3‐6 報復の時間
一人にして欲しい、と言われた。
そう言って女子トイレに駆け込まれたら、さすがに男子二人ではどうすることも出来ない。
どうすべきかわからずに佇む二人は、壁に背中を預け、重い息を吐いた。
「……泉は、ああなること、分かってたのか」
「なんとなくだけどね。でも、想像とはちょっと違ったかな」
ようやく緊張を解いたのか、先程まで硬かった言葉尻を柔らかくしながら、彼は答える。
「少しだけ言ったけど、神咒宗家には派閥みたいなのがあるんだ。
チハルは小さく息を吐いて、声を低くしながら囁くように言った。
「比良坂家は人智派で、さっきのあいつらは、全員自然派」
「なるほどね。それで意識してたってわけか」
「ついでにややこしいのが、お家騒動の時に、サッちゃんの後継になった伊賦夜坂家は、自然派。敵対していた千引家は人智派。そんで、僕の実家の泉家は渡来派。最後に、現在、サッちゃんの身元を引き受けている久良岐家は、神咒宗家ではないから、ほとんど親和派」
「…………」
ややこしいなんてレベルじゃなかった。
というか、比良坂家の分家、全部派閥がわかれているのだが……それで、身内の勢力関係は大丈夫なのだろうか。
コウヤがそんな疑問を抱いている中、チハルは極めて冷静に話を続けた。
「けど、されるとしても、嫌がらせ程度だと思ってた。あんな風に、一方的になぶるようなやり方をするなんて、さすがに予測してなかったから、びっくりしたよ」
「多分、あいつが元凶だよな」
二人の脳裏に浮かぶのは、同じ人物だろう。
國見キリエ。
少年のような少女。凛々しさと可愛らしさが同調したような、怪しい無邪気さを持つ女子。
他の子供達は、多少なりとも悪意のある表情や態度をとっていたが、彼女だけは、最初から最後まで、自然体で笑って楽しんでいた。
「國見家は、豊穣や生命といったものを崇拝する、祖霊信仰を大本とする家系だね。政界における権力はそこまで強くないんだけど、なにより規模がすごい。分家だけでも十一家あるから、はっきり言って國見家だけで戦争ができるくらいだ」
「分家が十一って……それ単に血がつながってるだけって話じゃないのか?」
「残念だけど、ちゃんと十一家、全部が魔法組織の家系として立ち上げをしてるよ。とにかく、血とそのつながりを重んじるタイプなんだ。國見家は」
「で、その國見家のご令嬢が、あんなキチガイってことか。まったく、そりゃいい迷惑だ」
「それには同意だね。遊び半分どころか、本当に遊びであんな真似されたら、いくら精神が強くてもやってられない」
考えるのが面倒になって、一言で切り捨てたコウヤに、チハルが同意する。
とにかく、嫌な気分だった。
同年代と喧嘩するくらいのことは普段からよくあることだが、今回のはケンカというより、ただの嫌がらせだ。悪意のある子どもたちと、そしてその中心には、悪意なき邪悪。そこまで純粋な悪感情を向けられたことは、それほど多くない。
だから、そんな場から抜けられて清々する――と、言いたいところなのだが。
「釈然としないな」
「納得できないね」
胸の奥の泥をぶちまけるように、二人は吐き捨てた。
ちらりと、側の女子トイレへと視線を向ける。
まだキサキは戻ってこない。
あのキサキが、まだ一人でこもっている。
「比良坂、泣いてたな」
ぽつりとつぶやいたコウヤの言葉に、チハルが口を挟む。
「一応言っておくと、サッちゃんは涙もろいよ。感動モノの動物番組で、いつも泣いてる」
「まあ、感情の起伏激しいしな。そういや、こないだイタズラした時も、半泣きでブチ切れてたっけ」
「でも、辱めにはちゃんと報復する子だよ。彼女」
「それは知ってる」
身を持って知っている。
ある意味で、今回キリエたちにされたことは、普段コウヤとチハルがやってるいたずらと大差無いだろう。
そこにある悪意の大きさは違えど、やっていることは大して変わらない。
「確かに俺ら、アイツの事いつもいじめてるからな。人のこと言えないよな」
「確かに僕ら、サッちゃんをいつも泣かせてるからね、人のこと言えないね」
でも、である。
「それはそれとして」
「許せないよね」
仲間内でやっているような真似を、心ない他人からされて、果たして笑って許せるだろうか。
感情の発散のさせどころもなく、ただ悔しさに涙し、必死で気持ちの整理をつける。
そんな身近な女の子の姿を見せられて、自分たちは笑って許せるだろうか。
「なわけねぇよな」
「なわけないよね」
どちらともなく、廊下を歩き始めた。
――何より許せないのは。
