第一部 久良岐魔法クラブ編

第一章 おてんば少女はシューターズがお好き 十二歳 冬

1‐1 冬は出会いの季節




 一月の心は、冷えきった鉄のようだった。


 十二歳。

 小学六年生の冬は、あまりにも寒く、心が凍りつくような気分だった。

 あと数ヶ月もすれば卒業する小学校も、六年間付き合ってきたリトルチームのマウンドも、今では彼の心を冷えさせる原因ですらあった。


 鏑木かぶらぎコウヤは、日が落ちる帰路を、身体を縮こまらせながら歩いていた。


 全身に負った打撲の跡が、寒さにしみる。

 この数ヶ月の間、なりふり構わず喧嘩をしてきたせいで、生傷が絶えない毎日だった。


 つい先程も、数人と喧嘩をしたばかりだった。


 中には体格の良い中学生も居て、終始劣勢だった。それでも、最後まで引かずに意地を張った。さっさと諦めて謝ればこじれなかっただろうが、コウヤには、それが出来なかった。


 喧嘩の結果はドロー。

 とは言え、一人の成果ではなかった。


「……いつまでついてくんだよ」

「いつまでって。君があたしの話を聞いてくれるまでかなー」


 不機嫌そうなコウヤの問いに、あっけらかんとした返事がされる。

 コウヤの後ろについていくようにして、一人の少女が歩いていた。


 長い黒髪に、くりっとした瞳。外見の要素だけを見ていくと、どことなく上品そうなお嬢様然とした少女なのだが、そのきれいな容姿も、喧嘩のあとでぼろぼろなため、台無しである。


 先ほど、上級生と取っ組み合いの喧嘩をしているコウヤの元に颯爽と現れ、加勢をしてきたのがこの女だ。


 見たこともない少女だった。


 少なくとも、コウヤの身近には、こんなに人懐っこさそうな女はいない。

 打撲だらけで痛々しい様子であるにもかかわらず、彼女はニコニコしながら、コウヤの周りをウロウロとして声をかけてくる。


「ねーねー。君って、新浜リトルでピッチャーやってた人でしょ? 今年の全国大会の決勝で、パーフェクトゲームやった。鏑木コウヤくんだよね? 違う?」

「違う」

「うっそだー。ダメだよぉ、嘘ついたら。調べは付いてるんだからね」

「だったらなんだって言うんだよ、この……バカ」


 一瞬、クラスメイトに言うようなノリで「ブス」と言いかけたが、少女の外見を見て、言いよどんでしまう。

 傷だらけであっても、可愛らしい容姿は、その魅力を失っていない。むしろ、際立っているようにすら思えた。


 ケンカの後だというのに、少しも弱さを見せない純粋な瞳。その無邪気な見た目が、眩しく思える。

 内心の動揺を隠すように、コウヤはぶっきらぼうに言う。


「つーか何。お前、ストーカーかよ。気持ち悪いからとっとと消えろ」

「なんでだよー。せっかく喧嘩、手伝ってあげたのに」

「誰も手伝えなんて言ってない」

「でも、あのままじゃ負けてたでしょ?」

「負けても良かったんだよ」


 そう。

 負けても良かったのだ。


 勝とうが負けようが、どっちでも良かった。

 ただ、誰かと殴り合っていると、無心になれる。

 殴られるとムカッとして、殴り返すとスカッとする。その単純な感情が、心地良いだけだ。


 そんなことを考えていると、ぼそっと少女が聞こえるように言った。


「なんか、馬鹿みたい」

「なんか言ったか?」

「くっだらないって言ったんだよ」


 何が彼女の逆鱗に触れたのか。

 吐き捨てるように、少女は言った。


「くだらない意地で、くだらない自己満足。ほんとバカ。バーカバーカ!」


 まくし立てるその姿からは、人懐っこさが剥ぎ取られ、素の彼女が現れているように思えた。


 そんな彼女は、「ふんす」と両手を腰に当て、胸を張りながら言った。


「夏までの君は、そんなんじゃなかったはずでしょ。少なくとも、全国大会の時の君は、やる気に満ちていた。違う?」

「……てめぇに何が分かるんだよ」

「分かるよ。だって、あたし見てたもん」


 全国大会決勝。

 ひりつくような太陽の下、脳の神経が焼き付くくらいに集中した、夏のマウンドの六回裏。あの極限状態でたどり着いた感覚を、思い出す。


 バッターにボールをかすらせもしない。身体は怪我と疲労で限界だったが、残り三球、きっちりと投げ切ってみせると誓った。

 眼球が乾ききるほどに目を見開き、歯は砕けるほどに食いしばった。全身の筋肉が悲鳴を上げても、気にせずに投げ切った。


 その瞬間に、己のすべてが終わってもいいと思った。

 例え終わってしまってでも、成し遂げたかったからこそ、投げ切った。



 その果てに――本当に終りが来るなんて、思いもしなかった。



「第二種感応判定。主に、身体強化に関わる魔力の運用」


 ふとつぶやかれた少女の言葉は、不意打ちだった。

 コウヤはぎょっとして振り返る。

 少女は嬉しそうに笑った。


「やっと、あたしの目を見てくれた」

「……何のつもりだよ、お前」


 憎々しげなコウヤの言葉に、少女は胸に手を当てて、上品そうに言う。


「『お前』じゃないよ。あたしは、比良坂ひらさかキサキ。西小の六年」


 名乗った彼女は、一つ頷くと、誘うようにして手を指し出した。


「君をスカウトしに来たの。コウヤくん、あたしと一緒に、クラブチームに入らない?」

「クラブ、だって?」


 何を言っているんだか、と。コウヤは鼻で笑う。

 今の自分に、それほど似合わない言葉はない。


「お前なら知ってんだろ。俺が、魔力持ちになったこと。そいつになっちまった奴は、一般スポーツの公式大会になんか出られなくなる。何のクラブチームか知らないけど、俺にはもう、公式試合なんて出来ねぇんだよ」


