4‐3 比良坂キサキVS龍宮ハクア 前編



 比良坂キサキVS龍宮ハクア。


 競技種目は、ソーサラーシューターズのバディ戦。


 対戦前に、形式として、互いのファントムの情報を交換しあう。



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 魔法士・龍宮たつみや白亜はくあ

 魔力性質・無形


 ファントム・風見かざみじゅん

 原始『■■■』

 因子『風読み』『鬼』『知見』『音』『魔術』

 因子五つ・ミドルランク

 霊具『■■■■』

 ステータス

 筋力値D 耐久値D 敏捷値E 精神力B 魔法力A 顕在性C 神秘性B


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 ステータスを見ながら、キサキはタカミと相談をする。


「近接のステータスはあんまり高くないわね。魔法力の高さを見るに、補助系のファントムだと思うけれど、どうする? サキ」

「あたしは、『鬼』の因子が気になるかな。素のステータスは低くて、後から強化するタイプかも。基本的には、タカミにはいつもどおり、遠距離からの狙撃をして欲しいけど」

「なら、ステージ次第ね。高台のあるステージなら、すぐにそこに移動。代わりに平野なら、潜伏しながらの奇襲。優先はフラッグの破壊でもいい?」

「そうだね。あたしが取れない分は、壊してもらう。もしかしたら、タカミにはそれ以上のフォローを貰うかも……多分、あの子、かなりやると思うから」

「そうね。まさか、コウヤくんがあそこまで完封されるとは、私も思わなかったわ」


 タカミの言葉に、キサキは黙りこむ。


(うん。あの子は――コウちゃんを圧倒していた)


 決着の間際しか見ていないが、決着の仕方やスコアを見れば、彼我の実力差ははっきりと見える。

 コウヤはまだ素人に毛が生えた程度でしかないが、仮にもキサキとこの半年、練習をしてきた仲である。何も出来ずに完封されるほど、往生際は良くない。


 つまり、コウヤが何かをする余地もないほどに、実力の差があったということだ。


(別に、コウちゃんがやられた仕返しをしたい、ってわけじゃない)


 練習試合とはいえ正式なゲームだった。


 例えばチート行為があったり、何らかの悪意があったのなら、それは糾弾されてしかるべきだろう。しかし、事実としてハクアは正々堂々と戦い、そしてコウヤを破った。それに、キサキがとやかくいうべきではない。


 だからこそキサキは、自分がどういう立場を取れば良いのか、わからないでいた。


(思わず割って入っちゃったけど)

(それはあたしが、コウちゃんのあんな姿、見たくなかったからだと思う)


 負けて憔悴したコウヤの姿が、見てられなかった。


 コウヤはいつも、負けた後も食らいついてくるような気概があった。

 キサキとの実力差にもめげず、奇策や搦め手を使いながら、なんとか追いつこうと必死になっていた。


 それなのに、彼はキサキ以外の相手に対して、あんなに打ちのめされていた。

 だから、喧嘩腰で間に割って入ってしまった。


(ハクアちゃんには、悪いことをしたと思うけど――その分は、ちゃんと試合で返す)


 年代の近い実力者。

 それに飢えているのは、ハクアだけではないということを、今日ここで、証明する。


「そういえば、本格的なバディ戦は、珍しいよね。タカミ」

「そうね。いつもは久喜さんや篠田さんのところのバディか、コウヤくんたちとだからね」


 いつも身内としかやっていなかったのだ。せっかく知らない相手とやれるのだから――楽しまないと、大きな損である。


 キサキとタカミは、互いに方針を確認し合い、ハクアの方へと向き直る。

 龍宮ハクアの方も、方針を確認し終えたのかこちらを向いてきた。

 キサキがニコリと笑って見せると、ハクアは小さく鼻を鳴らしてみせた。


「それじゃ、始めよっか」

「そうね。兄さんが言ってたことが、過大評価じゃないことを祈るわ」


 そう言って、二人は霊子庭園を展開させた。


 用意されたステージは墓地ステージだった。


 外周エリアは雑木林で囲まれ、見通しが悪い。中心エリアには、ど真ん中に教会が建ち、周辺には墓標がずらりと並んでいる。夜を模した景色は薄暗く、外灯による明かりだけが怪しく周囲を照らしている。


 中心エリアと外周エリアで条件が違う、厄介なステージだった。


(面倒なステージだけど、アドバンテージでは、タカミの方に強みがある)


