1‐3 メガネでキツネな同い年
完封された。
案の定というか、結果は圧倒的だった。
ソーサラーシューターズのシングル戦。
ゲームは大きく三つのフェイズに分かれている。
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オープニングフェイズ・・・開始二分。周囲に出現したフラッグを撃ちぬく。
メインフェイズ・・・・・・クレーが射出され始める。五分間。
ラストフェイズ・・・・・・エネミーが出現する。三分間。
すべてのフェイズにおいて、フラッグは存在し続ける。
フェイズごとに追加される的を的確に射撃し、最終的に得点の多いほうが勝ちとなる。
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得点の内訳は、それぞれ以下のようになる。
フラッグ・・・一点 四十個
クレー・・・・二点 二十個
エネミー・・・四点 五体
プレイヤー・・・配布の『
合計、100点(霊子弾での得点を合わせると110点)
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他にも細かいルールはあるものの、基本的には、的となるものを撃って得点を獲得するというゲームである。
性質上、得点の過半数である60点を先取した方が勝ちになるので、制限時間以内に勝負がつくことも多い。
霊子庭園という結界を展開したステージは、現実が縮尺された情報空間である。
シングル戦では、直径二百メートルの円形フィールドが用意される。そこに、プレイヤーは肉体情報のみを再現した霊子体となって、プレイすることになる。
デバイスの持ち替えや、得点源の見極め、そして相手の妨害など、様々なスキルが要求される競技でもある。
さすがは大人たちの中で訓練したことがあるからか、キサキの実力は、素人では敵わないくらいに圧倒的だった。
「な、何が、素人でもできる、だ」
無茶苦茶難易度高いじゃないか。
息も切れ切れになりながら、コウヤは抗議を込めて言う。
まず、オープニングフェイズから話にならなかった。目に見えるフラッグをほぼ全部撃ちぬかれ、隠れているフラッグも、コウヤが見つけた端から奪われた。メインフェイズでは、フェイントを交えながらコウヤを上手く出し抜き、上空を飛来するクレーをことごとく撃ちぬく。その時点でほぼ勝負は決まっていたのだが、トドメがラストフェイズ。襲い来るエネミーを物ともせず、キサキは一体一体丁寧に撃破していった。
慣れているなんてものじゃない。
明らかに、勝ち慣れている戦い方だった。
「えへへ、あたしの勝ち!」
「お前、ちょっとは手加減しろよ……。何が何だか全くわからなかったぞ」
フィールド中を駆けまわって息も絶え絶えなコウヤに対して、まるで疲れを見せないキサキは、あっけらかんとした様子で返す。
「え、やだよ、手を抜くなんて。全力でやらないと、面白く無いでしょ」
「……てめぇ」
友達が欲しかったんじゃないのかと、喉元まで出かかったが、よくよく考えるとそんなことは一言も言われていないので、引っ込める。
結果的に、ふてくされたようにして黙ってしまったコウヤに、キサキは不思議そうに言う。
「なんでコウヤくん、銃を使おうとしたの? 君なら、もっといい方法があるでしょ?」
「は? いい方法?」
一体何のことを言っているのか。
訝しげにキサキを睨むコウヤだったが、そんな彼に構わず、彼女はマイペースに拳銃型のデバイスの整備をしながら、「よし、次やろう!」と張り切っている。
「いや、ちょっと待てって。少しくらい練習させろ」
「練習ならいっぱいできるでしょ? やっぱり、実戦の中じゃないと上達しないし、どんどんやっていこう!」
「お、お前なぁ」
「ほら、次だよ次! タカミ、お願い!」
トレーニングルームの隅にいるタカミへと、キサキは声をかける。
