第28話 青龍姫コンステラは少年の力量を測る。

 魔帝国リギアの歴史は、遥か昔のコルム王の時代にまで遡る事が出来る。まだ国という概念すら無かった時代、彼の一族はその圧倒的な力を以てプオリジア大陸に散らばる多くの魔族をまとめ上げ、今日まで続く魔帝国の基礎を築いた。そして、コルム王はそれらの種族の中でも特に強大だった四つの種族に国の四方の守護と管理の任を与え、これが今も続く【四貴族制】の基礎となったのだ。



「そんで、これからその四貴族達を説得しに回って、革命に協力してもらうってわけだ!」

「なるほどね!」

 村を出発した俺達はまず、旅の目的と次の目的地を再確認した。リギア魔帝国はとても広い国なので、中央の魔王だけでは国を維持する事ができない。そういうわけで四貴族の治める四方の州には、それぞれ一国に匹敵するレベルの自主権が与えられている。

 東は深き森と湖を守護する青龍の種族。

 西は燃える平野を守護する白虎の種族。

 南はエンオーザー山脈を守護する朱雀の種族。

 そして北は風王山を守護する玄武の種族。


 俺達が最初に向かうのは、この村から最も近い場所にある東の青龍の州だ。先生の話によると、今の道をずっと進んで大きな道に出た後、道なりに日が三回昇るまで歩けば関所に辿り着くらしい。街道沿いには宿や【がう車】に乗れる場所もあるらしいので、それなりに楽な旅になるだろう。


「おっ、宿屋だ。」

「早速あったね。」

 街道を進んでいると、さっそく最初の宿屋を発見した。と言っても今はまだ昼だし、ここはスルーして次の宿屋を目指す事にした。宿と宿の間隔は、だいたい日が昇ってから落ちるまでと聞いていたので、少し急げば日暮れまでに次の宿屋が見つかるだろう。

 しかし、丁度その時だった。俺たちが宿屋へ続く道から遠ざかろうとすると、まるでその瞬間を狙っていたかのように空が曇りはじめ、あっという間に雨雲が空を覆ってしまった。


「こりゃダメだな…。」

「ダメそうだね。」

 仕方なく振り返り、目先の宿に引き返す俺たち。宿屋のご主人は一部始終を見ていたようで、笑いながら俺たちの宿泊を歓迎してくれたが、あまりにもご都合的な雨雲のせいでこの人が俺たちを宿泊させる為にわざわざ雲を呼び出したんじゃないかと疑いたくなった。肝心の宿屋は二階建てでそれなりに大きく、宿泊スペースは二階で、一階は酒場だ。外には【がう車】の厩舎も完備してある。がう車での旅も楽しそうだが、料金は決して安くないので考えものだ。


「お客さん、なんにのみます?」

「俺はキウイドリンク。」

「私もキウイドリンク。」

 泊まったからには何か飲めと言われたので、俺たちは真水代わりのキウイドリンクを注文した。二杯でたったの20ギネラだ。こういう宿屋は泊まるだけなら無料だが、何か注文して金を出さないと店主に愛想を尽かされてしまう。


「雨だねー。」

「いよいよ降り出してきたな…。」

 ザアザアと降りしきる雨を窓越しに眺めながら、頬杖をついて時間を潰す俺たち。こういう時こそ地図を広げて旅の進路を確認する絶好の機会なのだが、あいにく確認は村を出た後ですぐに済ませてしまった。二人で適当に地図を眺めても、行ってみたい街の名前を指差したり、変な地名が無いか探す事くらいしか暇を潰す方法が無いから退屈だ。

 宿の中を見回すとゴブリンが一人。ゴブリンが二人。ゴブリン三人。リギアに住む少数種族の中でも特に人口の多いゴブリン族は、どんな仕事も格安で請け負ってくれるので、こういう宿屋ならどこでも当たり前のように雇われている。長旅の荷物持ちとして雇う場合もあるそうだが、力自慢の俺たち黄龍族には関係なさそうな話だ。

 しばらくすると、雨の中を走る【がう車】の音が聞こえてきた。車輪が水をはね、がうがうの走る音がだんだんと宿屋に近づいて来る。

 カランカラン。宿屋の玄関が開き、入ってきたのは豪華な衣装を身に纏う青龍の女性と、似合わない正装を着たゴブリン達が数名。様子からして貴族とそれに仕える小姓だろうか。


