結婚式(17)

「今の会話と状況の、どこが涙腺を刺激するわけ」

 きつい声を投げつけたのはあやめだ。


「うるさいなぁ」と叱りつけながら、総一郎そういちろうは袂からごそごそとハンカチを取り出し、ぐすぐすと鼻をすする。


「いや、だって……。こんなに綺麗な女性が、今日から僕のお嫁さんになってくれるなんて……」


「ちょ……。恥ずかしいからやめてよっ」

 僕はなんて幸せなんだろう、とまた泣き出す総一郎に、琴葉ことはは真っ赤になって怒っている。


「その綺麗な琴葉さんが、白無垢に着替えている様子もばっちり撮影しました」

 あやめがカメラを掲げ、ドヤ顔で言う。


「現像できないような写真じゃないよね、あやめちゃん!?」

 驚いて琴葉が尋ね、夏奈なつなも目を丸くしている。あやめは澄ました顔で、えっへんとばかりに「その辺は大丈夫です」と頷いた。


「だけど、総一郎には刺激が強いかもねー」

 そんなことを言って、また泣き顔の総一郎にどやしつけられている。


 そんな様子を見ていて、おれは次第に不安になってきた。


 さっきの着替えの時の赤面といい、今のあやめの「総一郎には刺激が強いかもねー」発言といい……。


 まさかなぁ、と思いながらおれは総一郎の顔を一瞥する。

 あやめと口げんかをしているが、まだ耳が赤い。


「なぁ」

 おれは声をかける。「妹のくせに生意気だ」、「あんたこそ、音葉おとはさんぐらいお兄ちゃんの貫録をみせなさいよ」と言い合っていた総一郎は、おれの声に反応して、「はい」と顔を向けた。


「まさかと思うけど、今日が本当の『初夜』じゃないよな」

 おそるおそる尋ねると、あやめは押し黙り、夏奈は目を剥く。琴葉は狼狽え、総一郎は真っ赤になって失神寸前だ。


「……え、まじで? 本当にそうなの?」 

 思わず呟くと、夏奈が、ぐぃんと琴葉の顔を下から覗き込み、「え。違うわよね」と真剣なまなざしを向ける。「意気地なし」。あやめなどは軽蔑するように総一郎を一瞥した。


「いや、それはないですよ」

 くつくつと押し殺したような笑い声が廊下に広がり、おれたちは一斉に振り返る。

 そこには、冴村さえむらが口元を緩く握った拳で隠しながら笑う姿があった。


「たまにね、朝、菅原さんと挨拶をした時に、『違う匂い』がするときがあったんですよね」

 冴村は楽しそうな色を瞳に滲ませ、総一郎を見た。


「今日、貴方とお会いしてようやくわかった。あなたのコロンか香水の匂いだ。彼女の移り香になるほど一緒にいて、朝出勤してくるってことは」

 冴村はおれを見て肩をすくめる。「そういうことなんじゃないですか?」。そう続けた瞬間、おれはどっと力が抜けた。


「いや、良かった……。マジ良かった」


「なにがよっ! ちょっともう、変なこと言わないでよっ!」

 琴葉が真っ赤になっておれに怒鳴るが、おれは睨み返す。


「だってお前、そういう相性も大切だろうがよ! そんなん確かめもせずに結婚して不幸になったらどうすんだ!」


「はぁ!? もう、こんなところでそんなこと言うの、ありえないんですけど!!」


「いや、ほんと、音葉ってそういうところあるよね」

「ほら、姉さんもそう言ってる!」


「夏奈だって、さっき心配したろうがっ!」

「……ちょっと本気で信じかけたのは、確か……」

 内輪でわいわいと言い合っていたら、冴村が「さて」とひとつ声をかけた。


「そろそろ、準備をしましょうか」

 にっこりと笑うその彼女に、おれたちは慌てて頷いた。

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