 とくに、中心エリアの中央に、教会が建っているのがいい。その屋根にでも上がれば、全方位を彼女の弓で狙うことが出来る。



『ゲームスタート。オープニングフェイズの開始です』



 スタートの合図がなるとともに、キサキは木陰に隠れるようにしながら、デバイスを構える。


 今回彼女が使用するのは、メインが拳銃ハンドガン型、サブは小銃ライフル型のものと、腰につけるベルト型のデバイスを持ち込んでいた。

 オープニングではサブデバイスで狙撃を行い、メインフェイズ以降は、中心エリアに直接降りて近接戦を行うつもりである。


 小銃ライフル型のサブデバイス――銃口の長いライフルを模したこのデバイスには、照準と射撃の二つの魔法式が組み合わされている。純粋な魔力弾しか射出できないが、燃費はよく、起動に無駄な魔力を使わないですむ。


(キサキ。あなたの位置から、外に四つ。内側に六つ、狙えるフラッグがある)

(了解。他は破壊しちゃって)


 念話で情報を共有し、キサキはすぐに駆け出した。


 キサキは、オープニングフェイズでの得点をあまり重視しない。

 固定されたフラッグは、狙おうと思ったら誰だって撃ち取れる。しかし、メイン以降の、飛来するクレーや動くエネミーは、射撃の腕だけでなく、その時の状況によっても、得点できる可能性が変わってくる。


 故に、ゲームの実力が試されるのは、メイン以降での得点方法であると、キサキは考える。


(まずは内側の六つ)


 脚力を強化して、雑木林の枝に飛び乗る。

 そのまま自身の姿を木々の中に隠しながら、キサキは中央に向けて射撃を行う。


 フラッグを探しながら、相手のファントムの姿を探すのも忘れない。バディ戦において、ゲームを左右する最も大きな要因は、ファントムのサポートにある。


 バディ戦はファントムとのコンビネーションが大きな鍵を握っている。シングル戦ではぱっとしない成績のプレイヤーが、バディ戦だと華々しい戦果を上げることがままある。それは、ファントムが強力であることもあるが、何より役割分担がうまいプレイヤーである。


 龍宮ハクアがあえてバディ戦を選んできたことを考えると、バディのコンビネーションに、よっぽどの自信があると考えて良いだろう。


 その考えは当たっていた。


 キサキが五つ目のフラッグを破壊し、更に、相手のファントムを見つけた時だった。


 敵ファントム――風見ジュンは、墓地の中央に立っていた。

 相変わらずジャージ姿ではあるが、今はフードを脱ぎ、ヘッドホンを首に下げている。晒された素顔は整っており、思わず見惚れてしまうほどの美少年だ。


 そんな彼は、アンニュイな表情を浮かべ、頭上を見上げている。


 その姿があまりにも無防備だったので、キサキは考えるよりも先に、サブデバイスを構えて狙撃の態勢を取る。


 魔力炉を励起させ、全身に巡らせた魔力をデバイスに吸収させる。一点に収束させた魔力弾が生成されるまで、時間は一秒もかからない。

 照準を合わせ、無防備なファントムの側頭部に向けて、キサキは魔力弾を射出した。


 取った、と思った。


 そう思えるほどに、ファントムの反応は悪かった。

 通常、上位生命体であるファントムに、人間の生半可な攻撃が通じるわけがない。ダメージを与えることは愚か、当てることすら困難だ。


 しかし、問題の風見ジュンというファントムは、キサキの撃った魔力弾が着弾するその寸前まで、まったくこちらに気づいた様子はなかった。


 だから、命中すると思ったのだが――その考えは甘い。


 キサキが撃った魔力弾は、横合いから飛んできた別の魔力弾によってあっさりと弾かれた。


(く、さすがに甘かったかな)


 おそらくはハクアだろう。

 キサキの射撃に合わせて、それを弾くように魔力弾を放つ。言葉では簡単だが、その高等技術に、キサキは思わず息を呑む。


 しかし、なぜファントム自身は、身じろぎもしなかったのか。

 今しがた狙撃されかけたと言うのに、相変わらず、風見ジュンは頭上を見上げている。


 頭上――すなわち、中央に建つ、教会の屋根である。


「上……まさか、タカミ?」


 その事実にハッとした時だった。

 念話から、申し訳無さそうなタカミの声が響いた。


(ごめん、サキ。ミスった)

(え?)


 タカミの声に、弾かれるようにしてキサキはスコアを見た。




 -5対14




(なんでマイナス!? あと、なんでもう14点も取られてるの!)

