6-7 魔弾の姫と反則王



「なあ、サッちゃん。ワイが悪かったって。やから、そろそろ機嫌直してぇな」

「別にあたし、怒ってないもん」

「いや怒っとるやん……や、悪かった。ほんま悪かった。堪忍したってな。この通りや」


 両手を合わせながら必死に許しを請うアキラと、ツンとそっぽを向くキサキ。

 その手には、懐柔のためにアキラが買ったアイスが握られているのだが、それもそろそろ溶けてしまいそうになっている。頑なな態度はアイスと違って溶ける気配すらない。


 女子中学生に謝り続けるダメ大人と言う、情けない光景がそこにはあった。


 大会の全行程が終わり、会場は閉会モードに入っている。

 コウヤ達は場所取りをしていた広場に一度集まり、帰宅ラッシュで混んだ入り口が空くのを待っているところだった。


 ちなみに、アイスは三人とも買ってもらっていた。

 キサキは意固地になって手を付けていないが、コウヤとチハルは遠慮なく食べている。


「コウヤくん、どれくらい持つと思う? 僕は、ドロドロに溶けたのを飲むに一票」

「いや、今日のキサキはガチギレしてるし、マジで食べないんじゃないか?」


 そんなくだらないことを言いながら、二人は安全地帯でアイスをパクつく。今のキサキは不発弾と変わらないので、近づかないのが吉である。試合の最中はずっと隣にいたため逃げられなかったが、常に怒りのオーラを発していた彼女の様子は、思い出すだけでも恐怖である。


 とは言え、怒りも仕方ないといえる。


 ずっと憧れていた選手が、公衆の面前で辱めを受けたのだ。

 ファンとしてもそうだが、何より同じ女性として、到底許せないと思っているのだろう。


 アキラの必死の謝罪に対して、むっつりと口を結んでいるキサキは、スカートの裾を手でギュッと握りしめている。彼女が泣きそうな時によくやる仕草だ。それくらい悔しいのだろう。


 そんな彼女に、ふいに、横から声がかけられる。


「比良坂くん。アイス、溶けてるよ」


 声をかけたのは、柳シノブだった。

 穏やかな調子で話しかけた優男は、目線を合わせるようにしゃがみ込むと、ポンポンと軽くキサキの頭を叩いてみせる。


「夕薙さんのこと、許せない?」

「…………」

「許せないなら、今は無理に割り切らない方がいいだろうね。けれど、食べ物は悪くない。せっかくもらったんだ。食べなさい」


 優しい口調のわりに、強い言葉でシノブは言う。


 シノブの言葉が予想外だったのか、キサキはキョトンと目を丸くする。そして、ようやく手元のアイスに視線を落とす。どろどろに溶けてカップからはみ出したアイスは、彼女の手を汚してベタついている。


 それを見ながら、シノブは続ける。


「今は、許せないままでいいよ。けれど、謝罪の気持ちだけでも受け取らないと、君は一生、夕薙さんを許すことができなくなる。それでもいい?」

「……ううん」

「だったら、食べようか」


 ニッコリと笑って言うシノブの言葉に、キサキは気まずそうに顔をそむけながら、コクリと小さく頷く。そして、渋々アイスを口にした。


 その様子を離れて見ていたコウヤとチハルは、思わず感嘆の息を漏らす。


「なあ見たか、チハル」

「うん。さすがは不倫の常習犯だよね」

「やっぱモテる男って違うんだな。あのキサキが借りてきた猫みたいだ」

「言い方が手慣れすぎてて、ほとんど犯罪だと思う」


 引率してくれた保護者代わり相手に、好き勝手なことを言う中坊どもだった。



 ※ ※ ※



 その後、購入したまほクジの景品交換のために、もう一度施設内に入ることになった。


 朝霧トーコに限度額いっぱいまで突っ込んでいたキサキは、かなりのポイントを稼いでいた。景品所の好きな景品を交換できるくらいの余裕があるので、楽しそうに向かっていた。


