ソーサラーシューターズ

西織

序章 魔弾の射手の帰還



 目に映る景色に、青いベールが引かれた。

 現実と隔絶された世界。現実界と情報界の間に、架空の空間を作り出す。

 霊子庭園と呼ばれるそのフィールドは、これから行われる競技の試合場である。


 プレイヤーとなる魔法士は、自身の肉体のアバターである霊子体を作成して、霊子庭園内で競技を行う。

 霊子体で負った傷は、基本的には現実に反映されない。この仮想の空間において、魔法士たちは己の鍛え上げた魔法を全力で扱うことが出来る。


 魔法競技、ウィザードリィ・ゲーム。

 いまや魔法は、競技試合が興行として人気を集めるほどになっている。


 格闘競技やレース競技、謎解きに迷宮攻略と、様々な競技が存在するが、その中に、射撃に特化した競技がある。


 魔法射撃競技ソーサラーシューターズ


 フィールドに用意された様々な的を、制限時間内に撃ち抜いて得点数を競い合う、技術と戦略を問われる競技である。


「ふぅ」


 鏑木かぶらぎコウヤは、霊子体となった体の調子を確認する。

 現実と寸分違わない自身の体。仮想の肉体は、むしろ現実よりも扱いやすいほどだ。


 魔法を使うためのデバイスを構える。

 彼が愛用するのはショットガン型のデバイスだ。魔力弾の魔法式がデフォルトで入っている他、距離の測定や魔力を散弾する機能などが付いている。


 中に入っている魔法式を確認している所に、横から声がかけられた。


「こちらの準備はできましたわ。コウヤ」


 白装束を身に纏って、ふわふわと浮遊している女性だった。


 名を、冬空ふゆぞらテンカ。コウヤのバディである。


 雪女のような外見の彼女は、霊子生体ファントムと呼ばれる神霊である。かつて精霊や亡霊と呼ばれた存在が形を持ったもので、生命の上位存在とも言われている。


 ウィザードリィ・ゲームにおいて、ファントムは魔法士とバディを組んで、競技を行う。


 彼女は上品にコウヤの側に立ちながら、不敵に笑ってみせる。


「久しぶりの相手ですわね。まさか、手加減しようだなんて、思いませんわよね?」

「冗談言うなよ。昔、さんざん煮え湯を飲まされたんだ。勝てるチャンスがあるのに、みすみす逃すもんか」


 こちらも不敵に返しながら、コウヤは目の前を見る。

 そこには、一人の少女と、そのバディである女性が立っている。


 きれいな黒髪をストレートにおろした少女は、かつてのように爛漫とした表情で、活発そうに笑いながら言った。


「コウちゃん、こっちはいつでも良いよ」


 比良坂ひらさかキサキ。

 コウヤを魔法競技の世界に引き込み、共に高めあったライバルの少女。

 爛々と輝く瞳が、興奮を隠しきれずにこちらに向けられている。その燃えるような情熱は、もう何年も前から、ずっと変わらない。


 彼女のその情熱に憧れて、コウヤはここまで来た。


「そっちが申し込んだ勝負だ。病み上がりだからって、容赦しねぇぞ」

「あったりまえだよ。気を抜いたら後悔するんだから、全力で来てよね」


 そう言いながら、彼女は愛用のライフル型デバイスを手に持ってみせる。


 気を抜いたりするもんか、とコウヤは心中で苦笑する。かつて、試合を楽しむために後手に回った結果、彼女に瞬殺されたことがあるのを思い出す。せっかくの楽しい時間なのに、一瞬で終わってしまってはもったいない。


 小さく息を吐く。仮想の肉体に、魔力が駆け巡るのを感じる。

 ふと、懐かしい空気を感じた。


 その空気に身を浸したまま、試合が始まる。




『オープニングフェイズの開始です』




 アナウンスとともに、フィールド中に固定の的が現れる。


 オープニングフェイズは、固定された的フラッグの射撃である。


 直径二百メートルのフィールドは、シューターズ専用の試合ステージである。外周部に配置されたプレイヤーは、そこからフィールド中に用意されたフラッグを射撃する。


 魔力で視力を強化しながら、魔力弾で的を撃っていく。


 キサキが絨毯爆撃のように大量の魔力弾を降らせてくるが、すでに対策済みだ。バディの助けによってそれを防ぎながら、出来る限りの的を打ち抜く。


「あーっはっはっは! 何度も同じ手は喰らいませんわよ、弾幕娘!」

「あら、だったら、私の相手もしてもらうかしら?」

「げ、お姉さま!?」


 高笑いをするテンカと、それに追随するは、キサキのバディである矢羽タカミである。


 二人のファントムがぶつかり合う。上位存在であるファントムの攻防は、それだけで周囲に衝撃波を撒き散らすほどの威力がある。


 そうして、固定のフラッグが次々に破壊されていく。



『オープニングフェイズ終了です。メインフェイズを開始します』



 フェイズが切り替わる。


 メインフェイズは、飛来する的クレーが出現する。

 制限時間内に、場外から射出されたクレーを、的確に撃ち抜いていく。いつ、どこから射出されるかわからない的を、プレイヤーは僅かな情報から見つけ出さなければいけない。


 コウヤがフィールドの中央に移動すると、そこにはキサキも現れていた。どうやら考えていることは同じのようだ。


 互いに牽制の魔力弾を放ちながら、次に来るクレーの射出方向を意識し続ける。


「貰った!」

「ううん、あたしの方が先!」


 二つの魔力弾がぶつかりあう。

 コウヤの魔力弾は弾かれ、その後に続けて打ち出されたキサキの魔力弾が、クレーを破壊する。


 それが最後のクレーだった。




『メインフェイズ終了です。ラストフェイズに移行します』




 アナウンスとともに、周囲に魔力の渦が生まれる。


 ラストフェイズは、生きた的エネミーである。

 魔力で生み出されたエネミーが複数体現れ、プレイヤーを襲ってくる。それらを、魔力を利用して倒さないといけない。


「くそ、キサキお前、また大型エネミーを!」

「へへん、悔しやったら倒してみろ!」


 目を琥珀色に輝かせながら、キサキは大型エネミーに向けて魔力弾を撃つ。

 全長三メートルはある巨人型のエネミーが、ただの一発で消し飛ぶ。それはキサキだけに許された魔法であり、コウヤには真似出来ない技である。


 ならばと、コウヤは側に現れた小型エネミーを即座に撃ち抜いていく。その精密な射撃は、この数年で会得したもので、その実力は、子供の頃とは比べ物にならない。


(あぁ――楽しい)


 自然と顔がにやけてしまうのを、コウヤは止めることができなかった。


 もう何年も前。中学生の頃に、コウヤはキサキと何度も試合をした。殆どは負け試合で、はっきり言って勝負にもならなかったが、今は違う。


 憧れた少女と、こうして撃ち合えている。一進一退の攻防で、競い合えている。その事実が、たまらなく嬉しかった。


「ねえ、コウちゃん」


 ふいに、キサキが声をかけてきた。

 彼女もまた、満面に笑みを浮かべて、引き金を引きながらこちらを振り返ってきた。


「すっっっごく、楽しい!」


 その言葉に。

 コウヤもまた、引き金を引きながら、彼女に笑ってみせた。


「ああ、俺もだよ!」



 その魔力弾は、最後のエネミーを撃ち抜いた。




 ※ ※ ※




 Wizardry Game Another Episode




 ソーサラーシューターズ




 これは、魔弾の射手ソーサラーを目指す物語。

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