(ごめん……撃っちゃった。あと、撃たれちゃった)


 端的なその説明に、事情を察する。


 つまり、タカミはハクアに撃たれて射撃点の10点を取られ、その上、ハクアを弓で射って、ペナルティのマイナス10点を貰ってしまったのだ。


(あの子、かなりのやり手よ。ハンドガン型のデバイスなのに、遠距離から完全に逃げ場をなくされて撃たれたし。思わず射っちゃったのは私のミスだけど、致命傷を狙ったのに、脇腹を軽く削ったくらいで終わっちゃった。かなり、試合慣れしてるわ。それに――)


 タカミは今、矢をつがえて風見ジュンを狙っていた。


(問題はこいつ。このファントム、なんか変な術で、援護しているわ)


 ゲーム開始から、彼は一歩もその場から動いていない。それでありながら、彼はハクアの援護をしっかりと行っていた。


 ハクアの放つ多重魔力弾に紛れながらタカミの動きを阻害し、彼女の逃げ場を的確に奪っている。

 術の正体は分からないが、魔法的な負荷がかかったことだけは、対象たるタカミがしっかりと把握していた。


(出来るなら今、仕留める)


 タカミは弓を引き絞り、まっすぐにジュンを狙う。


 この距離なら、まず外さない。


 タカミには、『鷹の目』で見つめている限り、射った矢を外さない『一矢、不失正鵠ハズレズノヤ』というアクティブスキルがある。


 たとえそれが動的存在であったとしても、魔力を消費して追尾するというこのアクティブスキルは、矢から逃れるためには回避ではなく弾く行動が必要になる。

 しかし、どの方向から迫るかわからない矢は、一本を弾き落とすだけでも至難の業であり、仮に弾けたとしても、その威力を完全に殺しきることは難しい。



 それを、都合三本。

 タカミはつがえた三本の矢を、まとめて射出した。



 ――それを、風見ジュンは真正面から見据える。


 ポケットから出した彼の右手には、いわゆる鉄扇が握られていた。


 鉄扇術、という武芸がある。

 あくまで護身術であり、有事の際に対応するために編み出された、身を守るための武芸である。積極的に攻めるものではなく、あくまで防衛のための手段だ。

 本来は、刀剣などの近接武器を相手にするための武芸であるのだが――風見ジュンはこの鉄扇を開いて、瞬く間に飛来する3本の矢を叩き落としたのだった。


 砕かれた矢の破片は、周囲へと散らばり霊子の塵となって消滅する。

 飛び道具にまであっさりと対応する、その常識外の武芸を目の当たりにした。


(――タカミ)


 その様子を見て、キサキはすぐに判断を下す。


(モノリスを死守して。このフェイズ、ギリギリまで取る)

(了解)


 指示を出してすぐ、キサキは脚力を強化すると、飛び上がるようにしてフィールドの端へと移動する。

 霊子庭園の境界線にまで下がった彼女は、すぐに木々の上に飛び乗り、葉の陰に隠れながら、狙撃の準備を始めた。


 サブデバイスであるライフルを身体に固定し、スコープを取り付ける。メモリスロットの接続部に、メインデバイスからコネクタを伸ばしてつなげ、一部の魔法式を流用できるようにする。


 これにより、小銃ライフル型デバイスは、擬似的に狙撃スナイパー型デバイスへと役割を変えた。


 スコープを覗いて見える景色は、フィールドの反対側までしっかりと視認できる。


 見つけた的は三つ。



「――『シュート』」



 多重魔力弾。

 三つの的をまとめて壊すための魔力弾を射出。

 三発の魔力弾は、彼女が設定したとおりの楕円軌道を取りながら、回り込むように的へと向かっていく。


 そのうち二つは正確に的を破壊したが、一つは妨害された。


(あれは――ハクアちゃんか)


 中心エリアにあるフラッグを狙った魔力弾を、ハクアは拳銃デバイスからの射撃で撃ち落としたのだった。その精度の高さは、タカミを撃ち抜いただけのことはある。


 もう一度射撃しても、同じ結果だった。


 狙撃位置がバレるのを避けるために、キサキはすぐにその場から移動する。一度の射撃のあとには、必ず位置をずらす。これを怠ると、次の瞬間にも霊子弾が飛んでくるだろう。


 そうでなくても、ハクアはこちらの射撃ポイントをすぐに発見してきた。


 何らかの魔法なのか、それともファントムの能力か――詳細は不明だが、彼女はキサキのいる位置を把握している節がある。


 そうした細かいところに、シューターズという競技を、やり慣れている印象を受ける。




『五分が経過しました。メインフェイズに移行します』




 やがて、フラッグを僅かに残しながらも、オープニングフェイズが終了した。



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