2‐3 教えてチハエモン!



 さて。

 具体的にどうするかと言うと、一つ考えがあった。


 その日はそれ以上の勝負はせず、翌日のために準備をすることになった。


 というわけで。


「何かいい案はないか? チハエモン」

「君は僕のことを、一体何だと思っているんだい……」


 助けを乞うたコウヤを見て、泉チハルは苦笑いを浮かべた。


 帰り道。

 チハルを近くのファーストフード店に拉致し、そこでコウヤとテンカは二人して、彼に詰め寄っていた。


「え? お前ってあれだろ。困った時にひみつ道具でなんとかしてくれるお助けキャラだろ? 良いから俺でも使えるような、あいつらをギャフンと言わせる魔法を教えろよ」

「なんていうか、僕も図々しさでは大概だと思ってたけど、君も最近、中々遠慮がなくなってきたよね」


 呆れたようなチハルの言葉に、肩をすくめながら「何のことだか」と白を切る。


 初対面の時こそ胡散臭い男だと警戒していたが、この数カ月の付き合いで、案外ノリの良い男であると分かってきた。

 気を使わなくていいと分かってからは、どんどん遠慮がなくなってきて、なんだかんだで悪友のような間柄になっていた。


 共通する思いは一つ。


「比良坂の泣き顔、見たくないか?」

「それなら仕方ないね。協力するよ」


 即答する辺り、お互い大概である。

 キサキとは仮にも従兄妹の関係なはずだが……それゆえに色々と思う所があるのだろうか。


 そんな怪しい雰囲気のチハルも前に、テンカは心配そうにコウヤへと耳打ちする。


「ちょっと、大丈夫ですの? なんだかこの男、信用ならない気がするのですが」

「安心しろって。確かにこいつは、見た目は如何わしいキツネ顔のメガネだし、考えることもゲスの極みだけど、少なくとも知識だけはあるから」

「ねえ。それは絶対に褒めてないよね? さすがの僕も傷つくんだけど」


 そんなわけで作戦会議である。

 それぞれ手にジャンクフードとコーラを手に、テーブルを囲んで額をくっつけ合う。


 先ほどの試合については、チハルも横で観戦していたため、大体の流れはわかっている。

 その上で、どうすればキサキとタカミのバディに勝てるのかを尋ねたのだが。


「まあ、はっきり言って、勝つのはムリだと思うよ」


 一言目で、バッサリと否定された。


 とはいえ、そのことはコウヤもなんだかんだで分かっていたので、異論はない。

 問題は、隣にいる身の程知らずのファントムである。


「ちょっと、何をいきなり否定してくれてますの? このわたくしを自由に使える権利があるというのに、最初からムリだなんて、あまりにも失礼ではありませんこと?」

「えー。失礼かなぁ。だって君、弱いし」


 弱いし。

 その一言に、テンカは「な゛っ」と濁点入りの声を漏らして、ショックの余り言葉を失う。


 そんな彼女を無視して、チハルは淡々と状況の確認をしていく。


「まず、君たち二人がそもそも弱いのは仕方ないとして。それ以前に、サッちゃんとタカミのバディがほとんど反則級なんだよ」

「薄々察してはいたけど、あの女、そんなに強いのか……」

「そうだね。攻守ともに隙のない、かなり厄介なバディだと思う」


 チハルはバニラシェイクを口に含みながら、ぼやくように言う。


「遠距離狙撃も近距離射撃も一定の腕があるサッちゃんと、射程外の的は全て撃ち落とすタカミの全方位狙撃。シューターとしてはまだまだ未熟なサッちゃんを、タカミは完全にカバーしている。あれに勝てるバディは、それこそプロレベルじゃないとムリだろうね」

「そういえば、タカミさんは弓を使ってたもんな……。ポイントにならなくても、相手にとられるくらいなら、先に破壊してしまえばいいってことか」


 シングル戦であれば、自分一人でポイントの全てを取らないと行けないが、バディ戦の場合は、ファントムが相方としているので、そうした戦略が取れる。


 プレイヤー自体の実力も当然だが、ファントムの性能差は、かなり大きいだろう。


「まあ、なんだかんだであの子、まだ公式戦の経験がほとんど無いから、本番だとわからないけどね。公式戦だと、一日に何試合もしなきゃいけないってのがあるから、魔力配分なんかも考えなきゃいけないし。それに、ルール内ならどんな魔法を使ってもいいから、そのあたりも修業が必要だと思うからね」


 バディ戦の公式戦があるのは、十五歳以上――魔法学府に入学し、バディ契約を結んでからになるので、当然まだまだ先の話である。


 しかし――逆に言うと、そんなアマチュア未満の状態でありながらも、チハルの目から見れば、プロと遜色ないくらいに、キサキとタカミのバディは完成されているということだ。


「それに、一番やっかいなのは、サッちゃんの『目』だね」

「目?」

「あれ? 聞いてないかな。だったら言わない方が良いのかな? まあ、でもそのうちわかることだし、いっか」


 相変わらず、逡巡の時間が短すぎる男だった。


「あの子、『魔眼持ち』なんだよ」

「なんだよその素敵ワード。初耳だぞ」


 魔眼まがん

 すげぇかっこいい。


 なんてことを自然と考えてしまったが、魔眼が何なのか、コウヤは全く知らない。

 それに対して、チハルが丁寧に説明してくれる。



「魔眼ってのは、超能力の一種だね。ほら、感応判定ってあるでしょ? 魔法のチャンネルって風にも言うけれど、そのチャンネルの深度が深い場合、特殊な能力に目覚める場合があるんだ。いわゆる超能力なんだけど、魔眼はその一つなんだよ」



