第2話 懐かしい人々
久良岐魔法クラブへの道すがら、二人で旧交を温めた。
「わたくしは、一年前には目をさましていましたの。五月だったので、寝過ごしたかと怯えたものですわ。まさかコウヤの帰国がこれほど遅れるとは、思いもしませんでしたが」
「わりぃ。色々面倒があったんだ」
言い訳になるのを実感しながら、コウヤは頭を下げる。
続けて、待ってくれていた神霊に向けて、心からの感謝の気持ちを伝えた。
「ありがとう。俺を待っていてくれて。すっげぇ嬉しい」
「う……なんですの。昔に比べて随分と素直じゃないですこと。そんなにおだてても、なんにも出ないんですからね!」
ぷいっと、照れ隠しに顔を背けてみせるテンカ。
彼女の方こそ、外見がかなり成長したからか、かつての刺々しさが随分減ったように感じる。
それでも、たまにこうして子供っぽいしぐさを見せるのが、かつての彼女を思い出して可愛らしく、どこか安心できた。
「さあ! つきましたわ。おかえりなさいませ、コウヤ!」
魔法クラブに到着するなり、テンカは晴れやかな笑顔でそう言った。
まずは久良岐比呂人に挨拶を行う。
文書でのやり取りは何度も行ってきたが、こうして会うのは久しぶりだった。アメリカに居た頃は、親と冷戦状態になったせいで、国際通話などの高額料金がかかる手段がほとんど使えなかったのだ。
コウヤの姿を見た久良岐は、好々爺らしい穏やかな笑顔で迎えてくれた。
「無事、復学できてよかったね、鏑木くん」
「久良岐さんのおかげです。本当にありがとうございました!」
久良岐には、オリエントとの書面上の手続きの殆どを代理で行ってもらっていた。それどころか、今回日本に戻ってくるにあたって、後見人としての役割も担ってもらっている。彼が居なければ、奨学金を借りることも、寮に引っ越しすることも出来なかっただろう。
「通える距離では無いが、オリエントとうちはそう遠くない。何かあれば、いつでも相談に来なさい。私にできることなら、いくらでも力になってあげよう」
「何から何まで、本当に感謝しかありません」
「なに。こっちも下心はある」
そこでニヤリといたずらっぽく笑って、久良岐はウインクした。
「なにせ、あの大会で優勝するキミだ。いずれプロになった時、うちの看板になってもらわないといけないからね」
「はは。責任重大ですね」
苦笑を漏らしながらも、コウヤは胸を張って答えた。
「期待に答えられるように、精進します」
「ふふ。楽しみにしているよ」
そうして、久良岐は職員室に戻っていった。
あとに残されたコウヤは、テンカと一緒にロビーで過ごす。
その間にも、クラブには会員が次々と顔を見せてきた。見知った顔の大人の人は、コウヤの姿を見る度に嬉しそうに声をかけてきてくれた。
「おや、君はもしかすると鏑木くんじゃないか。帰ってきたんだね。元気にしてたかい?」
「シノブさん。ご無沙汰しています。無事に帰ってきました」
メガネを掛けた優男、柳シノブが、コウヤの姿を見るやいなや、楽しそうに近づいてきた。
「随分向こうで揉まれてきたみたいだね。成長期というのもあるだろうけど、顔立ちがまったく違う。ありていに言って、男になった。酸いも甘いも噛み分けたって感じだね」
「あはは。わかります?」
「うんうん、分かるとも。それで、初体験は年上かい? 年下かい?」
ニヤニヤと尋ねるシノブの言葉を聞いて、コウヤに寄り添うようにして隣りにいたテンカが、顔を真っ赤にして動揺した。
「な、何を言ってますのこの変態メガネは! こ、コウヤ! こんな男の冗談に構っちゃいけませんわ! シッシ!」
ムキーッと毛を逆立てて威嚇するテンカを見て、シノブは「あはは」と笑いながらさっと身を引いた。相変わらず身のこなしの軽い男である。
彼は軽く手を振って、身を翻しながら言う。
「ま、暇があったらまた顔を出しなよ。夕薙さんも会いたがってたからね」
「アキラさんは元気ですか?」
「うん。今は北海道に遠征って言ってたかな。もうちょっとしたら帰ってくると思うから、その時は君に連絡するよ」
「ありがとうございます」
そう言って、シノブはトレーニングルームに向かっていった。
暫くの間、そんな感じで、クラブの旧知の会員と旧交を温めた。
※ ※ ※
クラブの会員たちとの再会も一段落ついた所で、テンカが口を開く。
「それで。お姉さまから話は聞いてはいますが、念のために尋ねますわ」
こほん、と。