やれやれと言った風に肩をすくめたタカミは、近くにあるコントロールパネルを触り、再度、霊子庭園を展開させた。
霊子庭園は、魔力によって構成される。
本来の試合ならば、ゲーム展開用のエネルギーが用意されているのだが、ここは一般の魔法クラブなので、一部しか負担してくれない。必然的に、ゲームに参加する二人から、均等に魔力が消費される。
ふっと、コウヤの身体から魔力が抜けるのを感じる。それほど魔力量が多くない状態で、二度も連続で魔力を抜かれるのは、なかなかハードである。
「鏑木くーん!」
フィールドが展開される直前、ヒント代わりか、タカミが一声かけてきた。
「これは遊びみたいなものだから、好きな風にやっていいんだよ!」
「好きな風って、だからどうすれば……」
聞き返す間もなく、霊子庭園が展開され、空間が縮尺される。
目の前には、円形の壁を境として、見渡すかぎりの草原が広がった。
ステージとなるフィールドは、既存のデータから様々なフィールドが再現される。障害物だらけの廃墟や、海に囲まれたフィールド、中には、火山地帯なんてものもある。その中でも、遮蔽物が少ないないこのステージは、如実に実力差が出ることだろう。
まず目に見えるのは、乱立したフラッグ郡だ。
それらは全てではなく、地面に伏せた状態で隠されたフラッグもあることを、先ほどのゲームで確認している。一定のエリアに入らないと起き上がらないようになっているフラッグが、幾つかあるはずだ。
「ああ、もう! 仕方ない」
スタートの合図とともに、コウヤはとにかく、なりふり構わず飛び出した。
とにかく、勝負はオープニングフェイズだ。
メインフェイズ以降になると、クレーが飛び始めるので、得点のチャンスが少なくなる。流石に動く的を当てるなんて、素人の自分に出来るわけがない。
そんな風に思って駈け出したのだが、結果は芳しくなかった。
一応、手に持った拳銃デバイスを構えて、魔力弾を撃ち出しはするのだが、狙い通りに当たることは殆ど無い。
反対に、後ろから追いかけてくるキサキは、あっさりとコウヤが外したフラッグを撃ちぬいていく。
がむしゃらに向かっていくが、どの的も、コウヤが外した直後にキサキが撃ち抜いていく。
結局その試合も、全てキサキが得点し、完全試合となってしまった。
そして、それから更に二試合。
同じような試合続くことになる。
「は、ぁ。はぁ、はぁ、はぁ」
霊子体が解かれて実体を取り戻すと、コウヤはトレーニングルームの床に倒れ込んだ。
情報空間とはいえ、一キロの空間を全力疾走することを連続でやっているのだ。更には魔力消費まで重なっているので、スタミナは減る一方だった。
必死で息を整えようとしているところに、無慈悲な声が響く。
「はーい。じゃあ、五戦目!」
「ま、待て! マジで待て。死ぬ」
五回の競技で、全身の魔力は空っぽだった。
荒れた呼吸を整えるので精一杯で、身体を休ませるどころか、魔力を回復させる余裕もなかった。
リトル時代に鍛えた体力も、魔力の消費までは考えられていない。
魔力とはいわば生命力の余剰分である。
普段の運動においては、その余剰分も一緒に消費するので、運動をした程度の体力の消耗で死ぬことはまず無い。しかし、魔力を使い果たした状態では、体力の消耗とは生命力を直接削っていくのと同じである。
本来はそれも見据えて、魔力の温存や、ペース配分を考えるべきなのだが、何も知らずにやったため、しょっぱなから飛ばしすぎたのだ。
「は、ぁ。はぁ。と、とにかく、休憩させろ。さすがに死ぬ」
「あ、えと……大丈夫? コウヤくん」
「大丈夫に見えんのかよこれが」
本当に魔力は底をついていて、更には生命力まで消費してしまっている。今は最低限の体力で持っている状態だった。
抵抗や免疫も最低ラインにまで下がっているので、少しでも魔力を回復させないと、本格的に生命の危機だ。