 半年前の夏。

 6イニング、死ぬ気でボールを投げた。


 実際に、身体が壊れるほどに、死ぬ気で投げてしまった。

 その結果、コウヤの身体はチャンネルを開いてしまった。


 第二種感応判定。


 身体の魔力を感知し、その果てに、上位次元である情報界にアクセスする権能を得た。


 生体エネルギーを感知するくらいなら、トップアスリートであれば誰だってやっていることだ。しかし、コウヤの場合はその先、上位次元を観測するチャンネルを開いたのだ。


 それは、現実を改変する法則――いわゆる、魔法を扱う才能に目覚めたのだ。


「もうボールは投げられない。投げたとしても、それは俺が投げたものなんかじゃない。よくわからない力が、勝手に投げちまうんだ」


 自然と魔力を運用し、現実を改変してしまう。


 そこまで行くと、公式スポーツへの出場はほぼ出来ない。


 実際、病院において、その判定を出されてから、コウヤはリトルリーグを脱退していた。中学になったらシニアに行くつもりだったが、それも断られた。これから彼が野球をするには、アマチュアの草野球くらいしかない。


 六年間掛けてきた思いが、あっけなく潰えた瞬間だった。

 そんな風に言うコウヤに、少女は言う。


「でもそれは、一般スポーツだったら、でしょう?」

「……?」


 疑問を浮かべるコウヤに、キサキは安心させるようにうなずいてみせる。


「見てて」


 そう言うと、彼女はポケットから手のひら大の端末を取り出す。

 そして、画面を操作し始めた。


「えっと、これがこうで……ん、あれ。あ、分かった」


 あまり慣れていないのか、たどたどしい手つきで端末を操作する。

 やがて、目的が達成できたのか、彼女は左手を上にかざして、見せてくる。


「うん。これでよし。いい、見ててよ? 『属性・霊子』変換コンバート『球形』。『スタートアップ』!」


 彼女の言葉とともに、かざされた左手の上に、球状の光体が浮かび上がる。

 それは、魔力を凝縮した塊で、強いエネルギーを周囲に拡散している。


「魔法。私達が、持ってる力」


 魔力の塊を魅せつけるようにしながら、彼女は言う。

 コウヤにも、その脈動を感じられる。

 無秩序なエネルギーの流れを、命令によって一点にまとめたものが、この魔力弾だ。ろくに訓練をしていないコウヤではムリだが、少女はそれを実演して見せているらしい。


 収束されたエネルギーは、発射の瞬間を今か今かと主張している。

 キサキは魔力弾を制御したまま、手のひらを正面に構える。

 そして、遠くを見つめながら、一言。


「『シュート』」


 言葉とともに、魔力弾が、ものすごい勢いで射出された。


 それは、二人がいる土手から、川を挟んで反対岸まで飛んで行く。

 目にも留まらぬ勢いで飛んでいった魔力弾は、対岸に立っている木を見事に撃ちぬいた。


 決して小さくはない木だ。

 それが、魔力弾の直撃を受けて、きしむようにしてその場に倒れた。


「ウィザードリィ・ゲーム」


 小さく、キサキは言った。


「魔法士たちの技術と知識を競うゲーム。魔法の力を持った人にしか出来ない競技。あたし達魔力持ちが、唯一参加できる、公式のスポーツ」

 ねえ、コウヤくん。と。

 キサキは手を差し伸べながら、言った。




「あたしと一緒に、『魔弾の射手ソーサラー』を目指さない?」




 ※ ※ ※



 二十六年前、戦争が終結した。


 別次元からの攻撃に、多くの国が苦戦を強いられた。異次元からの侵略者たちは、全てが科学法則以外の技術を用いて、襲撃をしてきた。


 世界中で、霊子災害が多発し、多くの人びとが犠牲となった。


 日本も例外ではなく、各地で起こる大規模霊子災害に対応するため、それまで表舞台に出ることのなかった『魔法使い』たちが、戦いにかり出されることとなった。


 霊子戦争と呼ばれるその戦いは、実に十年続いた。

 魔法使いだけではない。魔法の才能があるものにはその習得を努めさせ、効率のよい魔法の行使という観点で、魔法の研究が勧められた。


 そして、十年。

 世界各国で行われていた霊子戦争は終結し、後には、魔法という技術の普及という結果が残されることになった。


 人工魔法オーバークラフト


 現代において、人が魔法を使うためのシステムを、体系立てたもの。

 魔法の呪文などを『魔法式』というプログラムとして扱い、より単純に、より高度な術式を組むための技術。


 現代において、その技術を使うものを、魔法士と呼ぶ。


 そして――時代は変わった。

 かつては戦争の道具として扱われた魔法だったが、今では一般社会において、様々な形でその技術が普及している。


 中でも一番の変化は、魔法競技の出現だろう。


 ウィザードリィ・ゲーム。


 魔法士たちがその技術を競い合う、総合魔法競技会。


 霊子庭園という結界を展開し、魔法士はその中で、身体情報を元にしたコピーである霊子体となって、競技を行う。


 種目は多岐にわたる。単純に戦い合う魔法格闘戦や、レース、射撃、迷宮攻略、謎解きと言った、様々なジャンルが存在し、あらゆる分類で、魔法士の技能を競い合わせる。


 興行としての側面もあるウィザードリィ・ゲームは、今では通常のスポーツとは違った魅力があるとして、人気の娯楽となっていた。



 そんなウィザードリィ・ゲームに、鏑木コウヤは誘われたのだった。


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