第4話 極寒娘のデレ期到来
キサキと再会した日。
二年の空白を埋めるように、二人は遅くまでファーストフード店で語り合った。
最初は戸惑いを覚えたものの、話し始めるとあとは昔の感覚が蘇ってくる。それぞれの二年間について、話せるだけのことを話した。
無論、話せない問題もある。
特に、キサキが聞きたがっていた、海外でのウィザードリィ・ゲームの大会については、あまり突っ込んで話すとまずい内容もあったので、ぼかすことも多かった。まだライセンスを持っていないアマチュアの大会では、知名度がある大会でも裏では問題が多く、何が起こったか表沙汰にされづらい。
また、キサキの方も、やはり去年のインハイについては、あまり踏み込まれたくないようだった。そうした所は、お互いに探るようにして、踏み込みすぎないように気をつけた。
そして九時が過ぎる頃。
女子寮の門限の時間があったので、名残惜しみながら別れた。
「大丈夫だよ。また明日から、毎日会えるんだから」
「……ああ、そうだな。また、明日だ」
その挨拶をまた出来るようになるとは思っていなくて、思わず感慨深く思ってしまった。
さきにキサキを女子寮へと送り、そのあと男子寮へと向かう。
オリエントには学校指定の寮が幾つかあり、コウヤが入寮した『朝澄寮』は学校から一番遠い場所にあった。
寮までの夜道を歩く。二十分ほどの距離のはずだが、道に不慣れなので、携帯端末の地図アプリとにらめっこしながら歩いていた。
「………」
気のせいだろうか。
妙に視線を感じる気がする。
(敵意……までは感じない。ただ観察されてるだけか? ……くそ、落ち着かないな)
日本に帰ってきて、そういう殺伐とした感覚とは無縁になったと思ったのに、帰国二日目でこれである。
「まあ、向こうより治安が悪いってことはないだろうけど」
小さく呟いてから、自嘲げに笑みをこぼす。
ちなみに去年は、夜道を歩こうものならもれなくストリートギャングたちによる襲撃という名の送迎付きだった。シューターズの大会で賞金稼ぎまがいの活躍をするようになったため、逆恨みやら金銭目的での襲撃が多くなったのだ。
後から調べたところによると、コウヤの情報を流していた人物が居たらしく、おかげで荒事の経験値は異様に高くなってしまった。
「こういう時、ジュンさんの感知能力が欲しくなるな」
復学二日目にして問題を起こしたらまずいよなぁと思いながら、コウヤはできるだけ人目の多い道を選んで歩いた。
その日は、何事もなく寮に戻ることが出来た。
昨日は結局、入寮した直後に久良岐魔法クラブへと向かい、夜遅くに帰ったため、荷解きもほとんど終わっていない。さすがに少しくらいはしておきたい。
もう九時半なので、最低限寝床を確保するだけでいいか、と物臭なことを考えながら、電子ロックを外し、扉を開けた。
その時。
「待ちくたびれましたわよ。まったく、一体どこで油を売ってましたの、コウヤ」
雪原の神霊が、玄関口に正座していた。
冬空テンカ。
白装束の二十歳くらいの女性が、ふくれっ面で待っていた。
「……えっと」
言葉に困るコウヤに、彼女は「どうしましたの?」と怪訝な顔を返す。小首をかしげている様子は、品があって可愛らしい。
しかし、どんなに可愛くても現時点では不法侵入の不審人物だ。
「いや。お前、なんでここにいるの?」
「なんでもなにも」
当然のことでも言うように、澄ました顔でテンカは答える。
「バディなのですから、一緒にいた方が良いに決まっているではありませんの。だからこうして尋ねてきたのに、当の主は不在だなんて、ひどいですわ」
「ここ、結構頑丈な電子ロックだけど、どうやって入ったんだよ」
「普通にバディ証明を提示して、管理室で霊子点検を受けたら、入れてもらえましたわ」
「警備が頑丈なのかガバガバなのか、わかんねぇな」
身内とは言え、勝手に部屋の鍵を開けられるのは、プライバシーもあったもんじゃない。
頭を抱えながら、さてどうしたもんかと部屋に入る。
ワンルームのキッチン付き。
