1‐4 激闘、泥沼反則対決!




 比良坂キサキは落ち込んでいた。


 やってしまった。

 また自分だけ楽しんで、相手のことを考えるのを、すっかり忘れてしまっていた。


 だって嬉しかったのだ。

 同年代の子が、自分の好きな競技を一緒にしてくれるのが。


 従兄妹のチハルもたまには付き合ってくれるのだが、彼は冷めているので、すぐに勝負を諦める。魔力量も少ないため、だいたい一試合くらいしかしてくれないし、何より全力で向かってくれない。そんな相手とプレイしても、全く面白くないのだ。


 それに比べて、鏑木コウヤの相手は楽しかった。


 敵わないと分かっていながらも、全力で競技に参加してくれている。

 当たらない魔力弾をどうすれば当たるのか。どのタイミングでチェックポイントを通過すれば良いのか。わからないなりに、それを考えてくれている。


 だからこそ、今日一日で、このソーサラーシューターズという競技が、どれだけ楽しいかを分かってもらいたかった。


 こんな作戦があるんだよ、こんな技術があるんだよと、全部見せてあげたかった。

 それ故に完封状態になっていて、魅力が伝わるどころか、練習にすらなっていないのだが、そのことにまったく気づかないところが、キサキの悪いところである。


 そんな彼女に、呆れたようにタカミが小言を言ってくる。


「あのねぇ。サキ。もう少し相手のことを考えなさいって、いつも言ってるでしょ」

「……うん」

「嬉しいのはわかるけど、誰だって最初は初心者なんだからね。まあ、鏑木くんの場合は、身体は動いているから、思ったよりうまくプレイ出来てるけど」


 そう。

 鏑木コウヤは、筋は良いのだ。


 ただ、魔力銃の扱いにまったく慣れていないので、肝心のポイント取得に手間取っているだけのように見える。

 対戦競技であることを分かったうえでの牽制のかけ方や、キサキが狙った魔力弾を妨害するように魔力弾を放ったりと、ひとつひとつのプレイを、かなり考えて行っているのが見て取れた。