 ちなみに、コウヤは身内のよしみでアキラに全額突っ込んでおり、とんだ散財になった。キサキが怒っていたため何も言えずにいたが、一番の被害者は自分だと思うコウヤだった。


 なお、チハルはうまいことリスクを分散し、初期投資よりも僅かに浮きを作るに留めていた。三者三様、賭け方に性格が出ていた。


「じゃあ、行ってくるにゃ!」

「おう、気ぃつけて行ってき」


 何故か一番ワクワクしているメグに、アキラはひらひらと手を振る。

 そんな彼に、シノブが確認するように尋ねる。


「本当に一緒に行かなくて良いんですか?」

「かまへんって。ちと一人で休憩しときたいし、それに……アリーナん中で朝霧トーコのファンにおうたら、袋叩きにあいそうやからな……」


 試合におけるアキラの所業は、朝霧トーコのファンを激増させるとともに、彼女のファンから非難轟々の嵐が起きていた。運営側ですら、試合後に顔をひきつらせて厳重注意をしてきたくらいだ。

 ルール違反でこそなかったが、今後公式ルールに『公序良俗に反する行為は禁止』の一文が加わることになりそうである。


 そんなわけで、悪目立ちしたアキラは、人目から隠れるように待機することになった。


 シノブに連れられ、子供たち三人と、二夜メグが賑やかにアリーナ内に入っていく。


 それを見送ったアキラは、小さく息を吐くと、どっかりとベンチに座り込んだ。


「はぁ……疲れたなぁ」


 一日通しての試合に、固有能力の連続使用。

 普段のだらけた生活からすると、明らかなオーバーワークである。


 その結果が、残念賞の三位。一応、3位決定戦では勝てたが、賞金は二十万くらいである。

 ちなみに、朝霧トーコは続く決勝戦でも勝ち、見事優勝を果たしていた。


「予選は行けると思ったんやけどなぁ。やっぱ、トーコちゃんみたいな全国クラスには通用せんか。まったく、大赤字や」


 関東の自治体に拘束されていたメグを引き取る際に、五十万近く担保を取られているので、見事に赤字である。さらには、この大会のために道具も一式そろえたし、一般クラブである久良岐魔法クラブから選手登録をするための登録料も取られている。生々しいお金の話ではあるが、本戦に出場できなかったのはかなり痛い。


「ま、シューターズやったら、本戦いけばこんくらいの実力者は当たり前やしなぁ。やっぱメグの性能的にも、マギクスアーツの方があっとるやろし、そっちを狙ったがええな」


 そんな風にぼやきながら、一人反省会をしていた時だった。




「お疲れ様です。夕薙




 そう。

 聞きなれない声で、自分の名前が呼ばれた。



※ ※ ※



 先輩、と呼ばれた。

 そう呼んだのは、ショートの黒髪に、おしゃれなジャージを着た可愛らしい女性だった。

 ハツラツとした様子は、自然と周りを明るくさせる雰囲気がある。その健康的な外見は、アキラのようなだらしない男からすると、眩しい限りである。


 そんな彼女を見て。


「あー」


 アキラはわざとらしく声を出しながら、トボけた風に言う。


「なんや、知らん間にこんな可愛い後輩が出来とったなんて、知らんかったなぁ。やー、実はワイな、後輩キャラってむっちゃ好きやねん。それこそ、甲斐甲斐しく『先輩♡』って呼ばれるんが夢やったくらいにはな。やから聞くんやけど」