部屋の広さは八畳くらいで、風呂は共同。寮の一人暮らしという意味では十分だが、それは男子寮だからという意味で、そこにファントムとは言え、仮にも女性がいるのは、いかがなものか。
「問題ないと言われましたわよ? まあ、女性ファントムがバディの生徒は、この寮では珍しいと言われましたが」
「やっぱ珍しいんじゃないか。どうすんだよ俺、明日から冷やかされちまうぞ」
「そんなの、異性バディにつきものな悩みじゃないですの? わたくしは一向に構いませんわ」
「いや構うだろ」
むしろ構えと、軽く頭を抱えながら言う。
「男だらけの中だぞ? ファントムと言えど、仮にも女だろ? いろいろ不都合があるんじゃないのか?」
「別に、大した問題じゃありませんわ」
あっさりと言ってのけたテンカは、どこか得意げに胸を張りながら、当然のことのように言う。
「何度も言っているでしょう? わたくしはコウヤの側にいられれば、なんの問題もありませんわ」
「…………」
あまりにも直截なその言い方に、思わず口ごもる。
まったく、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。
ベッドに腰掛けながら、照れ隠しに頭をかく。
二年も待ってくれていたバディからの言葉は素直に嬉しいが、かといって周りの目が気にならないわけではない。
「はぁ。せめて姿が、子供の方だったら、妹とかでまだ言い訳できるんだがなぁ」
「ま、失礼な」
心外そうに、テンカはぷくっと頬をふくらませる。
「頑張って成長しましたのに、その言い方はないんじゃないですの?」
「大人の女と同棲とか、明らかにまずいだろ……」
「十歳の小学生と同棲も、十分まずいと思いますわよ」
冷静に考えると、どっちもアウトだった。
結局この問題については、毅然とした態度で「異性バディと暮らしていますが、何か?」と居直るしか無いと結論が出た。そもそもやましいところなどないのだから、平然としているのが一番である。
そう結論づけて、ひとまずこの話題は終わりとし、荷解きを始めた。
テンカにも手伝ってもらいながら、なんだかんだと楽しく夜を過ごす。まだネットもテレビない部屋なので、彼女がいなければかなり寂しかったかもしれない、と後から思った。
「よし。そんじゃそろそろ寝るか」
日付が変わり、荷解きも程々に、明日の準備をして休むことにした。
復学二日目もなかなかハードな一日だったが、なんとかやっていけそうな気がした。
「じゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさいませ、ご主人様」
「ご主人様って、どこで覚えたんだよそんなの」
もはやノリノリのテンカに、コウヤは苦笑しながら軽口を返す。
そうして、今日一日の疲れ感じながら、ゆったりとベッドに横たわったときのことだった。
――ひんやりとした感触が、頬をなでた。
心なしか、目端に白いもやが立っているようにも見える。春の夜半は冷える日も多いが、それにしても冷え過ぎである。
「……あの、テンカさん?」
「はい? どうかいたしましたの、コウヤ」
我慢できずに目を開けて名前を呼ぶと、目の前にテンカの顔があった。
ニコニコと笑っている雪の神霊を前に、コウヤは真顔で問うた。
「なんでお前まで寝てんの?」
コウヤに寄り添う形で、同じベッドにテンカが寝転がっていた。
同衾である。
二十歳くらいの色白美人お姉さんが、同じベッドに同衾していた。
「嫌ですわ。ベッドは一つしか無いのですから、当然ではありませんの」
クスクスと、いたずらっぽく笑う姿は、十歳くらいの姿の頃から全く変わってない、いたずら好きの困った少女のものだった。
それにしても、この距離感の近さはなんだろうか。
昔の彼女は、なんていうか、もっとこう、ツンケンしていたと言うか、人に懐かない一匹猫のようなプライドがあったものだが――目の前のだらしない表情の女からは、その時の気高さは微塵も感じられなかった。
「ほらほらぁ。せっかくの初夜ですわ。ゆっくりと温め合いましょう。わたくし、こんなに冷え切っているんですのよ? 温めてくださいまし?」
