかも、なんて思ってたのに。聞いたよ、コウちゃん、向こうでシューターズの大会に出てたんでしょ? しかも、ジェーン杯の優勝! それ聞いた時、びっくりしたけど嬉しかったんだよ。頑張ってるんだなって、思ってたんだ」
まさか、キサキの方からシューターズの話題を出してくるとは思わなかった。
反応しづらそうにしているコウヤを見て、ようやくキサキも察したのか、少し落ち着きを取り戻しながら、恐る恐るといった様子で聞いてくる。
「……やっぱり、もう知ってるよね?」
「ああ。その……なんだ。大丈夫、なのか?」
そんな表現しか出来ない自分が恨めしかった。
二年ぶりに会った比良坂キサキは、綺麗だった髪を短くして、メガネを掛けていた。目をしっかりと覆うような大きなメガネで、淵の部分がピンクなのが、精一杯のおしゃれといった感じだった。
あの綺麗な長髪も、琥珀のような輝く魔眼も――今は見ることが出来ない。
コウヤがジロジロと見ているのが分かったのだろう。
キサキは、メガネを触りながら、なんでもないことのように言う。
「視力の矯正って意味もあるんだけど、どちらかと言うと魔眼の保護の方が強いの。これなら、ふとした時に発動しても、効果がかなり抑えられるから」
「そう、なのか……」
「もう! そんな辛気臭そうな顔しないでよ」
バシンっ、と。コウヤの背中を叩きながら、キサキは安心させるように言う。
「確かに、目を酷使できないから、シューターズは遊びでしかできなくなったけど、ウィザードリィ・ゲームは他にもあるしね。最近は、マギクスアーツの練習をしてるんだ。視覚を魔法で補助しながら、なんとか戦えるように考えてるの」
――あたしと一緒に、
そんな風に、思いつめた風に言っていた少女は、新たな道を見つけようとしている。
「あたしの魔法士生命は、まだまだこれからだよ」
必要以上に意気込んで見せる姿が、コウヤの目には、空元気のように見えてならなかった。
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