第149話 スツール(12)

 手すりの無い浴槽にそう君が入るのはどう考えても無理なので、洗い場でシャワー浴だけしてもらって、終わったころに声をかけてもらうようあらかじめ言っておいた。シャワーも私が切るから、くれぐれも無理しないで、と。浴室から出るときに、また私が総君に肩を貸して出てくればいいや、と思っていたのだけど。


 シャワーの切り替えで服がぬれるのを気にして薄着で入ったのが失敗だったらしい。


『コトちゃん。ごめん。手伝って』

 そう言われ、耳を澄ますと、シャワー音がする。はいはいと私はズボンを脱いだ。バスタオルを持って『開けるよ』と声をかける。


 半透明の浴室の二つ折り戸を押すと、やわらかい湯気が頬を撫でて通り過ぎて行った。間断なくシャワー音も続いている。


『いつもどうしてる? 患側に回った方が良い?』


 靄かかった湯気の中に立つ総君を見上げ、私は尋ねる。

 腕を伸ばして、シャワーを切った。

 総君は瞳と同じぐらい色素の薄い栗色の髪にお湯を滴らせ、目を見開いて私を見降ろしている。


『どっち支える?』

 なんだろう、と確かに不思議に思った。やけに凝視するな、と。


『こ、コトちゃん。服……』

 総君は右手を浴室の壁につき、なんだかのぼせとは別の赤い顔で私を見ている。


『服……? 総君の?』

 尋ねると、『違うよっ』と何だか焦った声を投げつけられた。『その恰好のことっ』。続けてそう言われ、肘から先の無い左腕をぶんぶん振り回しているけれど。なんかよくわからないや、と彼に近づいた。


『左腕持つよ。滑らないでね』

 私は、総君の左上腕をしっかりと支え、扉に足を向ける。


 なんとか転倒せずに、脱衣所兼洗面所まで出て、ほっと息を吐いた時だ。

 気付けば裸の総君が抱きしめてきた。


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