第142話 スツール(7)

 そう君は長い沈黙の後、「え?」と短く尋ね返す。


「今晩、一緒に過ごして、それでも総君がやっぱり私にそう言いたかったら、明日の朝、もう一度言って」


 総君の背中のTシャツを握る。握ってから、自分が寒くもないのに震えていることに気づいた。空調は適温だ。総君の体だって、あったかい。


 だけど、私は震える。


「今、私が『いいよ』って返事して、総君が『良かった』って、言って……。それで今晩、一緒に過ごして、明日の朝、起きた時に、『ごめん。やっぱりなかったことにして』って言われるのがつらい」

 総君の服に顔を埋めたまま、一気に言い放つ。


「言わないよ、そんなこと」

 呆れたような声が頭の上から降って来るけど、私はその言葉を払うように首を横に振った。


「そんなのわからないじゃない。一緒に過ごしてみなきゃさ」


『ごめん。やっぱり俺、真菜のことが好きだ』

『なんかこう、違うんだよなぁ』


 きし君と翔真しょうまの声がやっぱりよみがえって、私は震えながら総君にしがみついた。


「私は、自信が無い」


 総君の胸に顔を押し付け、首を横に振る。

 いや、横に振ったというより、もう震えが全身を支配してて、自分で自分を制御できてなかった。


「私は、総君に明日の朝、もう一度『一緒に住まない?』って言ってもらう自信が無い。だったら、今、聞かなかったことにする方が良い」


 そう言う間も、歯の根が合わない。

 寒いのか、怖いのか、不安なのか。

 それともそれら一切がまじりあっているせいなのか。


 部屋の外は半袖で過ごせるほどなのに、私は震えている。総君にしがみついて、震えている。


 離したくなくて。彼の側から離れたくなくて。だけど、側にいるだけの自信なんてこれっぽっちもなくて。


 ただ、自分が明日、傷つかない最低限の策だけ弄そうと、必死になっている。

 明日の朝、傷ついても立ち直れるだけの心構えだけは作っておこうと足掻いている。


 やっぱり、一緒に住むのはもう少しやめておこうか。

 そう言い直されても傷つかないように、今から自分に言い聞かせている。

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