4‐4 比良坂キサキVS龍宮ハクア 後編





『五分が経過しました。メインフェイズに移行します』




 7対23

 スコア表を見ると、マイナス点は回収できているが、点差の大きさは覆すのが難しい。


 メインフェイズ。

 クレー射撃である。


 クレーのセレクトにおいて、キサキは強化クレーを優先して選択していた。

 これは強化魔力弾でないと破壊できない強度であるので、サブデバイスの二丁拳銃を選んでいるハクアには、厄介であると考えてのことだ。


 最も、サブデバイスがライフルであるキサキも、狙撃を選んだ場合は同じ条件であるのだが、しかしキサキには、魔眼がある。


 弱体視の魔眼。

 これを使えば、通常の魔力弾でも、強化クレーを破壊できる。


(この相手に、出し惜しみなんてする必要ない)


 オープニングフェイズでの立ち回りを見て、龍宮ハクアが年齢不相応の実力を持っているのははっきりと分かった。

 ならばこちらも、使えるものはすべて使い、勝負に出る必要がある。


 魔眼を通してみる景色は、色彩にあふれていた。

 フィールド全体を、七色の色合いが彩っている。その色の強弱は、その物質が持っている情報の密度を表している。



 クレーが射出される。


 狙撃。


 また別方向から射出。


 ――狙撃。



 全身の神経を研ぎ澄ませ、クレーの発射音とともに魔力弾を打ち出す。

 すべての感覚を射撃のみに集中させているため、動いてもいないのに息が切れ、精神が擦り切れそうになる。


 それだけの思いをしながらも、点差は中々埋まらない。


 龍宮ハクアが、中心エリアに降り立ったのが見える。

 彼女は中央エリアを移動しながら、真上を見上げ、空を飛来するクレーを両手の拳銃で撃ち落としている。その動きは、まるで舞うようだ。


(――く、追いつけない!?)


 差は縮まっているが、中央で猛威を振るうハクアの速度に、追いつくことができないでいた。



 シューターズにおいて、狙撃のスタイルと近接戦のスタイルは、どちらが有利かは長いこと議論されている内容である。


 シンプルに考えれば、遠距離から全体を俯瞰しつつ的を狙う狙撃のほうが、ポイントの取得という意味では有利であると考えられる。

 特に、バディ戦においてはファントムとの分担作業が行えるので、プレイヤーは後方で的を狙うスタイルを選ぶことが多い。


 しかし、そうした中、近接戦で結果を出すプレイヤーが存在するのも事実だった。


 近接戦の一番の利点は、ゲームの展開によって動きを変えることが出来る点にある。


 射出されたクレーは必ず中央エリアへと向かう。その時、外周エリアからでは見えない位置から射出される場合や、低空を飛来して狙撃しづらいこともあるのだ。

 そうしたものを、中央エリアからは、取りこぼすことなく見ることが出来る。


 ――特に、五年前に朝霧トーコと言う名の学生が、近接スタイルでアマの大会を総なめして以来、基本戦術として認められるようになった。


 基本的に狙撃が有利であることは確かなのだが、近接戦が得意なプレイヤーは、その狙撃の有利を打ち消すほどの実力を持っているのだ。


(すごい。ハクアちゃんの動き、すごく洗練されてる)


 埋まらない差にはじめは歯噛みをしていたが、やがてそれは瞠目に変わる。


 ハクアの動きには、明確な戦略があり、反復に裏付けられた自信が見えた。


 フィールドを縦横無尽に動き回る彼女を、タカミは苦戦しながら妨害している。取られそうなクレーをあえて先に破壊したり、彼女の通行路を破壊して動きを制限したりといったことをしているのだが、ハクアはそれを物ともせず、冷静に対処している。


(動きに理由がある。理屈がある――指導が見える)


 キサキも四年近くシューターズを練習してきているが、たまに来る外部のコーチに指導を受ける以外は、ほとんど独学だった。

 だからこそ、ハクアの無駄のない動きは、思わず嫉妬すら覚えるほどに羨ましい。


 どうやら彼女は、強化魔法のみでなく、風見ジュンからの支援魔法を受けているようだった。ハクアの行動に合わせて、ジュンは鉄扇を振るったり、何かを唱えたりしていた。それと共にハクアの動きは活性化され、代わりにタカミの動きが鈍っている。


 自身の戦いをしながら、相手に自由な戦いをさせない。


 そんな、駆け引きじみたことは、まだキサキがうまく練習出来ていない範囲だった。



 30対38



 現在、6点分のクレーがタカミとジュンによって破壊されているので、現在射出されたクレーの総合得点は、44点分。


 残りクレーの得点は、6点分。


 そこでキサキは、方針を変えることにした。


(タカミ。ラストフェイズに入った瞬間、五秒だけ二人の動きを止めて)

(止めるって……ううん、分かったわ。五秒でいいのね?)


