1‐2 ようこそ久良岐魔法クラブ
ついてきてしまった。
翌日、比良坂キサキに誘われて、コウヤは、久良岐魔法クラブの門を叩いていた。
別に、それで何かが変わると期待したわけではない。
ただ、最後にキサキがこう言ったのだ。
「来ないの? いつまでも過去を引きずってグジグジしてるの、最高にダサいんだけど」
そこまで言われて黙っているほど、大人しくはなかった。
最も、そんな挑発に簡単に乗ってしまう辺り、まだまだ子供なのだが。
そんなわけで、ついてきた先は、魔法クラブである。
久良岐魔法クラブ。
ちょっとしたスポーツジムくらいの大きさの建物で、自治体が運営している施設である。
魔法のチャンネルを開いた人間を集め、その力の使い方を指導するというのが施設としての目的であり、予備校としての側面も持つ。
ここで所定の単位を修めると、義務教育が終わってから、魔法学府へと進学する資格を得ることができるのだが、まだ小学生であるコウヤたちにはあまり関係ない。
門をくぐったキサキとコウヤを迎えたのは、スタイルの良い若い女性だった。
「お帰り、サキ。あ、もしかして、その子が例の子?」
女性は覗き見るようにして顔を近づけてくる。
身体のラインが強調されたスポーツウェアは、思春期の少年には目に毒だ。年上の女性の姿にドギマギしながら、コウヤはそっと目をそらす。
その姿を、キサキが目ざとく指摘する。
「あ、コウヤくん照れてる。可愛いんだー」
「うるせぇ。何が可愛いだ。ばーかばーか!」
照れ隠しに、反射的な罵声を返す。頭の悪い受け答えをしている自覚はあったが、つい口走ってしまう辺りは小学生男子だった。
そんな子どもたちのじゃれあいを見て、女性は微笑ましそうな表情をしていた。
「鏑木コウヤくんだね。サキから話は聞いてるよ。私は、
「は、はい。よろしくお願いします」
リトル時代の習慣で、目上への礼儀は叩きこまれているので、居直りながら頭を下げる。そんな彼に、タカミは笑いながら手を差し出してきた。
反射的に手を出して、握手をする。
と――その時、ようやく気づいた。
「……もしかして、ファントムなんですか?」
「あら。意外と早く気づいたね」
嬉しそうに言いながら、彼女はフッと実体化を解いて、半透明になる。
霊子生体ファントム。
かつて、亡霊や精霊と呼ばれた存在の総称であり、明確な自我を持つ存在のことを指す。
一世紀ほど前からその存在が確認され始め、先の霊子戦争では、争いの中心に立っていた存在である。
強い因子が霊力を集め、霊子細胞となって発生したのがファントムだ。
現代において、ファントムにも一定の人権が認められており、最近では街中でも見かけることが多くなった。こうして、労働に勤しむファントムも多い。
ただ、ファントムは元が霊体なので、現実に干渉するには多大な魔力が必要となる。
それを軽減するため、ファントムは魔法士とバディ契約を結び、共存関係を取る。
「私はサキのバディなのよ。まあ、仮だけどね」
そう、タカミはキサキを見ながら言った。
魔法士はファントムと契約をすることで一流と認められる。故に、まだ十二歳のキサキがバディ契約を結んでいるというのは、破格のようなものだ。
最も、タカミが言うように、現在は仮契約で、本契約は魔法学府に通って、魔法士の資格をとってからになるのだろうが。
「お前って、実はすごいんだな」
「えへへ。そうでしょ」
素直なコウヤの感想に、キサキは得意気に鼻をこする。
てっきり、自分と同じで不意に魔法に目覚めたのかと思っていたのだが、この様子を見るに、元からその才能があったらしい。もしかすると、魔法の大家の系譜なのだろうか。
そんなことを考えていると、タカミが先を促してきた。
「それじゃあ、施設内を案内しようか。鏑木くんの目的は、
「はい。でも、こいつに言われて来ただけで、どんなものかはさっぱり」
なんとなく流れでついてきただけで、本気でやりたいという競技があるわけではない。
一体どんな競技があるのだろうかと、質問をしようとした時だった。
食い気味に、キサキが強く主張し始めた。