------------------------


「何だこの寂れた小屋は。」

 純白の鱗に覆われた青龍の女性が呟く。すると、小姓のゴブリンが真面目な返答を返す。

「はい。宿と呼ばれる旅人を宿泊させる為の施設です。」

「そのような事は聞いておらん。妾の泊まる宮殿は何処だ。」

「はい。亡霊の谷を抜けた先ですが、この雨ではガウガウが進めません。」

「つまりはここで足止めを食らえと言うのだな。妾に。…まあ構わん。存分に持て成せ。」

 そう言うと青龍の女性は小姓に持たせたギネラの袋を宿屋のご主人に手渡させ、「一番良い部屋へ案内しろ」と命令した。お金の詰まった財布はずっしりとしていて、それを見た私は「貴族ってお金持ちで羨ましいなー」と当たり前の事を思ってしまった。

「おい…待て。」

「…!?」

 遠くの席から羨ましそうに大金を眺めていると、突然青龍の女性と目が合い、声を掛けられた。どうせ庶民の私をバカにするんだろうなー。と身構えたが、どうやら彼女が声を掛けたのは私ではなくアルケイドの方だった。


「良い剣だな。何処で手に入れた。」

 青龍の女性はアルケイドの剣を一目見るなりゴブリン達に追加の金を用意させ、大金の詰まった財布を私たちのテーブルの前にドンッ!と置いてみせた。

「300,000ギネラだ。これで妾に譲れ。」

「……正気かあんた?」

 強気な顔でアルケイドを睨む青龍の女性。しかし、いくら金を積まれてもアルケイド君は剣を手放さない。それも当然だ。この剣に施された装飾はアルケイドが王位の後継者であることの正当な証。万が一手放してしまったら私達の冒険はここで終わってしまうかもしれない。


「900,000ギネラ。」

「…だからいくら出されたってこいつは売れないっての。」

 何度断られてもしつこくギネラを重ねていく青龍の女性。300,000ギネラから始まった交渉は、とうとう3倍の900,000ギネラにまで達してしまった。

「おい、妾の杖と冠を出せ。」

「しかしコンステラ様……。」

「妾が賜った代物だ。妾がどう捨てようと勝手であろう。」

 ギネラを出し尽くした青龍の女性は、小姓のゴブリンにガウ車から金銀宝石の鏤められた豪華な杖と冠を持ち出させ、この二つで剣と取引しないかとアルケイドに再度交渉を試みた。杖と冠の価値は目測で換算しても合わせて2,500,000ギネラ以上。とんでもない価値の代物だ。これだけあれば当分裕福な暮らしが出来てしまうだろう。もしも私がアルケイドだったなら、たぶん…。いや、絶対に取引に応じてしまったに違いない。


「あ、アルケイド…。」

 少し心配になった私がアルケイドに声を掛ける。だが、アルケイドは私が心配するまでもなく、最初から取引には応じない姿勢を見せていた。

「心配すんな。売る気はねーよ。…それよりもあんた、一体何者だ?」

「ふむ。自己紹介が遅れたな。妾は東方を守護する青龍族の代表。頭領家三女のコンステラだ。」

「代表…!?」

 彼女の言葉に私は驚いた。私達が最初に会いに行こうとしていた青龍州の代表とこんな場所でばったり出会ってしまうなんて、とんでもない偶然だ。


「運命とは数奇なものだな。まさかこのような場所で王位継承者と相見えるとは。」

 青龍の尾を振り、卓上に置かれた冠を手に取って被るコンステラ。豪華すぎる衣装に見劣りしないその冠は、目が痛くなるほど彼女に似合っていた。

「お互い様だろ。それよりもあんた、どうも俺の事を知ってるみたいだな。」

「無論だ。王より東方の守護を任されし我が一族。その頭領たる我が一家に王位継承の剣を知らぬ者などおらん。一目で直ぐに気づいたぞ。」

「知った上で剣を買おうとしたんだな。俺を試す為に。」

「そうだな。君が早々に剣を手放すような愚か者であれば、もはや君に王となる資格は無い。」

 アルケイドを見て、満足のいく答えが出たのか少しだけ微笑むコンステラ。


「少年よ、まだ名を聞いていなかったな。」

「俺の名はアルケイド。アルケイド・クランキルトだ。」


 コンステラの微笑みに明るい返事を返すアルケイド。それからもう少しだけ三人で話をしたけど、どうやらコンステラはちょうど朱雀の州から青龍の州へと戻る途中らしく、目的地も同じ場所なので一緒にガウ車に乗せてもらえることになってしまった。

 それはもちろんありがたい事だけど、アルケイドと二人だけの旅ができないのは、ちょっとだけ退屈かも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る