いやお前のそれは元からだろと。
明らかに狙ってやっているその様子を見て、コウヤは突っ込む気力も起きずに、頭を抱えることになった。
相手は人間とは違う種族だし、厳密にそういう行為が出来るわけではないが、しかし――姿形は人間のそれだ。そうである以上、コウヤとて健全な男子なので、やましいことの一つや二つ考えるし、辛抱にだって限界がある。
――このままでは、間違いが起きてしまう。
そう思ったコウヤは、無言で起き上がると、携帯端末の電源を入れる。
「どうしましたの? コウヤ。何もいたしませんから、ゆっくり眠って構わないのですよ」
「えっと、バディ権限だと、特殊条件の設定が必要か。ならルーム権限かな」
端末をいじるコウヤに、「なんですのーなんですの?」と無邪気に聞きながら、背中から端末を覗き込もうとするテンカ。
その姿が、急に消えた。
代わりに、端末のディスプレイ上に、彼女の姿が浮かび上がる。
「な、なんですの! どうしていきなり電子化してますの、わたくし!」
「この部屋は契約上、俺の名義だからな。その権限を使って、プライバシー保護を使った」
ヒラヒラと端末を振りながら、コウヤはけだるげに言う。
現代の技術では、霊体の情報を電子情報に変換する技術が確立されている。ファントムの因子は一つ一つが大きすぎるので、通常のデータのように転送は出来ないが、こうして端末内に居場所を作るようなことは出来るのだ。
「具体的に言うと、夜間の休眠に関して、お前の寝床はそこの中だ。魔力の節約もできるし、自由度も高い。メモリもそこそこ増設しているから、過ごしやすいだろ?」
「ひ、ひどいですわ!」
まるで愛する人からひどい仕打ちでも受けたように愕然としたテンカは、目尻に微かに涙を浮かべながら、抗議するように言う。
「わたくしはただ、コウヤとイチャイチャしたいだけですのに!」
「ついに言いやがったな! っていうか、その本音は一体どこから出てきた!?」
好意らしいものを向けられているのは薄々察していたが、あまりにも真っ直ぐな言い様をされて、コウヤは顔を赤くしながら叫ぶ。
「二年前のツンツンしたお前はどこ行ったんだよ。あまりに変わりすぎてびっくりするわ」
「言ったじゃないですの、お仕えするからには、誠心誠意尽くさせて頂くって」
「そこまでのものはいらねぇよ、重たいし……」
「あら、重たいですって。それいい言葉ですわね。うふふ」
「……ほんとお前誰だよ」
この二年間で何があった。
頬を染めてうふふと笑っている姿は、どこか行き過ぎた愛情を抱いているように見える。元からそういうタチだったのかもしれないが、変化が急激すぎて驚きを隠せない。
戸惑いやら衝撃やらで頭を抱えながら、コウヤは絞り出すように言う。
「真面目な話な」
ため息を付きながら、説得を試みる。
「お前の身体って、近くにいると寒いから、風邪ひきそうなんだよ。寝るときだけでいいから、寝床は分けてくれよ。な?」
「う……それを言われると、痛いですわね」
自覚はあったのか、テンカは顔をしかめて口ごもる。
テンカは雪原の神霊であるので、基本的に体温は低く、周囲を冷却する性質を持っている。特に成長したことで強化された彼女の因子は、放っておけば延々と部屋を冷やすだろう。
コウヤの説得に納得したテンカは、諦めたように頷いた。
「わかりましたわ。コウヤと添い寝出来ないのは残念ですが、それは日中にでも、お昼寝するときにおねだりするとします」
「いや、ねだられてもやらねぇよ? さすがに俺も気恥ずかしいし」
「あら、それはもしかしなくても、意識してもらえていると考えてよろしいのですね? ふふ、それは良いことを聞きましたわ」
くふふ、と楽しげに笑う神霊。
そこに、かつてのツンドラのようにツンツンした少女の面影はない。
どうしてこうなった。
そんなこんなで、ちょっとしたトラブルはあったものの、コウヤとテンカ、二人のバディ生活が始まったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます