6-6 朝霧トーコとウィル・フロンティア
朝霧トーコは、しゃがみこんで動かない。
公衆の面前で恥辱を受けたのだ。特に女性にとっては、ただの暴力よりも残酷な仕打ちともいえる。このまま彼女が立ち上がれなくても、仕方がないだろう。
そんな彼女を見ながら、ウィル・フロンティアは苦々しく舌打ちをする。内心のいらだちは、自分自身に向けたものだった。
(今までだって嫌がらせはいくらでもあった。これくらい防げねぇで、何がバディだ。クソが)
海外のアマの大会では、こんな侮辱や辱めはいくらでもあった。試合外では防げないが、試合中にそれを防ぐのは、バディであるウィルの役目だった。
あの瞬間だって、ウィルには夕薙アキラのデバイスを破壊する時間はあったのだ。しかし、彼は何よりも二夜メグの反撃を警戒してしまった。銃撃で吹き飛ばした直後のメグが、間髪入れずに襲い掛かってくる可能性を捨てきれなかったのだ。
その一瞬の隙が、アキラにセクハラ魔法を撃たせる間を作らせてしまった。
その事実を口惜しく思いながら、ウィルはトーコの前にたどり着くと、発破をかけるつもりで憎まれ口を叩く。
「おい、いつまでしゃがみこんでんだ、バカ女」
言いながら、彼は自身のレザージャケットを、彼女の肩にかけてやる。実際の裸ではないとは言え、いつまでも肌が見える状態なのはあまりに可哀想だった。
そんなバディからの気遣いがあったにも関わらず。
「………」
トーコは黙ったまま、顔をあげなかった。
予想外の反応に、ウィルは思わず口ごもる。本当なら、嫌味の一つでも返してくると思ったのだ。それなのに黙り込んだままなので、やりづらさを覚える。
彼は頬をかきながら、更に気を遣いながら声をかける。
「まあ、なんだ。あんま気にすんなよ。つっても、気休めにしかならんかもしれんが」
「…………」
「つ、辛いなら、棄権するか? まだまだこれからなんだし、最初に色物扱いされるのも、イメージ悪いしよ。お前が嫌なら、今回はリタイアしても……」
黙りこくったトーコに対して、ウィルは必死に言葉を言い募らせる。
十代前半くらいの少年が、慌てながら裸の女性を慰めている姿は、どこか背徳的な光景だった。
しかし、それに対して。
「んー。やっぱ駄目だなぁ」
ようやく開かれたトーコの口からは、あっけらかんとした声が響いた。
「この術式、すっごいプロテクトかかってて、解呪無理だわ。うーん、困ったなぁ」
「……えっと、トーコ?」
「あ、ウィル。どうしたの?」
顔を上げてこちらを見るトーコに、悲壮な様子はない。
魔法を受けた直後は、羞恥に顔を赤くしていたが、今はその影もない。はじめは強がりかとも思ったが、続く言葉には、無理をした様子はまるでなかった。
「こういう妨害はちょっと予想してなかったよねぇ。さすがは反則王ってところかな。妨害の着眼点が違いすぎて、びっくりするよね」
本当に感心しているのか、トーコは神妙な表情で頷く。
そして、誤魔化すように笑いながら尋ねた。
「ねぇウィル。どうしよっか?」
「どうしよっか、じゃねぇよボケ! 何平然としてんだ! 心配して損しただろうが!」
あまりにマイペースなトーコに、ウィルはとうとうキレた。
それに、トーコは不服そうに唇を尖らせる。
「へ、平然じゃないもん! 今すっごく困ってるんだからね」
しゃがみこんだ状態でウィルを見上げながら、彼女は必死で抗議する。
しかし、そこではたと、一つの言葉が気になって首をかしげた。
「ん? 損したって。ウィル、心配してくれたの?」
「……ッ! バッカ! そんなんじゃねぇよ!」
顔を赤くしたウィルは、威嚇するように吐き捨てながら、そっぽを向く。
そんな彼の様子がおかしくて、トーコは思わず笑ってしまった。
そして、今更ながら、トーコは自分の肩にかけられたレザージャケットの存在に気づく。
黒のレザージャケットは、しっかりとトーコの背中を隠している。どうやら上から覆いかぶせる分には、アキラの魔法は効果を発揮しないらしい。
それを見て、トーコは納得したように頷く。
「そっか。光の屈折を操ってるんじゃなくて、私の服の表面を変えてるんだ。本当に、画像を貼り付けたみたいな感じになってるんだね」
「……どうでもいいが、やるのか、やらねぇのか?」
のんびりしたトーコに焦れて、ウィルはイライラしながら尋ねる。
それに対する返答は一つだった。
「もちろんやるよ」
「そうかい。なら、とっとと立てよ」
「あ、待って。ウィル」
「ん? なんだ」
まだ何か言うことがあるかと、ウィルは顔をしかめながら振り返る。
トーコはまだしゃがんだまま、レザージャケットの襟元を握って、困ったように言う。
「これ、裾足りないんだけど」
「………悪かったなぁチビで!」
ブチ切れたウィルを見て、トーコはクスクスと楽しげに笑った。
彼女は少しの間集中すると、簡単に魔法式を組む。
デバイスに組み込まれたメモリでは代用できないので、完全に白紙の状態から設計図作り、魔力を通して形にする。
それを、
元がファントムの衣装なので、霊子の変換だけで事は済んだ。
淡い光が浮かぶとともに、レザージャケットを分解、再構成し、裾の長いコートのように作り直した。
立ち上がりながら、軽く自分の体を見下ろす。
「うん、即興にしては、悪くないかな。いくら自分の裸じゃないって言っても、あんまり人に見られたいものじゃないしねぇ」
「ったく。ちんたらしてるから、もうメイン終わっちまったぞ」
ウィルの言うとおり、すでにメインフェイズは終了している。
現在、ラストフェイズが始まるアナウンスが流れたところだった。
周囲にエネミーが召喚される。
内訳は、小型エネミーが五体に、大型エネミーが一体。
魔力出力に難のあるトーコにとって、大型エネミーは破壊することがほぼ不可能な得点源である。
小型エネミーはトーコの選択分なので、大型エネミーは夕薙アキラの選択なのは確実だ。
「うっわ、エゲツな。やっぱあの男、お前のこと知っててやってんだろうな」
「昔の私を知ってたら、魔力出力苦手なのもわかってるから、当たり前だよ」
嫌そうに顔を顰めるウィルに対して、トーコはあくまで平然としている。むしろ、その程度の嫌がらせは当たり前といった様子だ。
現在の得点を見る。
26対38。
十二点差を付けられたこの状況。ラストフェイズで逆転をしなければいけない。
「やれない、とは言わないよな?」
「当然」
ウィルの言葉に、何の気負いもなく、トーコは答えた。
一つだけ残った拳銃型デバイスを右手に握り直しながら、トーコは穏やかに言う。
「反撃開始だよ」
※ ※ ※
ラストフェイズが開始して間もなく、朝霧トーコとウィル・フロンティアが動き出した。
それまで中央エリアで好き放題に暴れていた夕薙アキラは、トーコが外套を纏っているのを見るや、すぐさま逃げの一手を打つ。
「はっ! ずいぶん早い復活やな! もうちょっと休んどってもええんやで!」
「お気遣いありがとうございます。でも、これ以上休んだら、身体がなまっちゃうんで!」
そんな言葉とともに、トーコは高く跳び上がり、アキラに向けて蹴りを放ってくる。
それを、アキラは振り向きざまに、両腕で受けた。
「ぐ、ぅう!」
「せい、はっ!」
たたらを踏むアキラに、トーコは着地するやいなや、すぐさま追撃を向ける。
両手両足を使った猛攻。朝霧トーコの格闘技は、軍隊式の格闘術に似たものだった。
その圧倒的な技の前に、アキラは小銃型デバイスから手を離すと、全て正面から受けていく。
相手が打撃戦を選んできたことに、トーコは楽しそうに笑みを浮かべた。
「は。ははっ! そう来なくっちゃ!」
「けっ。この暴力女が!」
対するアキラは、毒づきながら懸命に食い下がる。
そうする間も、ラストフェイズは進行している。
召喚されたエネミーは、自動的に魔法士を狙うように設定されている。
フィールドの端に召喚された大型エネミーはまだここからは遠いが、格闘戦を行っている二人の周りには、次々と小型エネミーが群がってきていた。
「く、この」
大型犬を模したエネミーが、大きな口を開けて襲い掛かってくる。トーコの相手をしながら、これを凌ぐのは至難の業だ。
なんとか隙を作らなければ――と、思った時だった。
アキラの目の前で、小型エネミーが横殴りに吹き飛ばされた。
続けざまに、エネミーの身体に魔力弾がブチ込まれる。
都合三発で、エネミーは霊子体を壊されて消滅。それとともに、魔力弾を撃ったプレイヤーに得点が加算される。
38対28。
十点差――差を縮めた朝霧トーコは、それを気にも留めず、なおもアキラを攻め立てる。
(くぅ。格闘しながらエネミー倒すとか、相変わらず化けもんやな!)
トーコの左の手刀を打ち払いながら、アキラは現状を素早く把握する。
(現在の得点源は――大型一体に、小型四体。それに、互いに霊子弾を残しとるな)
霊子弾は発射するまで消費されないので、拳銃型サブデバイスを壊されたアキラもまだ使用権を残している。それが、互いに十点ずつ。
次に大型エネミーが十点。そして、小型エネミーが一体二点の四体で、合計八点。
つまり、残り得点源は二十八点となる。
あと、ファントムへの射撃点の十点もありはするが、二人共敏捷値が高いファントムであるので、よほどのことがない限り当てにするべきではないだろう。
正確に得点の計算をし、その上で、自分ではなく、朝霧トーコの勝利条件を確認する。
そして――
「メグ! 大型エネミーを死守しろ!」
「ウィル! 大型エネミーを倒して!」
アキラとトーコは、ほぼ同時にお互いのバディへと指示を飛ばした。
やはり、とアキラは苦々しく顔を歪める。
現在、二人は徐々に大型エネミーから距離を取っている状態だ。それは、猛攻を続けるトーコの誘導に他ならない。
今の点差は十点差。
それに対して、残り得点源は、互いに二十八点。
ここでアキラが大型エネミーを仕留めると、残り得点源が十八点の状態で二十点差が生まれるため、トーコには逆転の目がほぼなくなるのだ。
つまり、トーコはアキラに大型エネミーを破壊されるわけにはいかないのだ。
だからこそ、トーコは必死で大型エネミーからアキラを引き離そうとし、アキラはその網をかいくぐって、大型エネミーを仕留めようとする。
トーコが再び小型エネミーを仕留めた。38対30。徐々に点差が詰まっていく。
※ ※ ※
一方。
ファントム同士もまた、一進一退の攻防を繰り広げていた。
「ちぃっ。しつけぇな!」
「アキラのやり方はともかく、勝ちは譲らにゃいにゃ!」
大型エネミーを破壊するために射撃を続けるウィルと、そのことごとくを払い落としながら、攻め立てるメグ。
奇しくも、オープニングフェイズとは逆の状態になった二人だったが、その戦況もまた逆転していた。
すでにウィルは、銃をホルスターに戻す余裕すらなかった。エネミーはファントムにも襲ってくるため、状況的には、メグと大型エネミーの二体を相手にしているのと変わらない。
しかしそれにしても、この苦戦は想定外だった。
(ちぃっ! この猫、因子七つの割にステータスが低いとは思ってたが、やっぱり偽装してやがったか!)
バディ戦の場合、対戦前に相手のステータスが一部公開されるが、その時点でウィルが見たのは、以下のようなステータスだった。
--------------------------------------
○ファントム・二夜メグ
原始『■■■』
因子『猫』『夜目』『恩返し』『変化』『神通力』『■■』『■■』
霊具『■■■■』
ステータス
筋力値D 耐久値D 敏捷値B 精神力C 魔法力E 顕在性C 神秘性B
--------------------------------------
本来のステータスでは、最初の三つが『筋力値A 耐久値C 敏捷値A』であるため、完全な偽装である。
ファントムの霊子情報は高度なプロテクトに守られているのだが、ファントム位の中には、パッシブスキルで偽装を可能にする者もいる。
メグの場合、『夜目』のパッシブスキル『
それを知らないウィルからすると、相手が急激に強くなったように見える。
オープニングフェイズにおいては常に先手を取っていたので気づけなかったが、自分から攻める状況になって、その差は如実になっていた。
ウィルの射撃の合間を縫って、メグは爪を突き立ててくる。
深々と肉を抉られ、思わず引こうとすると、更に追撃が飛んでくる。野生の獣じみた獰猛な動きに、いつしかウィルは防戦一方になってしまっていた。
(くっそ、こんなとこで、負けるわけにはいかねぇってのに!)
血とともに魔力がこぼれる腹部を押さえながら、ウィルは苦々しそうに顔を歪める。
ウィル・フロンティアは、『西部劇』を原始に持つファントムである。
その内面は複数の人格が統合されているが、モデルとなった人物ははっきりとしている。
西部開拓時代を代表するアウトローであり、ライトニングと呼ばれる拳銃を扱うのは、少年悪漢王と呼ばれたガンマン、ビリー・ザ・キッドしか存在しない。
最も、ウィルにはそのガンマンの記憶は殆ど無い。
ただ、彼が残した拳銃から発生したファントムであるため、その特色を強く継いでいるだけだった。
発生後、彼はニューメキシコ州の管理の元、登録ファントムとなり、ラスベガスのカジノで働きながら、たまにウィザードリィ・ゲームの敵役として出場していた。
公式ルールとはかけ離れたアマチュアの無法ゲームに、ウィルは飽き飽きしながらも参加を続けていた。
朝霧トーコと出会ったのは、三年前のことだ。
はじめに会った時は、敵同士だった。
フィールド中のエネミーとして参加していたウィルは、手を抜きながらもプレイヤーに撃たれる気はまったくなかった。
それなのに――朝霧トーコは、あっさりとウィルを撃ち抜いてみせたのだ。
射撃という概念が具現化したようなファントムが、ただの人間にあっさりと撃ち抜かれたのだ。それは、存在そのものが揺るぐような衝撃だった。
それから、トーコは各地に姿を見せた。
ある時はシングル戦。ある時はバディ戦。その時々で相手を変えながら、武者修行のようにあらゆる場所に現れた。
そして、ある試合では、マッチングの結果として組むことになった。
「ねえ、一つ、聞いても良い?」
「あん? なんだよ」
フリーマッチング同士、その日限りの関係であるにもかかわらず、トーコは試合の合間に気安く話しかけてきた。
「ウィルの名前って、もしかして『ウィリアム・ヘンリー・マッカーティ』が元ネタ?」
「だったら何なんだよ?」
「わぁ! じゃあ、やっぱりビリー・ザ・キッドなんだ! すごい! 射撃のファントムなら、ほとんど最強じゃない!」
無邪気に喜ぶ彼女は、まるで憧れのヒーローにでも出会ったような興奮を見せた。
ウィルがビリーを元にしていると知って、同じように興奮する人は多い。
そして、競技者であれば、すぐにバディになりたいと言ってくるのだ。
