第126話 病室(2)
カーテンで区切られたこの小さなスペースに、
あの、妙なコラージュされたような印象はない。
硬そうなマットレスの上で右膝を抱え、うつむいて座る彼は、この世界に確かに存在していた。
「
肩にかけていた鞄を床に降ろす。あの日、総君が雅仁の頭をひっぱたいた鞄だ。
「好きな人が出来たんだけど、どう思うか、って」
私は膝を揃えて座り、総君を見る。
「駅前でナンパされて付き合ったのに、いきなり姿を消して……。もう、会えないのかと思ったら、隣の市にいたんです、って。私、どうしたらいいんでしょう、って冴村さんに相談した」
総君が黙っているから、私も口を開かずにずっと待っていた。枕の脇に放り出されている卓上のアナログ時計がかちかちと音を立てつづけ、二分が経った頃に、総君は私に尋ねた。
「……冴村さん、なんて?」
「良い男がいる、って別の人を紹介してくれた」
途端に、総君が乾いた笑い声を立てる。
うつむいているうえに、髪で顔を隠しているから表情は良くわからない。
「その人と、つきあうの?」
総君が私に尋ねるから、「うーん」と唸って見せた。
「悪い人じゃないし、写真もあの後見せてもらったけど、さわやか好青年で良い感じだったな。大型バイクに乗るし、趣味は草野球なんだって。国公立大学で何勉強してた、って言ってたかなぁ」
「よかったじゃない。その人とつきあいなよ」
私の言葉を遮るように、総君が呟く。
「そうね」
私は答え、続けた。
「だけど、決定的に駄目ね。年下だもん。年下には興味が無いの」
きっぱりとそう言うと、総君は俯いたまま、小さく息を吐いた。
まるで、今までずっと潜水していて、ようやく浮上し、詰めていた息を吐いたような。そんな呼吸音だった。
「総君」
私は久しぶりに彼の名を呼んだ。
「もう、私のことが嫌いになった?」
総君は俯いたまま肩を震わせた。一度だけ。ぴくり、と。まるで静電気に触れたように、総君は震えた。
「大好きだよ、って言ってたのに。もう、私のこと、嫌いになった?」
総君は、義足をベッドに投げ出すようにし、右腕で右足を抱え込んで座っている。左手には今は義手をつけていないようだ。肘の辺りから長袖Tシャツの立体感が無く、手首は見えなかった。
「―――― 嫌いになった」
総君は、うつむいたまま、そう言った。
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