仕切りなおすようにして、テンカは尋ねた。
「コウヤは、オリエントに通うってことで良いんですのね?」
「ああ。今日、復学の手続きをしてきた。だから、今からでも正式にバディ契約は結べる」
魔法学府に通っている時点で、魔法士としての資格は手に入る。
無論、正式には卒業してからになるのだが、在学中であっても、仮免許状態で魔法士として扱われるのだ。
これまでのような仮の契約ではなく、本当の意味でバディになれるのだ。
「なら、すぐにでも契約をしましょう」
それを聞いたテンカは、すぐさま右手を差し出してきた。
「わたくしのこの身を、貴方様に任せます。どうぞ、存分に使ってくださいな」
「ありがとう。俺も、お前に負けないように頑張ろう」
互いの魔力を行き渡らせた後、デバイスを介して情報を共有する。
これにより、正式にバディとしての契約を行った。
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○冬空天花
原始『停止冷原』
因子『氷雪』『棘』『固定』『吹雪』『熱』 因子五つ・ミドルランク
霊具『白雪湯帷子』
ステータス
筋力値E 耐久値D 敏捷値B 精神力B 魔法力B 顕在性C 神秘性C
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テンカのステータスが表示される。
休眠の効果か、一気にステータスは跳ね上がっていた。
何よりも瞠目するべきは、その因子数である。
もとは『氷雪』と『棘』の二つしかなかったのが、『固定』『吹雪』『熱』という三つもの因子が増えている。
ファントムの強さは、因子の数に比例する。原始から派生した因子は、多ければ多いほど、できることの範囲が広くなるのだ。
マジマジとステータスを見るコウヤに、テンカは得意気に言う。
「かつてのわたくしと思ってもらっては困りますわ。この一年、遊んでいたわけではありませんの。このクラブでお手伝いをしながら、しっかりと研鑽を積んだんですわ」
昔とは比べ物にならない胸を張るテンカ。
確かに、色んな意味で、成長したらしい。薄い着物の上から、精一杯主張する膨らみは、女性らしさを感じた。
そんなところに、呆れた声がかけられた。
「なーに言ってんだかこの子は。お客さんが居ない時は、いっつも冷蔵庫でゴロゴロくせに」
「お、お姉さま!」
ビクリと体を震わせて、テンカは背後に目をやる。
そこに、矢羽タカミが立っていた。
二年前と変わらず、健康的な肢体を見せつけている。時の流れを感じさせない元気そうな様子に、コウヤは思わず顔を綻ばせる。
「お久しぶりです、タカミさん」
「やあ。久し振りだね。コウヤくん」
にこやかに表情を緩めながら、彼女はすぐ側のベンチに腰掛ける。おそらく休憩時間なのだろう。リラックスした様子で、タカミは楽しそうにコウヤを見る。
「すごく背が伸びてて、びっくりしたよ。体つきもがっしりしているし、なんだかすごく大人っぽくなっちゃって、かっこ良くなったね」
「ありがとうございます。タカミさんも、相変わらず綺麗ですね」
「あらやだ。お世辞までうまくなっちゃってる。あっちの生活は刺激的だったみたいね」
冗談めかしていっているが、まんざらでもないのか、タカミは照れてみせた。
そんな二人を見て、テンカは少しだけ唇をとがらせる。
「こ、コウヤ! お姉さまに色目を使って、どういうつもりですの。わたくしにはそんなこと、言ってくださらなかったのに」
「なんだよテン。嫉妬してんのか?」
「そ、そんなつもりじゃありませんわ! ただ、随分と口が上手くなったと思っただけですの」
「心配しなくても、お前もすげぇ綺麗になったよ。正直、見惚れたくらいだ」
「見惚……っ」
直球な言葉を向けられて、「きゅぅ」と言った風に、顔を赤くするテンカ。容姿に似合わず、そうしたところはまだまだうぶらしい。
真っ赤になったテンカは、そっぽを向きながらまくし立てるように言った。
「か、からかわないでくださいまし。もう、これだから海外になんて行くの、わたくしは心配だったんですわ。随分とプレイボーイになられましたこと。どうせ、あちらでガールフレンドの一人や二人作ってきたんでしょう? この女たらし」
「あー。まあそういうこともあったかな」
「あったんですの!?」
必要以上に驚いてみせるテンカ。どうやら本気で気になるらしい。