バディになった時の利点を声高にアピールしてくるのまでがセットで、ウィルにとっては飽きるほど見た光景だ。
今日もまたそんな面倒事に巻き込まれるのだろうと、うんざりした気持ちで次の言葉を待ったのだが――その後のトーコの言葉は予想外なものだった。
「ねえ、ウィル。一つ、わたしとあなたで勝負しない?」
「はぁ? 勝負?」
何を言ってんだ、と胡乱げな目を向けるウィルに、トーコはまるですごく楽しい遊びを教えるように、その勝負を申し込んできた。
「今日の試合、どっちが多くの的を撃ち抜けるか、勝負だよ。もしわたしが勝ったら――わたしのバディになってよ」
ちなみに、その日の試合。
ウィルがほぼすべての的を撃ち抜いたため、トーコは個人的な勝負に負けただけでなく、射撃点も取れず、大会でも負けた。
無謀なことを、とウィルは呆れた。
けれども、トーコは帰り際、晴れやかな顔で言った。
「次に会ったときも、勝負だからね!」
その宣言通り、トーコはそれからしばらく、ウィルが参加する大会にことごとく参加してきた。
季節ごとの大きな大会だけでなく、射撃場が行うような小さな射撃大会にすらも顔を出し、その度に、ウィルに勝負を持ちかけてきた。
さすがにしつこいと感じで、ある時ウィルはうんざりながら言った。
「いい加減諦めろって。俺に勝てるわけねぇだろ」
人間とファントムでは、そもそも存在としての密度が違う。
人間が知覚できない次元と接続しているファントムと争うためには、常に高度な魔法行使をし続ける必要がある。一瞬だけ対応できたとしても、アベレージでは絶対に勝つことが出来ない。
そう諭したウィルに、トーコは意固地になりながら言う。
「わたしの目的のためには、あなたが必要なの。こんな所で勝てないんじゃ、目的なんて絶対果たせない。だから諦めないよ」
「目的って、何をするつもりなんだよ、お前」
「復讐」
軽い口調で、物騒なことを彼女は口にした。
さすがに呆気にとられたウィルに、トーコはクスクスと笑いながら、普段の無邪気な様子からは想像できないような妖しい目を向けてきた。
「成功を妬む人に、わたしは邪魔をされた。そいつらを黙らせるためには、圧倒的な結果が必要なんだよ。そのために、わたしは最強にならないといけないし、最強のバディが必要なの」
だから、と。
挑むような瞳で、トーコはウィルの前に立ちはだかる。
「わたしは、あなたが欲しい」
それから半年後。
トーコはウィルに勝ち越した。
射撃場を舞台に、シンプルな射撃勝負で、彼女は射撃のファントムに勝ったのだ。
そして、ウィル・フロンティアは、朝霧トーコのバディになった。
的確に銃弾を撃ち込みながら、ウィルは正面からメグを迎え討つ。
抉られた腹部からは、血がとめどなく流れ、霊子の塵となって消えている。もはやウィルの霊子体には、一割ほどの魔力しか残っていない。
試合終了が先か、それともウィルの霊子体が限界を迎えるのが先か、といった状態だ。
それでも彼は、ギリギリまでトーコの指示を果たすため、前に進む。
(ああ畜生。この程度の相手に苦戦しやがって。何やってんだ俺は)
二夜メグは強力なファントムだった。
七つもの因子を持つため当たり前であるが、その攻撃は多彩である。炎を撃ち出し、爪で切り裂き、神通力で物を飛ばし、挙句には地面から死体を召喚して使役する。もしこれがマギクスアーツであれば、かなり厄介な敵だろう。
対するウィルは、因子こそ六つだが、その多くは重複した要素である。
ステータスも平均値に近く、燃費がいい代わりに爆発力に欠ける。故に、二夜メグのような化物を相手にするには役者不足もいいところだ。
けれど――
(テメェは最強のシューターのバディだろうが! こんな所で、アイツを負けさせるわけには行かねぇんだよ!)