 その辺りは、一つのスポーツをやりこんだがゆえの感性なのだろう。

 元々、それを見越して誘っている所はあったのだが、思った以上の逸材だった。


 しかし、このままキサキが圧勝を続けてしまえば、育つものも育つまい。


「いい? 鏑木くんが戻ったら、今度はちゃんとひとつひとつ教えること。実戦の中で練習なんてのはね、基礎ができて初めてできることなんだからね?」

「うん。分かったよ」


 タカミに叱られてシュンとしながらも、気持ちを切り替える努力をする。

 コウヤが戻ってきたら、ちゃんと元気に迎えよう。塞ぎこんだままじゃ駄目だ。せっかく、付き合ってくれているコウヤに、気を使わせるようなことはしてはいけない。


 そして、トレーニングルームへとコウヤが戻ってきた。


「あ、コウヤくん。あのね……」

「おい、比良坂。すぐにもう一戦だ」

「え、え?」


 思わぬ言葉に、虚を突かれる。

 そんな彼女に構わず、コウヤはデバイスの準備をしながら急かすように言う。


「何呆けてんだよ。早く準備しろ。リベンジしてやる。あ、タカミさんも、フィールドの準備お願いします」

「いいけど……鏑木くん、大丈夫なの? さすがに、この短時間じゃ、魔力の回復もたかが知れていると思うけど」

「一戦分くらいは戻りましたから、大丈夫です」


 頑なな様子で言い切るコウヤを見て、タカミは不審に思い、ちらりとルームの外を見る。


 案の定というべきか。

 ルームの外には、面白いものを見る表情で、チハルが立っている。


 彼には助言の伝言を頼んだが、どうやらそれ以上のことをしたらしい。魔力の回復にしても、もしかしたら、少し分け与えている可能性もある。


 泉チハルは悪い少年ではないのだが、少し悪知恵の働く問題児だ。彼が一体何をけしかけたのかわからないが、きっとろくなことではないだろう。


 まったく、困ったものだ。

 ためらいながらも、まあ一戦だけなら、と、タカミは霊子庭園を展開させる。


「それじゃあ、準備してね」


 タカミの言葉に、コウヤが無言で頷いた。


 キサキも、想像以上にやる気を出しているコウヤを前に、調子を狂わされながらも、気持ちを切り替える。


 とにかく勝負ならば、本気を出さないといけない。

 手を抜くなんて考えはまったく無く、自分にできるベストをつくすことが、相手のためになると真剣に思っていた。


 コウヤの方を見ると、彼はデバイスを変えてきていた。


 ウィザードリィ・ゲームでは、魔法士はメインデバイス一つと、サブデバイスを二つまで持ち込んでいい。複数の魔法を組み込めるメインデバイスと、単一の限られた魔法しか組み込めないサブデバイスを使い分けて、勝負するのである。


 ソーサラーシューターズにおけるオーソドックスなメインデバイスは、拳銃ハンドガン型か小銃ライフル型である。


 しかし今回、コウヤはリストバンド型の、手首と一体化させるデバイスを選択していた。


 ということは、やはり気づいてきたのだろうか。

 そんなかすかな期待を抱いて、ワクワクし始める。先程までの落ち込みなんてまるで消えて、今ではコウヤに対して期待する気持ちが、大半を占めていた。


 展開されたフィールドは、小学校のグラウンドを模したものだった。

 要所に、障害物として運動器具が置かれている。それ以外は、先が見通せるプレイしやすいステージだった。



 そして、ゲームが開始する。

 スタートの合図が鳴ると同時に、コウヤは自身の手のひらに、魔力弾を生成した。


(やっぱり、ちゃんと気づいてくれた!)


 望み通りのものをコウヤが準備してくれて、キサキは飛び上がらんばかりに喜んだ。



 そもそも当たり前の話だが、銃というものは、狙ったものを当てるのはかなり難しい。

 魔力銃ともなれば、魔法式によっては弾の軌道を変えたりできるので、少し難易度は下がるのだが、これまで銃なんて使ったことのない小学生が、その場でできることではない。



 ならば、鏑木コウヤの場合は、どうするべきか。

 そう、魔力弾を、ボールのように扱うべきなのである。


(魔法はイメージ。どんなに数式や理論で魔法式を組んでも、それを最終的に操るのは人間なのだから、想像力がないと、魔法士としては大成できない)


 射撃競技と言いながら、ソーサラーシューターズは射撃武器が必須ではない。


 無論、それを使う方が、メリットが多いからこそ、大多数のプレイヤーは銃型のデバイスを持ち込むのだが、そこにメリットが無いのなら、あっさり捨ててしまうのが利口というものだ。


 魔力弾をボールのように扱い、投げて当てる。

 実際は、そこまで真に迫らなくても良い。最終的な計算は魔法式がやってくれるので、あとは鏑木コウヤの中にある、投手としてのイメージが、どれだけ現実を凌駕できるかという話だ。