 サングラスをずらしながら、アキラは直接その女を見つめる。


「――自分、いつワイの後輩になったん?」


 ニヤニヤと笑いながらも、その目には一欠片の遊びもない。探るような瞳は、まっすぐにその女性へと向けられる。


 それに対して。

 かつて天才射撃少女と呼ばれていた女性――朝霧トーコは、ニッコリと笑いながら返した。


「いつも何も、夕薙さんはオリエントの卒業生じゃないですか。同じ学校のOBを先輩と呼んで、何が悪いんです?」

「はぁ。やっぱそのつながりやったか」


 予想通りの答えに、わずかに鼻を鳴らす。

 オリエント魔法研究学院。

 アキラの母校であり、そして同じく朝霧トーコが通っていた学校でもある。


 記憶を辿っても、自分とトーコの間にある繋がりは、それくらいしか思い浮かばなかった。

 しかし、アキラとトーコでは五つも年が離れているので、在学時期は完全にずれている。互いに、面識はなかったはずだ。


 その疑問について尋ねると、トーコはあっけらかんと答える。


「別に面識はなかったですよ。ただ、先輩がわたしのことを知っていたように、わたしの方も一方的に知ってただけです」

「そうは言うけど、ワイは在学中も大した活躍しとらんはずやけどな」

「何言ってるんですか。今はどうなっているか知りませんが、わたしたちの頃には、反則王の名前を知らない人なんて居なかったですよ」


 反則王。

 随分と懐かしい名前を出されて、ククッ、と思わず笑ってしまう。


 それは、アキラがオリエントに在学中、模擬戦でさんざん卑怯な手を使いまくった結果、つけられた二つ名だった。


「なんや、あの学校じゃ煙たがれとったけど、随分有名になったもんやな」

「そりゃあもう。だって、授業で夕薙先輩の模擬戦が取り上げられたくらいですよ。『卑怯な手を使われた時の対策法』とか言われて。ま、おかげでわたしは戦闘手段が増えたので、非常に勉強になりましたが」