「シューターズ! 絶対シューターズやるの! コウヤくん、絶対うまくなるから」
「はいはい。サキの言い分は分かったから、強制はしないの。彼にだって、選ぶ権利があるんだからね」
興奮したキサキをなだめるように、タカミが言う。
その様子は、バディの主従関係というよりは、姉が妹の面倒を見ているような感じで、微笑ましさがあった。
まずは施設の案内ということで、久良岐魔法クラブの中を紹介される。
クラブ――魔法予備校というのは、魔力持ちに対して、最低限の知識と技術を付与するための機関である。
児童は多くの場合、二次性徴の始まる前後で魔法のチャンネルは開かれるので、毎年の身体検査などで、魔力への感応判定テストが行われる。そうして魔力持ちとなった子供は、簡単な講習や、魔力の扱い方を学ぶことになる。
実際コウヤも、夏にチャンネルを開いた時、病院が提携している予備校に一週間ほど通い、一通りのレクチャーを受けた。それ以上を学びたい場合は、こうして自身で予備校の門をたたく必要がある。
久良岐魔法クラブの中を案内してもらう。見たところ、施設内にはコウヤのような子供は少なく、どちらかと言えば大人の姿が多い。
それに対して、タカミが説明をした。
「うちは、直轄機関じゃないから、ジムとしての側面が強いのよ。だから、プロの魔法士よりも、大人になるまでほとんど訓練しなかった人なんかが、良く来るわね」
予備校には、主な役割が二つある。
魔法知識の学習。
魔法行使の訓練。
魔法を扱うためには、魔力を変換しなければならない。そのためには、呪文のように、命令を式として組む必要がある。これには、様々な知識が必要になってくるため、その『魔法式』を組むための学習を行う。
そして、すでに組まれた魔法式の扱いや、それを使った競技の習熟を目的とした、ジムとしての役割もまた、クラブの役割だ。
魔法式の作成については、まだコウヤの知識では難しいので、テンプレート化された魔法の扱いを学ぶところから入ることになるだろう。
「ウィザードリィ・ゲームについては、見たことはある?」
「一応、テレビなんかで見たことはありますけど」
ウィザードリィ・ゲームは、現代において世界的な興行として普及している。全国大会や世界戦などは、現代では専用の枠があるくらいの人気だ。
中でも一番人気は、『
魔法士同士、あるいは、バディ同士が、互いの霊子体が崩壊するまで戦い合う、魔法と格闘技が合わさったような競技だ。
ルールの単純さと、見栄えの良さから、誰もが熱中できる競技である。
年末の特番なんかは、コウヤもよく見ていた。
そのことを話すと、横からキサキがケチを付けるように言ってくる。
「マギクスアーツは確かに単純だけど、実際にプレイするのは難しいよ。魔法の習熟度がかなり高くないと、まったく勝負にならないんだよね。テンプレートの魔法だけじゃ、霊子体を崩すのはかなり難しいし。今のコウヤくんじゃ、ムリだと思うな」
「……そんなことはわかってる」
今の自分に、テレビに写っている魔法士のように、火を出したり、水を操ったりできるような実力があるとは思えない。
あんな風に魔法式を組んで、自由に扱えるようになるには、かなりの勉強が必要になるだろう。
少々ムッとしたコウヤをなだめるように、タカミが尋ねる。
「それで、他にはどんな競技を知ってるかな?」
「えっと……なんか、迷宮を攻略するのと、クイズ番組みたいなのは、よく番組が組まれているんで、見たりしますけど。それと、親父が、レースの奴が好きですかね」
迷宮の攻略――『
迷宮という、霊子災害を模したステージを用意し、いち早くそれを攻略したプレイヤーが勝利するという競技。バラエティ番組などでよく題材になる競技で、見ていて一番楽しい競技だ。
クイズ形式――『
魔法現象を使った問題を解き合う、謎解き競技。論理パズルじみたもので、騙し合いのような要素もある、玄人向けの競技である。
二つとも、番組としての編集が効く競技なので、主にバラエティ番組のような扱いで放送されることが多い。
また、レースというのは、『
その三つを上げた所、またもキサキが苦言を呈した。