本当に憔悴しきっているコウヤを見て、さすがに事態の深刻さに気づいたのか、それまで気ままに接していたキサキは、申し訳無さそうにシュンとする。
「ご、ごめんね。あたし夢中で……あ、タカミ、ドリンクは?」
「もう持ってきてるよ。はい、鏑木くん。栄養ドリンク」
やれやれと肩をすくめながら、タカミがドリンクの入ったボトルを渡してくる。
「魔力回復の促進効果があるから、これ飲んで三十分くらいは休憩した方がいいと思うよ。今、呼吸するのも苦しいでしょ?」
「はぁ、はぁ。あ、ありがとうございます……」
ピリリと舌に刺激がある飲料を飲む。
味は刺激的だったが、飲み心地はさっぱりしていて、清涼飲料水のようなものだった。
体力の回復は肉体依存だが、魔力の回復手段はいくつかある。
そもそもが、生命力の余剰分なので、常に生成され続けるのが魔力だ。生命力を活性化させれば、自ずと回復する。
「ちょっと最初にしてはハードだったからね。少し、外で新鮮な空気でも吸ってくれば?」
タカミのその提案に、コウヤは素直に従うことにした。
ちらりと、気を落としたしおらしいキサキの姿が目に入る。
一人で暴走してしまったことを反省しているのだろうか。
らしくないその姿が、若干気に障る。
「待ってろよ、お前」
「……え?」
コウヤは、トレーニングルームを出るところで、一言告げた。
「すぐ回復して、リベンジしてやるから」
反応も見ずに、コウヤは外の空気を吸いに出た。
※ ※ ※
リベンジするとは言ったものの、具体的な考えなどまるでなかった。
久良岐魔法クラブの中庭に設置されているベンチに座り、コウヤはだらしなく空を見上げる。
吹き付ける風を感じながら、とにかく作戦を考える。
負けず嫌いというほどではないが、せっかくやるのなら、その間は本気で取り組むというのがコウヤの性格だった。
本人はそこまで深く考えていないのだが、そういう性分なのだろう。自然と、どうすればまともな勝負に持ち込めるかを、考え始めていた。
まず一番の問題は、射撃能力の差である。
はっきり言って、コウヤが撃つ魔力弾は、まったく的に当たっていない。
四戦目に至っては、敢えて勝利は捨てて、射撃のみに意識を割いたのだが、それでもキサキの方が一枚上手で、止まっている的は全て相手に取られてしまった。
動いている的は言うに及ばず、まったく当たらない。あんなの、訓練しないとムリだろうという気分になる。
強行的にゲームをさせているキサキが悪いのだが、それは置いておくとして。キサキだけでなくタカミすらも、コウヤには現時点で、ある程度まともにゲームが出来るだけの可能性があるような口ぶりをしていた。
自分にできること……。
そんな風に悩んでいると、背後から声をかけられた。
「やあ。気分は良くなった?」
「……何だよお前」
振り向くと、同年代くらいのメガネを掛けた少年が、ニヤニヤしながら立っていた。
短い黒髪に、ふち無しのメガネといった風体は、真面目な小学生といった様子なのだが、その顔つきが問題だった。
大人びた顔立ちなのだが、知性と意地の悪さが同時に存在しているような表情をしている。端的に言えばきつね面だ。黙っていれば理知的だが、ニヤついているところが最高に胡散臭い。
疲れきっていて剣呑としているコウヤに、その少年は楽しそうに笑いながら言う。
「僕は泉。
「……俺、お前のこと知らないんだけど」
「そりゃそうでしょ。僕だって君のこと、サッちゃんが連れてきた男の子ってことくらいしか知らないし。あ、隣座っていいよね」
言いながら、チハルと名乗った少年は、答えも聞かずにコウヤの隣に座り込む。手には缶コーヒーを自分の分だけ持っている。
彼はその缶コーヒーをすすりながら、コウヤに向けて気安く話しかけてくる。
「僕はサッちゃんの従兄妹でさ。あの子の練習に、よく付き合わされているんだよ。正直、僕の実力じゃあ、まったく勝負にならないんだけどね。だから、君みたいな人が来てくれてすごく嬉しい……もとい、楽になってありがたいよ。やー。ありがたやー、ありがたやー」