 頷きながら、キサキはライフルを背にかけて、中央エリアへと移動を始める。


 残りクレーの内訳は、ノーマルクレー、強化クレー、属性クレーそれぞれ一つずつだった。


 属性クレーはタカミが破壊し、強化クレーの一つはキサキが破壊した。

 ノーマルクレーはジュンが横から破壊したので、その分の点数はなくなった。



 32対40

 8点差――これならば。



『メインフェイズが終了しました。ラストフェイズに移行します』



 アナウンスとともに、フィールドにエネミーが召喚される。

 ラストフェイズ――エネミー討伐。



 召喚されたエネミーの内訳は、ハクアが選んだものが小型エネミー五体。

 それに対して、キサキが選んだのは、大型エネミー一体だった。

 大型犬くらいの大きさの小型エネミーが中央エリアを駆けまわる。


 そして、三メートル超の巨人の形をした大型エネミーは、その大きな腕を振りながら、咆哮をあげている。

 通常ならばファントムの一撃でも壊れないほどの頑丈なこのエネミーは、破壊すれば十点の得点を得られる。




 それを見つけた瞬間、キサキは外周から中央エリアへと飛び降りた。



(要素『概念・分散』変換『複製』――要素『霊子・形』変換『射線』――)



 空中を滑空しながら、魔法式を読み込む。


 タカミのお陰で、ハクアとジュンの二人は足止めされていた。地面をひっくり返さんばかりに連続で矢を射ることで、土埃と墓石の雨を降らせている。この一瞬こそが鍵である。


 キサキは目を見開く。


 『弱体視の魔眼』――目で見つめた存在の情報密度を分散させる。


 それとともに、魔法式を完成させる。

 組み込む工程は四つ。

 メインデバイスの中の魔法式を起動させ、キサキは空中を落下しながら、大型エネミーに魔力弾を射出する。



「『星屑連堕スターダスト・リボルバー』!! ――落ちろぉおおおおお!」



 デバイスから放たれた魔力弾は、六つの射線に分裂した後、一点に向けて収束する。

 大型エネミーはキサキの一撃によって、粉々に破壊された。


 地面に転がり込みながら、キサキはとっさにスコアを確認する。



 42対40

 逆転――である。




「……、まだ!」


 受け身を取って地面を転がり、キサキはすぐさま起き上がる。


 魔眼の使いすぎと、四工程クアドクラスの術式の使用により、一気に疲労感が襲ってくる。しかし、まだ試合は終わっていない。


 残るは小型エネミー五体。

 小型エネミーは、一体2点である。半数以上を取られると、また逆転される。


(タカミ! ファントムの方、お願い!)


 念話でそう叫ぶと、キサキはすぐに小型エネミーの討伐にかかる。


 考えることは同じで、ハクアもすぐさまフィールドを走り始めていた。その迷いのない動きは、まるでエネミーがどう動くか、分かっているかのようでもある。


 一体はキサキが破壊し――しかし、すぐにハクアに一体取り返された。


 そうかと思うと、続けざまにハクアは、もう一体破壊している。



 44対44



 並んだ――エネミーはあと二体。


「こん、……の!」


 キサキは目を見開きながら、周囲を見渡す。

 『弱点視の魔眼』――エネミーは魔法式で出来た人工物なので、

 青色の揺れる影を見つけ、射撃。


 すぐにスコアを見る。



 46対44


 ――46対46!



 ほぼ同時に、最後のエネミーが、ハクアによって破壊されていた。


「……っ!」


 試合終了のアナウンスが流れない。


 フラッグもなく、クレーもない。

 そして、エネミーもすべて討伐された。



 その上でまだ試合が継続するということは――ということ!