「ドルイドリドルは、ステージ攻略するときに高度な魔法が必須だし、ワイズマンズレポートの方は、かなり知識がないと話にならないよ。それに、ウィッチクラフトレースなんて、運転技術も必要だし。どれも、コウヤくんじゃあプレイできないゲームだと思うんだけど」
「だから、それくらいわかってるって。知ってるのっていったら、これくらいなんだ。そんなに言うんなら、何が俺に向いてるのか言ってみろよ」
いちいち突っかかってくるキサキに苛つき、思わずそんな言葉を向けてしまう。
それがまずかった。
待っていましたと言わんばかりに、キサキは目を輝かせる。
「そりゃもう、なんたってシューターズだよ。ソーサラーシューターズ! 素人でも大丈夫なのはこれだけだよ。高度な魔法技術がいらない、戦略だけがものをいう、純粋な射撃競技!」
勢い込んで、活き活きとキサキは語り始める。
簡単にいえば、魔力弾を用いて、的を撃ちぬくという射撃競技である。
とは言え、その的となるものは多岐にわたる。
地面に立てられたフラッグから、空中を飛ぶクレー、そして動きまわるエネミーといった風に、様々な的を撃ち抜き、その得点を競うという競技だ。
確かに、この競技を行うには、魔力弾を生成して打ち出す魔法式さえあればいいので、今のコウヤにも参加できるゲームと言えるかもしれない。
しかし、興奮しきった様子で語りだしたキサキを見ていると、なんだか巧妙に騙されているような気がして来る。
思わず、確認を取るようにタカミの方を見てしまう。
「んー。まあ、サキが言ってることは、間違いではないかな」
苦笑を漏らしながら、タカミは安心させるように言った。
「上達してくると、特殊な魔法を扱って戦略の幅を広げることはあるけど、基本的には、的を狙って撃つだけの競技だからね。単純な魔法の訓練としても、人気がある競技ではあるよ」
「そうですか」
「そうなんだよ! だからやろ? ねえ、やろうよ。一緒に『
タカミの言葉に興味が湧いてきたが、隣で騒ぐキサキが鬱陶しい。
だが、そこまで言うのだ。よっぽど好きな競技なのだろう。
「つまり、お前は練習相手がほしいんだな?」
「そう! ……い、いや。違うよ! いや、違わないんだけど。でも、一緒にやってくれる人がいたら嬉しいなって、思ってるだけで」
嘘がつけない性格なのか、しどろもどろになりながらも言い訳をするキサキ。
その様子を見て、小さく苦笑を漏らす。
「分かったよ。せっかく来たんだし、ちょっとだったら付き合ってやる」
「ほんと! やったぁ!」
飛び上がらんばかりに喜ぶキサキは、そのまま、勢い良くトレーニングルームへと駆ける。
「じゃあ、ルームに行こ! ねえ、タカミ。早くルームの準備してよ」
「はいはい、分かったから、はしゃがない。それに、鏑木くんのデバイスも選ばないといけないんだから、少し待ちなさいって」
一人で勝手に突っ走るキサキを、タカミが引き止めながら、やれやれと肩をすくめる。
「ごめんね、鏑木くん。この子、見ての通り人の話を聞かないから」
「それはまあ、分かってましたけど」
「でも、嬉しいのは本当なんだと思うよ」
感慨深そうに、タカミはキサキの様子を見ながら言う。
「見ての通り、このクラブって、同年代の子がほとんど居ないからね。だからあの子、ずっと大人相手に練習してたんだよ。多分、同い年の子とやれるのが、嬉しいんだと思う」
「へえ」
少し感傷の混じった言い方に、思わず同情しそうになるが、ちょっと待て。
今、聞き捨てならないことを言われた気がする。
「……あの、矢羽さん」
「下の名前で呼んでいいのよ? 私はファントムだし、みんな呼んでるから」
「タカミさん。その……今、大人相手にって言いませんでした?」
「言ったね」
「それって、つまりあいつ……」
「一応、ゲーム前にコツとか教えようと思うけど……うん、頑張ってね」
グッと親指を立てて来るインストラクターの姿を見て、コウヤは早くも嫌気が差してきた。
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