ウィルは足を踏ん張りながら、銃をホルスターに戻して目を見開く。
彼の全身には、残り少ない魔力が、溢れんばかりに駆け巡っていた。隠された最後の因子を全面に出しながら、彼は最後の勝負に出る。
そんな彼に、猫又の神霊が迫る。
全身に炎をまとったメグは、鋭い爪を振りかぶっている。
もし直撃を喰らえば、間違いなく肉体を深くえぐり取られるだろう。仮にそれを避けたとしても、彼女の背後には生ける屍が無数にうごめいており、鋭い牙を剥いている。
それを前にして。
射撃の化身は、あろうことか後ろを向いた。
「やあご同輩。それ以上は、止めた方がいい」
そう、芝居がかった様子で彼は言う。
その背に、メグは全身を燃え上がらせながら突撃する。
オープニングフェイズでは不発に終わった、『獄炎火車・地獄縁起』。かすかに触れるだけでも蒸発するほどの熱量とともに、彼女は目にも留まらぬスピードで突撃する。
そんな彼女を背に。
「だって、お前は俺より遅い」
満身創痍のウィルは、愉快そうに口端を歪めた。
「『
次の瞬間。
あらゆる時間を置き去りにし、すべての事象を凌駕して――ウィル・フロンティアは、振り返りざまに二夜メグの額を三発撃ち抜いた。
おそらく、撃たれたメグには、何が起きたかを認識すらできなかったはずだ。
ウィルが振り返ったことにも気づかず、彼女は眉間を連続で撃ち抜かれて、あっさりとその霊子体を消滅させた。
最後に、余波として強烈な熱風を撒き散らしながら。
(ちぃっ。これじゃ同士討ちと変わらねぇな)
膨大な熱量に身体を燃やされながら、ウィルは舌打ちをうつ。
ウィルの六つ目の因子、『義賊』
普段は隠されており、自身の魔力が一割を切った時にはじめて表に出るその因子には、『無法者の英雄視』というパッシブスキルが存在する。
残りの魔力の大半を消費する代わりに、自身のステータスをワンランクずつ上げる。
その効果により、ウィルの敏捷値は測定不能のSランクになり、メグの敏捷値を凌駕した。
加えて、アクティブスキル『
しかし、メグを仕留めても、その余波までは防げなかった。
(切り札まで切ってこれなんだ。ま、ファントムを仕留めきれただけ、マシと思っとくか)
満身創痍の霊子体を消滅させながら、ウィルは静かに笑う。
(俺は最強なんかじゃねぇ、元ネタ通りのただの無法者だが――お前は違うからな、トーコ)
だから負けんな、と。
エールを送りながら、彼は試合の舞台から退場した。
※ ※ ※
ラストフェイズ開始から、二分。
点差は、38対32
残りエネミーは、小型が一体に、大型が一体。
互いに霊子弾を残し、まだどちらが勝つかはっきりしない状況。
(く、そっ! 攻めの手数が全く減らん! 体力お化けか、この女!)