 魔法には、三つの属性がある。

 霊子的な事象に干渉する、第一種判定。魔力性質・流形。霊子属性。

 物理的な現象を操作する、第二種判定。魔力性質・固形。物理属性。

 概念的な事柄を変質する、第三種判定。魔力性質・無形。概念属性。




 この三つの法則の内、どれかを知覚できるようになった時に初めて、人は生命力の余剰分を、魔力として精製できるようになる。


 知覚するためのチャンネルを開いて、その法則に干渉することを魔法と呼び、それを一般的な技術へと昇華させたのが、『人工魔法オーバークラフト』である。


 現代のそれは、電子プログラムを介して再現できるように更に改変されているのだが、元は呪文や魔法陣と言った、様々な方式を通して使われてきた。


 一種類でもチャンネルを開けば、程度の差こそあれ、自ずと他のチャンネルも開くことになる。

 その知覚能力の深度によって、魔法士の実力は変わってくる。


「サッちゃんの場合は、第三種感応判定――いわゆる、概念属性のチャンネルを最初に開いたんだけど、この深度がとてつもなく深かったんだ」


 ハンバーガーを頬張って、チハルは片手間にデバイスで検索サイトを立ち上げながら、魔法用語について説明する。


「そういう、『その個人にしか知覚できない法則』のことを、『固有能力パーソナルギフト』って言うんだけどね。これは、深度が深いと、世界そのものを一時的に改変する能力になるんだ」

「あー。あれだろ。人工魔法じゃなくて、自然魔法。カニングフォークって言ったっけ」

「そうそう。自身の魔力オドだけじゃなくて、自然界に存在する大源マナを刺激して発動させる魔法がそれだね」



自然魔法カニングフォーク



 魔法とは事象を改変する技術であり、かつて魔法使いと呼ばれた存在は、大地の魔力を操って、魔法を扱ったという。


 大地の魔力――いわゆるマナと呼ばれるエネルギーは、強大であるがゆえに、人体にとって毒に等しい。扱えるとしても、よっぽど専用のチャンネルを開いていないかぎりは、難しいものとなる。


「サッちゃんの固有能力は、目に発現していて、見つめたものに特定の効果を付与するってものでね。それが、魔眼ってこと」


 曰く、『弱体視じゃくたいし魔眼まがん』。

 見つめた存在の情報密度を分散させ、物体の強度を低下させるというもの。


「これがあると、強化弾ですら十発以上撃ち込まないといけない大型エネミーが、数発で破壊されることもあるからね。はっきり言って、反則級の能力だと思うよ」

「ああ、だからあいつ、ラストフェイズでわざわざ大型エネミーを選んできたのか」


 大型エネミーは、得点は十点と大きいが、その分破壊するのはかなり難しい。


 本来は、強力な魔法で弱らせてから破壊するのが大型エネミー戦の定石だ。なので、魔法の実力が低いシューターは、あまり選択するべきではない。固有の魔法式を組む技術のないコウヤたちでは、選択するだけ得点の無駄と言える。

 それを、キサキならば安定して破壊できるという訳だ。


 その事実に、テンカが憤然として文句を言う。


「そんなの、卑怯じゃないですの。やはりあの弾幕娘、反則ですわ」

「まあ、能力は確かに反則級だと思うけど、ルールとしては問題ないからね」


 テンカの怒りに、チハルはこともなげに言う。


「ウィザードリィ・ゲームにおいて、デバイス内に組み込める魔法式に制限はあるけど、その場で組み上げる式については制限がないから。言ってしまえば、霊子体で再現できる能力なら、なんだって使っていい」

「けど、そんな能力、デメリットとか無いのか? さすがにバランスが壊れるだろ」


 いくらなんでも強すぎると思ったコウヤは、そう疑問を口にする。

 それに、チハルは肩をすくめながら返した。


「デメリットってほどじゃないけど、やっぱり法則自体は魔法と同じだからね。魔力の消費はするし、何よりカニングフォークだ。一歩扱いを間違えたら、自分が傷つく。本人も使いこなすのは難しいって言ってるから、乱用はできないと思うよ」


 つまり、決め手に利用するくらいだってことだろう。

 そんな魔眼がなくても、そもそもキサキはかなり射撃能力が高いので、コウヤとは大きな実力差があるのだ。それを埋めるのは、相当難しいだろう。


「となると、やっぱり地道に訓練していくしかないか」


 試合としてのルールが複雑な分、策の一つでなんとかなるんじゃないかと思ってしまったが、そんな甘い話はないということだろう。


 そう結論づけようとしたところだった。

 デバイスを見ていたチハルが、感心したように言った。


「へぇ。テンカちゃん、結構面白いスキル持ってるね。あー、これはちょっと改良すると面白いかも。あとはパッシブスキルと組み合わせて……」


 参考のために、チハルにもテンカのステータスを見せていたのだが、それをいじりながら、チハルは「うん」と頷いた。


「絶対に勝てるとは言えないけど、嫌がらせレベルで一矢報いる策はできるかな」

「よし、聞こうか」

「聞かせてくださる?」


 即答するろくでなし二人だった。


 そんな二人に、それを上回るクズが、作戦の内容を伝える。



「――と、こんなところだけど、どうかな?」



 聞き終えると、コウヤとテンカは、呆れたようにジト目をチハルへと向ける。



「よくそんな作戦思いつけるな、お前。悪党かよ」

「クズいですわね。プライドはないんですの?」

「助けを求めておいて、その反応はないんじゃないかな」



 さすがに凹むチハルだった。


 だが、確かに彼の策なら、高確率でキサキを泣かせることができるだろう。

 チハルを責めておきながら、ろくでなし二人は、ワルガキの笑みを浮かべて言った。



「一丁やってやるか」

「了解ですわ」



 というわけで、リベンジである。




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