キサキが大事にしているシューターズを、彼女の目の前で愚弄されたことだ。
コウヤは借りっぱなしになっているデバイスをいじりながら、チハルに向けて言う。
「なあチハエモン」
「なんだいのびヤくん」
「作戦はあるか?」
「嫌がらせ程度でよければ」
そりゃあ良かった。
道中、二人は打ち合わせをする。
二人にできることはたかが知れているが、その上で、どうすれば一矢報いられるかを話し合う。
コウヤもチハルも、魔法の実力は、本当に大したことがない。
しかし、コウヤには頑丈な身体が、チハルにはずば抜けた知識がある。
それらを掛けあわせ、復讐の方法を考えはじめた。
準備が整うとともに、大ホールの扉を開ける。
じろりと向けられる、嫌な視線。
それらを振り払いながら、二人は例のキリエ達がいるエリアへとまっすぐに向かった。
突然の二人の登場に戸惑う彼らだったが、その中で、キリエだけがきょとんとした顔でこちらを向く。
「あれ? キサキさんは……ああ、違う。それは『過去』でした。えっと、確か断られて……」
小首をかしげながら、彼女はなにやら自問を繰り返す。
やがて結論が出たのか、ニッコリと笑って、何事もなかったかのように尋ねてきた。
「どうかしましたか? もしかして、忘れ物ですか」
「ああ、忘れ物だ」
キリエの様子に奇妙なものを感じたが、今はどうでもいい。
コウヤはデバイスを掲げて見せ、宣戦布告した。
「もう一試合。シューターズの試合を忘れててな」
※ ※ ※
試合自体はすぐにセッティング出来た。
キリエが二つ返事でうなずいたからだ。
「あなた方から誘っていただけるなんて……そういう過去はなかったので、嬉しいです。やはり、いろんな人とやったほうが経験値になりますからね。よろしくお願いします」
そう、ペコリと頭を下げながら、ニコニコと笑ってきた。
相変わらず真意の読めない笑顔であるが、言葉の上では歓迎してくれたようだ。
しかし、それをよく思わない奴も中にはいたらしい。
例えば、磐戸家の息子、磐戸ユーリ。
彼はキリエ達が準備をする中、わざわざ嫌味を言いに来た。
「一度は逃げて帰ったくせに、のこのこ戻ってくるなんてな」
「…………」
「いや、逃げ帰ったのはあの女だけか。はっ。根性無しもいいところだ。俺の魔力砲を三、四発受けたくらいで、動揺しちゃってよ。シューターズだからって攻撃されないとでも思ってんのが間違いなんだよ」
べらべらとしゃべるユーリに向けて、一言。
「ふぅん。で?」
冷め切った視線を向けて、コウヤはただそれだけを言った。
バカにされた対応を受けて、ユーリは眉間にしわを浮かべながら、言い返す。
「てめぇも、そんな左腕で、ゲームに参加しようなんて、舐めてんじゃねぇよ。はっ、最初っからお前は気に入らなかったんだ。次の試合、真っ先に潰してやるから覚悟しろ」
「馬鹿だろお前。あくまでシューターズだぞ。潰すより前にポイントを狙えよ。見た目通り、頭も悪いんだな、安心したよ」
「てんめぇ……」
血管が切れそうなユーリを尻目に、コウヤは無表情でその場を離れ、試合の準備をする。
そしていよいよ、ゲームが開始した。
参加者は、七人。
鏑木コウヤ
國見キリエ
磐戸ユーリ
日向オリガ
雲仙ユズキ
有明カズマ
神呂木ヤミ
フィールドは火山ステージ。
マグマが流れ、焼けただれた岩肌がダメージを誘う、難易度の高いステージだった。
全体的な見晴らしもよく、所々にある高台に登ることで、全体を見渡すことが出来る。狙撃ポイントの取り合いこそが真骨頂ともいうべきステージだ。
そんな、プレイヤーの地力が試されるようなステージ。
試合開始した直後、コウヤは静かに周囲を見渡す。
それだけで、一人の人影を――正確に言えば、磐戸ユーリの姿を見とめた。
見つけるとともに――コウヤは全力疾走を開始した。
「『身体強化』――『脚力』『脚力』『脚力』!!」
身体強化の魔法を三回連続で足にかけ、一瞬で最大加速を行う。
現在自分が持つ魔力の過半数を使い込んだ、自滅前提の魔法行使。
人類の限界を超え、獣そのもののスピードとなって駆け抜ける代償として、全身を激痛が走る。仮想の血管が切れ、霊子体が傷つき、表面からは魔力がこぼれ始める。
それでもなお加速を続けるコウヤは、岩陰に隠れようとしたユーリの前へと飛び上がった。
飛び上がり――そして――
全力で、その顔面を蹴り倒した。
「な、ゴバッ」
「そら、喰らいやがれ糞野郎!」
蹴り倒した勢いのまま地面に彼をたたきつけ、そこに馬乗りになる。
そして、
「ぐ、あぁあああ! 何を、なんのつもりだ、お前!」
「何って? 八つ当たり」