「喧嘩売ってんのかおい」
わざとらしく拝むようなパフォーマンスをされて、思わず威嚇する。
そんなコウヤに、チハルは「滅相もない」と言った様子で、真顔で言う。
「違うよ。純粋に感謝しているんだって。何より、サッちゃんがあれだけ嬉しそうなの、久しぶりに見るしね」
そこは実際に本心なのか、胡散臭い笑みも純粋に見える。
「やー。しかし、サッちゃんも相変わらずだな。いきなり自分のペースで初心者を連れ回すんだから。トレーニングルームの外で見てて、どこまで突っ走るのかと思ってニヤニヤしてたよ」
そう、小憎らしい笑みとともに、愉しげにチハルは語る。
「まあ、あれであの子、悪気は無いからさ。許してあげて欲しいな」
「悪気がないんだったら、余計に質が悪いだろ。改善の余地がないってことだぞ」
「あはは、いいこと言うね君。うん、言われてみれば、確かにそのとおりだ」
チハルは、ケラケラと外聞もなく笑ってみせる。
楽しげに笑う様は、相手のことを全く意識していない気ままさがある。良く言えばマイペース、悪く言えば自分勝手。たちの悪さで言えば、キサキと大して差はないとコウヤは思った。
そんな似たもの従兄妹に目をつけられたのは、果たして良かったのだろうか。
「そうそう。これはタカミから頼まれたんだけどね」
「ん? タカミさんから?」
「『銃を意識しないで、得意なことやってみたら?』だってさ」
そう伝えたあと、肩をすくめながら続ける。
「あの人も中々優しいよね。フォロー上手っていうか。……あ、そういえば、タカミからは、自分の名前は出さないでくれって言われてたんだっけ。まずかったかなぁ。でもまあ、僕に伝言任せたんだから、どう言うかは僕の勝手だよね」
「お前、ほんと自由だな……」
しかし……得意なこと、ね。
「そうそう。あと、これルール表ね」
ソーサラーシューターズの競技ルールのデータファイルを端末に表示して、こちらに向けてくる。
考えてみると、キサキに言われるままにプレイしていたので、点の取り方とゲームの終了条件くらいしか把握していなかった。
端末を借りて、ルールを熟読していく。
こうしてみると、やはり他にも重要なルールがいくつかあった。
まず、自身の魔力によって対戦相手の霊子体にダメージを負わせた場合、マイナス十ポイントのペナルティがあること。
つまり、相手への直接攻撃はなしということだ。
これは、あくまで競技が射撃メインであることを示唆するルールだろう。
しかし例外として、試合中一発のみ配布される『
また、プレイヤーのどちらかの霊子体が消滅したら、その時点でゲームが終了するらしい。
つまり、終了時間を待つまでもなく、ゲームを終わらせることが出来るのだ。
それと、もっとも重要なのが一つ。
このゲームにおいて、的となるものを破壊するのは、自身の魔力攻撃であれば、なんだって良いという点である。
「…………」
そういえば、と思い出す。
テンプレート魔法式の中に、うってつけの魔法があったじゃないかと。
今のコウヤだと、既存の汎用的な魔法式の中でも、更に初歩のものしか扱えないが、逆に言うとそれだけは使える。この魔法クラブにはデバイスの貸出もあるし、それなら……。
「なあ。お前」
「なんだい、鏑木くん」
「お前もやっぱり、かなり魔法は使えるのか?」
「それがさっぱり。最低限の第一種感応だけで、そっちの才能はほとんど無いんだよね」
肩をすくめながら、飄々として言う。
しかし次に、にやりと笑いながら、チハルは口を開く。それは、自信に裏付けられた態度だった。
「ただ、知識だけなら、そのへんの魔法学府生よりはあるって自負してるよ?」
「なら、ちょっと聞きたいんだが――」
さて。反撃しようか。
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