この二分間、トーコは少しも休むことなく、アキラを攻め立てている。
霊子体とはいえ、身体はほとんど生身と変わらないため、体力も同じくらいのはずだ。それなのに、彼女はかすかに息が上がっている程度で、疲労らしいものを見せない。
それに対して、アキラは攻撃を直撃しないように立ち回るのが精一杯だった。特になまっているわけでもないのに、息が上がって苦しい。
少しでも気を抜くと霊子弾が撃ち込まれるので、常に気を張り続けなければいけないのが辛かった。
しかし――この均衡状態に誰よりも焦れているのは、トーコの方である。
もしこのままラストフェイズが終われば、点差の関係で負けるのはトーコの方である。だからこそ、彼女は霊子弾の射撃機会を狙い、無理な踏み込みを仕掛けてくる。
体力的に限界が来ているアキラにとって、このまま均衡状態を保ちつづけるのは至難の業だ。だからこそ、どこかで状況を変えなければと、機会をうかがう。
その時は、残り時間が一分になった時点でやってきた。
互いのファントムが消滅したのだ。
「ッ! ウィル!?」
「よし! ようやった、メグ!」
互いのファントムが消滅したことで、戦況は大きく変わった。
かすかに動揺を見せたトーコを前に、アキラはさっと右手をウエストポーチに入れる。
手にとるのは、韋駄天の真言護符。
再びパーソナルギフトを発動させ、超スピードでトーコの横を駆け抜けるようとする。
韋駄天走り。
アキラの『英雄相似因子』は、非常に魔力消費の大きい能力であり、一試合に二度使えれば良い方である。
それを今このタイミングで利用し、一気にトーコとの距離を離し、大型エネミーに接近しようとする。
だが――
「読んでましたよ。夕薙さん!」
アキラの腕が引っ張られ、彼はその場に大きく倒れ込んだ。
その腕を掴んで離さないのは、朝霧トーコだった。
「なっ!」
まさかの展開に、アキラは目をむいて驚く。
韋駄天走りは、初速でも音速を超えるスピードである。それに何の魔法も使わずに対応するのは不可能に近い。
つまり――トーコが魔法を使ったのだ。
『
相手の右手と自身の右手を握り合わせるという、単純であるがそれゆえに強力な概念を持つ、三工程の魔法式。
ラストフェイズが始まってすぐに、彼女はこの魔法を発動させていた。
それにより、韋駄天走りを使った直後のアキラの右手を握り、自分の身体を犠牲にして彼の動きを止めたのだ。
霊子体を破壊したわけではないので、マイナス点もない。
とことんまで、シューターズに特化した魔法を使う魔法士である。
「ぐ、がぁあ!」
初速で音速に至っていたアキラは、強引な停止に勢いを殺しきれず、そのまま地面に叩きつけられる。
右手でつながっているトーコもまた、その勢いに引きずられ全身を殴打される。
それでも、予測できなかったアキラと違い、はじめから覚悟を決めていたトーコは、勢いに振り回されながらも目を光らせている。
「――は、ぁあああああ!」
地面に叩きつけられたトーコは、満身創痍であるにも関わらず、全身に魔力を通しながら間髪入れずに立ち上がる。
使うのは、簡単な身体強化の魔法。
決して身体の外に魔力を漏らさず、自身の脚部と腕の関節のみを強化する。運動能力に必要な最低限の強化を全身に施す。
そして彼女は。
握ったままのアキラの右手を引っ張り上げると――その身体を、思いっきり放り投げた。
「んな!?」
要領としては、一本背負いである。
まさか華奢な女性からぶん投げられると思っていなかったアキラは、呆気にとられたまま空中にぶん投げられる。
そんな、空中で身動きの取れないアキラに向けて。
彼女は右の拳銃型デバイスを構えると、霊子弾を撃とうとする。
「『フライクーゲル』」
「ッ! させるか!」
空中で身動きが取れないとは言え、防御の手段はいくらでもある。アキラはメインデバイスに魔力を通して、魔力の壁を作り出そうとする。
しかし、次の瞬間。
突如として目がくらむような光が浮かび上がり、アキラの目を潰した。
「うわ、まぶし!?」
「仕返しですよ。夕薙さん」
朝霧トーコは、疲れを見せた顔で笑みを浮かべた。
光は、彼女の左手から浮かんでいた。
強烈な光で目くらましをするだけの簡単な魔法。魔法の素養があれば誰でも使える程度のもので、まっすぐに見なければ大した効果もないものだが、このタイミングで繰り出されたのが絶大な効果を産んだ。
アキラは何も出来ない。
そこに、トーコは最後の一撃を撃ち込む。
「『フォイア』」
霊子弾が直撃する。
射撃の名手による一撃は、的確に対戦相手の頭を撃ち抜き、霊子体の意識を奪った。
得点は、42対38。
勝者。朝霧トーコ&ウィル・フロンティア
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