 これで、ようやくコウヤは、『的を狙う』ことができるようになった。


 とは言え、それだけでキサキとコウヤの間にある実力に、差が生まれるとは思えない。


 相手が同じステージに立ってきたからこそ、一ポイントだって取らせてやるか――と、いつもの悪い癖が発動して、キサキは勝手に熱くなっていく。


 まずはその実力差を、もう一度見せつけてやろうと、キサキは小銃を構え、五十メートル先のフラッグを狙い撃ちしようとした。


 その時だった。


「『シュート』!」


 コウヤの声が響き、魔力弾が発射される。



 それとともに、キサキのデバイスが弾き飛ばされた。



「う、ええ!?」


 あまりにも突然のことに、驚いて何が何だかわからなくなる。


 コウヤはあろうことか、キサキのデバイスを真っ先に攻撃して弾き飛ばしたのだ。


 弾き飛ばされたキサキのデバイスは、数メートル先まで飛んでいってしまう。それを回収しに行くのは、ちょっとした時間のロスだ。


 素直に、上手いと思った。

 霊子体にダメージを与えず、デバイスだけを的確に狙う技量は、さすがとしか言いようが無い。それをこの短時間で気づくその感性も、生粋のプレイヤー体質だ。


 だからこそ、無様に不意打ちを受けた自分が許せない。


 無防備にデバイスを手放してしまったことに歯噛みしつつ、キサキはすぐさまデバイスを拾おうと、駆け出し始める。


 そこに。


「『オーバーチャージ』『シュート』!」


 またも、コウヤが呪文の詠唱をし、魔力弾を振りかぶる。


 ワインドアップからの綺麗な投球フォーム。慣れきったそのフォームから放たれた魔力弾は、あろうことか、背中を見せたキサキへと向けられていた。


 魔力弾の直撃が、無防備な背中に打ち込まれる。


 破裂するような衝撃と、芯に響く鈍痛。「ぎゃん!」と、女の子らしからぬ悲鳴を上げて、キサキが地面にぶっ倒れた。


 顔面を地面に強打して、更に激痛が走る。

 起き上がりながら、思わず怒鳴った。


「ちょ、ちょっと、何してんのコウヤくん! は、反則! プレイヤーを狙うなんて反則だよ!」

「ばーか! ちゃんと知ってんだよ、ペナルティはあるけど、ルール上はオッケーなんだってな! マイナス十点くらい、すぐに取り返してやる!」


 そう言いながら、すでにコウヤは数十メートル先にまで走っていた。キサキが倒れている間にもう移動を始めていたのだ。


 焦りを覚えながら、キサキはすぐさま立ち上がって、デバイスを取ろうと手を伸ばす。――のだが、その時、何かに足をとられた。


 ズルっと足が滑り、後頭部からすっ転んだ。


「い、ったぁあ~~~~~!!」


 頭を抱えながら悶え苦しむ。

 痛覚情報は軽減されているとはいえ、霊子体でも痛みは感じる。完全に痛覚を遮断してしまうと、競技に差し支えるからだ。そのため、こうして不意にダメージを負うと、思った以上に痛く感じる。


 一体、何に足を取られたのか。


 足元を見ると、グラウンドの地面がぬかるんでいた。どうやら、魔力弾を打ち込むと同時に、水の魔法を地面に放っていたらしい。


(嘘。もうそこまで、的確に考えられるようになったの?)


 ルール上、魔力を用いた攻撃で、直接相手の霊子体を破壊すれば、ペナルティが負わされる。しかし、間接的な攻撃――例えば今回のように、地面をぬかるませ、それに足をとられて転んだ場合などは、ペナルティの対象外となる。


 今日ルールを知った人間が、そこまで考えて作戦を立ててきているのなら、相当の逸材だ。


「あ、あはは」


 自然と、動悸が激しくなるのを感じる。


 やばい、楽しい。


 そう感じながら、フッと顔を上げた時だった。


「――え?」



 目の前に、魔力弾が迫っていた。



 百メートル先から投げられたコウヤの魔力弾が、キサキの座る地面――ぬかるんだ泥の上に着弾し、はじけ飛んだ。


 勢い良く、泥がキサキに襲いかかる。


「ぶはっ……。げ、ほ。げほっ」


 目や口に泥が入り、しばらく咳き込む。

 全身泥だらけになったキサキは、プルプルと震える。



(こんな……こんなの)



 ようやく、事の次第を把握した。

 嫌がらせじみたその攻撃に、ふつふつと、怒りの感情が胸のうちに湧き上がってくる。


(こんなの、どう考えたってチハのしわざじゃない!)


 こんな陰険な作戦、今日ルールを知ったばかりのコウヤが考えられるわけがない。

 キツネ面の食えない従兄妹の顔を思い出しながら、キサキは怒りを爆発させた。


(あったま来た! 絶対にゆるさないんだから!!)



