ホーム(4)

 おれはスマホを耳から離し、パネルを見る。

 リダイヤルの気配はないし、多分こちらからもう一度かけたところで、電話を取るとも思えない。

 おれが三度目のため息をついたとき、駅のアナウンスが流れた。


「2番線に、列車が到着いたします。ご注意ください」

 背後からは、男の「足元、気を付けろよ」という声と、「ありがと、ゆうくん」という女の声が聞こえて、「こどもかよ」と反吐が出そうだ。


 さっきみたところでは、あのカップルは二〇代前半にみえた。

 新婚なのか。

 それともまだ、未婚のままなのか。


 ふと、自分と夏奈なつなが彼らと同じ年だったころを思い出す。

 思えば。

 あの時から、避妊なんてしてなかった。


『赤ちゃんが出来るといいね』

 と夏奈は結婚して一年後ぐらいから言い始め、そのときから避妊をやめた。

 だが。

 三二才になった現在も。

 その『赤ちゃん』がおれたち夫婦に来ることはない。


 ぼんやりと闇の中でも黒く艶やかに浮かび上がるレールをみていたら、横から冷たい冷気が吹き付けられ、顔を起こす。


 列車が、ホームに滑り込んできたのだ。

 丸い二つのライトが、闇を駆逐するというよりは切り裂くようにして、まっすぐ伸びた。


 十二月末だが、今年は、雪が降らない。

 まだ、なんだか暖かいのだ。


「来年の夏ごろ生まれるから、夏っぽい名前が良いな」

 背後で男が言った。


 気が早い、というのは子の命名のことらしい。

 おれは首の周りに巻いたマフラーに首を埋めるようにして男の声をやりすごす。


 聞きたくない。

 心底そう思った。


 ふぅ、と小さく息を吐くと、それでも辛うじて白い息が舞う。今は冬だ。夏の話なんて聞きたかねぇ。


 おれは前だけ向き、到着した列車の扉の前で立つ。

 電車は指定の場所にたがわず停車し、自動扉を左右に開いた。

 降りる客は二人だったらしく、降車を確認し、おれは素早く電車に乗り込む。


 車内は、そう混んでいる方ではない。

 席はすべて埋まっていたが、立っている人間は数人で、皆一様にイヤホンを突っ込んでいるか、手元のスマホを眺めているかのどちらかだ。


 車内には。

 他人を気にしているような乗客はいない。

『外』にいるのに、まるで『小さな個室』にでもいるような顔をしていた。


 おれはなんとなく、出入り口付近に立つ。

 ふと見ると、背後にいたカップルは、迷わず『優先座席』と窓ガラスに貼られた席の前に立った。


 優先座席を一瞥すると、ベンチタイプの6人掛けシートに、5人が座っていた。

 連結部分と隣接する奥から順に、居眠りをしている大学生風の男、背広を着て、タブレットを操作しているイヤホンを付けた男、後期高齢者風の女性二人。


 そして。


 一番扉側であり、立っているおれの最も近くに座っているのは、栗色のふわふわした髪の毛と、鳶色の瞳をした青年だった。

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