端的に答えながら、目の端でスコア表を見る。
鏑木コウヤ、-50点。
やはり最初の蹴りも、魔力による強化が入っているので、マイナスに含まれているようだった。
だが、そんなことは最初からどうでも良かった。
「ぽ、ポイントを狙うんじゃなかったのかよ!」
「覚えてねぇな、そんな話」
至近距離で、大砲級の魔力弾を生成しながら、コウヤはニコリともせずに言う。
シュート。
磐戸ユーリの頭は吹き飛ばされ、そのまま霊子体は崩壊した。
その様子を見ることなく、コウヤはすぐに次の獲物へと走り始める。
コウヤの霊子体は限界が近い。
先ほどの身体強化と魔力弾でほぼすべての魔力を使い切り、さらに無茶な稼働のおかげで、自壊すら始めているくらいだ。
だが――その身体がどんどん軽くなる。
フィールドの外でチハルが行った補助魔法が、ようやく効果を現してきたのだろう。
損傷修復――身体保護――身体強化――魔力補助――敏捷上昇――感覚補正――
次々と付与される援護魔法に、コウヤの霊子体は悲鳴を上げながらもパフォーマンスを上昇させていく。
本来、ウィザードリィ・ゲーム中に、霊子庭園の外にいる人間が、中の人間に補助や手助けをすることは禁止されている。
そもそもプロテクトの関係で、通信すら不可能なので、必然的にハッキングを行うことになる。
公式戦でそれがバレでもしたら、ライセンス永久停止もあり得るが――残念なことにこれは野良試合、技術的に可能なら、いくらでもイカサマは出来る。
チハルによって身体的な援護を受けたコウヤは、瞬く間に次の獲物へと強襲を仕掛け、あっさりとこれを撃破。
デバイスに組み込んだ大型魔力弾も、普段のコウヤなら二、三発でバテるレベルの魔力消費だが、それもチハルが外から魔力供給を行っている。
そうして三人目。
見つけたのは國見キリエだった。
「すごい……驚きました、コウヤさん」
彼女は目を丸くして、駆け寄ってくるコウヤに向けて声をかけている。
「あなた、そんなに強……ぐはぁ!」
台詞の途中で、顔面ドロップキックをかましてやった。
本当なら蹴りだけで頭部を吹き飛ばしてやるつもりだったのだが、残念ながらキリエの首はつながったままだった。おそらく何らかの身体強化を施しているのだろう。
それでも、顔面に食らった打撃は大きいらしく、キリエは整った鼻の頭を赤くしている。かすかに流れる鼻血が、霊子の塵となって散っている。
コウヤは倒れている彼女の側に着地すると、すぐにデバイスを構える。
そんなコウヤに、キリエはヘラヘラと笑いながら感心する。
「うわ、すごい。ためらいなしですね、コウヤさん。ん? 痛い……ああ、これは過去じゃない。なら現実……あ、あはは。これが実践だったらと思うと、ゾッとしますね。まさか男の人に足蹴にされる日が来るなんて、思いもしな――」
「うるせぇ黙れ気持ち悪いんだよおまえ口チャック」
キリエとは一時足りとも話をしたくなかったコウヤは、強化魔力弾でキリエの頭を吹き飛ばしにかかった。
「あー、残念だなぁ。せっかく新鮮な現在なのに」
敗北の間際、キリエは心底残念そうに、言葉を発した。
「もっと残っていたかったんですが、でもこうなったら僕の負けですね。そうだ。次の試合もご一緒させてもらえますか?」
「やだよ。忘れものは一回だけだ」
最後までまったく調子の変わらないキリエを気持ち悪く思いながら、コウヤはその頭を吹き飛ばし、霊子体を崩壊させた。
――後、三人。
振り返り見ると、その三人は少し離れた所でこちらを見ていた。
彼らは、口々に好きなことを言う。
「お、おい。お前、何やってるのか分かってんのか?」
「そうだぞ。シューターズだってのに、こんなに暴れ方してどうすんだよ」
「何アレ。気持ち悪い。アンタバカじゃないの?」
口々に好き勝手に言ってくれるが、お前らが言うなである。
そんなわけで、コウヤは一旦その場で立ち止まると、ぐるりと首を回して、標的三人がいる場所を大体把握する。
「シューターズだってのに、意味がないだって? ははっ」
現在のコウヤの得点、-90点。
その得点を見てから、ようやくコウヤは笑みを浮かべて、全力で叫ぶ。
「んなこと、知るかぁああああああああああああああああああああ!」
そこからは消化試合である。
シューターズならぬサバイバーズ。
完全にゲーム内容が変わりながら、それを意図的に起こした鏑木コウヤは、マイナス得点を積み上げながら、残り三人ととことんまで殺しあった。
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