 ※ ※ ※



 思った以上に、思惑通りに進んで驚く。

 コウヤは駆け抜けざまに、魔力弾で十ニ個目のフラッグを破壊する。


 これで、十ニ点取得。

 最初にキサキを攻撃した分のマイナスは取り戻し、更に二点手に入れたことになる。


 そこで二分経ったのか、メインフェイズへと移行する。

 オープニングフェイズ中に点数を稼いでおきたかったが、あまり時間をかけているとキサキに追いつかれてしまう。大幅にリードを作っている今のうちに、できるだけ突き放したい。


 ここから先は、フラッグだけでなく、飛来するクレーを撃ち落とすことになる。

 しかし、今のコウヤの実力では、クレーを撃ち落とすのはかなり難しい。それは、射撃から投球に作戦を切り替えた今でも同じだ。


 ならば、とにかく今は、フラッグ探しに力を入れるべきだ。


 グラウンドを模したステージには、数々の障害物がある。コウヤが一定のエリアに立ち入ると、その瞬間、物陰からフラッグが起き上がってこちらを向いてくる。


 的を見つけるとともに、コウヤは立ち止まり、オーバースローからのストレートを叩き込む。

 イメージは寸分違わず。

 僅かに左腕に痛みが走るのだけが厄介だが、ここまで問題なく投球を続けることができていた。


 このまま行けば、勝てないまでも、そこそこの点数は稼げるのではないか。

 と、そう思いながら、神経をとがらせながらフラッグ探しに勤しんでいた。


 まさにその時だった。


!! 『バースト』!!」


 とてもシューターズの試合とは思えない言葉とともに、とんでもないエネルギーの奔流が、背後から襲い掛かって来た。


 気づいた時にはもう遅かった。


 そのエネルギー弾は、目の前を飛来するクレー複数個と一緒に、コウヤの右腕をまるごとえぐりとっていった。


 吹き飛んだ右腕は、霊子の塵となって消え失せる。

 それとともに、鈍い痛みが走る。


「ぐぁぁああ! な、何しやがる!」

「あっははは! 斜線上に立ってるのが悪いんだよ! ボケっとしてると、また当てるわよ!」

「ペナルティは怖くねぇのかよ!」

「十点くらいすぐ取り戻すわよ! それ、『バースト』『バースト』『バーストショット』!」


 またも、レーザーのような魔力の線が、コウヤの真横を通過する。

 ただの魔力弾ではなく、明らかに魔法式をいじってある。特別仕様なのだろう。


 霊子体の右腕を破壊され、攻撃手段をなくしたコウヤに向けて、キサキは楽しそうに言う。


「あはは! これであたしの勝ちね! 悔しかったら当ててみなさ――ぎゃんっ!」

「望み通り当ててやったぞ!」


 得意になっていたキサキの鼻っ柱に、魔力弾がぶち当てられた。


「ちょ、なんで魔力弾……って、左!?」

「俺はもともとサウスポーなんだよ!」

「ぐはっ。ちょ、これでマイナス二十点よ!」

「マイナスなんて知るか! すぐに取り返せるだろ!」


 右腕をなくしているので、体のバランスはおかしいが、投げるフォームをとるのは、あくまで魔力弾の射出イメージのためである。


 右の時よりも精度は落ちるし、何より無理に振り切った左肘には激痛が走るが、気にしない。イメージ通り、威力の高い魔力弾が、キサキにぶち当てられる。


 気の済むまで、キサキの顔面めがけて魔力弾を投げまくる。


 そして――キサキは切れた。



「ああもう怒った! 絶っっっ対に許さない! ぶち殺してやるから覚悟しなさい! 『エナジーチャージ』『コンバージェンス』『オール』!」



 キサキが呪文を唱えるとともに、膨大な魔力が彼女から立ち上っていく。

 魔法に疎いコウヤにも、流石にそれが規格外であることは伝わってきた。


「ちょ、おいこら、加減を考えろお前!」

「知らないわよ! どうせ霊子体だから死にはしないわよ! 『セット』『流星弾雨メテオレイン』起動――『バースト』!」


 拳銃型デバイスを構えたキサキの周囲に、極大の魔力の塊が八つ生まれる。

 それらは更に複数の射線を引きながら、一斉に拡散して、コウヤの周囲へと降り注いだ。



 飛来するクレーが一掃される。

 ついでに、コウヤの霊子体も粉砕される。

 叫び声は、流星のごとく降り注ぐ魔力レーザーの前に掻き消えた。





 -28点 対 -163点。




 鏑木コウヤの初白星は、そんな結果となった。





 第一章『おてんば娘はシューターズがお好き』 終

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