「『セット』『フライクーゲル』」


 キサキはメインデバイスに装填した霊子弾を呼び起こす。


 同点で得点源がなくなった時、霊子弾が互いに残っているという条件のときのみ、制限時間いっぱい試合は続行となる。

 ラストフェイズが始まって、一分半は経過している。あと残り一分少々、その間に、霊子弾でハクアを撃ち抜かなければならない。


 目に魔力を通し、大きく見開く。


 見つめる先に探すのは、。人間を基準点として分類する『弱点視』は、七色の中央色である緑に、人間を当てはめている。


 見つけた。


 相手プレイヤー――龍宮ハクアとの彼我の距離は、およそ十五メートル。

 キサキが発見すると同時に、ハクアもこちらの姿を発見していた。


 二人は目があった瞬間、デバイスを構えながら駆け出す。


 牽制で魔力弾を撃つが、あまり効果はない。当てる気がないのが伝わっているのか、ハクアは微動だにしないからだ。

 代わりに、ハクアはキサキの頭上に向けて魔力弾を撃つ。木が倒れ、キサキの通行方向を邪魔する。


 転がりながら、キサキは跳ね上がるようにハクアとの距離を詰める。距離は十メートル。墓石の間を飛び回り、最短でその距離を駆け抜ける。


「『フライクーゲル』!」


 ハクアがその名を叫ぶ。


 慌てて見を伏せ、墓石の影に隠れる。

 魔力弾が墓石を破壊する。ブラフだったようだ。霊子弾の発射はともかく、装填には呪文の詠唱は必須ではない。別の魔法式を起動中に、発動ミスを犯すのを避けるために口にすることが多いだけの話だ。だからこそ、こうしたブラフも有効となる。


 ――となると、隠れたままではまずい。


 追撃が来る前に、破壊された墓石の影から、キサキは勢い良く飛び出す。


 すでに互いに、霊子弾の準備は整っている。

 ハクアは二丁拳銃をこちらに向けていた。右のデバイスから魔力弾が飛び出す。これを、キサキは防御術式を起動して弾く。次に、左のデバイスから魔力弾が射出される。これを、キサキも魔力弾で弾き返す。


 五メートル。



「『ダーティ・カーテン』!」



 ハクアが地面に向けて魔力弾を放つ。

 それとともに、土煙が巻き上がった。

 まるで空間を仕切るカーテンのように立ち上った土埃は、そのままキサキとハクアの姿を覆い隠す。


(目潰し……? けど!)


 ――そのような小細工で、キサキの目は防げない。


 弱体視で土埃の情報密度を分散させ、目が潰されるのを阻止する。

 もしこの土埃でダメージ判定が通れば、その時点でキサキの勝ちだが、さすがにそんな甘い真似はしないだろう。

 ならば逆に、この土埃を利用して、相手を追い詰める。


 キサキの瞳には、限定的な透視の能力も含んでいる。視界が遮られているが、その先にある物体の情報密度を目視することも可能だ。


 三メートル。


(あった。!)


 緑色の人影をしっかりと捕捉。

 そこに向けて、霊子弾を放とうとする。




 ――刹那。

 




 ビリっと。

 僅かに、電流が走るのを感じたのだ。



(電流――電気?)



 確かな五感によって感じる現象に、比良坂キサキという全存在の意識をそちらに向ける。


……これは、魔法だ!)


 何らかの魔法が使われていることを察したキサキは、すぐに行動を変える。

 メインデバイスを下ろすと、返す刀で、肩に背負ったライフル型のサブデバイスを振りぬく。



 そして、それを。

 思いっきり、ぶん投げた。



 まるで叩きつけるように投げられたデバイスは、その緑色の人影に直撃――その人影は、その一撃で霧散した。


 殴った感触は、まるで泥でも叩いたような気分だった。


(土と雷の魔法式――スワンプマンかな? いや、今はそれよりも!)


 ならば、本体はどこだ?


 ――一メートル。


 まるで存在感が無くなってしまったように、龍宮ハクアは姿を消していた。


 探している時間はない。

 一瞬でも対応に遅れを取れば、その瞬間、死角から飛来する霊子弾はキサキを貫くことだろう。


 だから――


!)


 そう思ったのは、今度こそ本当に直感だった。


 キサキはメインデバイスの銃口を下へと向ける。

 それとほぼ同時に、地面を這うようにして迫っていたハクアが、身体を起こしながら銃口をつきつけてくるのが見えた。


 互いの銃口が、それぞれの額を狙っている。


「―――ふ」


 ほぼ同時に。

 二人の口が、起動の呪文を唱える。



「『フォイア』!」



 キサキは取ったと思い、同時に取られたと思った。


 頭部に鈍痛が走る。

 意識は刈り取られ、霊子体を保つことができなくなり、消滅する。


 かろうじて、最後に残った意識で、スコアを見ることが出来た。




 56対56




 比良坂キサキと龍宮ハクアの初戦は、こうして幕を下ろした。






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