「そ、それじゃあ、シノブの言うことは本当だったんですの……?」
「…………」
「にこやかに笑って誤魔化さないでくださいまし!」
ショックを受けて顔を真っ赤にしているテンカが面白くて、ついつい冗談を続けたくなったコウヤだった。
もっとも、事実としてはそんなに楽しい話ではない。まるっきり嘘というわけではないが、あまり甘い展開はなかったといえる。
というか、そんな暇、まったくなかったと言っていい。
あったとしても、バイト先の金髪の姉ちゃんに可愛がられ、もとい玩具にされたくらいだ。
そんな話を冗談めかしてしたのだが、思いの外、テンカは本気にした。
「やっぱり乳ですの……乳ですのね。成長したとはいえ、わたくしはまだ着物が似合う体型ですの……。もっと、ぼん、きゅっ、ぼん、を目指さないといけないですわ……」
「な、何かなテンカちゃん。私の胸を見て」
恨めしそうに胸部を見るテンカに、たじろぐタカミだった。その様子を、コウヤはくつくつと笑いをこらえて見ていた。
懐かしさに、気が遠くなるような気持ちだった。
そんな話をしていると、瞬く間に時間が経っていった。
「それにしても、聞いたわよ、コウヤくん」
アメリカでの生活の話の延長で、タカミが小さい子を褒める姉のように目を輝かせて言う。
「ジェーン杯。優勝したんだって? おめでとう! 本当にすごいよ」
「運が良かったんですよ。でも、うん。ありがとうございます」
謙遜をしながらも、素直に称賛を受け取る。
ジェーン杯。
シューターズのアマの大会であり、賞金規模と参加枠がかなり広い、アマとしては最大規模の大会である。年末に行われるのだが、これに参加するために、世界中から参加者が集まってくる。
アマチュア限定とはいえ、世界規模の大会なので、当然だがレベルはかなり高い。本来なら、未成年の子供が優勝できるような大会ではなく、だからこそコウヤの優勝はかなり注目を集めた。
この大会で、日本人が優勝したのは、コウヤを除けば、過去一回。朝霧トーコという魔法士が優勝したきりである。
「正直、最初は嘘だと思ったのよね。だって、いくらコウヤくんが頑張ったって言っても、実力が違いすぎると思ったもの。だから、試合の映像を見た時はびっくりしちゃった」
「そうですわ。わたくしも、別人じゃないかと何度も見直しましたもの。一体、この二年で何があったんですの?」
「それはまあ、おいおい……。ただ、あの優勝は本当に運も良かったんスよ。優勝候補とは殆ど当たらなかったですし、最後まで魔力の温存が出来ましたし」
実際、大会中は何度も負けると思ったし、相手のミスによって拾えた勝ちも多かった。そうしたギリギリの戦いで、なんとか最後まで勝ち残った感じだった。
だからこそ、その結果を誇りはしても、自慢はできないと思っていた。
「シューターズといえば」
あまり大会の話を続けたくなかったコウヤは、そこでふと、今まで話題にしていなかった人物のことを思い出した。
「キサキは最近どうしてます?」
本当なら、帰国したらすぐ聞きたかったことだが、中々尋ねるチャンスがなかった。
「昨年のインハイ、バディ戦が準優勝だったって話は聞いたんですけど、まだ会えていないんですよ。相変わらず、シューターズばかりやってるんでしょ。やっぱり、オリエントからこっちに通うのは大変だから、あんまり顔を出していないんですかね?」
個人的な連絡はあまり取っておらず、もっぱら魔法クラブを介した情報でしか、近況は知らないのだった。
学院でも、今日は初日だったので慌ただしく、彼女の姿を見ることはできなかった。
早く会いたいと思いながら、期待を込めてタカミに尋ねたのだが。
「……そう、だね」
とうのタカミは、非常に困ったような顔色をしていた。
それはテンカも同じで、どこか言いづらそうに顔を曇らせている。
そのただならぬ様子に、さすがにコウヤは怪訝な顔をする。
「あいつに、なんかあったんですか?」
「何かあった、と言えばあったんだけどね。……あの子ね」
タカミの口から語られた言葉は、耳を疑うものだった。
「シューターズ、もう出来ないのよ」
――魔弾の射手になって、待っている。
そう約束した少女。
常に、自分の前を歩んでいた、何よりも目標としていた少女は、いつの間にか、道を踏み外してしまっていたのだった。
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