 アキラがやっていたことは、当時も今も変わらない。ルール違反ではないが、とにかく相手の足を引っ張ったり、不意をうったりするものだ。


 試合において卑怯もクソもないとは思うが、エリート志向が強いオリエントでは、純粋な魔法勝負にならない戦い方は毛嫌いされていた。

 だからこそ、アキラは周囲の殆どを敵に回し、中々学外の試合に出ることが出来なかった。


 考えてみれば、朝霧トーコの戦い方も、なりふり構わぬという意味ではアキラのやり方に近い。

 彼女がそんな戦い方を選んだのは、魔力出力の障害だけでなく、オリエント魔法学院に対しての反発が強かったのかもしれない。


 そんな彼女は、クスリと笑いながら、何処か楽しそうに言う。


「今日は勉強になりました」

「はぁ? 勉強って、何のつもりや」

「何って、言葉通りの意味ですよ」


 アキラとしては、セクハラに対する嫌味の一つでも言われるのを覚悟していたのだが、対するトーコの言葉は随分とさっぱりしたものだった。


「わたしも大概、反則ギリギリの技術は鍛えたつもりでしたが、あんな攻撃手段があるなんて思ってませんでしたから。だから、いい経験になったんです」

「なんや? そんなことを言うために来たんか」


 かすかに呆れを見せながら、アキラは小さく息を吐く。

 仮にも辱めを受けた相手に対して、勉強になったなどと言って礼を言ってくるとは、筋金入りの善人である。


 けれど、そんなアキラの態度に、トーコは心外そうに口を尖らせる。


「なんですか、その反応。面白くなさそうですね」

「ワイはてっきり、文句の一つでも言いに来たんやと思うとったからな。もっとも、文句を言われた所で、謝るつもりはサラサラあらへんけど」

「別にルール違反や、場外妨害じゃないんですから、謝れなんて言わないですよ。そんなの、引っかかるほうが悪いんです」


 あっさりと言うトーコの考えは、アキラにとって共感出来るものだった。その割り切り方は、そのまま彼女の強さにつながっているのだろう。


 と、そこまで言った時だった。


「ああ。でも、それなら」


 アキラの言葉に、何かを思い当たったように、トーコが軽く手をたたく。


「一つ言いたいことがあったんですよ。文句というより、抗議なんですけど」

「あ? なんや」


 言葉のわりに楽しそうな彼女に、アキラは訝しげな目を向ける。

 それに対して、トーコは精一杯真面目な顔を作って言う。


「わたし、あんなに貧相じゃないですから」

「は?」

「だから、裸です」


 ムンっと腰に手を当てながら、彼女は不服そうに言う。


「あんな貧相な画像が、わたしの身体だなんて思われたら、嫌じゃないですか」

「………ブフッ」


 思わず吹き出してしまった。

 真面目くさった顔からどんな文句が出てくるかと思ったら、まさかの言葉に、アキラは腹を抱えて笑った。


「は、ははっ。ぎゃはは! ああ、そうかい! そりゃあ悪かった。堪忍な。今度はもっとグラマーなやつぶつけたるわ」

「分かれば良いんです」


 そんな風に。

 魔弾の姫は、ツンと顔を上げて、どこか誇らしげに頬を緩めた。




※ ※ ※




「これから、競技は続けていくんですか?」


 去り際になって、朝霧トーコは夕薙アキラにそう尋ねた。

 それに、アキラは肩をすくめながら答える。


「ただの賞金稼ぎや。楽そうな大会には出るかも知れへんけど、本業にしようとは思わん」

「そうですか。それは良かった。強力なライバルが減ってくれますから」


 言葉のわりに、トーコはかすかに残念そうな顔をする。

 そして、どこか諦めたような目でアキラを見ながら、落ち着いた声で言う。


「夕薙さんなら、プロになってもやっていけると思いますよ。学生時代は批判されていたかもしれませんが、そういう強かさは、プロの世界に必要なスキルですから」

「なんや急に。勧誘でもしとんのか?」

「いえ。ただ、個人的な興味です」


 自分が手本にしたプレイヤーが、どんな視点でプロを見ているのか。


 そんな言葉の裏を読み取ったのか。


「ワイは競技としての勝負は苦手なんや」


 アキラは困ったように首を振りながら答える。


「続ければ続けるほど、勝敗に付随するしがらみが多すぎて窮屈になる。真剣になれなるほど、その勝ち負けは面倒や。まだ、霊子災害を相手に殺し合いしてた方が、ずっと気が楽や。やから、競技は本気ではやらん」

「……だから、在学中は、あんな戦い方ばかりしていたんですか?」


 トーコの問いに、アキラは無言で頷いた。

 夕薙アキラの戦い方は、一見すると不真面目に見えるような、でたらめなものが多かった。相手をおちょくるようなその戦い方に、非難が集まったのは仕方ないといえる。


 けれどもそれは、おそらく真剣に戦わないようにした結果でもあるのだろう。


 真剣になれば、その分懸けるものが大きくなる。そしてそれは、勝ち進めば進むほど、同じレベルの思いを胸にした相手と戦うことになるのだ。勝つということは、そういう相手の思いを踏みにじって、負かすことに繋がる。


 それが、夕薙アキラは嫌なのだ。


 朝霧トーコにも、その気持ちは痛いほどよく分かる。

 彼女は三年前、周囲の圧力に屈するという敗北をしたが、試合ではほとんど負け無しだった。その時には、長年積み重ねてきた他のプレイヤーたちの思いを、いくつも踏みにじってきたはずだ。


 けれど――


「わたしは、それでも勝ちたい」


 そう。

 朝霧トーコは、宣言するように言った。


 その答えに、アキラはククッ、とくぐもった笑い声を上げると、ニヤッと笑った。


「応援してんぜ、『トーコちゃん』」

「なんだか、くすぐったいですね、その呼び方。わたし、もう成人しているのに」


 恥ずかしそうに笑ってから、彼女はふっと手を挙げる。


「じゃあ、今度こそ。さようなら」


 そう言って、去ろうとした時だった。




「トーコちゃん?」




 ふいに。

 彼女を呼ぶ、女の子の声が聞こえた。




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